9 お茶会にもたらされた、異変。
街に出るイルザを見送ったあと、ナックはひとり邸宅の部屋に戻ってきた。イルザに悪いと思いながらも、心に芽生えてしまったディートリンデに対する敬慕の情を隠すことは出来なかった。一人になれたのは幸いとも思えた。
コンコン、と部屋のノックが聞こえる。
「はい」
「ナック、よろしいでしょうか?」
「で、ディートリンデさま!?」
ナックは慌てて扉を開く。
「お一人ですの?」
「う、うん。イルザ姉ちゃんは街を見物してくるって」
「……そうでしたか。良ければ庭での茶会に参加しませんか? お誘いに来たのです」
「いいよ! 一人で暇を持て余していたとこなんだ」
ナックは即答した。
ディートリンデのあとをついて行き、庭に案内される。腕の良い彫刻師があしらったテーブルの前に、ディートリンデの両親が先に座っていた。
「君がエルフのナック君だね」と、優しそうな瞳でディートリンデの父が微笑む。
「ハ、ハイ」
ナックはガチガチに緊張していた。
「我が娘を助けてくれて本当にありがとう。カミーレの森は良いところだったと娘も言っていてね」
「ええ、王都よりも静かで落ち着いたところでした。わたくしもすっかり気に入りました。また行きたいと思っています」とディートリンデが言葉を添える。
「あ! ぜひお越しくだサイ。あの森は特別なところなんデス、病気に効く薬草もたくさん生えていますノデ」
ナックはしどろもどろだった。ひとまず用意されたお茶に手を伸ばす。味もろくに分からぬまま、ナックは喉に流し込んだ。ディートリンデたちとの会話はなごやかに続いた。
しかし、茶会は突然の訪問で賑わいが止んだ。第一王子フォルクハルトがやって来たのだ。
「リンデ!」
「まあ、ハルトさま?」
「無事で良かった」
フォルクハルトがディートリンデを抱きしめた。チクチクとした言いようのない思いがナックの心に宿った。
「ハルトさま、どうされたのですか」
「カサンドラ一味が逃亡した」
「えっ!?」
「父親の大公が手引きをしたらしい。大公一家も逃げた。今行方を探しているが、隣国に行った可能性が高いという話だ」
「大変だ! イルザ姉ちゃんに知らせなくちゃ」
ナックは冷静になった。
「うむ。場合によっては君たちも復讐される可能性がある。まずは王城に来てくれ、そこならば守りも固いからな」
「分かりました。その前に僕、イルザ姉ちゃんを探してきます!」
「私も行こう」
「えっ、王子さまが直々に!?」
「場合が場合だからな。衛兵にも探させるが、ひとりでも多く探した方がいいだろう?」
「……それは、確かに」
「行こう」
「ハルトさま、ナック……お気を付けて」
こうしてナックとフォルクハルトは街に出たイルザの後を追ったのだった。