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05.怪物遺伝子 / 大久保悠馬




 ――ここで整理する意味も込めて、私から「ドーキンスの悪魔」についてお話しさせて頂いても構いませんか?


「構わないが、大体の話なら、あの頭がイカれた科学者からも聞かされたことがある。ドーキンスの悪魔研究の第一人者で、確か……岸田(きしだ)由加(ゆか)とかいったか」


 ――えぇ、元は経済産業省の外廓団体で様々な研究をされていた方です。ドーキンスの悪魔事件以降は、二十二号から二十四号の研究をしていた方でもあります。


「二十二号から二十四号か。胸糞が悪い」


 ――それは……そうでしょうね。さて、少し長くなります。よかったらお茶でもお持ちしましょうか? 紅茶を淹れるのには些か自信がありまして。


「いや、俺なら結構だ」


 ――わかりました。率直に申し上げると、彼らの正体に関して詳しいことは分かっていません。ただドーキンスの悪魔を発生させる要因……岸田博士はそれを「怪物遺伝子」と呼んでいますが、怪物遺伝子は侵入した個体の生体構造を生物兵器として変化させる力を持っていたのではないか? と、考えていたようです。


「怪物遺伝子に生物兵器か、物騒な話だ」


 ――えぇ。遺伝子は情報ですので、「怪物遺伝子」という言葉に違和感を覚えるかもしれませんが、あくまで仮称です。「怪物ウイルス」の方が、意味合いとしては近いかもしれません。


 その怪物遺伝子は侵入後、元となる個体の意識を乗っ取って行動を操っていた。そうやって生存活動を行いながら、新たなドーキンスの悪魔の素となる怪物遺伝子を複製していたのではないか。岸田博士はそのような仮説を立てていました。


「行動を操る……か、確か地球上にも似たような奴がいるんだろ」


 ――はい、いわゆる「ゾンビ蟻菌」や「ハリガネムシ」といった寄生生物のことですね。怪物遺伝子はそういった寄生生物とウイルス、双方に似た特性を併せ持っていたかもしれないということです。


 乗っ取られた個体は怪物側の生存・増殖原理に則るようになる。怪物遺伝子の乗り物であるが故に、とある研究者の名前を借りて「ドーキンスの悪魔」と。


「だがドーキンスの悪魔は、一般には存在しないことになっている。その名前で呼んでいるのも、お前たち機関の人間くらいだろ」


 ――まぁ、そうですね。ただネーミングがあると便利ですから。そしてそういう名前を考えるのが、岸田博士は好きな方だったんですよ。


「子供みたいな奴だな……だがアンタの言ってることも、まぁ分からんでもない」


 ――苦虫を噛み潰したような顔をしてらっしゃいますね。科学者にも様々なタイプがいます。ひたすら論理的な思考を組み立てて真実に到るタイプと、そこに想像の飛躍を混ぜながら、科学的な直感を複合的に連動させ、途方もない真実に到るタイプが。岸田博士はどちらかといえば後者の方でした。


 だから天才と言われるのですが……色々と常識から外れた方でもありました。博士の行ったことに私は賛同出来ませんが、少なくとも優れた科学者であったことは事実です。では、続いて怪物遺伝子の増殖機能についてお話しします。


「あぁ、頼む」


 ――彼らは侵入した生物の遺伝子に作用すると共に、自らの遺伝子に取り込み、擬似的な進化をしつつ複製を作り出すのではないか、と考えられています。


 その複製が詰まった場所を胞子嚢。分かりやすく核と呼ぶことにしますが、一号を倒した際に射出された玉のようなものが、それに該当すると思われます。


「俺が一号の目に指を突き入れた時に、指先で触れたものでもある訳だな」


 ――はい、博士は怪物遺伝子の散布イメージを、シダ植物に類似したものと考えていました。核、つまり胞子嚢が爆ぜると、胞子のように怪物遺伝子をばら蒔く。


 怪物遺伝子の働きは自己複製を行うのみです。しかし新たな寄生先に潜り込むことで、結果的に敵を殲滅することに繋がる。


「つまりは、それがあの隕石に付着していたと。そういう話だったな」


 ――あくまで仮説ですが。また、南山動物園……正式名称で言いますと「南山動植物園」に落下したものは、隕石ではありません。


「……それは、あの科学者からも聞いていないことだな」


 ――これは記録に残しても問題ない情報なので、ICレコーダーを切らずにお伝えします。あれは隕石ではなく、ポッドの残骸ではないかと考えられています。地球以外の文明圏から遣って来た。


「ポッド……地球以外の文明圏……?」


 ――不明な点は多いのですが、隕石でないことだけは判明しています。公式発表では穴の大きさは直径十五メートル程度となっていますが、実際にはもっと大きいものでした。


「アンタ、そんなペラペラと喋って大丈夫なのか?」


 ――はは、心配頂き有難う御座います。私にも家族がおります。権限内で話せることしか話すつもりはありませんので、どうぞご安心を。


「そうか、わかった。続きを頼む」


 ――はい。そのポッドの残骸にゼロ号と胞子化した怪物遺伝子が含まれていた、ということです。ただ証言から明らかになったのですが、ゼロ号は現れた時には負傷していた。光の速度で旅をしても何万年と離れた場所から遣って来たのでしょうが、どのような経緯で地球に遣って来たのかは不明です。


