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04.困惑と迷い / 大久保悠馬



 ――病院の検査では、異常は見当たらなかったそうですね。


「一号を倒した時のことか。そうらしいな。目覚めたらベッドの上にいて、当時は驚いたがな」


 ――それから病院で、警察の事情聴取に応じたのですね。


「そういうことになる。だが――」


 ――その際におかしな現象が起きた。


「あぁ」


 ――目撃者はいた筈なのに、アナタが右腕を変身させてドーキンスの悪魔一号と戦ったことを、誰も証言しなかった。のみならず、怪物たちは何処からともなく現れ、同族争いを始めたと証言されていた。そうですね?


「そうだ。カメラマンの男と俺のことが、他の奴等の記憶から消えていた。もっとも、当時は俺の存在が忘れ去られていたことだけを不可思議に思ったのだがな。カメラマンがいたことを思い出したのは、最近になってからだ。突然、思い出したと言ってもいいが……」


 ――カメラマンの男性。宗形さんの存在を忘れていたことに、間違いはありませんね?


「間違いない。実際に当時の俺も他の奴らと同じで、()()()()()()()()()()()()()と警察に証言した記憶がある」


 ――分かりました。黒い怪物、一号と宗形さんの間に連続性を見い出せなかった。それと同じように、その場にいた人は二号とアナタの間の連続性も見い出せなかった。アナタの存在に関する記憶さえも……。


「そうなるな。怪物が現れて他の奴らが逃げ惑う中、マサカドが一人逃げ遅れ、必死にその場から離れようとしていたことになっていた。俺のことについては、誰一人として言及しなかった」


 ――その後、どこからともなくドーキンスの悪魔二号が現れた、と。


「当時はそう証言されていた。ただ、ドーキンスの悪魔ではなく、単純に” 怪物 ”と呼ばれていたがな。黒い怪物と赤い怪物が殺し合いを始め、最終的に黒い怪物から玉のようなものが発射され、空中で弾けた。続いて同じような白い怪物が現れて赤い怪物と対峙し、気づくと二体とも姿を消していた……とな。それに加え、ドーキンスの悪魔二号は俺が腕だけ変身した状態だと言うのに、三体とも同じようなフォルムをした怪物だったと皆が話したらしい」


 ――二人がドーキンスの悪魔となったことを人が思い出したのは、本当につい最近、半年程前のことでした。宗形さんに至っては、存在そのものがその時まで奇麗さっぱりと忘れ去られていた。そんな状況の中でも、YURINAさんだけはしっかりと、アナタのことを当時から認識していた。


「あぁ……」


 ――当時、その場に居合わせた人たちには、一時的な認識障害が起こっていたようです。現に、その後に遣って来た救急隊員はアナタのことをしっかりと認識していましたし、他の人たちも直ぐにアナタの存在を思い出した。ただ、何故倒れていたのかは分からないでいるようでしたが……。


「そうらしいな」


 ――隕石と思われる物の衝突の余波で、現場近くの防犯カメラは故障していました。しかしカメラマンの男性とアナタがその日、その場にいたことは間違いない事実です。それで……初めて二号になった時のことは覚えてらっしゃいますか?


「二号になった時のことか……朧気ながらな。強い闘争本能のような物に突き動かされ、無我夢中で戦っていた。病院のベッドで目覚めてからもしばらくは、他人を全力で殴りつけた嫌な感触が拭い去れなかった」


 ――そうですか……。


「武道もスポーツもそうだが、そこには最悪の事態を未然に防ぐためのルールがある。俺は一匹の獣みたいになって、ルールも何もなく、ただ相手を叩きのめそうとしていた。そうだ……俺がこの手で一号を殺したんだ。怪物になったとはいえ、元は一号も人間だったのにな」


 ――……苦しんで、いるのですか?


