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第八十話「研究所」

 5月1日の早朝。

 黒の賢者は無事に“研究成果”であるライルを研究所に連れ帰る目途が立ち、満足げに頷いていた。


(一晩経ったが、隷属魔術は完全に機能している。この分なら研究所まで解けることはあるまい。竜人の娘が騒いでいたそうだが、大したことはできぬ。いざとなれば、実験体(ライル)を使って排除すればよい……)


 黒の賢者の中でライルは、実験動物と同じ扱いになっていた。


 出航の2時間ほど前、まだ空が白み始める兆候すら見せない時間に、ローザがラングレーたちと一緒に魔導飛空船の係留場所に抗議に来ている。


 最初はライルを返せと騒ぎ、力づくで飛空船に乗り込もうとした。

 押し問答が続いた後、ラングレーが「これ以上は駄目だ」と言って止め、そのまま帰っていった。その後、探索者(シーカー)たちも現れ、「ライルを返せ」と騒ぎ、多少の混乱は起きたものの、それも短時間で治まり、今は平穏そのものだった。


 朝日が昇ったところで、王都シャンドゥに向けて出航した。

 黒の賢者は念のため、飛行型の魔物を警戒し、部下たちに銃座に相当する船外の張り出し部に配置する。また、自らもいつでも戦えるよう、常に船橋(ブリッジ)に待機していた。


 2日間の航行を終え、5月2日の午後5時頃、無事にシャンドゥにある研究所に到着する。


「研究員たちは魔力増幅用多層魔法陣の起動準備を始めよ! 準備ができ次第、実験体への魔術強化を行う!」


 黒の賢者が命令を発した。

 魔物暴走(スタンピード)に対応するため、海上に逃れていた研究者たちだったが、一昨日のスタンピード終息の報を受け、今日の午前中に研究所に戻ったところだった。


 そのため、未だに研究施設の復旧作業を続けており、すぐに魔法陣を起動できなかった。


 黒の賢者はそのことに僅かに苛立ちを見せたが、ライルに施した暗黒魔術が解ける兆候はなく、この時間を利用して賢者たちに報告を行おうと考えた。


「実験体を研究棟に収容次第、各賢者に報告を行う。その間に準備を終えるのだ」


 部下に命じると、賢者たちに伝令を送った。

 緊急時であれば念話を使うという方法もあるが、いきなり念話で話しかけることは受けた側の集中を妨げ、実験を行っているような場合に事故につながる可能性があり、普段は使われない。


 拘束された状態のマーカスが飛空船から引き出されてきた。

 しかし、黒の賢者は全く興味を示さず、部下の一人が「明日、王宮に引き渡す。それまでどこかに閉じ込めておけ」と命じ、マーカスは2人の男に引きずられるように運ばれていった。


 黒の賢者が研究所に入っていくと、部下たちは命令通りに動き始めた。


 ライルとモーゼスが飛空船を降りていく。その足取りは酔っているように不安定だった。

 2人は黒の賢者の部下から研究者に引き渡された。


「若い方が実験体だ。精神が不安定になる可能性がある。大人しく従うように命じてあるが、あまり刺激するな」


 黒の賢者は研究所に入れば問題は起きないと考え、ライルに対し、研究所の外に出ないことと、研究員の言うことを聞くことに命令を変えていた。


 黒いローブを纏ったローザとアメリアは物陰から研究員たちの行動を見ていた。


 2人は魔導飛空船の船員を操り、密航した。そして、1日目の深夜にレベルの低い黒の賢者の部下を捕らえ、傀儡(くぐつ)としている。


 黒の賢者の部下は僅か30名しかおらず、発覚する恐れがあったが、低位の魔術師が黒の賢者に会う可能性は低いと考え、大胆にも暗黒魔術の大家である黒の賢者の部下にそれを行使したのだ。


 ローザは伝え忘れたことがあるという感じで、ライルに近づいた。


「何だ?」と研究者が聞くと、


「ブラウニングと引き離すと暴れる可能性があることを伝え忘れておりました」と平坦な声で伝えた。


「分かった」と研究者が言い、振り返ったところでライルの耳元で囁いた。


「必ず助ける。諦めないでくれ」


 ライルは特に反応することなく、研究者に引きずられるように歩いていった。


 ローザはそれを見送るが、すぐにアメリアと共に研究者たちに紛れて、研究所に入っていった。本来であれば、登録証によるチェックが行われるのだが、時間がないということでチェックが甘くなった隙を突いた形だ。


 研究所に入ると、アメリアは迷うことなく歩いていく。その堂々とした歩みに、すれ違う者も全く疑問を持たなかった。


 アメリアが内部構造を知っているのは以前、この研究所に潜入し、捕らえられた経験があるためだ。その際、内部の構造を把握しており、その記憶に従って行動している。


「本当に変わっていないのだな。アメリアが潜入したのは40年ほど前と聞いたが」


 ローザが小声で確認する。


「この研究所は500年以上前からあるそうです。7人の賢者のためにそれぞれの研究棟がありますから、構造を大きく変えることはできないのでしょう。もちろん、全く同じというわけではありませんが、傀儡から聞いた情報では大きく変わっていないようです」


