06.嘆く男 / 藤崎由梨
――それでは、ドーキンスの悪魔三号と大久保さんが接触した日のことを聞かせて頂けますか?
「三号……ですね。分かりました。その日、私はユウマと大学の講義を受けていました。ゴールデンウィークが終わった頃のことだったと思います」
――資料によると、五月七日、木曜日となっていますね。
「経済学の講義が午後からあったので、その日で間違いないと思います。私たちは、その、なるべくいつも通りに……あの出来事なんか無かったみたいに生活していました。でもその日の午後、私の隣の席で寝ていたユウマが突然机から顔を上げると、“嫌な予感がする”と言ったんです」
――嫌な予感、ですか?
「はい。初めは寝ぼけているのかと思たんですけど、アイツの顔は真剣そのもので、額に汗を流していたのが印象的でした。それからユウマは講義中にも関わらず、足早に教室を出て行きました。私はユウマが心配で、ユウマの体調が悪くなったので付き添いをすると先生に言って、後を追いました」
――二人で、三号が現れた場所に向かったのですね?
「結果的にそうなりました。ユウマがバイクで何処かに行こうとするので、私は無理にでも着いて行こうと後部座席に座りました。ヘルメットは、仲良くさせてもらっている駐輪場の整備をしているオジサンが使っているものを借りて」
――大久保さんはの目的地は、はっきりとしていましたか?
「それが……バイクを走らせる前に何処に行くのか聞いても、“ 分からない ”としか答えなくて。ただバイクは気づくと、栄へと向かう道を走っていました」
――名古屋の繁華街の中心地。三号の出現ポイントですね。
「はい、付近に到着した時、すぐに異変を感じ取りました。地下鉄からすぐの、有名な百貨店です。バイクを止めてユウマと向かうと、久屋大通沿いの路上に面した入口に、人だかりが出来ていました。不安と好奇心が入り混じった、ざわめきみたいなものが溢れていたのをよく覚えています」
――現場に、警察の姿はありましたか?
「え、えぇ。警察の人も沢山いて、入口とその周辺を封鎖していました。無線で頻繁に遣り取りしていたように思います。かなり逼迫した表情が窺えて……。その間にも、私たちもその一人なんですけど、どんどん人が集まって、首を伸ばして中を覗こうとしている人が大勢いました」
――大久保さんとアナタは、一緒にその場にいたんですね。
「はい、途中までは。それが中から突然、パァン! パァン! という乾いた音がすると、その場から逃げだそうとする人と、顔を輝かせて前に出ようとする人でもみくちゃになって。気づくとユウマがいなくなってて――」
――大久保さんが、三号と接触を果たそうとした。
「そう……みたいです。私は後ろ姿しか確認できなかったんですけど、警察官が混乱している人に落ち着くよう呼びかけていたんです。その隙に、封鎖している中をユウマが身を潜らせて、そのまま走って建物の中に入っていきました」
――その日、フロア一階の化粧品売り場に突然ドーキンスの悪魔三号が現れました。出現時刻は十四時二十三分となっています。それから十八分後、同じように突然現れたドーキンスの悪魔二号が三号と戦い、三号は消滅した。
「十八分……その間に被害者が出たんですよね」
――えぇ、百貨店の従業員の女性一名と、警備員の男性二名が亡くなり、警察官も二名が殉職しました。ドーキンスの悪魔関連の事件で、最も多くの死傷者が出た事件です。ドーキンスの悪魔の目撃者も三十名近くいましたが、この事件は別の名目で処理されました。
「私も後からニュースで知って、驚きました。男性が、刃物を振り回したことになっていて……は、犯人も用意されていて……」
――その件は、あまり深入りしない方が宜しいでしょう。それからアナタは、大久保さんと合流されたんですよね?
「え…………あ、はい。私がオロオロしていると、いつの間にかユウマが戻って来てたんです。それから救急車の音がしたと思ったら、“ もう終わった、戻ろう ”そう言って、ユウマはその場から立ち去ろうとしました。だけど私はそれで納得出来なくて、少し離れた喫茶店で話を聞いて……」
――そこで、ドーキンスの悪魔三号が現れたことを聞いたんですね。大久保さんはその時、事件のことに関して何か言っていましたか?
「ユウマは……被害者が出たことを嘆いていました。“俺が迷っていないで、早く中に入っていれば”と、自分の悲しみを見つめるような眼で、そう言ってたんです」
――嘆いていた……。
「ユウマは別に、人一倍正義感が強いって訳じゃなんです。でも……人の死には敏感で。昔、親しい人を私たちが失くしたことがあって、それで……」
――しかし、大久保さんが迅速に三号を撃退したお陰で、被害はそれ以上広がりませんでした。
「はい。だけどその時からユウマは明確に、変わりました。うまく言えませんが、何か顔に悲壮感のようなものが漂い始めたんです」
――そうですか……。三号との戦闘に関してですが、一号の時と同様、現場にいた人間は誰一人、大久保さんの存在を認識することが出来ていませんでした。
「や、やっぱりそうなんですよね。不思議には思っていたんですけど」
――えぇ、同じような怪物がその場に現れて殺し合いを始め、相手が持つ玉のようなものを奪った、としか。
「監視カメラは作動していなかったんですか?」
――いえ、監視カメラにも、大久保さんが右腕を変身させる光景が確かに映っていました。しかし当時は何度見ても、二号が突然現れたとしか認識出来ませんでした。大久保悠馬なる人物を観測することが、認識することが出来ないんです。
「その監視カメラの映像と言うのは、当然、後から見たんですよね? それでも分からなかったんですか?」
――大久保さんが変身して戦っている最中と、その前後数分間。その間に監視カメラが撮影していた映像を後から見ても、そこに大久保さんがいると認識出来なかったようです。
「戦っている最中と……前後数分間……。それは、どういう……?」
――機械に作用を及ぼしている訳ではありません。そこには間違いなく、大久保さんは映っています。今ならそのことがはっきりと確認できます。しかし、当時は何故かそこに、大久保さんが映っていると認識出来なかった。
「……そんなことが……」
――親しい人がその映像を見れば、そこに大久保さんがいたことは認識出来たと思います。一号の時のように。例えばアナタとか、ご家族の方とか……。
「えぇ」
――ですが当時は、そのようなことに思い至る筈もなかった。大久保さんがドーキンスの悪魔二号であったということすら、分かっていなかったのですから。
「はい。ユウマと私以外……誰も知らないことでした。正直言うと、悩みました。でもユウマからも黙っていろと言われて、そもそも、誰に、どうやって話せばいいのかも分からなくて……」
――そのお気持ちは……よく分かりますよ。私も自分がそのような立場になったのなら、恐らくアナタと同じように葛藤し、黙っている道を選んだと思います。
「ほ、本当ですか? 何が正解だったんだろうとずっと悩んでいて……」
――大久保さんも、同じようなことを仰っていました。
「え? ユウマが?」
――はい、一号の事件の後、自分の正体を明かすか否かについて。
「…………そうでしたか」
――それでも大久保さんは、その力を行使して戦い続けました。それ以降もドーキンスの悪魔四号を、五号を、六号を、七号を倒していく。すると次第に、大久保さんは日常的にも……
「ユウマのことを……忘れるどころか、認識出来る人が少なくなっていきました。本人を目の前にしても、紹介しても、記憶に留めることが出来なくなって。まるで消しゴムで存在を消してしまったみたいに、そうやって……」