第二十三話「救出」
僕とクライブさんがいつも狙撃に使う崖の上に着いた時、既にハーパルたちは魔物に襲われていた。
襲っているのは暴君大猿で、見える範囲だけでも6匹いる。
騎士2人は川の浅瀬で倒れており、魔術師と神官の身体の下には大きな血溜まりが見える。
唯一無事なのはハーパルだけだが、彼は恐怖のあまり地面に膝を突き、大声で泣いているようだ。
「間に合わなかったか……」とクライブさんが呟くが、僕はまだ可能性があると思い、伏せた状態でM4カービンを構える。
「ここから狙撃します。クライブさんも頭を下げてできるだけ見つからないようにしてください」
返事を聞くことなく、ハーパルを襲おうとしている1匹に照準を合わせる。
念のため、光学式照準器は取り付けていたから、200メートルほどの距離でも十分に狙える。
いつもなら頭を狙うのだが、今回は敵の注意を逸らすため、確実に当てられる胴体を狙った。大きな身体であるため、見事に脇腹に命中する。
「ギャアウ!」という雄叫びが微かに聞こえてくるが、それに構わず別の敵に照準を合わせていく。
大猿たちはどこから攻撃されているのか分からず、パニックに陥ったようで喚き声を上げながら跳ね回っている。そのお陰で膝を突いて呆然と天を見上げているハーパルに向かう敵はいない。
動き回っていて照準を合わせにくいが、何とか2匹目の右肩に命中させ、大猿はもんどり打って倒れた。
次の敵を狙おうとしたところで、1匹の大猿が僕たちの方を見て騒いでいる。どうやら気づかれてしまったようだ。
無傷の大猿たちは腕を使って四つ脚の動物のように走ってくる。その速度は馬の疾走ほどの速さがあり、2匹に命中させたところで残りの2匹が崖の下にたどり着いてしまった。
その頃にはクライブさんも弓で射撃を開始していたが、崖の下にたどり着いた1匹の腕に命中させただけで終わった。
「登ってくるぞ!」とクライブさんが叫び、弓を捨てて剣を抜く。
僕はそれに応えることなく、M4カービンに銃剣を取り付ける。本当はM590ショットガンにしたかったが、タイラントエイプならこのくらいの崖はあっという間に登ってくるから、代えている暇がなかったのだ。
「僕が前に出ます!」と言って崖のギリギリに立つ。下を覗くと跳ねるような勢いで登ってくる大猿の姿が見えた。
真下に向けて1発撃ち込もうとしたが、動きが複雑で、僕にだけ見える予測線がぶれ、その動きについていけない。思い切って撃ってみたが、運が悪いことに腕を掠めただけだった。
「ハァォ!」という甲高い声を上げながら、崖の上に飛び込んできた。
そのタイミングで弾を撃ち込み、更に銃剣をみぞおちに叩きこむ。
「ギャァァア!」という耳障りな悲鳴を上げ、崖の下に落ちていった。
クライブさんの矢を受けた大猿も崖を登ってくるが、腕を痛めているためか、最初の1匹より勢いがない。慎重に狙いを定め、脳天に弾丸を撃ち込み、排除する。
「それにしても凄いもんだ。タイラントエイプと差しでやって勝てるとは」
「場所がよかったからですよ。平地だったら多分やられていました」
そう言った瞬間、それまでの緊張感が緩み、命の危険が迫っていたことを実感し、僅かに震えがくる。
「向こうも何とかなったようだな」とクライブさんが言ってきた。
2匹の仲間が殺されたことから、タイラントエイプたちはハーパルたちを放置したまま、森の中に逃げていった。
「戻ってこないんでしょうか?」
「奴らは意外に憶病なんだ。弱い相手は徹底的にいたぶるが、自分より強いと思ったらすぐに逃げる。それもできるだけ遠くに。まあ、迷宮の猿どもは別だがな」
迷宮の魔物は実力差があろうと関係なく襲ってくるが、迷宮から出た魔物は本来の生存本能に従って行動するようになるらしい。
「助けに行った方がよさそうですね」
「そうだな。少なくともあのガキは生きている。騎士も運が良ければ生きているかもしれん」
ロープを使って下に降りていき、ハーパルたちのところに向かう。ただし、周囲には警戒しながらゆっくりと。
ハーパルは呆けたような表情で涙を流し続けていた。とりあえず怪我はなさそうなので、倒れている人たちの様子を見にいく。
魔術師と神官はやはり事切れていた。魔術師は内臓がはみ出るほど深く爪で切り裂かれ、神官は頭を完全に潰されていた。
吐き気を催す死体だが、置いてあった彼らのマジックバッグに丁重に収める。
「ホワイトローは生きているようだな」
