7 王城での、婚約破棄。
その日は王都の城で食事会が催された。貴族たちが煌びやかな服装に身をまとい、我も我もと城に集まっている。その中には第二王子とその婚約者カサンドラ、第三王子とその婚約者エレオノーラも参加していた。
今日は第一王子フォルクハルトから重大な発表がある。そう聞いていた貴族たちは、彼の登場を待っていた。食事会は静々(しずしず)と進み、やがて彼が登場すると、貴族たちの視線は彼と、彼の隣に立つ見慣れぬ美しい女性、そして少し離れて立つディートリンデに集中した。
フォルクハルトは声高らかに発表した。
「ディートリンデ! 私はここにお前との婚約を破棄する!」
ざわざわと貴族たちの囁く声がする。
「もう、お前に未来の王妃の重責を負わすわけにはいかない。ここにいる辺境伯カミーレの長女イルザを今後私の伴侶とする!」
フォルクハルトはドレス姿のイルザの腰に手を添えて告げた。
「まあ……何てこと」
「ひどいわ、フォルクハルト殿下。ディートリンデさまが可哀想」
カサンドラとエレオノーラが感想を口にする。しかし、二人の表情はまるで違っていた。痛々しさを分け合うかのような沈痛な面持ちのエレオノーラに比べ、カサンドラは狡猾な笑みを見せたのだ。
カサンドラがフォルクハルトの側に近づく。
「フォルクハルト殿下。その言葉は本気ですの?」
「ああ。このイルザを私は選ぶ」
「冗談はやめてくださいまし!」
カサンドラは扇で口元を隠して笑った。
「仮にも第一王子ともあろう御方が、たかが辺境伯の娘と婚約!? 釣り合いが取れませんわ」
パチン、と扇を閉じる音がする。
「ならば、フォルクハルト殿下。あたくしを婚約者に繰り上げてくださいませんこと?」
「なんだと!?」
「……カサンドラ姉さま!?」
フォルクハルトとディートリンデが驚いた。
「やめて! 第一王子の婚約者でなくなった貴方に、姉さま呼ばわりされるのはぞっとするわ」
カサンドラが冷たい視線をディートリンデに向けた。
「第一王子の婚約者としては、大公の娘であるあたくしのほうが適切だというのに、婚約者の繰り上げという選択肢も選ばずに殿下は侯爵令嬢の娘を選び、今度はさらにその婚約を破棄して地方の閑職に過ぎない辺境伯の娘を選ぶ!? どうかしていますわ」
カサンドラがフォルクハルトに詰め寄る。
「そんな、顔に傷のあるような身分の低い娘を選ぶなど、このあたくしが許しません! 殿下。どうせならばあたくしをお選びくださいませ」
「……そこまでだ! 僕のイルザ姉ちゃんを、それ以上悪く言うな!」
人だかりの中から少年の声がした。ナックだ。衛兵を引き連れた彼は、縄でぐるぐる巻きにした男を二人、イルザたちの前に突きだした。
「カサンドラさま……」
タキシード姿の男の一人が呻くようにカサンドラの名を口にした。
「カサンドラさんの執事だよ。呪術師のこの男に金を渡すところを押さえたんだ」
ナックは黒いローブを身にまとったもう一人の男を見やった。
「こいつらが全部吐いたよ。フォルクハルトさまの前の婚約者さまが亡くなったのもこいつらがやったって」
「何だと……!」
フォルクハルトはかっと目を見開いた。
「訳は後ほど聞こう。衛兵よ、カサンドラとこの者たちを連れて行け!」
「フォルクハルト殿下……! 貴方にはあたくしこそ相応しいのですよ!」
「人殺しを伴侶にする選択肢があるものか! 行け!」
衛兵が犯人たちを連れて行き、静けさが戻ってきた。
「皆、見ての通りだ。先ほどの婚約破棄は、犯人を炙りだすための演出だ! 私はこの先もずっとリンデを愛している!」
フォルクハルトはディートリンデを貴族たちの前で強く抱きしめた。
「まあ……ハルトさま」
ディートリンデが顔を赤らめた。
「良かったですね、フォルクハルト殿下。私はもう、このドレスがきつくて脱ぎたくて。剣を振り回していたほうが性に合うようです」
イルザがそう言うと、どっと笑いが起きた。
「しかし、自分の身分が貶められたりなじられたりするのも厭わずにこの一計を案じるとは、面白いな」
フォルクハルトがしげしげとイルザを見つめる。
「すとぉーっぷ! イルザ姉ちゃんは僕の婚約者だ! 誰にもあげないよ!」
イルザとフォルクハルトの間にナックが立ちはだかった。
「ナック。貴方にも、イルザにも本当にお世話になりました。貴方たちはこれからもずっとわたくしの騎士さまです」
「リンデ……?」
フォルクハルトが戸惑う。ディートリンデが恥ずかしそうにうつむいた。
「ディートリンデさまはフォルクハルトさまと。イルザ姉ちゃんは僕と。それが一番いいんだよ」
「そう……ですね。でも、これくらいは許してくださいませ」
ディートリンデはナックの頬に軽くキスをした。
「デ、ディートリンデさま!?」とナックがうろたえる。
「うおっ!? 私のリンデ!!」とフォルクハルト。
「ディートリンデさま……?」とイルザも焦った。
「危ういところを助けてくださったこのご恩、ずっと忘れません」
ディートリンデは柔らかく微笑んだ。