第三十話「大物食い」
4月1日。
ローザと共に山に入るようになってから10日が過ぎた。
彼女のレベルアップは順調で、既にレベル100を超えている。レベル170を超えている僕が一緒ということで、“パワーレベリング”と言えなくもないが、レベル120程度のアンデッドなら僕の支援がなくても十分に倒せるほど実力があり、それには当たらないと思っている。
レベルは100を超えたところだが、特殊スキルを3つ獲得していた。
そのうち2つは僕も持っている“百戦錬磨”と“勇猛果敢”だ。条件は分からないが、いずれも7日目に獲得しているので、数か時間に関係しているのかもしれない。
もう1つは“紫電一閃”だ。
これは比較的早い段階で取得しているが、どのような効果があるのかは分かっていない。ただ、ローザが言うには、「一撃で倒しやすくなった気がする」ということなので、そう言った効果があるものなのかもしれない。
どの特殊スキルの効果かは分からないが、精神力と攻撃力が上がっており、戦闘時間が一気に短くなっている。
能力的には十分に上がっているが、ここ数日、アンデッドを倒してもレベルが上がらなくなっていた。
「狩場を変えるべきではないか」
「そうだね。レベルが高くて動きが遅く、群れを作らない敵が一番いいんだが……」
「そのような都合のいい敵はおらぬのではないか? 囲まれさえしなければ、ライル殿の魔術で脱出ができる場所ならリスクは少ないと思うのだが」
「確かにそうだね。そうなるとあの場所がいいな」
という話を昨日している。
行く場所は少し遠く、時間にして3時間ほど掛かる場所だ。
1ヶ月前、まだ1人で狩りにいっていた頃、オーガの群れと殺人蟷螂を倒した崖だ。
高さ30メートルほどの崖の下には緩やかに下っている窪地で、過去に土砂崩れでもあったのか、200メートルほど森が切れている。そのため、崖の上から敵がよく見え、絶好の狙撃ポイントだ。
その崖の下でローザが待ち受け、僕が崖の途中にある岩棚から狙撃する。
見通しはいいから、数が多ければ僕が狙撃で間引けばいいし、最悪の場合は転移魔術で上に逃げることが可能だ。
その話をすると、ローザは頷き、
「オーガにキラーマンティスか。腕が鳴る」とやる気になっていた。
日の出と共に出発し、午前9時過ぎに目的地に到着する。
「昨日も言ったけど、ここには大物がよく出る。僕の指示には必ず従ってくれ」
「了解した。ライル殿が指揮官だ。その命令には絶対に従おう」
一応注意しているが、ローザは最上級探索者であるラングレーさんとディアナさんに鍛えられているだけあって、視野は広いし、冷静さも失わない。
そのため、アンデッドを相手にしている時には危なげなところは一切なかった。
最初の1時間は何も現れなかった。
焦れ始めたところで森の木が揺れ始めた。
「「何か来る!」」と僕とローザは同時に警戒の言葉を発した。
木々の間を抜けてきたのは身長5メートルを超える単眼の巨人、サイクロプスだった。
この辺りのサイクロプスはレベル480を超えているが、僕のM82対物ライフルを使って急所である目を狙えば倒せないことはない。
しかし、耐久力が高く、急所以外に攻撃を加えても倒せない可能性があった。また、麻痺のスキルを使ってくるので、安易に戦っていい相手ではない。
「どうする?」とローザに確認すると、
「ぜひ戦わせていただきたい」と即座に言ってきた。
どうしようか悩むが、最悪の場合、狙撃で倒してしまえばいいと割り切った。
「了解! 僕が狙撃でダメージを与えるから、前に出過ぎないようにしてくれ」
用意してあったM82にホローポイント弾が入った弾倉を装着する。そして、セレクターレバーを“AM”ポジションにしてから遊底レバーを引き、圧縮空気の魔法陣を起動する。
ホローポイント弾は先端に空洞がある特殊な弾丸で、今回使うものは標的に当たると先端が8つに開くものだ。
先端が開くため、弾丸の運動エネルギーがより伝わりやすく、大きなダメージを与えることができる。大型の魔物に対しては非常に有効で、M82のAMモードで発射すると、人の胴体ほどの太さがあるオーガやトロールの脚ですら一撃で吹き飛ばせる威力を持つ。
サイクロプスは体重2トンを超える大物だが、竜のように強靭な鱗を持つわけではないので、貫通力の高い弾丸よりホローポイント弾の方がよいと判断した。
接近してくるまでに両腕にダメージを与え、接近したところで脚を潰す。
サイクロプスは僕たちのことを単なる小物だと侮っているのか、右手に持った巨大な棍棒を揺らしながら悠然と近づいてくる。
「腕から潰していく! 怒り狂って走ってくるかもしれないから注意しておいてくれ!」
それだけ言うと、伏せた状態で魔法陣に魔力が溜まるのを待ちながら、狙撃準備を行っていく。
硬い銃床を革鎧にしっかりと押し付け、ストックの下部分にあるリアグリップを左手で握る。
