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勇者様は逃げ切れない! 外れスキル「逃げるが勝ち」で英雄になる

作者: 海野アロイ
掲載日:2019/12/11

勇者、それは魔王を勇猛果敢に討伐するもの。

その称号を持つものは世界に100人もいない。

いわば戦士の中の戦士。


この世界の青少年はみな勇者に憧れ、勇者として冒険に出ることを夢見る。

くしくも俺はその勇者としての才能を見出されたのだ。

宝くじに当たったようなものであり、これから一生の成功が約束された存在なのだ。


魔王討伐に出発する朝のことだ。

王様から『ジョブ神殿に来るように』と伝達があった。

ジョブの神様から勇者だけが持つことを許される固定スキルの伝授が行われるという。


俺のスキルはどんなものだろう?


とんでもなく成長が速いとか、とんでもなく不死身のボディとか、とんでもなく魔法が使えるとか。

もうとにかくとんでもないスキルがもらえるはずなのだ。


これまでの俺は道具屋のちんちくりんのせがれだと見下されていた。

しかし、勇者として冒険に出ることで馬鹿にしていたやつらを見返すことができるだろう。

その後は女の子だらけの冒険者パーティを作って、それこそ勇猛果敢に戦うのだ。

魔王を討伐した暁には国中で盛大なパレードが行われることだろう。

俺の肖像画は売れまくり、お姫様と結婚するに違いない。


くふふ、順風満帆すぎる。

俺ははやる心を抑えきれなず、自然と早歩きになる。



神殿には巨大な水晶玉があって、王様や大臣、そして名のある冒険者たちが俺が来るのを待っていた。

皆が皆、勇者である俺の固有スキルを楽しみにしているのだろう。


「あれが勇者様!

 絶対にパーティになりたいわ!」


「勇者よ、いよいよだな。

 見事、討伐した暁にはうちの娘を…」


「勇者様の名前を冠した商品を作りたいのですが…」


人々は口々に俺をもてはやす。

その熱狂は神殿の厳かな空気でさえ、もわっと温かなものに変えていた。

人生初めてのモテ期であり、これがこれから一生続くとなると頬がゆるみっぱなしなるってものだ。


そんな俺のことなど眼中にもなく、神官のじいさんだけは呪文をごにょごにょ唱えている。

どんなスキルでもウェルカムするぜ。

どうせとんでもなくかっこいいものだろうから。

なんせ俺は勇者様なんだからな!!


ごにょごにょやっていた神官はくわっと目を開き、こう叫んだ。


「勇者よ、お主のスキルは『逃げるが勝ち』じゃ!」


聞いたことのないスキルに一同が凍り付く。


「…逃げるが勝ち?

 なんなんすかそれ?」


名前はダサいけどものすごいスキルなんてものは世の中にたくさんある。

風のうわさじゃブサイクすぎるほど強いスキルなんてものもあるらしい。


「逃げるが勝ちは、その名の通り、逃げれば逃げるほど強くなるのじゃ!

 戦えば戦うほど弱くなるぞぉおおお!」


神官のじいさんはものすごい目力で俺の鼻先5センチのところに迫る。

唾が飛ぶから、そういうコミュニケーションはやめてほしい。


ふむ。

逃げれば逃げるほど強くなる。

戦えば戦うほど弱くなる…?


首を傾げたまま腕組みする俺である。

そのスキルを理解するのは俺よりも周りの人々のほうが早かった。

ざわっざわっと人々が動き始めるのを感じる。


「さて、大臣、これからの会議の話だが…」


「はい、王様。

 いつぞやの盗賊一味を討伐しなければ…」


「ねぇねぇ、あそこのダンジョンって知ってる?

 新種のスライムが出るらしいよ?」


「はぁー、速く商品のアイデアを思いつかないと親方に怒られるぞ」


人々は俺のことなど存在しないかのように、うそうそと神殿から出ていくではないか。

うっそぉ、ちょっと待ってくれよ。

俺の勇者ライフは今始まったばかりなんだぞ。

皆が皆、俺のスキルに落胆して、勇者として使い物にならないと思っているのだろう。


「王様、お姫様と結婚させてくれるって話はどうなったんですか!?」


叫んでみるも、後の祭り状態である。



失意の中、冒険者ギルドに向かうが、時すでに遅し。

俺の固定スキルは知れ渡っていて、冒険者たちは俺のことなど見ることさえしない。


「勇者様がきたぞ?

