102/土
ユズとの勝負は、現実時間で残り5時間と少し、ダンジョン内の時間では21時間弱の間に、どちらがより上の階層に辿り着けるのかという勝負だ。
現状、俺が28階層で次の階層への階段は未発見、ユズ達のパーティは一度ダンジョンを脱出しているので、少なくとも20階層からのリスタートになることは間違いない。
ユズ達の現時点の最高到達階層は不明だが、30階層がいまだに攻略されていない現状、1階層の初めからスタートするか、[記憶の標]でリスタートできるのは、10階層と20階層のレストルームからだからな。
「レンテー、ババ抜きしようぜ!」
自称事前準備に余念がないテューラが用意した暇つぶしアイテムその1[ファンタジートランプ]。
どこら辺がファンタジーなのかといえば、絵柄が勇者やら魔王やらモンスターやらなだけで、ファンタジー的機能を内包したトランプというわけではない。
しかし、これだけスキルが豊富なMLなので、そのうちTCG系アニメのようにカードからモンスターを召喚したりして戦うようなプレイヤーが現れても何ら不思議ではないな。
レストルームにはモンスターがスポーンせず、外からの侵入がないとはいっても寛ぎすぎな気もするが、聖霊王の過剰戦力と、王女様の過剰防衛機構が手を組んでいる現状を打破するようなモンスターなど現れてしまえば、俺の手には余る大惨事なので気にしないことにする。
精神的な余裕というのも、この閉鎖空間の中では重要なことだしな!
さ、予定の休憩時間はあと1時間ほど、気楽に過ごそう。
休憩時間を終えて、探索行を再開させるために外へ一歩足を踏み出した瞬間に異音が聴こえた。
これは唸り声か?
洞窟の中だというのに反響しているわけではなく、しかしかなり大音量の唸り声という特殊な異音の主との距離を測りかねる。
「ふふっ、幸先の良いスタートを切れそうで喜ばしいですね」
「レンテ、妖精さん達をお呼びしていた方が宜しいですわ」
「なにかこの唸り声とフェアリーズが関係あるのか?」
フェアリーズがいくら小人サイズとはいえ、この限られた空間で100人越えというのはちょっと、言葉を取り繕わずにいえば邪魔になりかねない。
そんなことは承知の上での指示だろうし、よく分からないが言われたとおりにフェアリーズを呼んでおく。
「んお?この唸り声、クー・シーじゃん!」
「番犬だー!捕まえろー!」
「レンテー、お菓子ちょーだい!」
当たり前だが、こいつらの声は反響してとても煩いです…。
「ちょ、うるさい!静かにしろって!」
「レンテが一番うるさいじゃん!」
「なはははは、おこられてやーんの」
「ったく、レンテはダメダメだな!」
「グァルルルルルルルルルルル…」
「妖精達整列しろ!じゃないと、もう混沌鯰捕まえてやらないぞ!」
「「「サー!イエッサー!」」」
なに!?シルフがフェアリーズの統率をこなすだと!?
あのお調子者のシルフが成長した姿に涙を禁じえない…。
「2回目だね、次の唸り声と同時に現れるよ」
「『ハイエストエンチャント・ダーク』『レジスト・インフェクション』。こ、これで、大丈夫」
なにやらテネブが掛けてくれたバフの発動に呼応するように、三度目の唸り声。
その唸り声と共にそいつは現れた。
全身を緑の体毛で覆う巨大な犬。
「今どこから…」
今こうして対面していても気配を感じ取ることができない。
足音一つ鳴らさずに突然そこに現れたそいつは、その成牛並みの巨躯と相まって、ギロリとひと睨みだけでこちらが萎縮してしまうほどの威圧を放っていた。
訂正、萎縮しているのは俺だけみたいです!
「愚かなる人族に死のきゅうさーー」
「「「かくほーーー!!」」」
「あ、おい!危ないからやめろ!」
「な、何をする!?」
重低音の渋い声音で告げられる言葉に、生唾を飲み込むほど緊迫した心持ちだったのに、フェアリーズの突然の行動に恐れより驚嘆が先行してしまい、威厳もへったくれもなくなってしまった罠よ。
「お前、クー・シーだろ!」
「あたし達の仲間になりなさい!」
「今仲間になれば3食昼寝おやつも付いて、頑張れば混沌鯰のボーナスだって出るんだぜ!」
「ぬっ」
なにやら揺れ動いているようだが、待ちなさい!
「いや待て!最近分不相応な鳥が増えたばかりで手一杯なんだ、よく分からん犬まで飼う余裕はうちにはありません!元の場所に返してきなさい!」
「なんで〜、クー・シーは役に立つよ〜?」
「防衛戦力として優秀!」
「門番にもなるぜ!」
「お手伝いもしてくれるんだよ!」
「いや、でもな…」
多分、フェアリーズは精霊宮殿のことを想って行動してくれているのだろうが、フェアリーズに群がられて、毛を引っ張られたり、乗り物にされたり、尻尾にぶら下がられてオモチャにされている姿には、最初の威厳なんて欠片も残っていない。
源泉の守護獣機能は規模が上がる毎に一枠ずつ増えていく為、現在ヒンメルの枠と別に、もう一枠空きがあるにはある。
しかし、これから規模を上げるには、これまで以上に条件が厳しくなっていくので、考えなしに枠を埋めるのはちょっと判断に迷うところなのだ。
「待ってください!それはとても困ります、非常に困ります!」
「今度はテューラか、一体全体何が困るってんだ…?」
「偉大なるクー・シー様、お初にお目にかかります。私、人間界はセントルム王国の第3王女テューラ・マールス・セントルムと申します、以後お見知り置きくださいませ」
ローブの端をちょんと摘んでカーテシーまでする堂に入った立ち居振る舞いだが、微妙に気持ちの悪いような違和感が…。
「ふむ、人族にしては殊勝な心掛けであるな。我に対して望みがあるとみえる。其方の望み、聴く程度してやってもよいぞ」
「有り難き幸せに御座います、クー・シー様」
あ、これあれだ、ダメなやつだ。
テューラの子供のように輝く笑顔が全てを物語っている。今すぐ止めねば後悔すると、危機感知が警鐘を鳴らしているように錯覚さえしてしまう悍ましい笑顔だ。
「差し出がましいこととは存じますが、クー・シー様の御役目を果たすべきだと私は愚行致します」
「我の役目だと?」
「はい。クー・シー様と対面した人族を押し並べて絶望させたその御技を、例外なく私達にもお使いくださいませ」
この馬鹿王女は何を言っているのだろうか…?
