1話 おじいちゃん違います
水の都内名物おじいちゃんいざ行かん。陽輝はその言動に着いていけるのか。
オレが水の都に来てから1か月が経った。それなりに2周目を何とか出来るようになる頃合いだろう。
だろう? 何故だろうかって言うとだな、自分でも良く分からないからだ。1周目で疲れ、2周目は殆ど意識が朦朧としていて何が何だか分からんのだ。
「まっ、マッチョッ。たす、けて……」
智也の前に倒れ伏した陽輝。そんな陽輝の前にしゃがみ込んでツンツンとその頭を突く智也。
「マッチョと書いて先輩と読むなよ。先輩をもっと慕え」
「好青年風貌だけど意外と良い筋肉の持ち主の萩道先輩、タスケテクダサイ」
「よーしよし。最後の重要な部分が片言だったが合格にしてやろう」
智也はそう言って陽輝を持ち上げて担ぐと、休憩室のソファーに寝かせてやった。
オレは燃え尽きた。2周目の配達を終え何とか会社の玄関に行くと、萩道先輩が迎えてくれた。正直もう1歩も動けなかったので超助かった。
今日の配達は10件。原チャリの配達は大体水の都内だけだが、たまにトラックでは入れない所になると原チャリをかっ飛ばす事になる。1周目までは良かったのだが、2周目に火の都への配達先が1件あり、疲れた体を火山の熱に晒されノックアウト。
陽輝の着ている服は和服にニットなので火の都は向いていないだろう。因みに服装は、白ベースで所々に黒のボーダー模様がある和服を両腕通さず垂らし、下に黒のニットを着、黒のスラックス。両耳にはシンプルな金のピアスをつけている。
「おーい。だーいじょうぶかぁ?」
「……おう。ダーイジョウブダァ……」
「何処がだ」
全然大丈夫じゃねぇのにオレの口は強がっちまってる。先輩もっと扇いでくれ。死ぬ。
ノックダウンしてしまった陽輝の熱を冷ます為に内輪で親切にも扇いでやっている智也。序でにこうなると予想して買っておいた水の都天然水を与える。
「ぷあ~っ……いーきーかーえーるー」
「萩道先輩に感謝しろよ。初めて火の都に行くって聞いてわざわざ用意してやったんだからよ」
「あざーっす」
「心が籠もってないぞー?」
「イデデデデッ」
思ってるよりは心を込めて言ってやったってのに、頭グリグリされた……イテェ。
さて、程良く回復してきた所で昼飯にすっかぁ。因みにお手製ですぞ。唐揚げ弁当ですぞ!
何気に自分の料理が好きな陽輝は、好物の唐揚げがどっさり入っている唐揚げ弁当を開くと目を輝かせる。
ーー! 殺気!
背後からの殺気に即座に反応した陽輝は振り返り様に唐揚げに伸びて行っていた智也の箸を箸で受け止める。ギリリッと音をたてて受け止められた箸と、マジ顔になっている陽輝に智也は笑う。
「ハッハッハッ!良く受け止めたなぁ。修行の成果か?」
「オレの唐揚げに手を出すな! この唐揚げはオレの口に入って消化される事を望んでいる!」
オレの作った唐揚げだ。マッチョに与えてたまるか!
くそっ。箸先に力が入らねぇ……うおぉおっ。神聖なる昼飯の為に唸れオレの筋肉ぅー!
バキッ。
「あ」
「あっ、ちゃぁ~」
そして箸は折れた。オレのが。
畜生。何でオレのが折れるんだ。このパターンは普通オレの筋肉パワーであっちの箸が折れるだろ。使う箸まで筋肉かよ萩道先輩よ。
「悪ぃ悪ぃ。俺の箸金属製だからさ」
まさかのっ! 見た目木製だったから気付かなかった……カモフラージュするなんて卑怯だぜ。勝ち目なんて最初から無かったんだ!