 だっさいよなぁ、逃げるが勝ちなんて」


「そもそも、仲間を置いて逃げるってことでしょ?

 ありえなくない?」


「目つきもおかしいし、あんなのパーティには入れられないわ」


ただただ口々に俺の噂をしているばかりである。

当然、ギルドで受付をしても俺とパーティを組む奇特な奴などゼロだった。

これまでの生き方が正しかったとは言えないけど、勇者とはこれほどの仕打ちを受けることなのか。



とぼとぼと歩いていると、空にお月様がかかっているのを見つける。

うすらぼんやりしているが、満月に近くとても綺麗だった。


なんの因果か分からんが、その瞬間に俺の心に突如火がついた。


そうだ!

強くなればいいんだ!

強くなれば冒険者たちも俺のことを放っておかないだろう。

死ぬほど鍛えてあいつらを見返してやろう!



その後、俺は逃げまくった。

素手でやっつけられそうなスライムから逃げ、ゴブリンからも逃げた。

ある程度逃げると、自分の内側から力が湧いてくるのがわかる。

なるほど本当に逃げるだけでステータスが向上するらしいぞ。


よくよく考えたら、俺は臆病で引っ込み思案な性格である。

逃げることは性分にもあっていて、一度、吹っ切れてしまうと後は簡単だった。


出会うモンスターすべてから逃げまくり、どんどんステータスを向上させていく。

逃げながら気付いたことだが、逃げて得られる経験値にも幅がけっこうある。

まず、敵が強ければ強いほど、逃げたときの経験値は大きい。

さらに、敵をぎりぎりまで引き付けて逃げるとこれまたボーナスがある。

瀕死で逃げるとそれこそ何倍も成長するが、死んだら終わりなので避けるようにしている。


「ひゃははは、どうしたかかってこい!」


挑発してくるモンスターに歯噛みすることもある。

しかし、俺は何発殴られても攻撃することはない。

一瞬の隙を見て、電光石火の早業で逃げ出すのだ。


コツをつかんで以降、まだ見ぬ強敵を探しにダンジョンへもぐり、死霊の宮殿を探索した。

どんどんたまっていく経験値。

脚力だけでなく、判断力、腕力、耐久性など、逃げることに必要な全てのステータスが上がっていく。


メタルなスライムなど逃げ出すことで有名なモンスターに遭遇すると逃げバトルのスタートだ。

何を隠そう、俺ははぐれメタルなスライムに逃げ勝ちしたことさえもある。

その時に得られた経験値はそれはもう、尋常じゃないほどエグかった。


「待て!こら!逃げるなぁあ!」


叫ぶモンスター、だがおれはDon't Stop。

本来であれば逃げられないといわれていた中ボスもけむに巻き、怒涛の勢いで逃げ続ける。


とある日のこと、逃賊王を名乗るおっさんから一本のナイフをもらう。

逃げれば逃げるほど強くなるという、これまた堪らん武器である。

むろんのこと、それを受け取り俺は第156代、逃賊王を襲名することにもなった。


気づけば10万回を超える逃亡を成し遂げていた。

俺のステータスは膨れ上がり、もはや俺が逃げるのを誰も止められない状態になっていた。


圧倒的強者になった俺は満を持して、冒険者たちが集うギルドに仲間募集の依頼を出す。

それも世界で一番栄えている王都のギルドだ。

在籍する冒険者は1000名以上いると聞く。

依頼料も奮発したのだし、ここならきっと見つかることだろう。


1か月後、俺はギルドのある酒場に向かう。


「おい…、あいつ…」


「あぁ、わかってるぜ…」


俺の強さに威圧されたのか、冒険者たちは会話をやめてしまう。

ふふ、今に見てろよ、お前ら。

この圧倒的パワーを今こそ見せつけてやるぜ。


「ふぅん、逃げ足の勇者様のお仲間募集でしたよね~。

 ごめんなさいねー。

 誰も応募してませんよぉ、ゼロですねぇ」


…受付のお姉さんは笑顔でそれだけを伝える。