「ん? あぁ……どうだろうな。本当のところは分からないが……そうなのかもしれない。ただ、ドーキンスの悪魔となった人間は、人間の認識から瞬時に零れ落ちてしまう。難しいことはよく分からないが、怪物遺伝子のエネルギー源として、存在の情報を食われてしまうんだろ? 周りの人間からすると、突然怪物が現れる感じだ。隣にいたのが大切な人間だったとしても、その存在を瞬く間に忘れてしまう」


 ――えぇ、宗形さんのように、体だけでなく存在情報そのものを食われてしまう。


「俺もそれ以降、奴らと戦っている時は必死で……アイツらが元人間だと直ぐには気付けなかった。違和感はあったが、突然どこからともなく現れるものだとばかり思い込んでいたんだ。だが自分のことを鑑みて、ある時――」


 ――ドーキンスの悪魔が、元は人間かもしれないと思い至ったんですね。


「そうだ。もっとも……そんなことで苦しんでいたらキリがないがな。俺が二十四体の怪物を、二十四人の元人間を殺したことに変わりはない。それは背負い続けていくしかない、そう思っている」


 ――……わかりました。では話を、警察の事情聴取に戻します。アナタは警察の事情聴取に際して、どう答えましたか?


「特に何を言うでもなく、確認を取られたことについて答えただけだ」


 ――アナタが二号となったことについては、話さなかったのですね。


「そうだ。その時の判断が正しかったのか、間違っていたのかは分からない。だが俺が二号であることは隠した。二号はどこからともなく現れて、一号を撃退した。俺は一号からマサカドを守るために戦ったが、あえなく倒された……と、そんな経緯になっている筈だ。運び込まれた際、服の腹の箇所が前後破れていたことを疑問に思っていたようだが、それについても言及されなかった。ただ最後に――」


 ――最後に?


「怪物の一件は、黙っているよう言われた。かなり強くな。不確かな人型未確認生物の情報は、公共の安寧を著しく損なう可能性がある……とか、そんな理由だったと思う。まぁ、そんな荒唐無稽な話をしても、当時は誰も信じなかっただろうが」


 ――なるほど。それからは?


「警察に了承の旨を告げて、一日だけ入院して、退院の日に改めてマサカドと話をした。その際、俺が二号となって一号と戦ったことを、アイツはしっかりと覚えていたのを知ったんだ」


 ――事情聴取では、YURINAさんもアナタが二号となったことは話さなかったようですね。


「皆が口裏を合わせたように、“ 二体目の怪物は突然現れた “と言っているのを、疑問に思いながらもな。こうして二号の正体が俺だと判明することはなかった。だが……もしあの時、俺が話していたらどうなっていたんだろうな?」


 ――それは分かりません。皆がドーキンスの悪魔二号はどこからともなく現れたと言っている中、一人だけが“俺がその二体目の赤い怪物だ”と主張しても、信じる可能性は低いでしょう。精神鑑定を受けることになるかもしれませんね。


「そうか……。当時は警官の前で変身して、正体を明かそうかと迷いもした。夢じゃないことを確かめるために、病院の屋上で試してみたことがあってな。右腕は俺の意思通りに姿を変えたよ。訳が分からなくて、狂ったように笑った」


 ――アナタが右腕を変身してみせても、警官からすると、いきなりドーキンスの悪魔二号が目の前に現れたことになります。大久保悠馬であるアナタと、ドーキンスの悪魔であるアナタに連続性を見出すことが出来ない。声を発しても、怪物の唸り声にしか聞こえなくなる……。


「今ならそうと分かるがな。当時はひどく迷った。もう少し先の話になるが、ドーキンスの悪魔の件に関して、警察と協力して事に当たれないかと考えたこともあった。しかし俺のことを怪物にしか見えないようでな。発砲されたこともあったよ」


 ――はい……。


「後からなら幾らでも言えるが、結局俺は、どうすればよかったんだろうな? 結果がどうであれ、正体を明かしてもよかったのかもしれない。明かす努力をしてもよかったのかもしれない。例え……誰も信じなくても」


 ――そればかりは、本当に、誰にも分かりませんよ。


「……そうだな。そうかもしれない」


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