10/日
ところ変わってプリムス草原。
プリムスの町の周囲全方位を取り囲むフィールドだ。
リリース二日目、プレイヤーは落とした砂糖に押し寄せる蟻のように群がっており、ハッキリ言ってモンスターよりプレイヤーの方が多いのが現状だ。
「うん、無理だな」
早々に師匠の助言を放棄して、町へと踵を返した。
レベル上げするにもタイミングが最悪だな。
忘れ去られた森(師匠談)で師匠の戦闘を見学したのち、少しだけ俺も魔術を使う時間を貰った。
あんな凶悪なモンスターにではなく、周囲に生えていた巨木を的にした練習だが。
それで確認した魔術は初期魔術の四つ。
水魔法『ウォーターボール』『ウォーターウォール』、樹魔法『ブランチニードル』『プラントケア』。
ウォーターボールとブランチニードルは昨日師匠が使っていた魔術だ。
ウォーターボールはバレーボール程の水の球を放つ魔術で、ブランチニードルは尖った枝五本放つ魔術だった。
敵に対して使ったわけではないのでまだ何とも言えないが、使い勝手は状況次第だろう。
威力に関して言えば、ブランチニードルよりウォーターボールだし、手数で言えばウォーターボールよりブランチニードルが勝る。
そして『ウォーターウォール』だが、これは読んで字の如く自分の正面に水の壁を張る魔術だ。
ただ、敵を立ち止まらせるには水壁では不安に思った。せいぜい勢いを減速させるくらいだろうか。
最後に『プラントケア』。
これについては、一番よく分からないと言わざるを得ない。
師匠が言うには、植物の状態を治す魔術らしいが、農業なんてやってないので倉庫の肥やし状態だな。
一時間ほど前の復習をするようにそんなことを考えつつ、プリムスのメインストリートを進んでいく。
今師匠はいない。
レベル上げと、ある程度魔術に対する理解が増したと自分で思ったらまた来い、と曖昧な課題を貰い、昨日と同じように南門前で別行動となった。
それにしても、正直言って甘く見ていたよな。
レベル上げをしようと思っても、まさかあんなに混んでいるとは…。
その先のフィールドに行こうにも、LV.1のソロでは絶対に無理だ。
だから、やれることといえば──。
「はぁ…結局、振り出しか」
思いつかなかった。
いやゲーム的に考えて、町の散策をしている今のこの状況は、ある意味目的足りえるかもしれないが、課題という観点からすれば無目的に違いない。
「パーティを組むって手段もあるけど…」
組むとしたら野良パーティになる。
野良というのは、目的を同じにした知らないもの同士で一時的に組むパーティのことだが、果たしてLV.1を入れてくれるかどうか…。
まあ、リリース二日目ってことを考えればLV.1はおかしくないんだろうけど、忘れてはいけないことがある。
スキル構成は魔術系ガン振り、しかし装備は前衛なのである!
地雷臭しかしないよな。
「装備でも見にいくかな…」
目的地が決まった。
「らっしゃい、らっしゃい!うちの武器はどこよりも強靭だよー!!」
「攻略組御用達!効果三割増しのポーションはいかがー!」
「腹を満たさねば、戦にゃ勝てん!各種バフ料理揃ってるぞ!!」
呼び込みの熱気が凄まじいここは、町にいくつかある噴水広場の一画、露店エリアだ。
ここの露店を出している人全てプレイヤーだったりする。
所謂生産職と言われるプレイヤー達が、自分の作ったアイテムを、または委託されたアイテムを売っており、競合他社蔓延る中、店員同士は視線バチバチだ。
そんな中で目的の店は、と視線を巡らせる。
「…これはまた」
目的の品の一つである杖を売っている店を見つけたのだが、どうしようか。
「いらっしゃいませー、やすいよー」
売る気があるのだろうか…?
棒読みだし、声も小さいし。
周りの音に掻き消されてしまって、到底道行く人に届いているとは思えない声量だ。
まあ、一応目に付いたし冷やかすくらいの気持ちで覗いていくか。
「おっ、お兄さんお客さん第一号だぜー。おめっと」
「お、おう、ありがとう?」
店員は気怠そうな女の子だった。
ともすれば、眠たそうにも見える。
「何をお求めでー」
「杖を探してるんだ」
「んー…なるほど。予算はー?」
なんだか品定めをするような視線を受けた後、謎の納得をされた。
やっぱり初期防具が前衛用だからかな?
