第七十二話「王国軍到着」
4月29日の午後。
僕とローザは彼女の住む屋敷でのんびりとした時間を過ごしていた。
一昨日までは町の周辺にいる魔物を見つけ、処分していったが、その魔物たちも数が減り、グリステートの周囲10キロメートルの範囲にレベル400を超える魔物はいなくなった。
その間、ラングレーさんたち迷宮から出てきた探索者は町の中に散らばっているドロップ品の回収を行っていた。
「物凄い量の硬貨と魔力結晶だぞ。他にも結構いい武具があったし、どんな配分になるかは分からんが、お前たちは大金持ちになれるな」
硬貨は白金貨が千枚以上、金貨は数えきれないほどある。また、珍しい“魔銀貨”も数枚あり、硬貨だけで100万ソル(日本円で10億円)を超えるらしい。
他にも高レベルの魔物のマナクリスタルが多数あり、これも100万ソルを軽く超えると教えてもらっている。
それ以上に価値があるのがドロップ品だ。
ミスリルゴーレムが落とすインゴットは1つ1万ソル以上だし、ミノタウロス系が落とす武器は1つ10万ソルを超えるものも多い。
合計するといくらになるか全く分からないが、少なくとも10万ソルはもらえるんじゃないかと思っている。
ラングレーさんたちの回収作業も昨日中に終わっている。
落ち着いたところで、ラングレーさんとディアナさんに僕とローザが恋人関係になったことを報告した。
ラングレーさんが激怒して殴りかかってくると身構えたが、特に激昂することもなく、「そうか」とだけ呟いた。
僕が不思議そうな顔をしていたためか、ラングレーさんはバツの悪そうな顔で話し始める。
「ローザが生き残れたのはお前と一緒だったからだ。もし、俺と一緒なら恐らく死んでいた。そう考えると、父親としての俺の役割は終わったんじゃないかってな。お前なら娘を不幸にすることはないだろうし……」
いつもの豪快さがなく、こちらが拍子抜けしてしまった。
「私は大賛成よ。以前だったら、寿命の短い普人族と一緒だと不幸になると思っていたのだけど、私たちより寿命が短いとはいえ、エルフと同じくらい長く生きられるのだから。子供が生まれてくれればもっといいのだけど、こればっかりは分からないから」
「こ、子供ですか……」
ディアナさんの言葉に僕は顔が熱くなるのを感じた。隣にいるローザも顔が真っ赤になっている。
「そうよ。ヒュームと竜人族だと子供は無理けど、神人族なら分からないわ。そんな記録がないんだから」
ハイヒュームは千年以上前に絶滅しており、それ以前の記録も豪炎の災厄竜によって都市ごと焼かれてなくなっている。そのため、ハイヒュームがどのような存在だったのか、長命の竜人やエルフが伝えるだけで詳細は分かっていない。
「確かにそうですが」と言うことしかできなかった。
そんな話ができるほど、グリステートの町は平和だった。そのため、僕たちも特にすることがなく、のんびりとしている。
スタンピードが終息し、周辺の魔物がいなくなった時点で、スタウセンバーグに報告に向かうという話が出ていた。しかし、一昨日の夕方に王国軍の偵察隊が現れ、昨日の朝に出発しているため、到着を待つことになったためだ。
午後3時頃、白銀級の若いシーカーが現れた。若いといっても僕と同世代だ。
「王国軍が到着した。そこの連隊長が迷宮管理事務所に来てほしいと言っている。すぐに行ってくれるか」
「分かりました」と答えると、そのシーカーは苦々しい顔で付け加えた。
「あの卑怯者、エクレストンがいたそうだ。だから気を付けろよ」
「本当ですか!」とマーカスが生きていることに驚く。
「ああ、取り巻きたちと一緒に王国軍に合流できたらしい。悪運だけは強いようだ」
「よくここに来られたものだ。恥知らずなどというレベルではない」とローザも憤っている。
「そうだね」と答えるものの、そこまでの怒りはない。
僕自身のレベルが上がり、魔術が自由に使えるようになったから、昔のように劣等感を抱くことはなく、逆に戦わず逃げ出してしまった彼に同情しているほどだ。