ホワイトローという騎士は盾を持っていた左腕を骨折し、意識を失っていた。川に落ちていたが、運がいいことに顔が上を向いていたため、溺れずに済んだようだ。
もう一人の騎士、ヒースコートと呼ばれていた人は逆に運が悪かったのか、鋼鉄製のヘルメットが大きく凹み、首が変な方向に曲がっていた。投げ飛ばされたか、吹き飛ばされた時に地面の岩に頭を打ち付けたのだろう。
「応急処置をするから周囲の警戒を頼む。その前にあのオークの死体はさっさと片付けておいてくれ」
戦いに夢中で気づかなかったが、河原に5匹のオークの死体が転がっていた。移動中にクライブさんから聞いた“餌”のようだ。
周囲を警戒しながらパーソナルカードを確認する。
残りの魔力を確認するためだが、驚いたことにレベルが30も上がっていた。そのお陰もあってMPの残量は4000ほどあり、まだ十分に戦えると安堵する。
ホワイトローさんが目覚めたのか、「ハーパル様は!」と叫んだ。
「大丈夫だ。身体には傷1つ付いちゃいねぇ。まあ、心の方は知らんがな」
その言葉にホワイトローさんは安堵の表情を浮かべるが、仲間の姿がないことに表情を曇らす。
「3人の遺体はあんたたちのマジックバッグに入れてある。そんなことより、ここは危険だ。動けるならすぐにでも出発したい」
「分かった。一言だけ言わせてくれ。助けにきてくれて感謝する」
頭を大きく下げてそれだけ言うと、放心状態のハーパルの下に向かい、立ち上がらせた。
ハーパルはホワイトローさんのなすがままで、その場をすぐに出発した。
帰りは二度魔物に襲われたが、いずれも小物でクライブさんによって追い払われている。
ハーパルの歩みが遅いため、結局グリステートの町に帰り着いたのは午後4時を過ぎた頃だった。
とりあえず、ホワイトローさんの治療のため、町にある治療院に向かった。僕が付いていく必要はないので、治療院の前で別れる。
帰りが遅かったので、モーゼスさんやローザに心配された。
事の顛末を話すと、モーゼスさんが「無事で何より」と言ってくれた。
「それにしてもライル殿はお人好し過ぎる。そのような我が儘な貴族を助けるために命を賭ける必要はなかったのだ」
ローザは前の日に僕が殴られそうになったことを聞き、憤ってくれていた。
「それにしてもレベルが一気に30も上がるとは……これでまたライル殿が遠くなったではないか」
「今回は運がよかっただけだよ。それにレベルの話をするなら、ハーパルなんて150以上上げているんだ。経験を積まずにレベルを上げる方法がいいかはともかく、効率的な上げ方だと思うよ」
今回のことでパワーレベリングというものについて考え直した。
正確な数字は聞いていないが、ホワイトローさんの話ではハーパルのレベルはタイラントエイプとの戦いの前で149だったそうだ。恐らく、僕が倒したタイラントエイプの魔力を吸収しているだろうから、150を超えているだろう。
レベル150と言えば、金級と呼ばれ、一人前の探索者や魔物狩人と認識される。
しかし、ハーパルの場合、その中身は空虚なものだ。
確かにステータスは高くなっているだろうが、戦士としての心構えがなっていないから、今回のように実戦では全く役に立たないだろう。
そう考えると、パワーレベリングで本当に強くなれるのか、疑問を感じざるを得ない。
逆にラングレーさんたちがローザに課している、レベルを上げずにスキルやステータスを上げる方法の方が強くなるというのは素直に頷ける。
翌日、狩人組合に顔を出すと、ギルド長から謝罪と感謝の言葉をもらった。
「君が助けに行くと言ってくれて助かったよ。あのまま全滅していたら、クライブはもちろん、ギルドもどうなっていたか分からないところだった。御曹司と唯一話が分かる騎士が残ってくれたから、お咎めなしになりそうだ」
その日の夜、ホワイトローさんが僕を訪ねてきた。
「君のお陰で助かった。本当に感謝する」
ホワイトローさんは治癒魔術によって怪我は全快していたが、その顔は暗かった。
「彼の様子はどうですか?」
「あのままだ。何もせずにただ宙を見つめている。領地に戻って今回のことを忘れられればいいのだが……あのようになった兵士は何人も見ている。そのほとんどが後遺症に苦しんでいた。ハーパル様も……」
ホワイトローさんは僕に謝礼を渡すと、宿に戻っていく。
ハーパルたちは2日後にグリステートを出ていった。
そして、3ヶ月ほど経った頃、彼が自ら命を絶ったという噂を聞いた。