104/土
30階層のレストルームで休憩しつつ、作戦会議という名の雑談。
「ユズから聞いたんだが、一般的な冒険者って食事もバフの種類で選んだりして結構シビアな世界らしいけど、俺達は特に気にしてないみたいだけどいいのか?」
「ダンジョンの中で優雅にティータイムでもしたいのですか?食事は英気を養って心に温もりを与えられる、一番の良薬だと私は考えています。特にダンジョンのような非日常の閉鎖空間は人の心を蝕みやすい側面がありますので、その中で唯一と言ってもよい日常を感じられる食事くらいは普段と同じものを食べたいではありませんか」
「なるほどな。てっきり好きなもの美味しいものを食べたいだけと思ってたんだけど、ちゃんとした理由があったんだな」
「と、昔読んだ英雄譚に書いてありましたので、難しいことは考えずとも良いではありませんか。せっかくお母様の目が届かない場所なのですから、好きなものを食べさせてください」
「ま、そうだよな。ちゃんとした理由がなくて安心したよ」
熱でもあるのかと疑ってしまった。
まあ、串焼き片手に滔々と語る言動からは欠片も王女らしさを感じられないので、王妃様の忠言には耳を傾けた方がいいと思うけどな!
ただ、並外れた容姿の良さのせいで、串焼きを食べる姿でさえ絵になるのは卑怯だし、むかつく。
料理のバフは、使う食材によって異なってくるので、俺たちの場合だとINTの補正が欲しいので、果物を使った料理ということになるだろう。
料理バフの相関は、STRが肉類、VITが穀物類、INTが果物類、MNDが魚介類、DEXが野菜類・きのこ類、AGIが卵類、LUCが乳製品となっている。
苺やスイカ、メロンは果物じゃねぇ論争があるが、MLでは木の実=果物であり、苺・スイカ・メロンは野菜で、アボカドは果物に類別されているらしい。(掲示板調べ)
苺は結構好きなのでちょっと残念ではあるが、野菜嫌いな生産職救済と考えれば、悪いことでもないのだろう。
そのうち、精霊大樹のように色々な果物を実らせるファンタジー樹木が、木に苺を実らせるファンタジーを起こしてくれることに期待するか。
とはいえ、魔術に偏ったパーティというだけでも珍しいのに、その中でSTR補正の肉串を頬張るパーティというのは絶滅危惧種だろうけど。
「では、レンテから諌められてしまいましたので、果実水で口直ししてから探索を再開しましょうか」
「用意周到だことで…」
ピーチ味の果実水は大変美味でした。
31階層に足を踏み入れた。
あいも変わらず、暗く冷たい岩肌だけが視界を埋めるのだが、明らかに通路の幅が広くなっている。
29階層までは5メートルほどであった幅は、倍の10メートルほどにまで広がっており、洞窟が広くなった影響か、暗闇にポツンと佇む自分に、少しだけ寂しさというか、孤独感のようなものを覚えたが、頭を振って気を持ち直す。
「今日の目標は40階層攻略までですが、この階層から現れるモンスターは〔オーク〕、ゴブリンやコボルトより耐久力に優れる相手です。一撃で沈めることも難しくなってくると思われますので、より一層気を引き締めて参りましょう!」
うん。
なんだか、敵が強いことにさぞ嬉しそうな笑顔のテューラを見ていたら、緊張なんて馬鹿らしくて吹っ飛んでしまったな。
そうして、しばらく道なりに進んでいると、罠感知が反応した。
反応したんだが、これは…。
「ダンジョン名物、嘆きの大穴ですね。この大穴に落ちてしまうと、直前のボス階層のレストルームまで戻されますので、落ちないように進みましょう」
暗く底の見えない巨大な大穴が行手を阻む罠のようだ。
隠す気なんてさらさらないような罠でも、一応罠感知は知らせてくれるらしい。お勤めご苦労様です!
テューラの言葉通りなら、ここを落ちれば下の階層に行けるショートカットではないっぽいので、落ちないように気をつけねば。
嘆きの大穴の名前の由来って、もしかして落ちた人の絶叫が響くからとかじゃないだろうな?
「よっ、ほっ!アスレ要素まで完備かよ、タンクは苦労しそうだな、っと!」
「浮かせるぞー、レンテー」
「その手があったか!」
気づけば、宙に浮いた聖霊王御一行とセレスの4人。
テューラがあまりにも軽快に進んでいくものだから、馬鹿正直に後を追ってしまったが、ここはシルフに甘えてしまおう。
足を踏み外せば奈落真っ逆さまの細い道も、小さな足場を飛び越えながら進まなければならない簡易アスレチックも、岩場の凹凸を見極めながら進まなければならないクライミング風な壁渡りも、聖霊王シルフ様の御力の前では全て無力なのだ!