右目で覗いている光学照準器の十字線を見ながら予測線を歩く度に左右に揺れるサイクロプスの右肩を合わせる。
圧縮空気を作る緑色の魔法陣が消えた。
「発射準備完了。目標確認。障害物なし。距離150。風ほぼなし。AMモード確認……」
指でセレクターレバーの位置を確認し、ゆっくりと息を吐く。
ここまでは一連の動作だ。
これによって適度な緊張感になり、肩の力が抜ける。
そして、呼吸を止め、サイクロプスの肩が止まるタイミングに合わせ、引き金を引く時を静かに待つ。
予測線がサイクロプスの肩にしっかりと向かっていることを確認し、“発射”と頭の中で呟き、トリガーを引く。
次の瞬間、15個の銀色の魔法陣がM82の銃身に貫かれるように浮かび上がり、パーンという空気を震わす高い音が響き、銃身の先にあるマズルブレーキから白い靄が噴き出している。
スコープの中ではサイクロプスの右肩が真っ赤に染まっていた。
「冷却開始。SPモードに切り替え。次弾装填」
そう呟きながら、冷却用の水魔術の魔法陣を起動し、セレクターレバーをSPモードに切り替えてから、ボルトレバーを引く。
スコープから目を離し、サイクロプスを見ると、右手は付け根から吹き飛んでおり、左手で右肩を押さえていた。
「効いているぞ!」とローザは叫び、満面の笑みを浮かべて、日本刀でサイクロプスを指している。
その間にサイクロプスは走り出していた。逃げ出すことなく、僕たちの方に向かってくる。
「もう1発しか撃ちこめない! 油断するな!」
スコープを覗き込むと、怒り狂った表情のサイクロプスの顔が映っている。
距離が150メートルと近かったため、すぐに接近されると思い、2発目は発射準備時間の短いSPモードを選んでいた。
冷却に15秒ほど掛かるが、サイクロプスは撃たれた直後に5秒ほど立ち尽くしたことと、片腕を失ったことからバランスを何度も崩しており、走る速度が上がらないため、射撃のチャンスは十分にある。
冷却の魔法陣が消えた。
既に圧縮空気の魔法陣も消えており、発射準備が整った。
サイクロプスの位置は50メートルほど。照準は既に合わせており、再びトリガーを引く。
見事に左肩に命中したが、AMモードと違い、威力が不足しているためか、左腕を吹き飛ばすことはできなかった。
しかし、右肩を押さえていた左腕はダラリと垂れ、戦闘力を奪うことに成功する。
サイクロプスは両腕を失ったが、戦意は失っていなかった。
怒りの咆哮を上げると、両肩を揺らすようにして早足で近づいてくる。
冷却用の魔法陣に魔力を送り込むと、横に置いておいたM4カービンを手に取り、ローザの横に転移する。
「ここからは某の出番だな」
「分かっていると思うけど、油断はしないように」
「うむ。ここまでお膳立てしてもらって怪我をしたのではライル殿に申し訳ないからな」
そう言ってニヤリと笑うと、すぐに表情を引き締め、ゆっくりと前に出る。
彼女の支援をするためにカービンを構えながら右に移動する。
サイクロプスは自分を傷つけたのが僕だと分かっているようで、大きく見開いた単眼で僕を睨みつけていた。
サイクロプスの麻痺のスキルを警戒し、ローザから離れるように横に走る。サイクロプスは僕を標的と決めたのか、向きを変えて追いかけてきた。
その目が何度も光り、麻痺のスキルを飛ばしてくる。その光線を転移魔術を使って避けていく。
「某を無視するとはいい度胸だ!」とローザが咆え、サイクロプスに向かって駆けていく。
サイクロプスはローザを一瞥するが、僕に対する怒りが大きいのか、彼女を無視して僕に向かってきた。
「はあぁぁ!」というローザの気合が空気を揺らす。
ローザは右膝付近に狙いを定め、上段から渾身の斬撃を繰り出した。
「ガァアア!」
サイクロプスは痛みに咆哮を上げ、膝を突いた。
ローザはサイクロプスの後ろに回り込み、その無防備な背中や腰を何度も斬り付けていく。
僕もM4カービンを喉元に撃ち込み、支援する。
カービンの銃弾を10発ほど撃ち込み、ローザも10数回の斬撃を放っている。しかし、サイクロプスは血塗れになっているが、なかなか倒れない。
更に攻撃を加え、ようやくサイクロプスは力尽きた。
「倒せた……ようだね」と僕が言うと、
「うむ。我らだけでサイクロプスを倒した」と放心気味に答える。
サイクロプスは最上級探索者でも苦戦する魔物だ。それがレベル200にも満たない僕たちだけで倒せたことが信じられないのだ。
「とりあえず、こいつは僕が片付ける。ローザは周囲の警戒を頼む」
モーゼスさんから借りている収納袋でもサイクロプス1体を入れるとほぼ一杯になった。
その後、ゴブリンやコボルドといった小物しか現れず、昼過ぎに町に戻っていった。
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。