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腕時計

作者: 柊 ナナ

腕時計


「そうだ、いいぞタカシ。勢いをつけて蹴り上がる時に鉄棒に体をつけるんだ。」


公園の照明が瞬いて点いた。


お父さんはせっかくの休日を僕に付き合ってくれる。


もうすぐ小学五年生になるのに、鉄棒の逆上がりが未だに出来ない。


「そろそろ帰らないとお母さんにおこられるな。」


「うん。」


「どうした、随分出来るようになったじゃないか。もう少しだ。次の練習で出来るかもな。」


笑いながら大きな手で、僕の頭を撫でながら言う。


でも、前もそう言っていたよね。


お父さんはトラックドライバーで、一回仕事に出ると二週間近く帰ってこない。


寂しいけど、大きなトラックを運転するお父さんはとても格好いい。


運転席の後ろには寝る所もあるんだ。


それからもう一つ格好良いものがある、それは今僕と手をつないでいる腕につけて


いる時計。


分厚くて中の歯車が見えるんだ。


ある時、僕が外してある腕時計を見ていると、タカシが中学生になったらもっと良い


のを買ってやると言ってくれた。


でも、僕はお父さんがつけているからこの腕時計が格好良いのだと思う。


「さあ、夕飯はなにかなー?。」


「お母さん、カレーだって言っていたよ。」


するとお父さんは僕を軽々と抱きかかえると


「ようし、急ぐぞー!。」


と言って駈け出した。


僕はお父さんが大好きだ。




いつのまにか若い男の人がちょくちょく来るようになった。


最初のころはよく話かけてきた。


どうしてもしゃべり方と、あの笑い方が好きになれなかったけどお母さんの友達だか


ら我慢して返事をしていた。


でも、すぐに男の人は挨拶もしなくなった。


そして、ある朝起きたらドアの隙間からあの男がお母さんのベッドに寝ているのが見


えた。


その日から男は一緒に住むようになった。


お母さんに聞くと、家が火事で無くなったから暫く置いてあげるのだそうだ。


一日中家に居るようで、いつ見てもお酒を飲みながらテレビを見ている。


ある日、居間で寝ている男の足につまずいてしまった。


謝ろうとしたらいきなり蹴っ飛ばされた、それから目が合うと叩かれたり蹴られるよ


うになった。


お母さんはそんなことをしないで、とは言ってくれるが全然治らない。


夜中に泣き声のようなのが聞こえるので、多分お母さんもあの男に虐められている


のだと思う。


僕は学校から家には直接帰らずマンション前の公園に行き、友達がいる間は遊び、

皆が帰ったらベンチで宿題をやり、照明が点くころになったら鉄棒で逆上がりの練


習をするようになった。


そして、男が風呂から出てお酒を飲んで寝てしまう頃に帰るようになった。


もうすぐ三週間が経つけどお父さんは帰って来ない。


お母さんに聞くと、今度のお仕事は遠いのだと言った。


そんな日が続いたある夜中、電話鳴った。


半分寝ぼけた頭でなんだろうと思っていると、お母さんの声がだんだんと大きくなり


受話器を置く音がした。


そっとドアを開けると、パジャマをだらしなく着たお母さんが電話の前に立っていた。

 