さっさと口を閉じさせないといけないと頭では理解していても、紡ぐ言葉を理解できない。いや、したくない自分がいる。
「自分が何を言ってるのか理解しておるのか?」
「勿論、理解しておりますとも。状態異常[死の前兆]、クー・シーが恐れられる代名詞ともいえるスキルと同じ名称の状態異常の効果は、世にも珍しい敵のステータスを上昇させる素晴らしい御力なのですから、私が履修していないわけがないでしょう」
「其方、気でも触れておるのか…」
逆に怖気に襲われたのか、一歩後ずさるクー・シー。
なんですか、その特殊な状態異常。
しかし、これを知っていたからこそ唸り声が聞こえた瞬間から嬉しそうにしていたのか。
うちの王女様が自重してくれそうにない件について。
そして、フェアリーズのオモチャにされた上に、怯えてしまったクー・シーが哀れすぎる件について。
「クー・シー、フェアリーズと同じ条件でいいならうちに来るか?」
つい可哀想で話題転換という助け舟を出してしまった俺は悪くないと思います!
結局フェアリーズの思惑通りに事が進み、クー・シーとの契約が完了。
どうやら聖域以外でも、意思疎通ができる相手であれば契約は可能らしい。
というか、妖精犬やクー・シーで別枠契約になるかと思ったら、【妖精達の大行進】に組み込まれてしまったので、今回のは特殊な事例で、実際は聖域以外での契約は不可能とか言われた方が納得できる。
それとも、プリムス大森林の聖域での契約は、実際はディーネとの契約ってことになるはずなので、ディーネさえ居れば何処でも契約出来たりするのだろうか?
そんな疑問を素直にディーネにぶつけるとこんな返答が。
「契約を結ぶには、前提条件としてその装身具が必要なんだよ。もっと極端に言えば、聖域と同じ役割が果たせるならスキルでもいいんだけどね」
「それさえあれば、どこでも契約が結べるってことか?」
「お互いに納得できる条件さえ整えられれば可能だよ。それでも、基本的に人と仲良くしたいと思ってるような子達は聖域以外には少ないんだけどね」
結局は契約を結ぶにしても、特定の種族狙いでもない限り、聖域の方が手間が省けるらしい。
だが、シルウァヌスさんだったか、契約を結ぶ相手は聖域だとかそんな話を聞いた気がするが、今の話だと契約はフェアリーズ本人達と直接交わされていて、ディーネのお眼鏡に叶ったことでフェアリーズの棲家となるアクセが貰えた、ということになる。
前提条件のアクセを貰うことに契約のあれこれは関係していないのか?
だとすれば、シルウァヌスさんが嘘をついていたとまでは言わないが、敢えてミスリードを誘ったのかもしれない。
ヘルプや掲示板の情報と照らし合わせて、契約=友好を築くこと、というのも絶対ではないみたいだし、ディーネやシルウァヌスさんが、契約を行うにあたってこうあって欲しいという願望から、アクセを渡すための条件のようなものだったのだろうか。
どこか未だにこの世界がゲームであるという事実と、彼らがNPCであるという認識から、NPCが齎す情報に誤情報は含まれないと思い込んでいたが、正式サービス前からあれだけ高性能AIと謳われていたのだ。
NPC、いや現地人は、嘘もつくし冗談も言う、心から笑うし、悲しければ涙を流す。
確かにここはゲームの世界だ。
しかし、無意識だったとはいえ、いい加減にNPCという認識を捨て、マグナリベルタス人とでも認識を改めるべきなんだろうな。
接すれば接するほどに、プレイヤーとNPCに違いを感じなくなってきている実感があった。
「だから、わたし達聖域の守護者の役目は、正しい縁を結ぶ人の子の選定、聖域のリソースを切り離して宿らせた装身具を与えること、そして聖域のリソースを保つことの三つかな」
「リソース…?」
「これ以上はダメです〜!でもちょっとだけヒント、気になるなら運命の女神様に直接訊ねてね!」
リソース、最近聞いた単語だから引っ掛かりを覚えたが、源泉のRPと関わりがあるのか?
湧き上がった認識の問題に勝手に懊悩していれば、追い打ちをかけるように新情報。
なにやら運命の女神とかいう気になる人物が登場したが、ディーネはこれ以上語るつもりはないらしい。
これはそろそろ神殿に行けという神からの信託か…?
ハイエストエンチャント:最上位魔術
レジスト・インフェクション:耐状態異常付与魔術