なぜなら、彼の順風満帆だった人生はこれで終わってしまったのだから。
どれほど取り繕おうと、戦っていなかったことは簡単に証明できる。
僕が言っても取り合ってもらえない可能性はある。しかし、白金級以下のシーカーは脱出しているから生き残りは結構いる。その全員がレベルアップしているはずで、マーカスたちのレベルが上がっていなければ、戦っていなかったことは誰の目にも明らかだ。
これほど明確な証拠があれば、魔導伯家の権力を用いても覆すことは難しく、逆に現在のエクレストン魔導伯がマーカスを斬り捨てる可能性の方が高い。
ローザとアメリアさんと一緒に迷宮管理事務所に向かう。アメリアさんだが、戦いが終わった後、魔導具を使っていつものエルフの姿に戻っている。
管理事務所に到着すると、ロビーでラングレーさんが王国軍の士官と話をしていた。
「おう、来たか」とラングレーさんが僕に気づいて声を掛けてきた。
「こいつらが生き残りだ。俺の娘のローザ、うちのメイドのアメリア・リンフット、そして、今回の立役者ライル・ブラッドレイだ」
そう言って30代半ばくらいの士官に僕たちを紹介した。
「スタウセンバーグ駐留連隊の連隊長、オーガスト・オルドリッジだ」と言って、連隊長は右手を差し出してきた。
「ライル・ブラッドレイです」と言って握手すると、連隊長は笑顔を見せる。
「今回は君たちの活躍でこの国は救われた。マナクリスタルを見たが、あれほどの大物を見たことがない。報告にあった通り、レベル700を超えていることは確実だろう。そんな敵が野放しにされたら、大混乱に陥っていたはずだ」
「運がよかっただけです」と答えるが、呼び出された目的がこの話ではないと思い確認する。
「ご用件は何でしょうか?」
「君たちには今回の報告書の確認と署名を頼みたい。唯一最後まで戦った最上級シーカーとして」
「ブラックですか?」と思わず言ってしまったが、レベルを測定すれば間違いなく、ブラックランクになるので間違いではない。
ただ、未だに白金級の気分でいたので、雲の上の存在であったブラックと言われても面食らってしまう。
「分かりました」と答えた直後、マーカスの姿が目に入った。
拘束もされず、取り巻きたちと自由に歩き回っている姿に驚く。
「敵前逃亡した者が堂々と歩いているのはおかしいのではないか」と、ローザはオルドリッジ連隊長に食って掛かる。
「本人は最後まで前線にいたと主張しているのでな」
「レベルを調べれば分かる話だと思いますが? あの場にいた人は最初の頃に戦っていた青銅級を含め、全員が大きくレベルアップしているはずですから」
守備隊に所属している者は最低3ヶ月に1回、レベルを申告する必要がある。その記録と比較すれば、簡単に分かるはずだ。
「それは分かっている。だが、奴は貴族の特権を盾に拒否しているんだ」
「そのようなことが許されるのか! 勇敢に戦って死んだリンゼイ隊長たちを冒涜するに等しいことだ!」
ローザの憤りは理解できる。しかし、オルドリッジ連隊長も悔しげな表情をしているので認めたわけではないようだ。
「その報告書とカーンズ所長の記録で奴を告発する。差し違えてでも、あいつの破廉恥な行いを白日の下に晒してやるつもりだ。それが戦って死んでいった者たちへの供養になるからな」
迷宮管理事務所のカーンズ所長は文官なのに最後までここに残り、守備隊の兵士やシーカーたちの支援を続け、迷宮の入口を放棄したタイミングで負傷者や魔力切れの魔術師たちと共に町から脱出した。
しかし、街道の途中で魔物に襲われ、命を落としたとオルドリッジ連隊長が教えてくれた。
「いずれにせよ、この報告書に早くサインをした方がよさそうですね」
「会議室を用意している。そこで確認してくれていい」
僕とローザは連隊長と別れ、会議室に向かおうとした。
しかし、そこにマーカスが現れた。