第二十話「貴族」
7月10日。
レベル50に到達してから2ヶ月が経った。レベルアップは順調で、明後日くらいにはレベル100に届くところまで来ている。
さすがに銃のスキルレベルは上がっていないが、ローザと一緒に訓練している格闘術や槍術は少しだけレベルが上がっている。
今日は僕のメインウェポンであるM4カービンをモーゼスさんが改造したので、その確認を行うため、山に入るのを見合わせた。
今使っているM4だが、アサルトカービンと言いながらも1発ずつチャージングレバーで弾丸を装填するボルトアクションライフルに近いものだ。
それをオートマチック方式にし、速射性を上げる。
ちなみに多重発動のスキルレベルが上がった段階で、オートマチックにすることは可能だった。しかし、ボルトアクション式の方が消費魔力量が少ないことから、今まで変えずにいたが、連射性を考えると、8秒に1発しか撃てないボルトアクション方式では接近戦での対応が難しい。
実際、複数の敵の接近を許した時に苦戦しており、速射性に優れたオートマチック方式に変更することになった。
オートマチック方式といってもフルオートで撃てるわけではない。今のMP保有総量では40発程度しか撃てないからフルオートで撃ち続けたら僅か13秒でMPが枯渇する。
そのことはモーゼスさんも考慮しており、
「とりあえず、単発のセミオートと3点バーストに切り替えられるようにした。まあ、3点バーストを使うようなことはないと思うが、念のためだ」
3点バーストは引き金を1回引くと、3連射になるモードだ。
改造後のM4の連射速度は1秒間に3発程度なので、“ダダダ”という感じで、ほぼ瞬時に3発の弾丸が放たれる。
訓練場で試し撃ちをすると、今までとは違う手応えに僅かに戸惑う。
「起爆用の風魔術を最小限にしている代わりに、加速魔術を18段にしている。さすがにこの短い銃身に18個の魔法陣は描けないから、9段にして転移魔術で2回加速にしている。だから感触が違うのだろうね」
僕の魔銃は風魔術の圧縮空気で初速を与え、それを時空魔術の加速で速度を上げる。370ミリの銃身には14個しか魔法陣を描けないためで、これでは加速が足りないので時空魔術の転移魔法陣で元の位置に戻し、再加速する仕様になっている。
銃口速度も上がっており、威力は15パーセント以上向上しているらしい。
この転移魔術を使う仕様はハンドガンであるM29にも使われており、戸惑うことはなかった。
副次的な効果でもないが、起爆用の圧縮空気の圧力が低いため、発射時の反動が以前のボルトアクション方式より小さく、命中精度が少し上がっている。
3点バーストも使うと、その効果がよく分かる。
一度の射撃で3発の弾丸が飛んでいくが、銃口がほとんどぶれないため、ほぼ同じところに命中している。
銃口を軽く振ると、いい感じにばらけるため、多数の敵に対する時には役に立ちそうだ。
もっとも今のMP量ではまともに使えないから、レベルアップした後の話だが。
今回の改造で連射が可能になったが、1点だけ弱点があった。それは冷却が必要になったことだ。
今までは8秒に1発しか撃てず、銃身の熱は自然放熱で十分だったが、3点バーストはもちろん、セミオートマチックで2〜3秒に1発の割合で10発ほど撃つと、銃身が過熱した。
モーゼスさんのM16ライフルでも同じことが起きているため、冷却の魔法陣は組み込んであるが、これによって追加でMPを消費することになり、発射弾数は更に少なくなった。
7月13日。
昨日、予定通りレベル100に到達した。
いつも通り午前中に山に入り、狩人組合に魔物を売りにいく。
最近では受付の人とも仲良くなり、いろいろな情報を教えてもらっている。
査定を待っていると、受付の職員が僕に話しかけてきた。
「君に指名の依頼があったよ」
「僕にですか?」と首を傾げる。
ハンターギルドは魔物狩人の互助組織であり、仕事の斡旋はあまりしていないためだ。それに僕はまだ4ヶ月ほどしかキャリアのない駆け出しだ。そんな僕に指名が入るとは思えなかった。
「貴族のご子息が山に入りたいそうだ。その案内を君にと言ってきたんだ」
「貴族の子息が僕にですか? どうして僕を?」
「最近一番活躍している若手のハンターだし、どこかで聞いてきたんじゃないかな」
「それって断ることはできませんか」
実家を追い出されてから2年経ち、貴族と無縁の生活の方が性に合っていると思っている。できれば、関わりたくない。
「そう言われてもね。相手は侯爵家のご子息だから……会うだけでいいから、何とか頼めないか」
拝むように頼まれてしまう。
民間の組織であるギルドとしては大貴族である侯爵家に逆らうことは避けたいはずだ。
「仕方がないですね。いつ会ったらいいんですか?」
「午後一番にここに来ることになっている。君はいつも午前中しか山に入らないから」
面倒なことにしっかりと調べているようだ。
「その人たちの目的は“パワーレベリング”ですか?」
