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「タケ!いよいよだな!」
昼休みに入るなり、ドタドタと俺の席までやって来たのは悪友の相馬友則、通称トモだ。
そして、タケと呼ばれている俺は、光島健。
主語の抜け落ちた会話も、正式リリースを明日に控えているとあるゲームの話であることは、ここ数日のトモの様子から察せられた。
もっと言うと、耳を周りに傾ければ、クラスの至るところから同じゲームの話題が取り沙汰されていることから、そのゲームの期待値が窺えようというものだ。
「またMLの話か?」
「そりゃそうだろ!だっていよいよ明日だぜ!どれだけ俺がこの日を待ちわびたと──」
お互いに弁当を広げながら話を続ける。
『マグナリベルタス』、通称ML。
今や、ゲームといえばフルダイブ型のVRという時代。
様々なゲームジャンルで多種多量なタイトルがひしめき合う中で、このMLというタイトルは世間の注目を欲しいままにしていた。
理由はいくつか挙げられる。
MLはゲームジャンルとしてはMMORPGに大別されるのだが、今までの同ジャンルゲームと比べて圧倒的で美麗なグラフィック。
そして、従来VRに散見された現実との五感の齟齬が、限りなく取り除かれているという点。五感の齟齬は、フルダイブ型VRの命題とまで言われていた問題だった。
しかし何より、ML運営が大々的な宣伝文句としても使っている『最新型統括AI通称『マーテル』による全自動クエストシステム及び、学習型NPCの導入』が大きいだろう。
この最新型統括AIというのが二十四時間ゲーム管理を行うらしいのだが、ML世界の状態や進行状況などから、自動的にその状況に即したクエストを生み出すらしい。
そして最新型AIだが、なんと全てのNPCに導入されているという話だ。
従来のNPCなら、『◯◯村へようこそ!』一辺倒しか話すことのできなかった最序盤の村人でさえ、『おはよう!』と話しかければ、『おはよう、今日はいい天気だね!』など適切な返答をするという。
つまりMLは、剣と魔法の世界というありふれた世界観なのだが、そういう観点から非常に注目されているタイトルである。(※トモ談)
「で、タケはスタイル決めたか?俺はやっぱ騎士かな、って思ってるんだけど」
「騎士ねぇ…トモと違って俺、運動神経そこそこだからなぁ」
「じゃ、魔術士とかどうよ?」
MLはレベル・スキル制のシステムで、今のところ職業システムがあるという情報はない。
ただ、βテスター達が齎してくれた情報と一部運営が開示している情報をもとに、ネットの攻略サイトにはスキル構成のテンプレなんてものがあったりして…。
その辺りは、また明日でいいか。
簡潔に言うと、自分がどんなロールプレイをしたいかということだ。
「魔術師か…。まあ、前衛は無理だから、キャラメイクじっくりしながら考えるよ」
「それだとスタートダッシュ出来ないぞ!」
あー、なるほど。
トモは攻略の最前線を突き進みたいわけか。
ゆっくり行きたい俺としては、プレイスタイルが噛み合わないかもしれないな。
それ以前に、ひとつ問題がある。
「トモはβの時のフレンドとパーティ組むんじゃないのか?」
「そりゃまあそうだけど、誘ったの俺だし、最初くらい責任持って一人前に育てるぞ!」
うーむ。
どうすっかなぁ…。
「じゃあトモが余裕出来たら、その時レベリングでもお願いしようかな」
「遠慮しなくていいんだぞ?」
「いや、俺もML結構楽しみにしてるし、ゆっくりと色々見て回りたい派だからさ」
エンジョイ勢ってやつだな。
ガンガン前に進んでいくのもひとつの醍醐味かもしれないが、俺はマイペースに街歩きも面白いと思うのだ。
「そうか?でも偶に時間合うときは一緒にやろうぜ!せっかく同じゲームするんだからよ!」
「おう」
βテスターとしてMLに慣れてるトモと初心者の俺では、スタートダッシュ狙ってるこいつの邪魔になりそうってのも、少しないと言ったら嘘になるだろう。
ただ、焦らずじっくり楽しめていけたらというのも本音なのだ。
新鮮な体験が味わえるのなんて最初のうちだけなんだから、不自由を最大限楽しむのも乙なものですよ。きっとね。
だから、序盤はゆっくりまったりソロプレイかな!
※済