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第二十一話「パワーレベリング」

ハンターのクライブ視点です。

 俺クライブ・ヴィッカーは町を出発して30分で、フェイロン侯爵家の依頼を受けたことを後悔している。

 昨日の打合せでは夜明けとともに出発するとなっていたが、奴らが来たのは夜明けから1時間半以上過ぎた午前7時過ぎだ。


「約束の時間にずいぶん遅れたようだが、どういうことだ?」と不機嫌さを隠さずに聞くと、レノックス・ホワイトローという騎士が真面目な顔で謝罪してきた。


「準備に少し手間取った。済まなかった」


「何を謝っている。僕が雇い主なんだから、僕の都合に合わせればいいんだ」


 どうやらこのハーパルという、くそガキが寝坊をしたか何かで遅れたようだ。

 こういった貴族のボンボンに何を言っても無駄なので、ホワイトローに「日帰りの予定だと聞いているが、今日は諦めるのか」と確認する。


「そんなわけないだろう! さっさと出発しろ!」とハーパルが叫んでいる。


「なら、別の場所に変更するぞ。最初に予定していた場所より近いが、たまに大物が出るが、それでも構わんな」


「大物とは何が出るのだ?」とホワイトローが確認してくる。


「オーガだ。それに上位種も最近確認されている。あんたでも厳しいと思うぞ」


「そうだな。その場所はやめておこう……」


 ホワイトローが断ろうとしたが、ハーパルが金切り声を上げる。


「何をごちゃごちゃ言っているんだ! 大物が出るなら好都合じゃないか! 倒せば一気にレベルアップできるんだからな」


 こいつらの目的はこのガキのレベルアップだ。

 貴族の連中がよくやる“パワーレベリング”と言われる方法で、レベルを上げるには効果的だ。


 しかし、今から行くような山の場合、迷宮と違って何が出てくるか分からないから非常に危険だ。どれだけ警戒していても対処できないような敵と出くわす可能性があり、全滅することも十分にあり得る。


 だから、ホワイトローはリスクを避けようとしたのだが、当の本人は全くそんなことに気づいていない。


「出発する前に契約内容の確認をするぞ。山に入ったら、俺の指示には絶対に従ってくれ。それができないようなら、この契約はそこでお終いだ。もちろん、前金は返さんし、今日一日分の報酬はきっちりと払ってもらう」


「分かっている。では、出発してくれ」


 ホワイトローは渋い顔でそういうと、ハーパルのところに向かった。


 情けないことに出発してから僅か10分で、ガキが根を上げた。


「歩くのが速すぎるぞ! これじゃ、戦う前に疲れてしまう!」


 お前が戦うわけじゃないだろうと思うが、言っても無駄なので歩く速度を落とす。


「このペースだと目的の場所に着くのがやっとだぞ。場所を変えるか、やめるか決めてくれ」


 そう言うと、ホワイトローは「場所を変えてくれ」と頼んできた。


「何が出てくるか分からん場所だが、それでもいいな」


 俺の言葉にホワイトローは頷いた。

 他のメンバーだが、ヒースコート・サーティースという騎士はガキにおべっかを使っているだけで、こちらの話には一切反応しない。


 魔術師のゴドウィン・シェリンガムという男は黒いローブを着て、夏だというのにフードまで被っている。陰気な顔をしてほとんどしゃべらず、俺にもガキにも関心を示していない。


 神官のベネディクト・プロウマンはシェリンガムとは逆に真っ白なサーコートに煌びやかな銀色の錫杖を持った気障な感じの男だ。ガキと話す時はニコニコと笑っているが、俺とは話す気がないのか、目すら合わそうとしない。


