03.二号の慟哭 / 藤崎由梨
――お名前と年齢、ご職業を教えて下さい。
「藤崎由梨と申します。二十一歳。○○大学経済学部の三年生です」
――藤崎さんは学業の他にも、モデル業をしていらっしゃるとのことですが。
「は、はい。YURINAという名前で、名古屋市栄のセントラルモデルに所属しております。スチール撮影が主ですが、最近は映像にも出演させて頂いております」
――なるほど、モデル業は長いのですか?
「え? あ……よ、よ、四年半になります。え、えっと……」
――緊張させてしまい申し訳ありません。宜しければ、紅茶の用意があります。レディーグレイがお好きと雑誌にありましたので、アイスティーにしてありますが。
「あっ!? お、お気遣い頂いて申し訳ありません。私の好みまで……」
――いえいえ、私も紅茶を淹れるのが好きなもので、朝から冷蔵庫で冷やしていたんですよ。……どうぞ。私も頂きますので、遠慮なく。
「あ、有難うございます。仕事ならいいんですけど、普段は上がり症なもので……頂きます。ふぅ……わぁ、上手に淹れられるんですね」
――はは、グラスが簡素なもので申し訳ないですが。うん……この味なら、八十点は上げてもいいですね。
「随分と自己評価が厳しいんですね。私なら九十点以上ですよ」
――そうですか、いや恐縮です。
「あはは、あ! え、えっと……モデル業の経験は、実質四年半となります。小学四年の春から卒業まで、子供服の通販カタログのモデルをしていました。母親のツテで頼まれて、今の会社に縁を頂いたのが切っ掛けです。中学入学から高校卒業まで離れていましたが、大学に入って復帰しました」
――そうでしたか。わざわざお答え頂き、有難う御座いました。
「とんでもないです」
――ではこれから本題に入る前に、確認事項を述べさせて頂きます。
「はい」
――これは取り調べではなく、あくまでも調査となります。お答え難いことにはお答え頂かなくとも結構です。また、先ほど書類上で確認頂いた通り、この質疑応答は記録を取らせて頂きます。机の上にあるICレコーダーがそうです。
「あ、取材の時に見たことあります」
――そうでしょうね。続いて、この質疑応答内で取得した個人情報などに関しては、当機関の「個人情報保護方針」に則り、厳重に管理し、決して外に出ることは御座いません。気を楽にして、質問にお答え頂ければと思います。どうぞ、よろしくお願いします。
「こ、こちらこそ、宜しくお願いします」
――まずは、アナタと大久保さんは幼馴染で間違いありませんか?
「えぇ。間違いありません。大久保……さん、とは――」
――普段通りの口調で結構ですよ。
「有難う御座います。ユウマとは家も近所で、保育園の頃から一緒でした。それから何だかんだと大学まで同じ学校に進学して、腐れ縁ってやつですね」
――なるほど、仲がいいんですね。
「え? あはは、どうなんでしょうね」
――では本題に移りますが……大久保さんがドーキンスの悪魔一号と接触した際のことを教えてください。具体的に言うと、大久保さんがドーキンスの悪魔一号に立ち向かい、体を貫かれた辺りから。
「ユウマが……は、はい……分かりました。あの時、ユウマは私を逃がそうと、ドーキンスの悪魔一号に立ち向かいました。全部、私が悪いんです。怪物を見たら、私の腰が抜けてしまって。ユウマはそんな私に、逃げるよう呼びかけていました」
――えぇ。
「それで、私は這って逃げていたんですけど、その最中に何か変な音がしたと思って振り返ったら……アイツが……怪物の腕に体を貫かれていて。ユウマは身長が百八十センチ近いんですけど、ドーキンスの悪魔一号はそれより更に大きくて、腕にユウマがぶら下がっているような、そ……そ、んな状況でした」
――そこでアナタが、大久保さんの名前を呼んだんですね。
「そうみたいですけど、正直、あまり覚えていません。ユウマは全身が弛緩したみたいに、し、死んだみたいに動かなくなって……それがある瞬間になると、急にピクッと動き始めて、怪物に殴りかかりました」
――大久保さんが、ドーキンスの悪魔一号の目を突いた、と。
「そ、そうです。それで怪物が恐ろしい声を上げて、ユウマをもの凄い勢いで地面に叩きつけました。怪物は片手を目の辺りに当てながら暴れ狂っていて、わ、私は……ユウマが殺されてしまうと思って、でも見ていることしか出来なくて」
――はい。
「だけどアイツが直前に、“ 逃げろ! ”と言ったことを思い出して、その場から遠ざかるように、腕を動かしました。私が逃げる時間を作るために、ユウマが怪物の目を突いたのが分かったからです」
――マネージャーさんは、アナタが一緒に逃げていないことには気づいていませんでしたか?