 アメリアも同じように小声で返すが、


「そろそろ立ち入り制限が掛かるところです。気を引き締めてください」と指示を出す。


「承知」とローザも返し、俯き加減で進んでいく。


 白の賢者の研究棟に入ろうとしたところで、屈強な兵士と魔術師が1名ずつ立ち塞がる。


「用件を伺おう」と責任者らしき魔術師が言うと、アメリアが小さく頷く。


「黒の賢者様のことで、白の賢者様に申し上げたき儀がございます」


「賢者様に直接会いたいというのか」と魔術師は呆れる。この反応は当然で、側近以外にとって賢者は雲の上の存在なのだ。


「黒の賢者様が暴走しております。必ずやセブンワイズ全体に災いが降りかかるでしょう」


「どのような用件であっても事前の申請がなければここは通せぬ」


「では、白の賢者様にこれをお渡しください。ここで待たせていただきます」


 そう言うと、アメリアは懐から一通の封書を出した。


「そう言われても……」と自分の権限を越えることに魔術師は難色を示す。


「先ほど魔導飛空船が到着したことはご存じかと思います。黒の賢者様が賢者様方を招集し、会議を行うはず。その前にこれを読み、我らの話を聞いていただく必要があるのです。間に合わねば、貴殿が責任を負わされる可能性がありますが、よろしいですか」


 その言葉で「了解した」と言って、手紙を持って走っていく。


 ローザたちはその場で待つが、10分ほど経ったところで、魔術師が戻ってきた。


「お会いするそうだ。杖を渡してくれたまえ」


「では」と言って、ローザとアメリアは魔術師の杖を兵士に渡した。


 魔術師が杖を渡すという行為は騎士が剣を預ける行為に近く、上位者に合う場合に行われる。杖を受け取ると、すぐに「うむ。では参ろう」と言って歩き始めた。


 執務室に入ると、真っ白なローブを身に纏い、純白の仮面を被った白の賢者が出迎える。その後ろには同じように白いローブを纏った10名ほどの魔術師が立っていた。


「ようこそ。ローザ・ウイングフィールド殿、アメリア・リンフット殿」


 柔らかい女性の声だが、いきなり自分の名を言われ、ローザは動揺した。


「相手は鑑定が使えるのです。この程度のことで動揺していては交渉になりません」


 冷静なアメリアの声にローザは我に返った。


「では、用件を聞かせていただこうかしら。黒の賢者の暴走を止めたいと書いてあったのだけど」


「ライル・ブラッドレイ殿がハイヒュームになったことはご存じだろうか」とローザが切り出す。


「ええ。黒の賢者の報告は聞いているわ。彼にしては上首尾のようね」


「そのライル殿に隷属魔術を掛けたことはどうだろうか?」


「聞いてはいないけど、予想はしていたわ。ここに連れてくるためには必要でしょうから。それが何か?」


「そのことで交渉したい。彼の隷属魔術を解除してくれたら、あなたに協力するよう彼を説得する。黒の賢者の成果をあなたが奪えるのだ。どうだろうか?」


 ローザの言葉に白の賢者は「話にならないわね」と言い、


「黒の賢者だろうが、成果を上げてくれるなら、誰でもいいのよ。黒の賢者はともかく、私に功名を競う気はないわ。話はそれだけかしら」


 ローザは「人としての心がないのか!」と叫ぶ。


「ええ。私たちセブンワイズはそう言ったことから解放されているの。それより、この研究所に不法に侵入した罰を受けてもらわないといけないわね」


 白の賢者は最初から交渉するつもりはなく、ローザたちを捕らえるつもりでいた。

 そのため、10名の魔術師が待機し、更に扉の外には数多くの魔術師や警備の兵士が控えている。


「観念してちょうだい」と白の賢者は明るい声で言い放った。


 その時、アメリアは秘かに動いていた。


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同一世界観の作品のリンクを貼っておきます。

『【ラスボスグルメ外伝】 ジン・キタヤマ一代記~異世界に和食と酒を普及させた伝説の料理人~』
まだ読まれていない方はご一読いただけると幸いです。
設定集もあります。
 「千迷宮大陸シリーズ設定集」
興味のある方は覗いてみてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 白の賢者本人以外何人かかってもこの二人には勝てないのでは? これが深遠な策で部下をやられて仕方なくという形づくりだったら白の賢者の腹芸は大したものなのですが……。
[一言] そういえばローザのレベルはいくつで、鑑定の結果を確認してからの【観念してちょうだい】なのかな?
[一言] 観念してちょうだいっていうけど どう考えてもローザの方が強いだろ?
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