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第七十九話「密航計画」

 4月30日の午後6時頃。

 黒の賢者はライルに隷属魔術を施した。


(とりあえずはこれでよい。だが、彼の能力なら自力で隷属の(くびき)から逃れる可能性は否定できん。研究所にある増幅用の多層魔法陣を使うしかあるまい。あれならば、魔術の強化が可能だ。ここは一旦王都に戻るべきだな……)


 モーゼス・ブラウニングが開発した多層魔法陣理論を使った汎用魔法陣が王都の研究所に設置されている。これを使えば、魔術の強化が可能で、ステータスの差では覆されない隷属魔術にすることができると黒の賢者は考えた。


(……スタウセンバーグから転移魔法陣を使えば早いが、私が何度も現れるのは不自然すぎる。あの忌々しい噂が再燃せぬとも限らぬ。そうなれば、灰の賢者辺りが何か言ってくるはずだ。幸い、魔力結晶(マナクリスタル)に余裕はある。少し時間は掛かるが、飛空船で戻る方がよいだろう)


 スタウセンバーグでは黒の賢者がスタンピードを引き起こしたという噂が広がっていた。そんな中、2日続けて魔導飛空船でスタウセンバーグに現れれば、怪しげなことをしているように見え、噂を裏付けることになりかねないと考えた。


 黒の賢者は時空魔術の使い手でもあるため、自力で転移魔術を使うという方法もあるが、彼の魔力量(MP)ではライルとモーゼスを連れて一度に120キロメートルの転移を行うことは不可能だ。


 途中まで魔導飛空船で行くという方法もないではないが、それでもMPの消費量は馬鹿にならず、研究所に戻っても即座に魔術の強化ができない。また、何度も北に向かう姿を見られることを嫌ったことも理由の一つだ。


 黒の賢者はライルとモーゼスを伴い、町の外に係留されている魔導飛空船の船室に入っていた。

 そして、部下に明日の朝の出航を命じる。


「明日の早朝、王都に向けて出航する。準備を怠るな」


 その直後にあることを思い出した。


「エクレストンを王都に連れていく」


 黒の賢者は民衆の怒りが予想以上だった場合、マーカスを生贄(スケープゴート)にし、自らに向かないようにするつもりでいた。


 黒の賢者の部下がマーカスを引き取りにいくが、催眠状態のオルドリッジはすぐに引き渡しに同意する。

 マーカスは失意に打ちひしがれており、抵抗することなく、連行されていった。



 魔導飛空船の船員(クルー)たちは七賢者(セブンワイズ)の命令に逆らうことはなかったが、連日の航行で機関の調整や補給にうんざりしていた。


「明日の朝までに魔導機関の調整を終えろ!」


「2日連続で最大航続距離での移動だ! マナクリスタルの搭載量を確認しておけ!」


 クルーたちがバタバタと走り回る中、その様子を見ていた者たちがいた。

 それはローザとアメリアだった。


「ライル殿と連絡が取れぬ。少なくとも某たちが心配していることは分かっているはず。ならば、転移を使って連絡してくるはずなのだが」


「私が探ってまいりましょうか? あの程度の警備であれば、問題ありませんが」


 ローザは僅かに逡巡するが、「頼む」と短く言った。


 アメリアは小さく頷くと、エルフの姿からダークエルフに変え、夕暮れの長い影が伸びる荒地に消えていった。


 アメリアは滑り込むように魔導飛空船に潜入した。

 気配察知により、ライルとモーゼスの居場所は分かっており、その場に静かに向かっていく。


 狭い通路を多くのクルーが走り回っているが、レベル500を超える凄腕の間者に気づくことはなく、目的地に到着した。不用心なことに扉の前に見張りがいない。


(どういうことかしら? ライル様なら転移魔術で脱出できるからということかしら?)


 疑問を持つが、慎重に侵入を試みる。念のため、扉ではなく天井から侵入したが、中にはライルとモーゼスが拘束もされずに呆然とした表情で座っていた。


(おかしいわ。モーゼス様はともかく、ライル様が暗黒魔術や薬物の影響を受けることはないはず……)


 ライルの魔術に対する耐性は高く、また神聖魔術も使えることから、麻薬のような精神に作用する薬物に対しても浄化が可能だ。


(どういうことなのかしら? 黒の賢者の暗黒魔術が予想より強力だったということ?……そうだとすると罠の可能性もあるわ……)


