プロローグ
人は恋をすると花を咲かせると言う。
それは恋をした瞬間から体内に恋の種が生まれ、その恋心が成長していく度に種も芽を出し、蕾になり花を咲かせる。
花を咲かせた恋の花はどうなるか。それは、目に見える存在となり本人の目の前に現れるのだ。
そして恋の花は、とても綺麗なものだと言う。人それぞれ咲く花は違い、種類に分かれている。
情熱的な恋だったら、薔薇。
純粋な恋だったら、アカシア。
儚い恋だったら、月下美人
美しい恋だったら、楓。
複雑な恋だったら……。
まだまだ多くの恋の花が存在すると言われている。
恋の花の種類、存在意義はまだまだ改名されておらず、これからも研究の余地がある事である。
そしてこの世界に住まう人間は恋に恋する人類だと言われている。以前はこのような現象は起こっておらず、4000年前からの現象なのである。
現代に生きる人間が多くの恋をする事からこの現象が起こっていると、今の所は考えられており、“恋の時代”と言われている。
そんな中、1人の田舎者の青年が都会に移住して来た。
その都会には都が5つ存在しており、この世に充満する魔力によって成り立っている。各都市には当主が居り、その当主が都市の力の源である力を授かり管理しているのだ。
中央都市である火の都。
火の都の右側に隣接する水の都。
左側に隣接する風の都。
上部にある光の都。
下部の少し離れた所にある華の都。
5つの都市は互いに助け合っており、1つでも欠けてはならないのだ。
そして、神雪陽輝などと矛盾している名前の青年は、20歳と言う良い歳だと言う理由で水の都に移住が決定した。
「引っ越し作業完了っと」
これから住まうアパートの自室の片付けを手早く済ませ一息吐き、畳んで山積みにした段ボールの上に腰を下ろした。
オレは神雪陽輝。自分でも矛盾している名前だとは思っているが、名付けられてしまったからには仕方がない。そんなオレが水の都に住む事になった理由は、単純明白。ニートだからだ。
ニートの何が悪いと言うんだ。全国のニートに謝れと言いたい。オレの他にだってニートは沢山居る。将来を考えてニート脱出なんてオレの親は心配性過ぎる。妹はオレが家を出るのを反対してたぞ。妹の意見を聞こうぜ、両親よ。
ニート脱出したオレが着いた職は、就職初心者大歓迎の水の都原水の上質な水の配達。只の配達だと思って侮るなかれ。
3Lの水を複数原チャリに設置されている箱に入れて走るのはまだ良い。だがそれを手渡しで配達を済ませて、会社に戻り自分で新しい水を箱に積んで第2周目に突入は正直きつかった。
更に3周目に突入はムンクの叫び状態。先輩は余裕で3周目を終えて第4周目に行っていた。修行……いや、経験値が足りないと言う事か。
オレは人見知りが激しい訳ではないから直ぐに先輩と仲良くなれた。
「オッス、後輩君! 励んでる?」
「……あの、サブミナルが禿げになってますよ先輩。その禿げ攻撃やめてください。地味に傷付くんで」
休憩室の椅子に座っている陽輝に声を掛けながら頭を撫でて来た青年、萩道智也。爽やかな黒髪好青年の風貌の智也は、陽輝の言葉に楽しそうに笑う。
「いやぁ、若い内から苦労してるようだし禿げてるのかと思ったからよ」
「地毛です! コンプレックスの1つなんですからあまり弄らないで下さいよ」
「ハッハッハッ! 怒るな怒るな! 冗談だ」
ーー嘘付け!
絶対本気だと静かなる怒りが芽生える陽輝。そんな陽輝に気付きながらも智也は隣に座ると、ニヨニヨしながら話し掛けて来る。
「仕事の話はさておき」
ーー殆ど頭の話だろ。
「職場恋愛してるか?」
「は、あ?」
思わず間抜けな声が出てくる。
「A子ちゃんなんてどうだ? あっ、B子ちゃんか!」
「定番のAB子ちゃん出さないで下さいよ……してませんよ、入ったばかりですよ?」
「ハッハッハッ! 関係ない関係ない!」
また豪快に笑うと、同じ休憩室に居るカップルに視線を向けた。
「知らないのか?この時代は“恋の時代”って言われてる。恋多き人類なんだよ。一目惚れしても可笑しくねぇ。俺だってなぁ、5年前入ったばかりの時に10歳年上の先輩に恋したもんだぜ?因みにアカシアが咲いた!」
「へぇ」
「へぇって、お前なぁ……」
聞いた事がある。人は恋をすると、恋の種類によって違う花が咲くと言う。オレは初恋がまだだから体験した事が無く、未知の世界だ。
地元に居た時に偶然友達の先輩と同じアカシアを見た事があるが、正直な感想、不思議でならなかった。
人体に何があったのだと幼いながらオレは暫く悩んだ。自分から花が出て来た時の事を考えると、何だかゾッとした。
花なんて人の排出する物じゃない。悩んだ挙げ句オレは花を見ると鳥肌が止まらなくなってしまった。今は治まって普通に触れる事も出来るが、不思議なのは今でも変わらない。
「……先輩は花が出て来た時どう思いました?」
思わず智也に問い質す。すると智也は少し照れたように笑った。
「ハハッーー恋、してるなぁって……嬉しくなったな」
ーー嬉しい、か……いつかオレも……。
いつかオレもそんな気持ちになれる恋をしたい。陽輝は20歳になって初めてそう思った。
陽輝の気持ちの変化が都市中の恋を大きく動かす。これはまだ始まりの話。