「初めはそうだったみたいです。でも、離れたところで怪物とユウマの戦闘を恐る恐る見ている人たちがいて、その中にマネージャーがいたんです。私が逃げて来るのに気付くと、走って来て抱え起こしてくれました。それで私は気が抜けてしまって、だけどハッとなって振り返ったら……」
――大久保さんが立ち上がっていた。
「は、はい。ユウマが項垂れるような格好で、力なく佇んでいたんです。でも何か変だと思ったら、その、ユウマの腕が、お、大きくなっていて」
――大きくなっていた。ドーキンスの悪魔のようになっていたのですね。
「そうです……それからユウマは空を見上げると、突然、咆哮を上げました。怪物が襲いかかって来ると、その攻撃を右手で弾いた後、右肘を怪物の顔にぶつけて。それで怪物がよろめくと、今度はお腹を下から殴って。怪物が吹き飛んで……。そうやってユウマは、ドーキンスの悪魔一号と戦ったんです」
――その戦闘で、大久保さんがドーキンスの悪魔一号を倒したことに間違いはありませんね。
「え……えぇ。ユウマは最終的に、怪物に馬乗りになって倒していました。その時のユウマには、アスファルトも粉々にしちゃえるような力があって。その……叫び声を上げながら、怪物を殴りつけていました」
――叫び声、ですか。
「はい、ユウマは泣き叫んでいました。アイツ、目つきが悪くて勘違いされやすいんですけど、小さい頃は泣き虫で、動物が大好きな優しい奴だったんです。空手をやって自分を変えたみたいなんですけど……でも、争ったりするのは、本当は好きじゃないと思うんです。その時も、“俺が守る! 俺が、俺が!”と自分を奮い立たせるように叫びながら、怪物と戦っていました」
――そうでしたか……大久保さんは、普段感情をはっきりと表に出す方ですか?
「感情を? いえ、そういうことはなかったと思います。ユウマは……本当に、変な奴なんです。話し方こそぶっきらぼうですけど、いつも陽気に振舞って、殊更馬鹿みたいな声で“ ふはははは ”とか笑って……」
――それは……正直な話、意外でした。もっとクールな方かと。
「えぇ、そうだと思います。とにかく変な奴なんです。そんな風に、一見お調子者のようにも見えますが……。でも、自分らしい感情を表に出すことは、殆どなかったように思えます。中学三年生の頃から、ずっとそんな感じで」
――自分らしい感情を表に出さない?
「ユウマは、私の前で明るく振舞って、私をからかうことが自分の義務みたいな、そんな、そんな風に思っていたんじゃないかと思います。私が……弱いから。そしてアイツも、臆病なところがあるから。本当の自分を、ユウマは隠してたんだと思います。私もそうですけど、愛想のよい自分を作って人と接する人がいるみたいに、ユウマも陽気な自分を作って……素の自分で私と対面しようとしないで……。あっ! す、すいません。なんだか全然、関係ないこと喋っちゃって」
――いえ……そんなことはありませんよ。アナタのお話のお陰で、大久保さんのことをより深く理解出来るような気がしました。では続いて、ドーキンスの悪魔一号に、大久保さんが止めを刺してからのことを教えてください。
「あ、有難う御座います。それで、止め……ですね。分かりました。その、怪物が一際大きな奇声を上げたと思ったら、爆発する前兆みたいに震え始めて、ユウマも危険だと思ったのか、サッと離れました」
――なるほど、それから?
「何かが引き裂かれるような、バリバリと不気味な音がしたと思ったら……怪物の頭が割れたんです。頭というか、正確には、か、顔だと思うんですけど。観音開きみたいに開いて、そこから玉のようなものが出てきました。それが空高く打ち出されると、突然弾けました」
――少し重要なことになります。玉が弾けた後のことについて、話してもらっても宜しいですか?
「わ、わかりました。玉は粒子のようなものに変わりながら、弾けたような気がします。ビリヤードのブレイクショットに近いというか、そんな印象を持ちました。でも、それも直ぐに消えてしまって……怪物に視線を戻すと、怪物は風化するみたいに消えようとしていて」
――えぇ。
「よかった……もうこれで大丈夫だ。そう思ったら……新たなドーキンスの悪魔が、その場に現れたんです」
――新たな、ドーキンスの悪魔……。
「そうです。私の足も動くようになって、ユウマに駆け寄ろうとしたら、枝が踏みつけられるような物音がしました。視線を向けたら、木がなぎ倒されていた場所の奥から、白い怪物が……姿を現しました」
――我々はその個体を、「ドーキンスの悪魔ゼロ号」と呼んでいます。
「え? ゼロ号? そうですか。ドーキンスの悪魔、ゼロ号……」
――ドーキンスの悪魔ゼロ号と対峙した際、大久保さんはどうしていましたか?
「怪物が現れたことに気づいて、身構えていました。私からはユウマの背中しか見えなかったんですど、思わず息を呑む位の、凄い気迫を放ってて……。また戦闘が始まるのかと、怖くなりました」
――しかし、戦闘は始まらなかった。
「はい、ゼロ号は襲いかかって来ませんでした。よく見ると体を負傷してるみたいで、右腕もなくて。ユウマを推し量るように、じっと視線を注いでいた気がします。そうやってユウマとゼロ号は、対峙し続けていました」
――それは、どれ位のことだったか覚えていますか?
「時間にすると、二三分のことだったと思います。ゼロ号は膝を曲げると、その場から後ろに高く跳躍して、姿を消しました。張りつめていたものが切れたような、そんな心地になって視線をユウマに戻したら、ユウマが膝から崩れ落ちるみたいに、その場に倒れたんです」
――大久保さんが……。
「私は急いで駆け寄りました。抱え起こすと、ユウマに意識はなくて、でも息はしっかりとしていました。右腕も、いつの間にか元に戻っていて……お腹も怪物に貫かれていた筈なのに、傷跡もなくて。それから救急車を呼んで、ユウマは病院に運ばれました」