「そのようだね。だから、大物を狩っている君に案内と支援をしてほしいらしいんだ」
「それは無理ですよ。僕は遠くから狙撃するだけなんですから」
「そのことは言ったんだが、聞く耳を持たなくてね……」
パワーレベリングは強い仲間と一緒に魔物を狩り、その恩恵にあずかるというレベルアップの方法だ。毎日大物を倒している僕に白羽の矢が立ったらしい。
気が進まない中、昼食を摂り、ギルドに戻る。
30分ほど待っていると、煌びやかな服を身に纏い、手には高そうな杖を持った少年と30代半ばくらいの騎士が2人に魔術師と神官の5人が入ってきた。
少年は小柄でそばかすだらけの顔に傲慢そうな表情を浮かべている。
派手な板金鎧を着た若い方の騎士が僕を見つけ、「ライルというのはお前か?」と名乗りもせずに話しかけてきた。
「そうですが」
「明日の朝、山へ案内してくれ。オークくらいの手頃な相手がいるところがいい」
「待ってください。まだ引き受けるとは言っていません」
そこで少年が話に割り込んできた。その顔は真っ赤になり目を吊り上げている。
「何! 逆らうつもりか! 平民風情が僕の依頼を断るというのか!」
「お断りします。第一、名乗りもせず、報酬などの条件も言わないのに受けるはずないじゃないですか」
「貴様!」と言って殴りかかってきた。
何の技術もないただの大振りのパンチで、僕は難なく回避する。
「なぜ避けるんだ! 大人しく殴られろ!」
その言い草に思わず笑いそうになる。恐らく、こんな感じで使用人を殴っているんだろう。
これ以上関わる気はないので、「それではこれで失礼します」と軽く頭を下げ、立ち去ろうとした。
しかし、先ほど話しかけてきた騎士が僕を遮るように立ちはだかる。
「報酬は1日1000ソル(日本円で約10万円)だ。十分な報酬のはずだ」
僕は肩を竦めて小さく首を横に振る。
「全然足りませんよ。僕のことを調べたのなら知っていると思いますけど、僕の1日の稼ぎは5000ソルくらいあるんですよ、それも半日で。少なくとも倍の1万は提示してくれなければ話になりません」
「なっ! 1万だと……」と驚いている。
僕としては妥当な金額だが、1日1万ソルなら最上級の探索者を雇える。
足元を見たと思ったのか、その騎士は僕を睨んでいた。
「もっともいくら積まれても、いきなり殴りかかるような相手に雇われたいとは思いませんが」
そう言って横をすり抜けようとした。しかし、騎士は僕の行く手を阻む。
「そこまで言っておいて、ただで済むと思うなよ」と言って、掴みかかってきた。
その横暴な行いにギルドの職員も気づき、「やめてください!」と叫ぶが、騎士は一顧だにせず、動きを止めることはなかった。
「やめろ! ヒースコート!」ともう一人の年上らしい騎士が鋭く命じる。
「今回は貴様が悪い。ここはフェイロン侯爵領じゃないんだ」と言った後、僕に向かって頭を下げる。
「済まなかった。私はフェイロン侯爵家の家臣、レノックス・ホワイトローだ」
「何を謝っているんだ! こいつはこの僕に逆らったんだぞ!」と少年が叫んでいる。
「ハーパル様、ハンターを雇うおつもりなら、彼らのプライドを傷つけぬようにしてください」
「なぜだ? 僕は侯爵家の嫡男だぞ。なぜ平民に気を遣わねばならんのだ」
「ハンターがそのことで逆恨みしたらいかがなさいますか? 山奥を歩かされるだけで、魔物と戦うこともできぬかもしれません。更に言えば、危険な場所に連れていかれ、そこで姿をくらまされたら土地勘のない我々が遭難することは火を見るよりも明らかです。これから危険な魔物と戦うために山に入るのです。無駄に敵を作ることはお控えください」
このホワイトローという人は常識があるようだ。だからと言って依頼を受ける気は全くない。
「他の人に当たってください。では、それでは失礼します」
そう言ってその場からさっさと立ち去った。
できる限り早く立ち去りたかったのはフェイロン侯爵家の嫡男が僕の正体に気づく可能性があったからだ。
あのハーパルという少年には見覚えがある。確か僕より2年後輩で、弟のクリストファーと同級生だったはずだ。1年間しか学院で一緒になっていないが、劣等生として馬鹿にされていた僕は割と有名だ。2年も前のことだが、覚えている可能性がある。
その後、夕方にもう一度ハンターギルドに行き、あの後どうなったかを確認した。
「悪かったね。いきなり殴りかかるなんて思いもしなかったよ」と受付の職員に謝られる。
「次からこういう話はすべて断ってください。それであの後どうなったんですか?」
「結局、クライブさんが引き受けることになったよ。だいぶ嫌がったんだが、一日3000ソルまで報酬を引き上げてもらって何とか引き受けてもらったんだ」
僕はクライブさんに同情しつつ、家に戻っていった。
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