第十九話「閑話:流れ人モーゼス・ブラウニング」
ライル君がレベル50に達した日、私モーゼス・ブラウニングは嬉しそうに話す彼の顔を見ながら、これまでのことを思い出していた。
彼が私のところに来たのは1年半ほど前の秋。
明らかに中古と分かる古ぼけた革鎧を身に纏い、不安そうな表情を浮かべた少年というのが、彼に対する第一印象だった。
恩人であるノーラ・メドウズさんの紹介状を見せられた時にはとても驚いたが、彼の口から“黒の賢者”という言葉を聞き、ノーラさんの紹介であっても断ろうと考えた。
黒の賢者は“七賢者”の一員だ。
セブンワイズはこの国を陰から牛耳る魔術師たちで、国王ですら彼らの言葉に逆らうことはできないと言われている。
ライル君も信じているように、一般の人たちの間ではセブンワイズはこの国の守護者だと思われている。
実際、そう言った一面もあるから、強ち誤りではないのだが、それは彼らのごく一部でしかない。
私が彼らに出会ったのは、この世界に来てすぐのことだ。
私は妻と共に日本の京都を旅行していた時に、突然この世界に迷い込んだ。気が付いた時に立っていたのはこの国の王都、シャンドゥの魔術師通だった。
そこで偶然ノーラさんに出会い、それがきっかけでセブンワイズの研究施設で職を得た。
二度と帰れないと聞かされ、家族を失った悲しさから研究に没頭するようになった。
最初のうちは魔導具の研究をしてほしいと言われ、いろいろな魔導具を見ていたが、システムエンジニアであった私は魔導具に使われる魔法陣が一種のプログラムの集合体、マクロのようなものだと気づいた。
そのことをセブンワイズに報告すると、魔法陣の研究をするように勧められ、多くの魔法陣を解析し、魔導具の効率化を図った。
最初のうちは魔導コンロや冷蔵庫などの民生品に使われる魔法陣の効率化や高機能化という研究だった。研究を進めるうちに魔法陣の多層化を思いつき、それまで魔導具では行えなかった複雑な魔術の行使の可能性にたどり着いた。
その時、灰の賢者と出会い、この研究に集中するよう命じられた。
他の仕事も面白かったが、セブンワイズの筆頭である灰の賢者が命じたことということで、研究費や人員が無尽蔵に使え、私は更に研究に没頭した。
多層化理論を完成させた時、この世界の魔術師の頂点、灰の賢者に絶賛され、私は幸せの絶頂にあった。
しかし、その幸せはある事実を知って一瞬で消え去った。
偶然、別の部署の研究者から話を聞いて知ったのだが、身の毛もよだつような話だった。それは私が構築した理論を人体に使い、超人を生み出そうとしているということだった。
胎児に対し強制的に魔力を注入し、魔術の才能を開花させるというもので、それまでは魔術師が行っていたものを魔法陣と魔力結晶で代替するという方法だ。
安全性が確認されているなら、まだ許せたかもしれない。しかし、セブンワイズに属する研究者たちは実験動物に行うより安易に人体に実験を行っていた。
私の理論が確立されてからはその実験の数が更に増し、その結果、更に多くの胎児と妊婦が命を落としたらしい。
私は総責任者である灰の賢者と実験の指揮を執る黒の賢者に抗議を行った。
「何が悪いのかな。ここに連れてこられているのは某国で不要とされた者たちなのだが?」
「あの者たちは放っておいても殺されていた。それが運が良ければ助かるし、もっと運が良ければ、我が組織で出世することも可能なのだ」
その言い草に頭が沸騰した。
「人としての感情はないのか! 自分の子供が殺されるかもしれないのに喜んで差し出す親などいない!」
私の言葉は冷笑をもって返された。
「君たちの世界とは違うのだよ」
「この実験が上手くいけば、我らの目的たる神人族の復活に光が見えるのだ。この世界にとって、ハイヒュームと神森人族、古小人族の復活は悲願なのだ。彼の豪炎の災厄竜に滅ぼされた上位種族を復活させ、世界の滅亡に備えねばならんのだから」
何を言っているのか分からないが、少なくとも改める気はないと思い、私は研究所を出ることにした。