愕然とする俺であるが、現実はさらに手厳しい。

グラス片手に俺を見ていた冒険者たちが笑い呆ける。

そう、いくら強くなったところで何も変わっていなかったのだ。


「そんなぁ…」


がっくりと肩を落とし、泣き出しそうになるのをこらえる。

いや、実際の話、俺は泣いていたのだ。

この世界の無慈悲さと残酷さに。


このまま闇落ちして魔王にでもなってやろうと考えたが、逃げるしか能のない魔王なんてモンスターさえもついてこないだろう。

ちきしょう、崖からダイブしてやろうか。

いや、だめだ。

無意味に耐久性が上がってるから、たぶん、死ぬことさえないだろう。

この間のスキル診断じゃ『真空状態でも数日間生きられる』と書いてあったからな。

これじゃ、どこぞの節足動物みたいだ。


「あ、あのー、ちょっといいですか?」


酒場でやけジュースに臨もうとしていた俺に声をかけるやつがいる。

声からして若い女の子か何かだろう。


見てみると栗色の髪の毛で大きな瞳をしている。

品のいい感じの女の子だった。

経験のある冒険者なのか、足元のブーツは年季が入っていた。


まぁまぁ、かわいらしい雰囲気である。

へん、きっと俺をからかっているに違いないのだ。


「なんだよ?」


不機嫌そうににらみつける俺に彼女は言った。


「あの、私とパーティを組んでもらえませんか?」




―――――――


私は辺境の領主の娘に生まれた。

本来ならお嬢様なんだろう。

普通にしていればいい暮らしができたのだけど、冒険者になりたかった。


いもくさい田舎で一生を終えるのではなく、ダンジョン探索や魔物討伐で名前をあげたい。

素敵な冒険者と結婚して都会で暮らしたい。

そう願ったのは12の時だった。


それ以来、独自に考えたトレーニングメニューで体を鍛え続け、スライムやゴブリンぐらいなら素手でやっつけられるようになっていた。


16歳になり、成人を迎えると、都会の街まで家出同然の旅をした。

その目的は自分に与えられたジョブを知るためだ。

ジョブは神様が私たちに与えてくれたありがたいもので、一応、それに基づいて働くべしとされている。


「お前のジョブは走り屋じゃ!

 は、し、り、や、じゃ!」


水晶玉の前で神官のおじいさんが叫ぶ。

念のためにと思ったのか、二度も叫ぶ。

走り屋…、そんなジョブは聞いたことがない。


「走り屋とは走ることを職業とするもの!

 多くの場合は峠を攻めたり、ポールポジションを争うのだ!」


神官のじいさんはもうろくしているのか、何を言ってるのかちょっとよくわからない。

とにかく走れば走るほど成長するスキルを私はもっているらしい。


なるほど確かに私は走るのが好きだった。

トレーニングメニューも9割がた、走ることだけだった。

スライムを倒すのもダッシュして体当たりっていうのが定番だった。


どう考えても冒険者向きのスキルじゃない。

郵便屋さんとかそういう人向けのスキルだろう。

そもそも、走ってばかりの奴と誰が冒険してくれるんだろう。


だけど、考えるより走るがやすし。

強くなったら、どこかのパーティからお声がかかるだろう。

その後はダンジョンに潜ったりして出会いがあったりなかったりして、いろいろ間違ったりするのだ。


「うりゃあああ!」


私はとにかく強くなりたくて走りに走った。

走れば走るほどステータスは上がる。


やがて、その走りは力強くなり、北の凍てつく大地も、ドラゴンが住み着くダンジョンさえも踏破するようになった。

敵と交戦するわけでもなく、ただただ走る。

それだけで強くなるのだから、敵と戦うのは年に一度もなかった。


そんなとき、私は一枚の張り紙に出会う。


『逃げ足の勇者、ニゲールが仲間を探しています。

 当方、世界最強の勇者なんですが、一緒に魔王を倒しませんか?