「どうしたの?」


と聞くと


「お父さんが事故にあって入院したって、これからお母さん病院に行くから。向こうか


ら電話するからタッくんはお家で待っていてね。」


そう言うとお母さんは急いで着替えると出ていった。


男を見ると、尻を丸出しにしてイビキをかいて寝ていた。


僕は電話の子機をベッドに持ち込むと布団をかぶって連絡を待った。


朝早くにお祖母ちゃんが僕を迎えに来て病院に行った。


地下の部屋に行くと会社の人なのか何人かの知らない人がいて、ベッドの上にお父


さんが白い布を顔にかぶせて横になっていた。


布を取ると寝ているように見えた。


対抗車線から車が突っ込んできたそうで、恐らく居眠りみたいだという会話が聞こえ


た。


ポタリと雫がベッドの端に落ちた。


あ、涙だ。


ポタ、ポタ・・・。


僕は両手で出てくる涙を抑えようとしたけどダメだった。


そのうち、まるで幼稚園生のように大きな声で泣きはじめた。


恥ずかしいなんて全然感じなかった。


すぐに暖かくて柔らかいのに包まれた。


お母さんの胸だった。



隣の部屋に移って、お母さんに寄りかかり座っているうちに寝てしまったみたいで、


お母さんに揺り起こされて一度、家に帰ることにした。


玄関を開けるとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが居た。


部屋も前のように綺麗になっていて、あの男は居なかった。


それからの数日間、お母さん達はとても忙しそうだったけど僕は電話番を任されるぐ


らいだった。


あの男が現れることもなく、時々家に一人でいるとどうしてもお父さんのことを思い


出して涙が出てきた。


まるでお母さん達が忙しくて泣いている時間が無い分、僕が泣いているみたいだっ


た。


久しぶりに登校してなんとなく気まずい一日を過ごして帰ると、お母さんが電気も点


けずに夕日の差し込む居間に座り込んで小さなダンボール箱を見つめていた。


どうしたの、と聞くと警察から返ってきたのと言った。


お母さんがテープを剥がしてダンボールを開けた。


覗きこむと財布や携帯電話と一緒にあの腕時計があった。


「僕にくれない?」


と聞くと、お母さんは腕時計を取り上げて見て


「でも壊れていて動かないよ。」


と言った。


よく見ると表面にヒビが入っている。


頷くとお母さんは僕の手にそっとのせてくれた。


つけてみるとぶかぶかで、腕の上の方までいってしまう。


また、お母さんはダンボールを見つめている。


僕は公園に行ってくる、と言ったけど返事は無かった。


公園には知っている子は誰も居なかった。


鉄棒の端に腕時計をかけると逆上がりの練習をはじめる。


一回、二回・・・。


どうしても出来ない。


えーっと、前に板があった時の感じと足の曲げ方と


「そうだ、いいぞタカシ。勢いをつけて蹴り上がる時に鉄棒に体をつけるんだ。」


うん、鉄棒に体をつけるんだよね。


一回、二回・・・。


足が前より上がっている。


そうか、もっと曲がるように。


手がジンジンするので見ると、赤くなっている。


きっと、出来るよね。


鉄棒を握りしめてよく思い出して。


あ、失敗。


もう一度。


地面が一瞬見えたと思ったら一回転していた。


出来た。


もう一度。


出来た。


小さく拍手が聞こえる。


振り向くとお母さんがいた。


「すごい、出来たね。」


僕は周りに誰も居ないのを見てお母さんに抱きついた。


それから鉄棒にかけてある腕時計をとると口元に寄せて


「出来たよ、お父さん。」


と言った。


公園の照明が瞬いて点いた。


ヒビの入ったガラスに写っていた僕の顔が消え、沢山の小さな歯車が見える。


お母さんの手が僕の頭を撫でた。


カチッ。


秒針が動いた。


エッ?


よく見つめる。


カチッ、カチッ、カチッ。


小さな歯車も綺麗に動いている。


「お母さん見て。動いているよ。」


「本当だ、きっとタッくんの声がお父さんに聞こえたんだよ。」


お母さんは僕の顔と同じ高さに顔をあわせると一緒に腕時計を見た。


少し経って、


「そろそろ、ご飯食べようか?」


お母さんは僕の頭を撫でて言った。


「うん。今日は何?」


「タッくんの好きなカレーだよ。」


僕は腕時計をもう一度見た。


秒針や歯車は綺麗に動いている。


腕時計握りしめると、僕は家へ駈け出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーは完結で明確、わかりやすい かつ状況描写がリアルで臨場感がある [気になる点] 人間関係の設定が典型的すぎではないか [一言] おもしろかったです
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