しかし、セブンワイズは私の離脱を素直に認めなかった。
ノーラさんがセブンワイズを説得しなければ、私は彼らに処分されていただろう。
その時、ノーラさんがセブンワイズの下部組織、天眼の一員だと知った。裏切られた気分だったが、彼女も私と同様にセブンワイズを信用していないと何となく感じ、彼女の勧めに従って、この町に来た。
そのノーラさんから久しぶりに連絡がきた。それがライル君の持ってきた紹介状だった。
紹介状には詳しいことは一切書かれていなかった。しかし、未だにヘブンズアイの一員である彼女が送り込んだということは、セブンワイズ絡みであることは間違いない。それでもその紹介状から彼を助けてやってほしいという想いは強く感じた。
私はライル君を受け入れることに決めた。
私の同僚であるアーヴィングさんもセブンワイズに不信感を持っていたが、私の思いを伝えると何も言わずに賛同してくれた。
それからライル君の修行が始まった。
最初は線が細い、いかにも魔術師という少年だったが、思った以上に武術の才能があった。もちろん魔術の才能もあり、アーヴィングさんとディアナさんが教える補助スキルを次々と覚えていた。
それだけではなく、好奇心旺盛な少年だということも分かった。私のタブレットに入っている動画を見て、魔術で再現できないか私に聞いてきたのだ。ちなみに動画のほとんどは妻の趣味でダウンロードしたもので、アニメ作品が結構ある。
「この“レーダー”というのはどういう理屈で敵の位置が分かるんですか?」
「目に見えない電波を出して、相手に当たって反射してくる電波から位置を特定するんだよ」
「電波ってどんなものなんですか?」
「目に見えない光のようなものという説明が一番近いかな。波のようになっていて、その波長で距離や対象の大きさが変わるんだ」
「見えない光の波ですか……魔力に似ている気がします。僕が魔力を感じる時は波動のようなものを感じますから」
それから彼は魔力を使って魔物を見つけられないか研究を始めた。
「魔力を感じられるなら、アクティブレーダーじゃなくて、パッシブレーダーの方がイメージが近いんじゃないかな」
「それはどんなものなんですか?」
「相手の出す魔力を拾う感じかな。精度を上げるために狭い範囲で少しずつずらしていけば、探知が楽になるんじゃないかと思う」
レーダーは専門外だが、陸軍にいた時に概要は習っている。
私のヒントで、彼は魔力を使った探知魔術を作り出した。
それはごく狭い扇状を高速で切り替えることで、全周の探知を可能にしたのだ。
更に“黒い波動”という暗黒魔術を使い、アクティブレーダーに近い探知方法も編み出している。
「この黒い波動というのは相手に嫌悪感を与える魔術なんです。それで注意を逸らしたり、敵意を向けさせたりするんです。その魔術は相手に当たると消えてしまうので、その消えた先に何かがいるって分かるんです。僕の場合、ごく弱い威力しかなくて何も感じないらしいので、ちょうどいいなと思って作ってみました」
見えない光のような波というヒントだけで魔術を作り出したことに、同じ魔術師であるアーヴィングさんが驚いていた。
「理屈は何となく分かるけど、そんな細かな芸当はできないよ、普通」
他にもいろいろな魔術の使い方を研究し、戦闘で使えるようにしている。これには指導しているラングレーさんやディアナさんを驚かせていた。
「こんな使い方ができるのは坊主だけだ」
「そうね。一瞬で魔術を切り替えるなんて普通はできないもの」
その言葉にライル君ははにかんだような笑みを浮かべている。その表情を見ると、まだ十代後半の少年なのだと改めて思う。
これから彼がどうなるかは分からないが、少なくとも私のところにきて明るくなったことだけは確かだ。私たちが彼の家族になれるとは思わないが、少なくとも一緒に笑える関係でいたいと思う。
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