第三十四話「誕生パーティ:前篇」
大陸暦1120年4月13日。
今日はローザの18回目の誕生日だ。
明日からグリステートのパーガトリー迷宮に挑むが、今日は彼女の誕生日を祝うため、山に入る予定もない。
誕生日を祝うと言っても2人だけで祝うわけではない。両親であるラングレーさんとディアナさんも迷宮には入らずに祝うためだ。
他にもモーゼスさんやアーヴィングさん、ウイングフィールド家のメイドのアメリアさんなども加わり、午後からパーティが行われることになっている。
場所は探索者御用達の居酒屋を貸し切るらしい。
未だにマーカスの嫌がらせは続いているが、シーカーや魔物狩人の反発もあり、以前より大人しくなっている。
モーゼスさん、アーヴィングさんと一緒に店に入ると、ローザがディアナさん、アメリアさんと話していた。
彼女はいつもの“着物”ではなく、深紅のドレスを着ており、いつもより輝いて見える。
その姿に少し気後れしながら近づいていく。
「誕生日おめでとう」と言って、プレゼントが入った箱を渡すと、
「かたじけない」といつもの口調で受け取ってくれる。
「中は何なの?」とディアナさんが興味津々と言う感じで聞いてきた。
「大したものじゃないんです。僕が作ったマジックポーチです」
ローザは箱を開け、ポーチを取り出した。
幅20センチ、高さ10センチ、厚み5センチほどの黒い革製だ。裏側にはベルトに通せるようにしてある。
「見事なものだな、ライル殿。それにしてもいつの間に作っていたのだ?」とローザが聞いてきた。
「2ヶ月くらい前からアーヴィングさんに教えてもらいながら作ったんだ。予備の投擲剣を入れるのにちょうどいいかなと思って……」
この町に来て2年半。山に入るようになってからもアーヴィングさんから魔導具作りは学び続けており、そこそこな物は作れるようになっている。
彼女は“クナイ”と呼ばれる独特な形の投擲剣を使う。そのため、鎧の後ろにホルダーがあるのだが、意外にかさばるため、3本しか装着していない。予備は収納袋に入れておけばいいのだが、それだと投げ切った後にすぐに取り出せないので、腰に付けた方がいいと思ったのだ。
もっとも彼女の場合、メインの武器は刀で、遠距離攻撃は火属性魔術が使えるから、クナイを使うのは奇襲の時くらいしかない。そのため、3本以上使うことはないので、あまり役に立たないと思っている。
「……まあ、使う機会は少ないと思うけど、背嚢くらいの容量はあるから、他の物を入れるのに使えると思う」
ローザは僕の作ったポーチを嬉しそうに眺めながら、
「大切に使わせていただく」と頭を下げながら言ってくれた。
出席者が集まり、パーティが始まった。
主役であるローザがテーブルの真ん中に座るのはいいのだが、その横に僕が座ることになった。
席を決めたディアナさんに「ラングレーさんとディアナさんが両脇に座った方がいいのでは」と言ってみたが、
「いいのよ。この子とあなたの壮行会も兼ねているんだから」と取り合ってくれない。
その横ではラングレーさんが僕を睨んでいるので少し居心地が悪いが、この場でディアナさんに逆らうことはできる人はいないので、仕方がないと諦める。
パーティと言っても、乾杯を終えた後は飲み会と変わらない。
居酒屋の店主が次々と酒と料理を提供し、それを楽しみがら談笑している。
僕もここ数ヶ月はラングレーさんのパーティメンバーの打ち上げに参加させてもらっており、少しだけお酒を飲むようになった。
ただ、あまり強くないようで、途中から治癒魔術を掛け続けることで、何とか最後まで意識を保っているという状況だ。
話は変わるが、ラングレーさんのパーティだが、奥さんのディアナさんの他に3人のメンバーがいる。
一番付き合いが長い人は50年前から一緒のペネロペ・カルディコットさんだ。
ペネロペさんは森人族の女性で、アーヴィングさんが抜けた後に斥候職としてパーティに加わった。