「……ゼロ号は人類ではなかったのか。つまり俺は二十四体のドーキンスの悪魔を、二十三人の元人間と一人の異星人を殺したとことになる訳だな」


 ――それは……えぇ、そういうことになります。


「アイツは最後まで姿を現さなかったが、隠れて俺を付け狙っていたようだった。そうか、ゼロ号の正体は…………」


 ――では続いて、ドーキンスの悪魔と化した人間が、何故人々から忘れ去られてしまうのか? という話に移りますが……。


「ん? あぁ、すまん。ちょっと考え事をしていてな。大丈夫だ、続けてくれ」


 ――はい。少々、いえかなり大胆な推論になりますが、ドーキンスの悪魔となった個体は宿主の存在情報を……形而上における『意味』などの“ 情報そのもの ”を、エネルギー源としているのではないか、と考えられています。


「そればかりは何度聞いても、途方もない話だな」


 ――そうでしょうね。ただ、怪物遺伝子は人間にのみ寄生するようです。それに加え、個体を維持する為のエネルギーを、ドーキンスの悪魔は積極的に摂取している様子がない。人間を襲うものの、襲わずとも長時間、力が衰えることなく活動し続けていた事例もありました。


 そして大久保さんが仰ったように、ドーキンスの悪魔と化した人間は瞬時に人々の認識から零れてしまう。あたかも存在情報を食べられてしまうかのように……。


 そういった点からも、岸田博士は怪物遺伝子には、アカシックレコードか、それに近い物へ作用する力があるのではないか、と考えていたようです。


「アカシックレコード……か。そういえば、そんなことを言っていたな。だから質量保存の法則をぶち破って体が変化し、途方もない力を振るっていたと?」


 ――その中でも大久保さんは、かなり特殊な形といえます。通常は一号のように、全身が生物兵器と化すものと思われます。これは三号以降のドーキンスの悪魔を見ても明らかです。それがアナタは、当初は右腕だけに留まっていた。


 またアナタがドーキンスの悪魔と戦っていた映像を解析したところ、腕を変身させた際には、全身が何らかの形で作用を受けていることが分かりました。


「跳躍力も馬鹿みたいにあったしな。体が軽く、なによりも右腕で化け物じみた力を発揮しながら、その反動で体が壊れることもなかった。しかし体が損傷しても瞬時に戻ったのは、どういう訳なんだ? 他のドーキンスの悪魔との戦闘でもそうだったが、一号と戦った時でも、俺は変身する前に腹を貫かれていた筈だ。自称天才のあの科学者は、ニヤニヤと笑いながら” 分からない ”と言っていたが」


 ――その点については、まだ不明な点が多いのが事実です。何せ全ての情報が出揃っていませんから。しかし……怪物遺伝子のアカシックレコードへの干渉機能によって、” 事象を書き換えた ”と考えれば?


「事象を……書き換えた?」


 ――思考や感情もまた一つの「情報」とするなら、意識を完全に奪われた他のドーキンスの悪魔と違い、アナタだけが継続的にアカシックレコードの力を使える理由が説明できるかもしれません。強い感情や思いを放つことで、それを糧としてアカシックレコードに作用することが出来る……と。


「……続けてくれ」


 ――アナタは一号との事件当時、死にたいと、いえ……死んでもいいと考えていたと仰っていました。ですが、自分に出来ることがあると悟り、覚醒して一号の目を突いた。それで自分の役目は終わったと思った。


 しかしどこかで、本当は生きたいと望んでいたとしたら? それはアナタ自身の考えではなく、生命が持つ叫び、強い意志かもしれませんが……。


「…………」


 ――ドーキンスの悪魔一号が撃退されてから、ごく最近になるまで、誰もカメラマンの男性を認識することが出来なかった。思い出せなかった。彼は存在情報を完全に食われた為、瞬時に人々の認識から消えてしまったと思われます。


 対してアナタは、当初は右腕だけが怪物遺伝子に取り込まれていた。変身する際には、右腕に寄生したその遺伝子を鍵として、自らの存在情報や意志を代償にアカシックレコードに作用していた。


 結果として、自我を残したまま変身し、ドーキンスの悪魔の力を振るうことが出来たのではないか。そう、私たちは考えています。


「だから俺は変身して戦う度に、意味を食われ、徐々に人々から忘れ去られていった……と」


 ――最初の戦闘の時もそうです。強い意志と自らの存在情報を糧に力を行使した。それが原因で、自分と関係の薄い人間の認識から一時的に零れてしまった。


「思い返せば、懐かしい話だな」


 ――もっとも、それらも結局は仮説に過ぎません。岸田博士は何かを突き止めていたようですが……それも分からずじまいです。


 今の段階でも、空気中に散布された怪物遺伝子がどういう基準で人に発現したのか、それすら分かっていないのですから。


 現実のウイルス性病原体と同じで、キャリアとなっても発病しない人がいるように、誰でも感染はするけれど、発現には条件が必要となるのかもしれません。


 またドーキンスの悪魔が散発的に出現していたことからも、発現時期に個体差があったのではないかと考えることも出来ます。


「だがもう、そのドーキンスの悪魔はいない」


 ――それだけは間違いのない事実です。全て、アナタが倒したのですから。


「あぁ……そうだな。長い戦いだった」



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