 こんな連中を率いるホワイトローに少しだけ同情するが、組合長から半ば無理やり引き受けさせられた俺の知ったことではない。


 目的地をライルがよく行く渓流の河原に変更した。奴の狩場であるが、一応候補ということで断りは入れてある。


 ライルは俺に同情しつつ、「構いませんよ。今日はそこに行くつもりはありませんでしたから」と言ってくれた。


 出発から30分でハーパルが「休憩だ!」と言って座り込んだ。


「もう休憩するのか? まだ1キロも歩いていないんだが」とホワイトローにだけ聞こえるように確認する。


 あまりの体力のなさに呆れるが、あの場所ならこのペースでも3時間半もあれば着くからそれ以上は何も言わないようにした。


 30分に1回のペースで休憩を入れながら、目的地に向かう。

 ライルを連れていった時は上から狙撃するから真っ直ぐ崖に向かったが、今回はその崖を迂回するため、別の道を進む。

 結局4時間ほど掛けて目的地に到着した。


「疲れた!」とハーパルが緊張感なく座り込む。


 ガキのことは無視して、ホワイトローにこの場所の説明をする。


「移動中にも説明したが、ここには水を飲みにくる魔物が多い。大体、下流側から現れるが、反対岸からも来るから警戒は怠るな……」


 俺が説明を終えると、ホワイトローたちは周囲の確認を始め、戦いやすい場所を決めた。その動きはベテランのもので、今までの印象を覆すものだった。


「じゃあ、俺は周囲の警戒をする。そっちは目立たないように隠れていてくれ」


 ホワイトローが頷き、全員に指示を出していく。そして、大きな岩の陰に身を潜めた。


 最初に現れたのはオークの一団だった。

 上位種はおらず、数は5匹。ホワイトローたちなら問題なく、倒せる手頃な敵だろう。


「オークが5匹、下流側からやってくる。上位種はいないし、こっちには気づいていない」


「了解した。シェリンガムは射程に入ったところで範囲攻撃を頼む。できれば音が少ないものがいい。ヒースコートは魔術で混乱しているところに私と一緒に飛び込む。いいな」


 そして、ハーパルに対しても毅然とした表情で指示を出す。


「ハーパル様は近づきすぎないように。プロウマン、ハーパル様の護衛を頼んだぞ」


 緊張しているためか、ハーパルもこの指示には「分かった」と素直に頷いている。


 30メートルほど先でオークたちが水を飲み始めると、シェリンガムが魔術を放った。

 ホワイトローの指示通り風魔術で、多数の風の刃が無防備なオークの背中を襲う。


「グヒィ!」と豚か猪のような叫び声が響く。


 既にホワイトローとサーティースは抜剣して飛び出している。大き目の石が転がる河原を飛ぶように走っている。なかなかの身体能力だ。

 その後ろをノロノロとハーパルが歩いているが、手に持っている杖を構えることなく、戦闘に向かう感じは全くない。


 最初は弓で支援しようと考えたが、奴らだけで十分と判断し、周囲の警戒を強める。

 戦闘は5分ほどで終わった。レベル300を超えるパーティがレベル150程度のオークを相手にするのだから当たり前だが。


「レベルが上がった! それも一気に30も!」


 ハーパルは無邪気に喜んでいる。

 その横でプロウマンが「おめでとうございます」と言葉を掛け、サーティースも「さすがはハーパル様」と持ち上げている。

 ここが危険な場所だと忘れているようだ。


 ホワイトローとシェリンガムはハーパルらを無視して、オークから魔力結晶(マナクリスタル)を回収していた。

 その作業は10分ほどで終わったが、オークの死体を回収せずに戻ってきた。


「あれは回収しないのか?」


「他の魔物をおびき寄せる餌にするつもりだ」


「そいつは不味いぞ。血の匂いが広がれば、次々と魔物がやってくる。弱い奴なら構わんが、ここにはトロールクラスも来るんだ。死体は回収して、できるだけ血の匂いを抑えるべきだ」


 ホワイトローが何か言う前にハーパルが口を挟んできた。


「時間がないのだろう? ならば、さっさと終わらせるために連続して戦った方がいいはずだ」


「連続で戦うだと? ここは迷宮の低層階とは違うんだ。慎重にやらないと命がいくつあっても足りんぞ」


「黙れ! 僕に指図するな! お前は黙って魔物が来るのを教えればいいんだ!」


 真っ赤な顔で喚き始める。

 このガキを相手にしても仕方がないと思い、ホワイトローに視線を向けるが、


「1時間で引き上げる。それまではこれでお願いしたい」


「駄目だ。すぐに回収しないのなら、契約違反ということで俺は引き上げる。それでもいいなら勝手にしろ」


 そう言って弓を肩に担ぎ、移動の準備を始めた。


「ここまで来れば案内なんていらない。帰り道も分かるしな! ごちゃごちゃとうるさいから、さっさとどっかに行け!」


 ハーパルの叫び声を無視してホワイトローを見るが、俺に対して小さく黙礼するだけで改めようとしなかった。


「では、ここで終わりだ。言っておくが、こんな調子じゃ、明日以降、誰もこの依頼は受けんぞ。まあ、生きて町まで戻れたらの話だがな」


 俺はそれだけ言うと、契約書にサインをさせ、足早にその場を立ち去った。


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同一世界観の作品のリンクを貼っておきます。

『【ラスボスグルメ外伝】 ジン・キタヤマ一代記~異世界に和食と酒を普及させた伝説の料理人~』
まだ読まれていない方はご一読いただけると幸いです。
設定集もあります。
 「千迷宮大陸シリーズ設定集」
興味のある方は覗いてみてください。
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