 接触を試みるか迷ったが、状況を確認するだけで撤退した。

 アメリアのこの判断は正しかった。

 黒の賢者は予め決められた者以外が接触してきたら攻撃するようライルに命じていたのだ。

 アメリアの賢明な判断により、彼女の潜入は露見しなかった。


 ローザの下に戻ると、すぐに見たことを報告した。


「ライル殿が操られているだと」


「どうやったのかは分かりませんが、間違いないと思います。普段のライル様なら、私に気づいているはずですし」


「父上たちに相談しよう。某ではどうしてよいのか判断が付かぬ」


「その前に管理事務所に行くべきだと思います」


「なぜだ?」


「ライル様が戻ってこないのに何も行動を起こさない方が不自然ですから。黒の賢者はいませんが、代理の者はいるはずです。その者に抗議した方がいいでしょう」


「確かにそうだな」と言って頷くと、2人は迷宮管理事務所に向かった。


 管理事務所では責任者であるオルドリッジに話をしたが、黒の賢者の魔術の影響で全く話にならなかった。憤慨した様子を見せながら事務所を出た後、ローザは小声で話し始める。


「オルドリッジ連隊長の様子が明らかにおかしい。某では分からぬが、あれは暗黒魔術を掛けられているのではないか」


「そのようです。暗黒魔術の催眠ではないかと思います」


「ならば、軍には期待できんから、我々だけで何とかしなければならんということだな」


 そう言って決意を新たに屋敷に戻っていく。


 屋敷の戻るとすぐにラングレーとディアナに経緯を話していった。


「つまり、ライルは黒の賢者に操られていると……恐らくだが、モーゼスを殺すと脅されて、暗黒魔術を受け入れたんだろうな」


「そんなところでしょうね」と普段見せるやさしい笑みを消したディアナが同意する。


「某はライル殿を救出したい。どうしたらいいのだろうか」


 その問いにラングレーが苦虫を噛み潰したような表情で話し始める。


「相手は黒の賢者だ。ディアナでも解呪は難しいだろうな」


「ええ。相手は私よりレベルが200近くも上だから……」


 ディアナの言葉にローザが「手はないのですか!」と声を張り上げる。


「可能性があるとすれば、白の賢者の力を借りることくらいね。伝統的に黒の賢者と対立しているから、手を貸してくれる可能性が全然ないわけじゃないわ」


 ディアナはそう言いながらも表情は暗かった。彼女自身、セブンワイズの一員である白の賢者が簡単に手を貸すとは思っていなかったのだ。


「セブンワイズに力を借りねばならぬということか……」とローザは呟くが、すぐにガックリとうなだれる。


「王都に乗り込まねばならないということではないか。相手は飛空船。間に合わぬ……」


 そこでアメリアが話に加わった。


「魔導飛空船に密航してはどうでしょうか? 私なら潜り込むことは難しくありません。目的地は王都にある研究所。白の賢者もそこにおりますので、飛空船を降りた後に接触を図れば、何とかなるかもしれません」


 セブンワイズの研究所は王都シャンドゥの北の森の中にある。

 白の賢者も神聖魔術の研究を行っており、研究所にいる可能性は高い。


「某も行く!」


「分かりました。お嬢様がいてくださった方が白の賢者を説得しやすいかもしれません。旦那様、奥様、よろしいでしょうか」


「止めても聞かんのだ。許すしかあるまい」とラングレーがいうと、ディアナも「気をつけていってらっしゃい」と言った。


「ならば、すぐにでも準備を」とローザは立ち上がるが、それをラングレーが止める。


「まあ待て。出航は朝なんだ。まずは作戦を立ててからだ」


 その言葉でローザは焦っていたことに気づき、「申し訳ありません」と頭を下げる。


「王都までは500キロ。2日間の行程だろう。その間、隠れ続けることが可能なのか?」


 ラングレーの問いにアメリアが大きく頷く。


「密航自体は容易です。それに船員は黒の賢者の配下ではなく、一般人です。私が暗黒魔術で傀儡(くぐつ)にすれば、発覚する可能性は低いと思います」


「黒の賢者がいるところで暗黒魔術を使う気か……いや、意外にいけるかもしれん。ローザは鑑定されたが、お前は元素系しか使えん。俺とディアナが暗黒魔術を使えないことは知っている。エルフ(・・・)であるアメリアが暗黒魔術を使うとは思わんだろう。油断している可能性は高い……」


 4人で計画を立て始めた。


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同一世界観の作品のリンクを貼っておきます。

『【ラスボスグルメ外伝】 ジン・キタヤマ一代記~異世界に和食と酒を普及させた伝説の料理人~』
まだ読まれていない方はご一読いただけると幸いです。
設定集もあります。
 「千迷宮大陸シリーズ設定集」
興味のある方は覗いてみてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 囚われの伴侶を救出に行く剣士、ポジションが……w
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