結局休憩室に設置されている割り箸で食べる羽目になった。持参の箸だから更に美味しいって言うのに。
この後はバトル事無く無事に食事を終えた。昼飯後は午後の分の配達が待ち受けている。午後は少なめで8件。全て水の都内の配達だ。
陽輝は手早く済ませて早くあがる為に昼飯を終えると颯爽と原チャリに乗って配達へ向かった。
ーー次ので最後っと。
最後の8件目に突入した。最後は近所で有名な名物おじいちゃんの家だそうだ。どんな感じで有名なのかはまだ詳しく聞いていないのだが、言動が面白く、愛称がリンゴちゃんだそうだ。
どんなおじいちゃんだろうか。リンゴちゃんって言われる位だから可愛い系のおじいちゃんか?
想像するのは林檎ほっぺの可愛らしいヨボヨボのおじいちゃん。
「そっ、そそこの若いの」
「?」
声をかけられ振り返ると、そこには腰が殆ど90°曲がっている白髪白髭のおじいちゃんが居た。白の中華服が良くお似合いだ。
スッゲェ腰曲がってる……ブーメランジジイ?
「ひ、ひぃとつ……おぉっ……お尋ねしたたたいんじゃがぁーーワシは誰じゃ?」
Oh……全くもって見ず知らずの他人に聞く事じゃ無い事聞いてきやがったよこのジジイ。てか、声ブルッブルッだなぁ!
初対面のおじいちゃんにいきなり自分は誰なのかを聞かれた陽輝は思わず真顔になってしまった。だが律儀に質問に答えてあげる。
「残念ながらオレとおじいちゃんは知り合いでも無いから名前分からないなぁ。おじいちゃん何処から来たの? 送ってってあげるから、教えて?」
意外に面倒見の良い陽輝は普段の口調と違い、優しく問う。
「?…………! ぉおおお、おっ……何10年振りじゃぁ……げげ元気にっ……に、にぃっ、ぺっ! ……しとったかぁーーwhite tiger」
「ちげぇし。何でホワイトタイガー? 何でそこだけ無駄に発音良いんだよ。オレら知り合いじゃないですよ、おじいちゃん」
思わずツッコミが入る。素が出てしまったが構わず話を進めようとするが、おじいちゃんは尚も続ける。
「嘘なななんぞ……いっ、いぃってないわい……のぅ………………お主、誰じゃぁ?」
「おじいちゃんんんんんー!!」
今まで話してたオレの存在を一瞬にして忘れた、だと?このジジイの記憶能力はどうなってるんだ。鶏でも動かなければ忘れないぞ。3歩どころが1歩も動いてねぇのに!
「ぉおっ、おじいちゃんじゃないわい。りっ、りりっ……林檎じゃ、white tiger」
「アンタがリンゴちゃん!? 確かに面白いけど呆け過ぎだろ!」
「しっ、白とくくっ……黒の毛並み。あっ、青く鋭いひぃ、とみぃ…………正しく……ほっ、white tiger」
「確かにホワイトタイガーの特徴と一致するけど種族が違うよリンゴちゃん!」
「お……ぉおっ、お手」
「もしかしてオレじゃない全く別の生き物見えてるぅう!? そのホワイトタイガー幻覚だよ!」
さっきからツッコミが連続して炸裂している陽輝は、ゼェハァゼェハァ息を荒くする。どうあっても頑なにホワイトタイガー推しをやめない林檎に陽輝は困り果てる。
このままじゃリンゴちゃんの中でのオレはオレじゃなくなる。オレと言う人間じゃ無くて、オレと言うホワイトタイガーになってしまう!人間職から動物職にジョブチェンジされる!
最悪な結末を考えていると、林檎の背後からそろりと近付く者が1人。
「リンゴ、ちゃーん! 迎えに来たわ」
「?……えっ」
オレは幻を見ているのか……今、目の前にっ。こ、小鳥谷弥枝が……!
