130/木
カムバック卯年
釣りスキルのレベルが単独トップに逆戻りした翌日。
闘技大会後から追加されている職業というコンテンツには、多様な職種がある。
一般的には剣士や槍士、魔術士などの戦闘職と、鍛冶士や木工士、裁縫士などの生産職に大別される。中にはユズのパーティメンバーであるアウラのように勇者みたいな特殊職もあるらしいが、あれは一部の例外だな。
俺自身は魔術士なのに今更何故そんなことを確認しているのかと言えば、MLの職業は確かに千差万別なのだが、意外にも存在しない職業というのがあった。
まあ、まだ実装されてないとか、発見されてない特殊職なだけという可能性も無きにしも非ずだけどな。
それで、何が言いたいのかと言えば、MLには召喚士、若しくはサモナーという職業は存在しないらしい。具体的に言えば、テイマーに統合されていると言えばいいのだろうか。
「なるほどな。召喚系スキルって、それ単体じゃ本来は役立たずなのか」
「そうなんですよ〜。わたしも最初は苦労しました!」
ピンクの兎を抱いて対面に座るのは、同じくピンクボブで同年代くらいの女の子。俺がずっと避けていたセシリアさんの実妹であるライラだ。
さて、テイマーには必須と言われるスキルが三つある。
それはテイマー協会に所属する条件にもなっていて、【テイム】【調教】【魔物召喚】だ。
テイムと調教は言語が違うだけで同じ意味では?とも思うが、MLでは明確に役割が異なるようで、テイムがモンスターを味方にする為のスキルなら、調教は味方にした後に強化したりするスキルらしい。
そして、テイムしたモンスターを召喚するのが魔物召喚の役割である。契約の棲家アクセや、空間創造みたいなスキルとも言えるな。
「戦闘指揮とか、連携もあると便利ですよ。あとは最近お姉ちゃんから教えてもらったんですけど、念話があると、炎ぞう達の言ってることが分かるようになりますね!」
ああ、ヒンメルが人化スキルを覚える前にディーネ達から聞いたことをセシリアさんに世間話したけど、有効活用されているようだ。
「そういえば、炎ぞう進化した?」
「お、流石ですねレンテさん、先日〔セイクリッドファイアラビット〕に進化したんですよ!本当なら赤と白の体毛みたいなんですけど、突然変異とかでわたしとお揃いなんですよ〜、どうです、可愛いでしょう?もふもふしたいですか?でもダメです!炎ぞうはわたし専用なので!」
「…あれ、可愛さより格好良さを目指してるとか言ってなかったっけ?」
めっちゃムカつくけど我慢する。今日は頼み事があって、セシリアさん経由で呼び出したのは俺だからな。
くっ、セシリアさんの人選には物申したいが、顔見知りとか色々判断してこの人選だろうし、嫌とは言えないじゃん!
「名は体を表すので、名前は格好良くしましたが、可愛さを追求しないとは言ってません!かつても完璧に可愛かったですけど、今はもう天使ですね!」
「そうなんだ…」
ちょっとゲンナリしてきてしまったので、そろそろ本題に入ろう。
魔物召喚スキルを取得したし本職の話でも聞いておこうと思ったが、テイムモンス愛に圧倒されそうだ…。ミルトンさんなら冷静に教えてくれるだろうか。
「えっと、それで料理というか、お菓子の件なんだけど」
「はい!妖精ちゃんのお菓子ですよね!まっかせてください、いつもこの子達のご飯とおやつはわたしが作ってますから!」
「ああ、なるほど。テイムモンス用のご飯の為に料理スキル持ってたのか」
「それもありますが、元々料理は趣味なので!」
うん、ユズからは絶対に飛び出さない言葉だな。
今日なんて「カップメンでいいよね?」とか、信じられるか?
罰ゲームで一週間夜ご飯担当が面倒なのは分かるが、流石にカップメンはおざなりに過ぎるだろ!?
「うん、いいよね、料理が趣味の女の子って…」
「なんですか、口説いてます?」
「え、なんでライラなんか、あ、いや何でもないです」
デリカシーに欠けてました、申し訳ございません…。
くっそ、これも全部ユズのせいだ!
