17 牢の中の、密談。
牢に入れられた代わりに、イルザとフォルクハルトの縛られていた手は自由になった。
王の命で二人を連行したアードラーの騎士たちは、存外に礼儀正しかった。
身内だけを懇意にし、他国への戦争を好む暴君であるアードラー王に敢然と立ち向かったフォルクハルトの姿勢に、本心では共感していたのかもしれない。
「アードラーも一枚岩ではありません。暴君の圧政が続けば、それを良しと思わない者たちはいくらでも出てきます」とイルザ。
「そうだな。国の未来を担う私だ、圧政を敷く愚だけは犯すまい」
フォルクハルトは真剣な表情でうなずいた。
「さて、これからどうする、イルザ……?」
「まずは、私が『風の伝言』を使い、ゾンネンブルーメに侵攻してくるアードラーの兵と戦わぬように告げます。私たちが人質となっているので軽はずみな真似はしないでしょうが、面と向かって戦うよりも、兵たちをできるだけ、かく乱してもらいましょう」
「ふむ」
「時が整えば、私たちはここから脱出できます。……しかし、そのまま逃げてしまえば、アードラーの城にいるという、最大のチャンスを失います。追っ手に再び捕まるだけになるでしょう」
「もしや、城に留まるつもりか?」
「はい。次いで、私たちがこの牢から出ると同時に、我々の国やハーズの国に情報を流します。私たちがその国々に逃げて、潜伏していると」
「なるほど。そうなれば、アードラーの兵は我々の国やハーズを捜索しなければならなくなる。兵の分散を図るのだな」
「そうです。そして、アードラーの兵の数が少なくなった頃を見計らって、私の……」
イルザはすこし頬を赤らめた。
「どうした?」
「い、いえ。私の婚約者である、エルフのナックに動いてもらいます」
「ナックか。度々世話になるな」
フォルクハルトが優しく笑った。
「今、ナックはハーズで、ディートリンデさまの計らいにより、自由の身となりました。彼に頼み、エルフの一団に、カミーレの地から急ぎ森を越えてアードラーまで来てもらいましょう。エルフ一族は弓の技に秀でている者が多いですから、手薄なアードラーの城に外から攻撃を仕掛けてもらいます」
「分かった。そうして外から攻撃してきたかのように見せて、守る者がすべて外を向いたとき、アードラー王を我々が倒すというのだな!」
「はい。……危険な賭けですが、それが一番、戦争を回避し、起死回生を目指せる最良の策かと」
「イルザ、まったく君は知恵者だな! 君が私の国の辺境伯であったことは本当に良かった」
「もったいないお言葉です。フォルクハルトさまのお父上は極めて善政を行われておいでですから、支持する者も多いのですよ」
イルザは一礼し、はにかんだ。
「……君がエルフの少年との婚約者でなければなあ。私の妻にしたいくらいだ」
「えっ」
「ははは! 嘘だ嘘だ! 私には可愛いリンデがいるからな! 切れ者イルザの可愛い一面を見たかっただけだ!」
「フォルクハルトさま……!」
澱んだ空気の漂う牢に、二人の明るい笑い声が響いた。
そして、イルザは「風の伝言」を使い、精霊にナックへと言葉を預けた。