元素系の魔術に加え、神聖魔術も使える弓術士ということで、斥候としてだけではなく、遠距離攻撃でも活躍できる、とても優秀な人らしい。
エルフの女性らしく凄い美人だが、少し冷たい感じがしてほとんど話したことはない。
スタンリー・ブレンバーさんは3メートル近い巨体の鬼人族の重戦士だ。金属鎧とタワーシールドかと思うような大きな盾を持ち、1.5メートルくらいある戦槌を使う。
鬼人族なので顔つきは少し怖いが、豪快な人で僕のことも気に入ってくれたのか、時々訓練に付き合ってくれる。ただ、手加減が苦手なのか、素手であっても一発食らうだけで気絶してしまうほどで、僕としては遠慮したいといつも思っている。
3人目はアベル・ディーリアスさんで、獣人族の熊人族の戦士だ。スタンリーさんほどではないが、この人も2メートルを優に超える体格で、巨大な両刃の戦斧を使う。
毛深く見上げるほどの巨体なので最初はちょっと怯んでしまったが、意外にやさしい人だった。
スタンリーさんとアベルさんはラングレーさんたちがこの町に来た後に知り合ったそうで、13年くらいの付き合いらしい。
3人とも武術の上位スキルである“極意”に達しており、レベル380を超えている。打撃力のあるスタンリーさんとアベルさん、攻撃魔術と神聖魔術が使えるディアナさん、ペネロペさん、剣の達人であり攻撃魔術も使えるラングレーさんという組み合わせで、どの魔物に対しても弱点がない非常にバランスがいいパーティだ。
このパーティだが、迷宮では6人パーティが基本と言われているが、5人しかいない。これはローザを加えることを想定しており、固定のメンバーを入れないようにしているとのことだ。
1時間ほど経ったところで、ドワーフの鍛冶師グスタフさんも加わった。
「待たせたな!」
そう言いながら、細長い木箱をラングレーさんに渡した。
それをラングレーさんが受け取り、ディアナさんと一緒にローザの前に立つ。
「俺たちからプレゼントだ」と言って、その箱を渡す。
ローザがその箱を開けると、一振りの刀が入っていた。
長さは120センチくらいで、朱色の艶やかな鞘と黒い糸がきれいに巻かれた柄のコントラストが美しい。
「これは……」と言いながら、ローザが刀を抜く。
窓から差し込む陽の光を受け、黒曜石に紅玉石を混ぜたような美しい刀身が煌めく。
「アダマンタイトの刀じゃ。ラングレーたちが集めたインゴットで打ったものだ……」
アダマンタイトは非常に高価で滅多に出回らないが、最上級のシーカーであるラングレーさんたちならゴーレムを倒すことで手に入れることは可能だ。
アダマンタイトゴーレムは350階層付近で現れるが、いわゆる不正規であり、滅多に遭遇できない。また、現れたとしても物理攻撃にも魔術攻撃にも耐性があるため、とても倒しにくい魔物だ。
一度に落とすインゴットは200グラムしかなく、彼女が使う“太刀”という刀を一振り作るためには最低10個は必要で、それを集めるためにはこの町一番のシーカーであるラングレーさんたちでも長い時間が掛かったはずだ。
そのことを分かっているため、「父上たちが某のために……」と、ローザは目を潤ませている。
「アーヴィングが魔法陣を刻んでいるから炎を纏わせることもできる。久しぶりに良い仕事をさせてもらったぞ」
グスタフさんは満足そうにいい、いつの間にか受け取っていたジョッキを大きく傾けていた。
そして、僕に向かって、
「すまんが、お前の銃身は少し遅れる。この刀の仕上げに少し手間取ったのでな」
「構いませんよ。今の銃身で困るようなことはないですから」
僕たちの横ではラングレーさんとモーゼスさんがローザと話している。
「名は“黒紅”だ。モーゼスが名付けてくれた」とラングレーさんが言うと、モーゼスさんが小さく頷き、
「私のいた世界の日本という国の色の名前を付けてみた。意味は赤みが入った黒。その刀身を見て、日本を旅行している時に知った言葉を思い出したのだよ」
「黒紅……素晴らしい!」
ローザは刀に見入っていた。