武器だって木剣なわけだし。
そう考えると、師匠はよく俺のことを魔術士志望だと見抜いたと思う。
「ちょっと想定外の収入があったから、割とどんな装備でも買えるくらいには予算はあるな」
「そっかー」
なんだか、この娘の返事を聞いてると、こっちまで力が抜けてきそうだよ…。
「ただ、現時点の最強装備とかじゃなくていいかな。まずは使えさえすればそれで」
「…じゃあ、これとかはー?」
飽くまでも訓練用だからな。
どのゲームでも少し進めば、その度に装備更新していかないといけないのは同じだと思う。
それは、序盤であればより顕著なわけで。
つまり、最初のうちは使えれば大丈夫だと思うわけですよ。
[樫の杖]か。
一緒に見せてもらった初心者の杖とそんなに性能は変わらないけど、耐久値が設定されてる分、初心者の杖に劣っているとも捉えることが出来る逸品だ。
初心者装備は耐久無限だからな。
そのお陰で安いみたいだし、これでいいや。
ちなみに、MLでの杖の役割は魔術の発動媒体ではなく、単なる補助だ。
持っていれば魔術の威力が上がったり、消費MPを抑えてくれたり。
なくても発動は出来るが、あればありがたいというのが、魔術士にとっての杖である。
「オーケー、これもらうよ」
「まいどー、500Gねー」
目の前に現れたトレードのウィンドウを操作して購入。
晴れて俺は魔術士への一歩を踏み出した!
杖は安物だけどね。
「また買っておくれー」
「おう、機会があればな」
もう一つの目的のものを探すために、露店に背を向ける。
杖の性能に不満が出てきた時、またこの露店に巡り合えれば、とりあえず顔を覗かせるくらいはしようかな。
そしてもう一つの探し物、魔術士用のローブを扱う露店は割とすぐ見つかった。
というのも。
「武器、防具、消耗アイテム、何でもござれな雑貨屋えびす!生産依頼も受けてるぞー!!」
委託販売か、共同出店かは分からないが、色々と売っているようだった。
店員も二人おり、一人は客寄せしている大きな声の男で、熊みたいな巨大の大男。もう一人は麦わら帽子を被ったおっさんだ。
うむ、華がないというかなんというか。
まあ、ローブさえ買えればいい俺にとっては、花より団子ならぬ、華よりローブなわけで。
「すみません、後衛用のローブとかってあります?」
「いらっしゃい。もちろん取り扱ってますよ」
おお、何というかそこはかとなく漂う社会人感。
会社疲れしてそうな顔も相まって、お疲れ様と一言言いたくなってしまう。
「現物がいいですか?それとも一点物の注文?」
「うーん…。一点物ってなると、やっぱり素材は持ち込みですよね」
「そうですね。今はプレイヤーの殆どがプリムス草原に集中してますから、ファングウルフやホーンラビット製のローブなら多少安いですよ」
せっかく制作依頼するんなら、そこそこな素材が手に入った時だろう。
特注ってのは高くなるもんだ。
「じゃあ、そのファングウルフかホーンラビットのローブ見せてもらえますか?」
「了解です、ちょっと待ってくださいね」
それから少しと待たずに性能を確認させてもらった。
ファングウルフの方が若干性能がいいくらいで、ホーンラビットもそこまで変わらないようだ。
ただ、ホーンラビットのローブは耐久力で少し劣るようで、そのせいか少しだけ安い。
ファングウルフのローブが1,200Gなのに対し、ホーンラビットのローブは900Gだった。
まあ、このくらいの差ならケチる必要もないかな。
「色はどうしますか?黒、赤、白から選べますよ」
「じゃあ黒でお願いします」
赤、白は悪目立ちしそうだ。
飛ばされてきた取り引きウィンドウを操作。
ストレージに送られてきたローブに早速着替えた。
「うん、バッチリ似合ってますよ。他には何かありますか?」
「いえ。良い買い物をさせてもらいました」
「そうですか、また何かご入用のときは雑貨屋えびすをご贔屓にしてください」
もう少し周りにお客さんの数が少なければ他の商品も見たかったけど、また今度かな。
この露店はお客さんも多いし、結構良店なのかもしれない。
「雑貨屋えびす、ね。覚えとくか」
※済




