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ダンス コーチ  作者: kanon
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本気の部活

興味を持ってくださり、ありがとうございます!

高校一年生の男子が主人公の、青春ストーリーです。

ボーイズラブの要素は、苦手な人でも気にならない程度だと思うので、ぜひ読んでみてくださいね⭐︎

 キュッ、キュッ、キュッ…

 スニーカーの底が床との摩擦で高い音を立てる。一時間ほど前から何度も同じステップを繰り返し練習していた理央(りお)は、さすがに疲れを感じてその動きを止めた。

 この春、高校に入学して三ヶ月が過ぎようとしている。入学式の日に体育館で披露されたダンス部の発表に心を掴まれ、その日に入部の意思を伝えた。中学の時にはなかった部活。教師たちの激務を少しでも軽減しようという考えから、地域のどの学校からも部活が消えつつあり、理央たちが通っていた中学校も同様にごく限られた活動しかしていなかったが、高校に入ってやっと放課後の部活という楽しみができた。

 タオルで汗を拭った理央は、体育館の床に寝転がり、呼吸を整えながら高い天井を仰いだ。こんなに難しいとは…。華やかなステージの陰には、並々ならぬ努力が隠されている。そんなこと、この歳なら考えなくても分かりそうなものなのに。

「おい、理央。バテるのが早すぎるぞ」

 一年先輩の悠太(ゆうた)がそう声をかけた。自分でもわかっているが、中学校三年間、何も運動らしいことをしていなかったせいで体力がない。

「男のくせに…。ルリの方がよっぽど頑張ってるじゃん」

 悠太はそう言って、顎でルリを指した。ルリは理央と同じ、今年の春入部した一年生だ。寡黙な彼女は理央が苦戦しているステップはとうにマスターしていて、一切休憩を挟まずに二つくらい先のステップを練習している。

「そんなんじゃ、来年大会出れないぞ」

 夏休み前に、ダンスの公式大会がある。さすがに入部してすぐの一年生は無理だが、来年からは理央も出場することになるのだ。

「ルリ、理央にチャールストン教えてやってくれ」

 もう何度、この屈辱的なセリフを聞いただろうか。憮然とする理央に、悠太はまた顎でルリを指すと、自分たちの大会の練習に戻っていった。

 ルリはその先輩の後ろ姿を見つめていたが、小さく息を吐き、一歩、二歩と理央に近づいてきた。そういえば、入部してからまだ一度も個人的な話をしたことがない。

「…ごめん、邪魔して」

 理央はまだ仏頂面だったが、彼女の貴重な練習時間を割いてしまうことを詫びた。すると不安そうにも見えていたルリは、ほんの少し笑みを漏らす。

「…つま先だけを動かす感じでやるんだよ。かかとでやっちゃダメ」

 小さな声でそう言いながら、簡単にそのステップをやって見せた。言葉で言われても、それをすぐ動きに変換するのは難しい。特に理央はそう感じていたが、横に並んでゆっくり足を動かしてくれるルリを真似て何度も繰り返すうちに、ようやく形になってきたことに気づく。ルリもそれに気づいて、自分の足を止めた。

「ありがと」

 理央が礼を言うと、ルリは小さくうなずいて、また自分の練習を始めた。こんなに大人しいのに、ヒップホップをやろうと思ったきっかけは何だろう。自分改革?それとも将来ダンサーを目指してるとか…。

 すっかり機嫌の良くなった理央は、勝手に想像を膨らませながら、やっとできるようになったチャールストンを何度も繰り返した。




 その日の帰り、理央は思い切ってルリを誘った。駅まで歩く途中にコンビニがあり、理央は疲れるとよくそこで休憩してから帰る。突然の誘いに少し迷ったような顔をしたルリだったが、頷いて、また小さな笑みを返してくれた。

「ソフトクリーム、食べようかな」

 理央は男友達といる時のように、極力意識しないように振舞おうとした。

「じゃあ、私も」

 彼女もおそらく、精一杯気を遣ってくれているのだろう。理央と同じものを注文して、隣り合わせの席に座る。理央は早速大好きなソフトクリームを一口食べ、

「うわ、染みる!」

 虫歯が痛くて、思わず声を上げた。それを見て、ルリが初めて声を立てて笑う。日本人離れした綺麗な顔立ちの彼女は、黙っていると大人っぽくて近寄りがたい印象だが、笑うと八重歯が可愛いことを発見した。

