第十話「育成方針」
前半は主人公視点、後半は第三者視点の三人称です。
僕とローザさんは職人街から町の中央部にある迷宮管理事務所に向かって歩いていた。場所は300メートルも離れていないため、すぐに到着する。
ローザさんは慣れた感じで管理事務所に入っていく。
すぐに職員らしき若い普人族の女性が声を掛けてきた。
「ラングレーさんたちならもうすぐ終わるわ。あら、今日はお友達も一緒のようね」
「マリア殿か。こちらはライル殿だ。モーゼス殿に頼まれてここに案内してきたのだ」
「あら、そうなの。てっきり恋人でもできたのかと思ったわ」
「な、何を申すのだ、某に、こ、恋人など……まだ修行中の身ゆえ、そのような……いや、そもそも……」
ローザさんは顔を赤らめながら言葉にならない言い訳をしている。
その横ではこの展開についていけない僕も戸惑っていた。
職員の女性マリアさんは何事もなかったかのように話を変える。
「ラングレーさんたちの手続きが終わったようね」
その直後、一陣の風が僕の頬を撫でる。
「誰だ、貴様は」と長身の竜人族の男が僕を睨み付けながら見降ろしていた。
その男は武骨な金属鎧を身に纏い、左右の腰に2本の長剣を吊るしている。
何が起きたのか理解できず、言葉が出ない。
「父上、何をするのだ!」とローザさんが叫ぶ。
更に若い女性の声が響く。
「あなた。ローザが初めて連れてきた男の子に何をする気かしら?」
振り返ると、そこにはローザさんによく似た緋色の髪の美女が立っていた。その女性は魔術師らしい軽装で右手に持った杖で男の頭をコツンと叩く。
「痛ぁ! 何をするんだ、ディアナ!」
「あなたが暴走したから止めただけでしょ。ごめんなさいね」
緩い感じの話し方に、僕は毒気を抜かれた。
「あら、自己紹介がまだだったわ」とその女性はいい、
「ローザの母のディアナよ。そこに突っ立っているのはラングレー。一応、ローザの父親よ。よろしくね」
そう言って右手を差し出す。
慌ててその手を取り、
「ライルと言います。モーゼスさんのところでお世話になっております。ローザさんにもいろいろと教えていただいています」
「あら、そうなの」と少し残念そうな表情を浮かべる。
「モーゼス殿は父上と母上に相談があるとおっしゃっておられた」
「相談? 何か聞いているか」
「詳しくは聞いておりませぬが、ライル殿に手解きを頼みたいのではないかと」
「私たちが?」とディアナさんが首を傾げる。
「俺たちがこの坊主の指導ね。モーゼスは何を考えているんだ?」
「詳細は分かりませぬが、時間がある時に来てほしいともおっしゃっておられた」
「それなら今から行こうかしら? 一緒に歩きましょ、ライル君」と言って腕を取る。
「母上! 何を!」とローザさんが焦るが、ディアナさんはそれに構わず、僕を引きずるようにして歩き始める。
この展開にも僕はついていけない。
僕たちの後ろを不機嫌そうな表情のラングレーさんとローザさんが歩いている。
モーゼスさんの店に到着すると、ラングレーさんが「どういうことなんだ!」と食って掛かる。
「ノーラさんの紹介なんです。魔銃を作ってやってほしいと」
「魔銃だと? なら余計に俺たちに何をさせるのか分からんのだが」
そこでモーゼスさんが僕のことを簡潔に説明する。
「ライル君は全属性が使える才能を持ちながら、生まれつき魔力の放出量が弱いそうです。黒の賢者が言うにはレベルを上げれば、その弱点を克服できるらしいのです」
そこでラングレーさんの表情が強張る。
「黒の賢者……七賢者絡みか……」
「ええ、ノーラさんも噛んでいますし、間違いないですね」
さっきまでニコニコと笑っていたディアナさんですら、表情を真剣なものに変えている。
以前も思ったが、セブンワイズが絡むとなぜ表情が変わるのか疑問に思っていた。
(ノーラさんがセブンワイズと関係していることも気になるけど、セブンワイズは魔術を極めた方たちだ。この国の守り神でもあるのにどうしてこんなに嫌っているんだろう……)
セブンワイズはレベル600を超える魔術師たちで構成され、その能力は宮廷魔術師数百人分に相当する。大規模な魔物暴走では王国軍の先頭に立って魔物に立ち向かったこともあり、魔導王国の国民にとって尊敬の対象だ。
「分かった。で、具体的にはどうしたらいい?」