水色の改造パレオ服に身を包んだ女性、小鳥谷弥枝。水の都出身の歌手だ。女優、モデルと幅広く活躍している弥枝は、陽輝もファンのようだ。
艶のある黒髪ミディアムヘアーにアホ毛。優しげな切れ長の黒い瞳は多くの人を魅了する。細やかAカップ以外は完璧なスタイルの弥枝は、こう見えて芸能歴74年だ。
16歳から芸能界へ入り、初シングルから大ヒットし、月間、年間を暫く独り占めし、出すどの曲も上位ランカーだ。
「ごめんなさいねぇ。リンゴちゃん呆けまくってるから相手大変でしょう?」
うぉおおおっ。話し掛けられた! メッチャ良い声なんですけど!? 生で聞くとやっぱり違うぜ。
「い、いえ! オレ面倒見るのとか結構慣れているんで。バンバン面倒見ますよ!」
「あら。そうなの。今時の若い子には珍しい良い子ねぇ。良かったらリンゴちゃんのお友達になってあげて?」
「友達?」
いきなりの申し出だな。アナタの友達だったら喜んでなるんだが。リンゴちゃんとオレで友達として成立すんのか?
「リンゴちゃん今、若い子の友達1000人出来るかな? をやっててね。対象外の人達はもう1000人突破してるから~」
スゲぇなぁ、おい。100人どころか1000人かよ。流石名物じいちゃんはやる事が違うぜ。
第1部どころか第2部に突入してるなんて尊敬に値する。オレは友達が少ないからな、悲しい事に。
良いもん良いもん! 友達なんて居なくともオレには両親も妹もジジイもババアも居るし!
「へ、へぇ。顔が広いんですね」
そう言うと弥枝は嬉しそうに笑った。
「昔っから色んなバイトしてたから知り合いが多くて。今も現役バリバリよ」
「このブーメランで!? ゲフンゲフンッ……凄いですね、ホント。尊敬しちゃうなぁ」
「わ、ワシを越すには、まっ……まだ、はははやいわい」
越そうとか思ってないよリンゴちゃん。何か良く分かんないけど、越せる気がしないし。年寄りは強しって事か。まぁ友達になってやろうじゃないの。
「分かりました。リンゴちゃんと友達になったら良い事ありそうだし、是非ならせて下さい」
「本当?ありがとう! そしておめでとう。アナタで記念すべき1000人目よ!」
バァーンッ……!!
最後の言葉と共に鳴らされたのはお祝いごとで使う巨大なクラッカーだった。
びっ、ビビった。いきなり至近距離でクラッカー鳴らすなんて大胆な人だ……てか、その袋に入ってたのそれかよ。今日祝う気満々だったって事だな。
この人もリンゴちゃんと同じで行動が読めねぇ。口に紙が入ったぜ。まっず。
口に入った紙を取り出し、体中に付いている紙も排除しながら、ニコニコしている弥枝を見る。
「これからリンゴちゃんと仲良くしてあげてね?歳をとるとね、若い人のパワーが必要な時があるのよ。序でに私とも仲良くして貰えると嬉しいのだけど」
「もちろーー」
思わず言葉が途切れた。目の前に小刻みに震えるリンゴちゃんのヨボヨボの顔が迫って来たからだ。って、おいおいっ!!
「リンゴちゃんんんんんーっ!!!」
反射的に真剣白羽取りの要領でその頬を挟んだ。皺のある顔は更に皺を作り、軽くホラーだ。
何とか食い止めたが、依然として唇を突き出してキスを迫ってくる林檎。
「あらあら。いつの間にお祝いのキスなんて覚えたの?」
「小鳥谷さんんんん!! 暢気にそんな事言ってる場合じゃないです! うおぉおおおっ……い、がいと力が強っ」
「宜しくのぅ」
「宜しく! 宜しくだけどっ……宜しくの仕方が可笑しい! オレとリンゴちゃんは恋人じゃなくて友達! 友達はキスなんてしない! ドントキス!!」
「よっ、よぉしよし……よよ、宜しくのぅ。white tiger」
「まさか友達としても認識されてない!? まさかペットじゃねぇよな!?」
「ふふふ……リンゴちゃん楽しそう」
最初から最後まで林檎に振り回された陽輝。最終的には友達になったのかペットになってしまったのか分からず時間が過ぎていった。
結局最後まで振り回されっぱなしでしたね。友達になったからにはもっと振り回される事だろう。