「私も、虫歯あるんだ」

 歯医者に行くのが嫌だから親にはナイショだけど、と付け加える。それは理央も同じで、歯医者で受ける治療の全てが大嫌いだ。

「もっと画期的な治し方、誰か考えて欲しいよね」

 ドリルで穴を開けてそこに得体の知れないものを注入される。小さな頃から歯医者という場所は恐怖でしかなかった。しかし思いがけない共通点を見つけて緊張の糸が切れた理央は、さっきの疑問をぶつけてみることにした。

「何で、ダンス部に入ろうと思ったの?」

「…知り合いが、ダンスやってて」

「へえ、」

 想像とは違う答えだった。その人は、寝ることも食べることも忘れて練習するほどダンスに熱中していて、相当な腕前なのにも関わらず、ルリには一切踊りを見せてくれないのだという。それほど夢中になれるものなら、一度やってみようと入部を決めたらしい。そんな特技を持った知り合いなどいない理央は、今度はこの大人しい女子の交友関係が気になった。学校ではクラスも違い、どんな友達がいるのかは全く知らない。

「理央くんは?何でダンス始めたの?」

 溶けかけたソフトクリームを、やっと食べ終えたルリが尋ねる。

「入学式で見て、」

 あのパフォーマンスは、本当にカッコ良かった。男女の入り混じった十数人のチームだが、それぞれの役割をしっかりとこなし、何より終始息の合った動きに釘付けになった。

「来年は、私たちがやる番だよ?できるのかな」

 最後は自分に問いかけるように言って、ルリは席を立つ。まるで理央の話がこれで終わりだと知っているかのようで、驚きながら理央も席を立った。聞きたかったことは、聞けた、のかな。そもそも本当に知りたかったことが何だったのか、今はどうでも良くなっていた。とてつもなく距離のあったルリと普通に会話ができたことに、理央は満足していた。



 ほんの少し、緊張の解けた体育館。ルリに話しかけることに抵抗がなくなったおかげで、部活が少しだけ気楽に行ける場所になった。とは言え、先輩たちが目前に迫った大会に向けて必死に練習している姿を見ると、鬼気迫るものがあり、固唾を呑んで見守ってしまうことも多い。

 この高校はダンスだけでなくチアリーディングや新体操などにも力を入れていて、それぞれ専門のコーチを雇っている。当然生半可な練習で許されるはずがなく、そのコーチの厳しさに耐え切れず辞めていく生徒も多かった。実際、悠太と同じ二年生は彼が入部した頃には何十人もいたらしいが、今年に入ってたったの七人になってしまった。理央たち一年生は、十五人いるうちの何人が来年の大会まで残っているのだろう。果たして自分は残れるのだろうか。そんなことを思いながら、水野という名前の若い女性コーチの怒鳴り声を聞いていた。

 いつも振りがズレてしまう箇所を繰り返し練習させ、ようやく気が済んだらしい水野は、先輩たちに休憩して、と声をかけると今度は理央たちの方へと歩いてきた。それだけで全員が姿勢を正すのがわかる。

「この大会が終わったら、君たちも入って一緒にやるんだからね!他人事だと思ってないで、ちょっとでも早く追いつけるように練習しといてよ!」

 大きな声で言われ、数人だけが遠慮がちな声で、はい、と返事をした。

「声が小さい!」

「はい!」

 理央はとてつもなく場違いなところにいるような気分で返事をした。大会どころか部活の経験もない自分が、いきなり飛び込んで良い場所ではなかった?途端に不安になってルリの方をうかがうと、意外にも彼女は強い眼差しで先輩たちの練習を見つめていた。迷いなどない。そんな声が聞こえてきそうで、大人しい彼女のイメージがまた変わっていくのを感じる。自分に、できるのだろうか。今はただ不安だけが理央の心を占めていた。

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