 仲間を置いて逃げたり…しませんよ?

 アットホームで頑張りが評価されるパーティです』


逃げ足の勇者、ニゲール。

これだ!

ちょっと目つきは悪いけど、この人だ!


張り紙の文言を見るなり、雷が落ちたような衝撃を受ける。

ビビビッとくるとはこのこと。

わたしは張り紙をもって冒険者ギルドに向かう。


そこで、捕まえたのだ。

私の運命を。



―――――――



彼女の名前はハシーリといった。

いかにも走りが速そうないい名前だった。

そして、驚いたことには俺がいくら逃げても逃げても追いかけてくる。

俺より初速はまだ遅いけれど、持久力は大したものである。


「さすがは勇者さん、速いですね!」なんていうが、彼女の息はまったく乱れていない。


コンビでパーティを組んだ俺たちは、とにかく逃げ、とにかく走った。

とっくにカンストしていたと思っていたのに、さらなる成長を続ける。


この間なんて逃げる途中で山にぶつかってしまい、山全体が崩れた。

ステータスだけなら世界一のパーティだろう。


武器も持たない。

魔法も使えない。

特殊な技能もない。

できることは逃げることと走ること。


「王都の近郊でただただ逃げまくってるバカがいる」


相変わらず他の冒険者には馬鹿にされたけれど、俺はもうそんなことは気にならなくなっていた。


俺はもう一人じゃない。

ドラゴンの灼熱の炎から逃げるときも。

魔法使いの金縛りにあいながら逃げるときも。

ボスキャラの範囲攻撃から逃れるときも。

一人じゃない。


一緒に逃げてくれる仲間がいる。

それだけで十分だった。



ある日のこと、王都は色めき立っていた。

勇者(おれ)たちが攻め込まなかったせいで、魔王軍が増長し、100万の怪物を率いて王都に来襲するというのだ。

魔王軍がちかづいてくると空は赤黒く染まり始め、人々は100万の軍勢の規模に圧倒された。

女子供は泣き叫び、一般住民たちは避難だ、疎開だと持つものも持たず馬車で逃亡した。


王様は遷都もやむなしと早々に決断し、第二の都市へと逃れていったと聞く。

残された兵士たちは戦う前から戦意を喪失し、顔色は悪いままだ。

金で雇われただけの冒険者たちはそうそうに見切りをつけようとしていた。


ぐぉおおおおおお!


魔王軍の唸り声が地鳴りのように聞こえてくる。

千年の歴史を持ち、花の都とうたわれた王都。

それが破壊の限りを尽くされるのは火を見るより明らかだった。

そして、この魔王軍の大行進は人間の都市すべてが滅ぶまで続くこともわかりきっていた。


「…行きますか?」


ハシーリが俺に尋ねる。

彼女はまるで今から遊び場に出かけるような笑みを浮かべている。


「もちろんだ。

 100万の軍勢の前で逃げだしたら、どんなことが起こるんだろうな」


俺だってワクワクしていた。

この間の戦場では1万のモンスターを引き付けて逃げ切った。

ボーナス査定がついたのか俺のステータスはさらに向上。

今ではドラゴン程度では寝ながら逃げられるぐらいだ。


今回の規模はその百倍なのだ。

信じられないほどの成長を達成することだろう。


城壁から降りようとすると、見張り兵士たちが口々に言う。


「なんだ!?

