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教室に入ると、先に来ていたオサムと目が合った。やけに嬉しそうに手を振っている。恥ずかしいやら腹が立つやら、だんだん頭に血が上って来る。オサムを前後で挟んでおしゃべりしているのは木畑(きばた)ナツメと住良木(すめらぎ)シュンの同級生カップル。朝から見せつけてくれちゃって。

羽飼(うかい)モナカがアタシの顔を覗き込んできた。


「おはよ。……カリン、どうしたの?顔が赤いよ?」


「なんでもないわよ!」

「あらあ?カリンの顔が赤いわよ?ついにデレる相手が現れたかあ?」


ナツメまで絡んできた。シュンとの会話に夢中かと思いきや、しっかりこちらを観察していたらしい。


「デレる?デレるって何?どういう意味?」

「モナ、ネットで調べるかナバリ先生に訊いてみな」


ナツメの細い指先がモナカの額にヒットした。


「ね。(たちばな)カリンのお相手って、誰?」

「だから、なんでもないったら!」


顔を赤くしたら盛り上がる、流行りの物を手に入れたら盛り上がる、髪を切ったら、カッコいい人見つけたら、遊びが、勉強が、将来が。平穏な日々。

そんな平穏な日々を乱す愚か者には説教が必要だ。



「カリン、お昼一緒に食ーべよ!」


教室を出ようとした所で肩を叩かれた。振り返るとナツメのびっくりしたような顔がそこにあった。


「どうしたのよ、怖い顔して」

「ごめん、ちょっと用事があるから。シュン君と食べたら良いじゃない」

「アイツ、また男子たちと一緒に食べるってさ。彼女(ほう)って何してんだか。あーあ。じゃあ、今日はモナカと一緒にナバリちゃん所で食べようかな。カリンも用事が済んだら来なよ」

「うん、分かった」


羽越(うえつ)ナバリ先生は保健室の先生。いわゆる養護教諭だが、アタシたちのグループとはとても仲が良い。

それは今は置いといて。


昼休みともなればみんな教室で食べたり外で食べたり、思い思いの場所に散らばって時間を過ごす。カップルともなれば人目につかないようなデートスポットをいくつか持っているようだが、広い、静か、まあまあ清潔という条件がそろっている割にあまり人気がない部屋も存在する。生物、化学、地学などの、いわゆる理科系の教室だ。

飾られた標本、学術的だと思われるおぞましいポスター、薬品の独特な臭い。そんなものに囲まれてお昼ご飯を食べようなんて、健全な高校生にはあまりふさわしくないと私は思う。


地学準備室のプレートが掲げられた部屋。ここは天文学部の部室も兼ねている。アタシを含めた仲の良いグループは、この天文学部の栄えある幽霊部員。もっと言うなら部の活動も稀なので、部自体も幽霊のようなものだ。

それもまあ、置いといて。

とにかくアタシは引き戸に手をかけた。



「昨日のあれ、何」


語尾が下がる。手を突いた拍子にテーブルの上のお弁当箱が跳ねた。オサムの身体が強張っている。


「な、何って……」

「夜中にいきなり『自殺するから』なんてメッセージ寄越して。何のつもりだったのかって()いてるのよ!」


テーブルを叩いた。今度はオサムが跳ね上がった。


「お、教えられないよ」


オサムはそっぽを向いた。ブルーフレームのメガネを指でくいっと押し上げている。そんなオサムに「見てよこれ」と言ってスマホの画面を突きつけた。


「『公園に来てる。今から自殺するから』、19時31分。アタシがちょうどお風呂から上がった時間よ。それから『今、どこ?』とか、どーでもいい世間話が3分おきに10件よ!」


オサムが下を向いた。口元が、少し(ゆる)んでるんじゃないの?


「でも、来てくれた」


アタシはスマホをテーブルに置いて、お弁当箱を遠ざけた。


「っじょーだんじゃないわよっ!」


木のテーブルから爆発にも似た音が出た。棚に並んだ標本の石がゆらゆら揺れている。オサムの頭が引っ込んだ。


「自殺するつもりなんかなかったんでしょ」

「き、来てくれなかったら、本当にするつもりだったさ!」

「どうだか。他人の都合を無視して、一方的に呼びつけるのと一緒じゃない。じゃあ、何。アタシが行かなかったなら、アンタがいなくなっちゃうとして……」


ペットボトルに口をつけた。冷たいお茶が、落ち着いて、落ち着いて、と呼びかけながらアタシの喉元(のどもと)を通っていく。


「昨日の夜はアタシが公園に行ってあげたわよね。それで、どうなるのよ」

「お、教わったんだ。『愛情確認ゲーム』って」

「はあ?愛情確認ゲーム?何よそれ」


どうせまた、くだらない女子の遊びを真似してみたんでしょ。


「お、教わったんだよ。木畑さんから……」


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