「なあ、あの空中浮遊してる動く床って魔法なのか?」
「空中浮遊の床は風、土、空間、重力、珍しいところでは錬金という場合もありますが、あれは空間属性のようですね。魔術か、魔法かという質問であれば、ダンジョンのやることなので、返答しかねます」
新しい属性の気配。
月光魔術の例から言っても、MLには基本派生魔術以外にも色々と存在しているようだ。
しかし、何でもかんでも解明されているわけではないのか。
マーリン爺なら答えてくれそうな気もするが、魔導の件のこともあるし教えてくれない可能性もありそうだ。
まあ、あれもこれも聞くだけで判明すれば、冒険の楽しみも半減するだろうし、プレイヤーが自分で辿り着ける余地も必要か。
「しかし、これ落下ダメージはあるのか?あるなら、急に殺意マシマシだな」
「相応の怪我は避けられないでしょう。ですが、落ちなければ関係ありませんので、落ちないでくださいね。もし39階層で嘆きの大穴に落ちてしまった場合、30階層のレストルームまで逆戻りですので、かなりのタイムロスにもなりますから」
怪我で済むなら儲けもの、死ななきゃ御の字、神殿で目を覚ますのが当たり前みたいな底無し大穴だもんな。
どうやら、罠のチュートリアル階層は終わったらしい。いや、モンスタールームもどうかと思うので、既に罠チュートリアルは脱していたのかもしれないが。
「お出迎えのオーク様がいらっしゃるようですわ」
「想像通りの二足歩行の豚顔か」
現実の豚は実は筋肉質のムキムキボディだって話だが、大穴の向こうでテューラが戯れているオークは、でっぷりした贅肉を振り乱しながら、その腹に見合わぬ遅滞ない動きで悲鳴を上げている。
いや、動きは俺なんかよりもよっぽど軽快なのだが、いかんせん相手が悪過ぎたな。
オークが視界に入った瞬間に飛び跳ねて、大穴など関係ないとばかりに突撃していったテューラには、オーク如きではちょっと敵う未来が見えません。
「しかし硬くなってるってのは本当みたいだな。テューラの攻撃を受けてるのに一撃で沈んでない」
「流石に耐久力に優れるモンスター相手に、自己強化無しの初期魔術ではそろそろ火力不足になってきても仕方ありませんわ。それにレベル的にも釣り合うモンスターが出てくる頃合いですし、テューラにばかり任せてはいられなくなりますわね」
「レベル的な釣り合いって、テューラとセレスって今どのくらいのレベルなんだ?」
「私がLV.56、テューラがLV.73ですわ」
想像していたより低い。
いや、当然のようにプレイヤーのレベルキャップ以上なのだが、最近ヒンメルのステータスを見てしまったせいで余計に低く感じる。
あれもレベル自体は低かったとはいえ、ステータスとスキルが異常だった。
セレスについてはエルフなので分からないが、テューラは紛れもなく人族だ。フレスヴェルクは明らかに高位種族なんだろうし、人族のテューラが同じような壊れステータスをしているとは思えないしな。
「レベルが低いのと対照的にスキルが育っているのは、王族に限らず貴族階級に多い傾向ですわね。その中でも王族は特に、理由もなく領地から離れるわけにも参りませんので、公務の合間に貴族用に国に管理されたダンジョンで特訓しますので、レベルよりもスキルが育ちやすいのですわ」
「だとすれば、二人って貴族の子女の中では相当レベル高い方なんじゃ…」
基本ダンジョンでしか特訓、ないしはレベリングしないということなら、外見年齢で俺と一つ二つしか変わらないように見える二人の年齢で、効率100分の1の中そのレベルというのは高い方な気がする。
プレイヤーが正式サービスが開始されてから到達した最高レベルは、この前の緊急クエスト時点でLV.47だ。
単純計算で人間界の二ヶ月は、ダンジョンで200ヶ月相当。年換算なら16、7年と言ったところか。
つまり、ちょうど歳の頃は合致する。0歳からダンジョン生活していれば、だが。
あ、エルフ族のセレスが何歳なのかなんて質問はしませんよ?そういう危険が危ない疑問は心の中に閉まっておくべきなのです!
閑話休題、テューラもセレスも人間界のモンスターを倒してないわけではないだろうが、王族ということを考えても廃人プレイヤーよりは縛りが多いはず。
諸々を踏まえても、セレスでさえ高レベルなはずなのに、頭ひとつ抜けているテューラって…。
「テューラは戦うことが大好きですもの、私も親友として一緒にダンジョン巡りしてたら、いつの間にかこんなレベルになってましたわ」
「はいはーい!わたし達の今のレベルはLV.1だよ!」
「最近進化しちゃったからな!」
「ま、またレベル上げ、頑張らなくちゃ」
なるほど。つまり、レベルなんて指標のひとつにしかなんねーよ!ってことでFA?
まあ聖霊王なんて、今はLV.1でも進化前と合算したらLV.1000とかゆうに越えてそうだし、比較対象にならないんだけどな。
「楽しそうな話をしてますね。次はどこか人外魔境に遠征するのもいいかもしれませんね!」
いや、誰もそんな話してないから…。
別にオークと戦うテューラを無視して話に耽っていたわけではないぞ?
テューラが獲物を横取りするなオーラを振り撒いていたから手を出さなかっただけです!