 お前らが敵う相手じゃないぞ!」


「やめとけ、籠城しておいて援軍が来るのを待てって言われてるんだよ!」


「死ぬぞ!?」


そんな言葉を聞くこともなく、俺とハシーリは王都の城壁の外に降り立つ。

最近では空中でも逃げまくっているので、高さ10メートル程度の城壁などちょっとした段差みたいなものだ。


「あれですね」


ハシーリが禍々しい染まった空を指さす。

遠くのほうで土煙が壁になっているのが見える。

なるほど100万の軍勢とはもはや竜巻とか大嵐に近いものらしい。

魔王軍の中にはドラゴンやサイクロプスといった巨大なモンスターさえ見え隠れする。

俺が煽りにあおって逃げまくってきた魔王軍四天王の姿も見える。


やつらも本気を出してきたってわけだ。


王都の軍勢はせいぜい数万人だろう。

あれが進軍してきたら王都は簡単に殲滅されてしまうに違いない。


「そろそろ、逃げますか?」


歴戦の勇士となったハシーリでさえ、魔王軍の進撃にはたじろいでしまうようだ。

確かにあんなのに囲まれてしまったら、俺たちとは言え逃げ出せないかもしれない。


「まだだ。

 まだ遠い!」


目と鼻の先まで引き付けておいて、ぎりぎりのところで逃げる。

それこそが逃げ足勇者の面目躍如というものだ。

敵の姿を見た瞬間に逃げるなんて言うのは三下のやり方であり、王都の兵士たちに本当の逃げ(どう)というのを見せつけなければならない。


「…勇者様、私と勝負をしませんか?」


ずん、ずんとモンスター軍団の地響きが聞こえてきたころだった。

ハシーリがにやっと笑って俺に言う。


「勝負?

 面白いな」


「私が魔王軍の間を思いっきり走って、勇者様を追いかけます。

 逃げきれたら勇者様の勝利、追いついたら私の勝利というのはどうでしょう?」


さすがはハシーリだ。

なるほど、ただ逃げるだけでは面白みがないというのか。

つまり俺はハシーリと100万の軍団の両方に追いかけられるというわけだ。


「いいぜ、やってやろうじゃないか!」


俺はにやっと笑うと、よーいどんだ。

スタートダッシュとばかりに一気に加速。

音の壁さえも突き破り、ぐんぐん速度をあげていく。


「まだまだですよ!」


しかし、敵もさるもの。

ハシーリは俺の速度に合わせるどころか一気に間合いを詰めてくる。

ダッシュ力だと俺より早くなってないか!?


「やるな!これならどうだ!」


いい感じの距離になった魔王軍の方向に逃げ込む。

直線での勝負ではなくて障害物競走に持ち込むってわけだ。


しかし、突っ込んでくる俺たちにモンスターも反応する。

奴らも自分たちの方向に一騎駆けしてくるやつがいるとは思わなかったのだろう。


「なんだぁ、こいつは!」


「ぐへへ、飛んで火にいる夏の虫!」


「地獄を見せてやるぁ」


などと啖呵を切って攻撃を仕掛けてくる。

荒れ狂う炎、怪光線、百裂拳。

モンスターたちのありとあらゆる攻撃が始まる。


しかし、今の俺はそれどころじゃない。

ハシーリの速度のほうが半端じゃないのだ。

モンスターどもを避けながらではハシーリに追いつかれてしまう。


「ええい、邪魔だ!

 どきやがれ、この野郎ども!」


両腕をクロスさせる感じで固い装甲を形成すると、そのまま一気に魔王軍を貫いて逃げる。

モンスターたちははらわたをえぐられ、腕を吹っ飛ばされ、阿鼻叫喚の地獄絵図を形成する。


だが、俺は止まれない!

ハシーリは加速に次ぐ加速。

もはや音すらもまともに聞こえないほどの速度で俺を追いかける。


こんなところで一世一代の大勝負をするとは思ってもみなかった。

だが、負けるわけにはいかない。

俺は逃げることしかできないんだから。


「勇者めぇ、このサイクロプスが、おうふぅ」


一つ目の大巨人サイクロプスが現れるも、逃賊王のナイフで心臓を一撃で粉砕。

さらにはそいつを踏み台にして空を飛び、ハシーリから逃げる。


「ぐへへへへ、この応龍様に空中戦を挑むとは、おぐはぁ」


偶然空を飛んでいたでかい龍を蹴って、反動を使い、今度は地上に向かう。

龍は空のかなたに飛んでいったが、それでもハシーリは追いかけてくる。

ハシーリの奴、空中で方向転換できるって言うのか!?


