第十六話「誤算」
アーヴィングさん、魔物狩人のクライブさんと共に、アルセニ山地に入り、そこで初めての戦闘を経験した。
戦闘と言っても高所から一方的に狙撃するだけで、訓練の時とやることはあまり変わっておらず、戦ったという実感はほとんどない。
今日の成果はレベル350くらいのトロールを1体、レベル230くらいの鎧トカゲを2匹、レベル150くらいの巨大アリを3匹だ。
2匹目のアーマードリザードを倒したところで、アーヴィングさんが帰ることを提案してきた。
「そろそろ魔力が厳しいんじゃないか? 余裕があるうちに帰った方がいい」
パーソナルカードで確認すると、MPの残りは800ほどになっていた。M4カービンならギリギリ5発撃てるが、全体の三分の一くらいなので帰るタイミングとしてはいいと思い、頷いた。
荷物を回収し、狙撃していた崖を下っていく。
「それにしても大猟だな。町を出る時にはそんなでかい収納袋なんざいらんと思ったのだが、結果としては、それがなかったら捨てていかなきゃならなかったぞ」
そう言いながら僕の肩をポンと叩く。
モーゼスさんに借りたマジックバッグは王国軍でも使われている大型のもので、身長3メートルほどのトロールでも5体は余裕で入るらしく、体長4メートルのアーマードリザード2匹と、体長1.5メートルのジャイアントアント3匹でも余裕で入っている。
しかし、狩人たちがよく使うサイズのマジックバッグはこれよりだいぶ小型らしく、入りきらなかったと教えてくれた。
「ところでレベルはどれほど上がったんだ? 最初は10と聞いていたが、あれだけの大物を倒したんだ。今日1日で100を超えたと思うんだが」
その問いに僕は首を横に振る。
「上がったのは5だけです。僕ももっと上がると思っていたのですが、どうしてなんでしょう……」
「たったそれだけなのか!」とクライブさんが驚いている。
僕もこれは誤算だった。もう少しレベルが上がっていると思っていたのだ。
「多分だけど、距離が遠すぎたんだと思うよ」とアーヴィングさんが話に加わってきた。
「どういうことなんですか?」
「魔物を倒すと魔力が放出されて、それを身体に受けるとレベルが上がるって話は知っているかい」
「はい。だから同じパーティにいれば、後ろにいて戦闘に参加しない聖職者でもレベルが上がると聞いています」
アーヴィングさんの話は探索者の間では常識になっている。パーティを組んでいれば、荷物持ちであっても魔力を吸収しレベルが上がる。この方法を使ってレベルアップする方法が“パワーレベリング”だ。
「僕の想像なんだけど、遠すぎて放出された魔力が拡散して届かなかったんじゃないかと思うんだ。普通に戦えば、最上級の魔術師でも100メートルを超えるような遠距離から攻撃することはないからね」
今回、僕は200メートルくらい離れた場所から魔物を倒している。迷宮内はもちろん、森や山でもこれほど離れた場所から魔物を攻撃することはない。
アーヴィングさんは100メートルと言ったけど、通常使われる魔術の射程は50メートル程度だし、弓も強い魔物に確実にダメージを与えるには30メートル以内に近づく必要があると聞いていた。
「そうなると狙撃でレベルアップするっていう方法は現実的じゃないですね」
「そうでもないと思うよ」
「どうしてですか? トロールほどの大物を倒してもレベルがほとんど上がらなかったんですよ」
「そうかな? 逆に言えば、200メートル離れていても大物を倒せばレベルは上がるってことじゃないか。敵に姿を晒さずに安全にレベルを上げることができるんだ」
「確かにそうですね」というものの、効率がいいとは思えない。
「それに迷宮に入っても相当な実力者でもない限り、一日に2から3しかレベルは上がらないんだ。ここで頭打ちになるまではコツコツレベルを上げた方がいいと思うよ」
「俺も賛成だな。第一、迷宮より金になる。今日1日でも5千ソル(日本円で50万円)くらいは稼いでいるんだ。そいつの弾がいくらするかは知らんが、十分に元が取れているんじゃないか」