「そ、それでさ、お菓子の種類は任せるけど、材料にこれ使って欲しいんだよ」
今日の分はさっきピクシーフィッシュと交換で回収してきたので、昨日のと併せて50個ずつの[妖精花の蜜]と[妖精楓の蜜]を譲渡する。
フェアリーズも律儀なところがあって、今回使ってもらうのはフェアリーズの取り分だ。別に使い道は今のところ他にないし、俺の取り分を使ってもらってもよかったんだけどな。
「見たことのないアイテムですね。こんな高レアリティのアイテム使っていいんですか?」
「それを使ったお菓子を作ってもらうって約束したからな。レア度高いと失敗しそうか?」
「いえ、ランクが高いと厳しいですが、レアリティなら問題ありません。寧ろわたしの熟練度も上がりやすいのでウェルカムですよ」
「じゃあ報酬なんだけど」
「これ少し分けてもらったりできませんか?炎ぞう達にも食べさせてあげたいので」
うーん…。
俺的には全く問題ないんだが、相場知識がゼロで辛いです!
ライラの言うとおり、この蜜のレア度ってなかなか高いんだよな。妖精花の蜜が秘宝級、妖精楓の蜜に至っては遺物級だ。
一人一人は弱いフェアリーズが作ってるからなのか、rank40と高くはないが、品質は〔A〕と上から二番目なんだよな。
「相場が分からないから、10個ずつとかでいいなら」
「5個ずつで十分ですよ。あまりお高い味を覚えちゃうと、今後のお財布に響いちゃいますので」
「養う家族が多いと大変だな」
「まったくです」
うんうん、としみじみ頷いているが、あまり俺の適当な言葉を深く受け取らないで欲しい。
「何か要望はあったりしますか?」
「甘い方が良いとか言ってたかな。あとは、ホールケーキとかより、クッキーみたいな数が用意出来る方が嬉しいかな。あ、数は133で割れる数で頼む」
妖精達が123人、クー・シーが10匹だ。
正確な内訳は覚えてない上に、フェアリーズの数も詳しくは把握してなかったのだが、余りが出たり足りなかったりすると絶対揉めるので、精霊宮殿の所属人数から算数しました。
今の所属人数が140なので、俺とディーネ達を引く簡単な計算だ。
「なかなか数は多いですが、それくらいなら大丈夫です。今日はお時間は大丈夫そうですか?」
「日付け変わる前までならなんとか」
「1時間もあれば作れるので、終わったら連絡しますね。フレンド登録しておきましょう!」
あー!そうじゃんか!
その可能性を何故失念していたのか…。
いや、でもここでフレンドはちょっと…なんてのは失礼過ぎるし、こっちから頼んでお菓子作ってもらうんだから、必要経費と割り切るしかないな…。
これがセシリアさんの智謀の為せる技か、恐ろしいぜ!
「では、わたしはこれで!厨房借りるね、お姉ちゃん!」
「あら、もう商談は終わったの?」
「商談ってほどじゃないですけどね」
炎ぞうを抱えてさっさと部屋を後にするライラと入れ替わるように、セシリアさんが入ってきた。
「そういえば、ライラってここのクランに入団したんですか?」
「いえ、あの子はソロよ。何回か誘ってみたんだけど、生産職じゃないからって。MLは戦闘職も生産職も曖昧だから気にしなくていいのにね」
まあ、職業システムはあれど、その所属している協会でクエストが受けられるかどうかくらいの違いしかないしな。一応、称号とかスキルにも少し関係してるけど、そこまで致命的じゃない。
戦闘職が物作りも出来るし、生産職がボス狩りも出来るからな。
「ライラって万魔殿にも誘われてるらしいのよねぇ。最近なんて【ボステイマー】なんて呼ばれてるみたいだし、斜め上の活躍が目覚ましいのは、最初と比べると月とスッポンよ」
最初は俺と同じで、プリムスから抜け出せない一人だったもんな。
「ボステイマーですか?」
「ダンジョンで階層ボスを2体テイム成功したらしいわ」
「えぇ?ボスってそんな簡単にテイム出来るものなんですか?」
「ライラもレン君だけには言われたくないでしょうけど、ボスのテイムなんて、ライラ以外には聞かないわね」
俺もボスのテイムなんて非常識してないんですけど…。
いや、護国獣が聖域の守護者なら、一応ディーネもレイドボスみたいなものなのか?つまりディーネを召喚できるってことは、レイドボス召喚できるって認識されてたり…。
なんかライラより危険人物扱いされてそうな気配がそこはかとなく。
でもまあ、危険人物説は町の近くに隕石みたいな岩塊降らせてるし今更だな!緊急クエストの時には称号にまで言われたので、もう覆しようもないことだ。
しかし、ライラは特別なスキルでも持っているのか、ただの幸運の持ち主か。
プリムス草原のファングウルフリーダーもそういえばテイムしてたっけ。
あの若干空気が読めないところがボスに人気な可能性もコンマ1%くらいあるのかも?