「勇者様ぁああああ!」


目を血走らせて、まるで悪いお薬にでも手を出したかのようなハシーリ。

まだまだ全然、元気だぜ、ちきしょう。

あいつだってモンスターにぶつかってるくせになんというスタミナ。

ええい、魔王軍のど真ん中にいるデカい大岩の影に隠れてやり過ごすぞ!


「よくぞ来たな、勇者よ!

 千年の戦いに終止符を打とうではないか!」


あ、岩だと思ってたら魔王じゃん。

こいつとやりあってる暇なんてないんだよ!?


「…って、止まらない!?」


魔王を回避しようとするものの、加速がつきすぎていた俺は速度を抑えることができない。

後ろにはハシーリが「うわぁああ!」などと叫んでいる。

ちぃっ、このまま魔王ごと貫くしかない!


どごぉおおお!


まるで巨大なスポンジケーキの中に体を突っ込んだような感覚。

そのあと、勢いよく地面に衝突した俺は地べたを二転三転する。


ちぃぃいい、しまった。

このタイムロスは痛い。

ハシーリに捕まってしまうぞ。


どすぅぅうん…


焦りまくっている俺の前で、ぼろぼろになって崩れ落ちる黒い塊。

それはさきほど俺が貫いた魔王の体だった。


「うゎぁあああ、魔王様!

 魔王様がやられたぞぉおお!」


「ひぃいいい!

 糊じゃくっつかない!」


「こいつは化け物だぁああ!

 逃げるぞぉおお!」


魔王を失ったモンスターたちは、わぁわぁ叫んで逃げていった。

うーむ、不慮の事故とはいえ一撃で死んでしまうとは情けない奴。


「ついにやりましたね、勇者様」


地面に転がっていた俺のもとに、ハシーリが現れる。

追いかけっこをするつもりはないのか、普通に歩いてきやがった。


「ははは、俺の逃げ足には誰も追いつけないよ!」


「それでも、私は追いかけますよ!」


「いいぜ、一生、逃げまくってやる!」


「じゃあ、一生、追いかけます!」


俺とハシーリはお腹を抱えて笑いまくる。

モンスターたちの死骸が転がりまくっているにもかかわらず。


「嘘だろ、魔王を逃げ足の勇者たちが二人でやっつけちまったぞ!?」


「俺、城壁から見てたけど、ものすごい攻撃だったぞ!?」


「やったぁ、俺たち生きて帰れる!」


「勇者、ニゲール、バンザーイ!」


「走り屋、ハシーリ、バンザーイ!」


そして、王都にいた兵士たちも姿を現し始める。

彼らは一斉に俺の名前を叫び、王都の空には俺たちの名前がこだました。


あっちゃー。

俺は単にハシーリと追いかけっこをしていただけなんだが。

非常にバツが悪くなる。


「ふふ、おめでとうございます!

 さすがは勇者様ですね!

 かっこよかったですよ!」


ハシーリは俺の背中をばしっと叩く。

その顔はいつもと同じようにいたずらっ子のようだ。

まぁ、結果オーライというやつか。



――――――




「パパー、待ってよぉおおお!」


その後、私の夫となったその元・勇者は辺境の領主となった。

つまりは私の父親の領土を引き継いだのだ。


三人の娘が彼を今日も追いかけ、彼は今日も元気に逃げまくっている。

逃げながら政務をしたり、逃げながらおむつを替えたりと忙しいみたいだけど。


今度、私も久しぶりに彼を追いかけてみようかな。

青い空のもと、あの頃みたいに、思いっきり走り回ってみよう。


彼は自信満々に言うだろう、「俺は逃げ切ってやる」ってね。

よく言うわ、あなたはもう私に捕まっているくせに。

お読みいただきありがとうございました!

勇者ものを書いてみたいなと思いまして、がががっと書いてみました。

短編小説ですのにブックマーク、文章評価、感想までいただいて、感無量です。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  『逃げる』が物語の主題になっているおかげか、非常にテンポがよかったです。ラストへ近づくにつれて加速していき、凄まじい逃げっぷりが楽しめました。  独りぼっちな主人公の前に現れるハシーリ、…
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