お金のことを完全に忘れていた。
「そのことを忘れていました。銃弾は1つ1ソルも掛かっていませんから、矢よりかなり安いです」
銃弾は基本的には銅を使っている。これは手に入りやすく比較的比重が大きい金属が銅であるためだ。銅は迷宮でも手に入るが、普通に銅鉱山でも採取されるから比較的安い。
その安い素材を使って、自分で作っている。それも特殊な道具を使うことなく、土魔術を使っているから、お金はあまり掛かっていない。ちなみに作り方はモーゼスさんとドワーフのグスタフさんから教わった。
「迷宮ならレベル10程度の青銅級のパーティが稼げるのは頑張っても1日500ソルだ。6人で割ったら100ソルにもならん。それに時間のこともある。往復の時間を入れても半日で終わるなら、こっちの方が遥かに効率はいい」
今日も移動に片道1時間半、狩りに2時間しか掛かっていないから、計5時間ほどだ。
一方、迷宮に入ると、1階層進むのに最短でも3時間は掛かる。また、10階層ごとにしか転移魔法陣がないから、通常は3日くらいの行程で計画を立てる。
日帰りの場合も1階層だけでは他のシーカーと競合するため、最低2階層は探索するらしい。そのため、日帰りでも最低10時間は掛かると聞いていた。
「まあ、迷宮は出てくる魔物がだいたい決まっているから危険は少ないが、こっちは何が出てくるか分からんという欠点はあるがな」
その危険性は分かっていたので特に問題はない。
グリステートの町に帰り、まず魔物狩人組合に向かった。
ハンターギルドはハンターたちの互助組織で、素材の買い取りをしてくれる。ちなみに迷宮は国が管理しており、迷宮で得た魔物の素材は国がすべて買い取るが、ハンターが得た魔物は自分で処分しないといけないため、ハンターギルドができたらしい。
既にギルドには加盟しているのですぐに買い取りの手続きを行った。査定はマニュアル化されているため、20分ほどで終わるそうなので、昼食にいく。
昼食から戻ると査定は終わっており、トロールの魔力結晶を除いても、4千ソル(日本円で40万円)になった。
収入については全く考えていなかったので、これはいい意味での誤算だ。
お金を受け取る時、受付の男性職員から、
「アーヴィングさんとクライブさんがいるとはいえ、たった3人でこれだけ仕留めるとは凄いものです」と称賛された。
僕一人で得たわけではないので、アーヴィングさんとクライブさんに1500ソルずつ渡そうとしたが、アーヴィングさんは笑いながら、
「モーゼスに頼まれた修行の一環だから」と断ってきた。
クライブさんも同じように、
「モーゼスさんから報酬はもらっているから受け取れないな」と固辞されてしまう。
何となく納得いかないが、初戦闘の打ち上げで使えばいいと思い、二人の言葉に従った。
午後1時過ぎにモーゼスさんの店に戻る。
「ずいぶん早かったね」と驚かれるが、アーヴィングさんが笑顔なのを見て、
「上手くいったようだね」と褒めてくれた。
その後、ローザが現れた。
「首尾はどうだったのだ、ライル殿!」と開口一番、聞いてきた。
「上手くいったよ」と僕が言うと、アーヴィングさんが「最初の獲物はトロールだった」と付け加える。
「トロールを倒したのか!」
「それも一撃だったよ。ほんと、恐ろしい才能だよ」
「某も見てみたかった……しかし、これではライル殿にあっという間に置いていかれるな……」
最後は寂しげな表情を浮かべていた。
「大丈夫だと思うよ。レベルはそれほど上がっていないから」
僕の言葉に表情が明るくなる。
「そうなのか! では、父上たちにライル殿と一緒に狩りに行けるよう、頼んでみねばならんな!」
その後、グスタフさんも加わり、打ち上げを行うため、町に繰り出していった。
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