5 馬車の中の、作戦会議。
ディートリンデが乗っていた、侯爵の紋章が扉に描かれた馬車は、御者だけ乗せて急ぎ先に王都へ帰ってもらった。あのアイネマウズが襲ってきたのは、良からぬ呪術師に操られたのではないかとイルザが推測したためだ。再度モンスターに襲われる可能性を極力避けるために、カミーレ辺境伯が用立てた馬車にイルザとナック、そしてディートリンデは乗り込んだ。馬車の中での会話は、すこし緊迫した様子になった。
「ディートリンデさま、この地に来ることを打ち明けた方はどのくらいおられるのですか?」とイルザが聞く。
「ハルトさまには直にわたくしからお伝えいたしました」
「ハルトさまとは、第一王子フォルクハルト殿下のことですね」
はい、とディートリンデは複雑な表情で答えた。
「婚約を交わしてからというもの、ハルトさまはわたくしにとても優しくしてくださいました。わたくしの前に婚約をされていたお嬢様が亡くなられてから、ハルトさまは浮かぬ顔でした。病弱のわたくしに思うところはあったのかもしれません。政略上のことであり、結婚前だったとはいえ、大切な方を亡くされたのです。わたくしには元気になってほしいと毎度のことのように仰せでした」
「フォルクハルト殿下のほかにこの地への静養を明かした方は?」
「王室の婚約者どうしで食事会を開いたときに。第二王子殿下の婚約者である、カサンドラ大公令嬢と、第三王子殿下の婚約者エレオノーラ男爵令嬢に、この地へ行くことを告げました」
「ふむ……」
イルザは思案した。ディートリンデの言葉を聞く限り、フォルクハルト第一王子が彼女の死を願うとは思えなかった。だとすれば、残りの王室の婚約者たちに疑いの眼差しを向けるしか無い。
「婚約者の方々とは仲はよろしいのですか?」
「ええ、とっても」
ディートリンデは、はにかんだ。
「カサンドラ姉さまは気丈な方でわたくしのことを常に気遣っていただけていますし、エレオノーラは同い年の良いお友達です」
「そうですか……」
イルザはディートリンデの笑顔を見て、言いだしにくそうに言葉を濁した。
「でも、王子さまと婚約者さんたちにしかカミーレに来るのを言っていないんでしょ? だったらその中の誰かが怪しいよ」
ナックがイルザの代わりに言った。
「そんな……どなたも良い方ばかりです」
「ディートリンデさまは甘いなあ」
「身近な方を疑うのは、気が引けると思いますが……アイネマウズの一件があったばかりです。私に一案があるのですが、聞いていただけますか?」
イルザは戸惑うディートリンデの顔を真剣な目で見つめた。