「それは今から話し合いましょう。もう少し彼のことを知ってもらってから計画を立てたいですから」
二人の話に更に疑問が募る。
(魔術の補助スキルは強化しないといけないけど、剣術士のラングレーさんに何を学べというんだろう? まあ、最上級のシーカーに指導してもらえる機会なんて滅多にないから、僕にとってはいいことなんだけど……)
ブラックランクは非常に少なく、シーカー全体の2パーセント程度だ。ここグリステートにも2パーティ12人しかいないらしい。
疑問はあるが、自分にとってチャンスでもある。そう考え、特に口を挟むことなく、二人の話を聞いていく。
ディアナさんとアーヴィングさんを含め、4人は奥の部屋に向かってしまった。取り残された形の僕とローザさんは肩を竦めて見送るしかなかった。
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モーゼスはラングレーとディアナに事情を説明し始めた。
「ノーラさんからの手紙では彼は魔導伯家の元嫡男で、セブンワイズが今も注目している少年らしいのです。それだけではなく、彼に試練を与えようといろいろとやっていると感じています。例えば……」
モーゼスはライルが剣術のスキルを得るために指導を受けたが、素人の自分が見てもおかしな型を教えられていたことを説明する。
「……他にも異常なほどの魔術の補助スキルを習得しています。確かに若いうちから学べば身に付きやすいのでしょうが、既に一流の魔術師以上のスキルレベルになっています。恐らく、セブンワイズがよい指導者を手配したのでしょうね」
「剣術を覚えさせずに補助スキルだけ……何をしたいのか全く分からんな」とラングレーが呟く。
「私の銃に期待している可能性が高いと思います。スキルの構成を見る限り、間違いないでしょう」
「でも、ノーラは彼に手を貸してやってほしいと言っているのよね。だとすれば、セブンワイズの思惑通りというわけではないと思うわ」
「私もそう思います。彼女が積極的に黒の賢者に力を貸すとは思えませんから」
「そうは言っても、ノーラも天眼の一人なんだ。信用していいのか疑問がある」
ヘブンズアイはセブンワイズの下部組織に当たり、情報収集を当たる機関である。大陸中に張り巡らされた情報網を持つと言われ、ラングレーも過去に揉めたことがあった。
「ラングレーさんのおっしゃりたいことは分かりますが、ノーラさんは他のヘブンズアイとは違います。第一、私たち全員が彼女に借りがあるのですから」
モーゼスはこの世界に迷い込んだ時、ノーラに助けてもらっている。また、セブンワイズが彼の知識を利用しようとした際、ノーラはモーゼスをセブンワイズの影響下から抜け出す手伝いをしていた。
他の三人もセブンワイズとトラブルになった時、ノーラが手を貸すことで、命を救われていた。
「ノーラの依頼を受けるわ。あなたもそれでいいでしょ」とディアナが言うと、ラングレーも「仕方がねぇな」と頭をガシガシ掻きながら渋々頷いた。
「では、ライル君の今後の育成方針ですが……」
モーゼスはアーヴィングと一緒に考えた案をラングレーたちに説明する。
ラングレーには近接戦闘の実践的な技術を、ディアナには補助スキルの指導と迷宮での基本的な知識を教えることとなった。
「いいだろう。だが、奴がローザと一緒というのは気に入らん。別に一緒にいなくてもいいんじゃないか」
「ローザ君もそろそろ同じ年の仲間がいてもいいのではないですか? それに彼女と一緒に迷宮に入るには普通の若いシーカーじゃダメでしょう。その点、ライル君は化ける可能性がありますから、十分候補になると思います」
モーゼスの説明にラングレーが反論しようとしたが、ディアナがそれを止める。
「分かったわ。でも、彼は普人族よ。竜人族といつまでも一緒にいられるわけじゃないわ」
ディアナの懸念は長命種と短命種の老化速度の違いだった。彼ら竜人族に寿命はなく、100年という月日はごく短い時間だ。その感覚の違いから短命種と30年以上一緒に過ごすことは稀だ。
「先のことはいいでしょう。彼らがどんな結論を出すかは神のみぞ知ることでしょうから」
モーゼスの言葉にラングレーは苦笑いを、ディアナとアーヴィングは笑みを浮かべて頷いていた。