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R.E.A.S.O.N./InterView  作者: マグロアッパー
■KUROKA編
20/22

06.喪失と再生 / 大久保悠馬



 ――黒香さんに核を奪われてからのことを、教えてもらえますか?


「直ぐには何が起こったのか分からなかった。それが振り向いて、アイツが寂しく笑っている姿を見ると、理解した。アイツが俺を人間に戻そうとしていることに」


 ――それから実際に、ドーキンスの悪魔の力が大久保さんから消えた。


「そうだ。十分、いや、長く感じたが正確には五分程度のことかもしれない。核を取り戻そうとアイツに近づこうとしたんだが、笑ってしまう位に体が動かなかった。変身を解くことも出来ない。とてつもない恐怖、だった。核を奪われた俺が、目の前の男のように死ぬかもしれないことが、じゃない。アイツ一人に背負わせて、俺が力を失ってしまうことが……怖かった」


 ――しかし。結果として、大久保さんからドーキンスの悪魔の力は……。


「消えたよ。驚くほど、呆気なくな」


 ――えぇ。


「同時に、伸ばしていた右腕が急に垂れ下がって、ピクリともしなくなった。腕に視線を注ぎながら、恐れるようにその意味を考えた。そんな馬鹿なと、変われ、変われと何度も念じた。それでも、全く変化がない。絶望感から、気づくと笑っていた。それと共に悔しさと情けなさが込み上げ、アイツの名を叫んでいた。アイツはそんな俺を見ながらまた切なそうに笑うと、手にしていた俺の核を破壊した」


 ――ドーキンスの悪魔二号の、核を。


「それから一瞬で俺の横まで移動すると、頬に触れて、映画みたいな捨て台詞を残してその場から消えた。その言葉に全身が貫かれたようで、茫然自失となっていると、バイクの音が聞こえてきた。後には俺と、ドーキンスの悪魔に存在情報を食われた男の死体だけが残されていた。ただ一途に、混乱だけが深まっていった」


 ――映画みたいな捨て台詞、というのは?


「“YURINAちゃんを大事にしなよ”とか、そんなことだった」


 ――そう、でしたか。それからのことについて、教えて頂いても宜しいですか。


「もう一度、右腕を変身させようと試みた。全く反応しなくて、左手で持ち上げて……変われ、変われ、と必死になって何度も念じた。だが、無駄だった」


 ――完全に、ドーキンスの悪魔の力が失われていたのですね。


「あぁ。酷い脱力感に襲われ、世界がグラリと揺れたような気がした。俺は怪物の力から解放された。突然、元いた世界から弾き出されたんだ。そしてアイツ一人だけが、その世界に残っている。俺を弾き出したアイツだけが、今も残っている」


 ――それが、黒香さんの決断であった。それで、その後は?


「急に足の力が抜けてしまって、その場に尻もちをついていた。その時、ジーンズの尻ポケットに突っ込んでいた何かが音を立て、痛んだが、それにも構わず呆けていた。周りは静かだったが、何かを取り落としてしまったようで喪失感が耳に煩かった。自分の中の空洞に、やけにその音が反響するんだ」


 ――本当の意味で、一つの世界を唐突に失ったのですね。


「それこそ不意打ちのように、何の用意もない儘にな。何故アイツがこんなことをしたのか、それは捨て台詞と関係しているのか。考えようとしたんだが、上手く考えることが出来なかった。ただ、俺は力を失ったんだという圧倒的な現実が圧し掛かってきて、寒さを感じた。それから現在を忘れたようになって、その場で虚脱し続けることしか出来なかった。思考は堂々巡りで、何一つまともに考えることが出来ない。カナタが死んだことを知らされた時と似ていた。人間ってのはあぁいう時、本当に驚くほど何も考えられなくなるんだなと、改めて思う」


 ――その経験は、よく、分かります。


「そうか……アンタも、色々とあるんだな」


 ――えぇ。生きていれば、きっと、誰にも。それからはどうされましたか?


「どれだけそうしていたのか記憶にないが、我を取り戻すとようやく尻ポケットの異物感に意識が向いた。アイツから渡されていた携帯電話で、それを取ろうとして右手が動かないことを訝しんで、理由に気付いて馬鹿みたいに笑った。笑って、笑って、表情を無くして、左手で取り出して着信履歴からアイツにダイヤルした」


 ――黒香さんは、その電話にお出になられましたか?


「当時はよく、意味が分からなかった。後になって知ったが、着信拒否という状態にされていたらしい。何度かけても無機質なアナウンスで、お客様の都合でお繋ぎすることが出来ませんと、そう知らされた」


 ――そうですか……。


「それから立ち上がって。どうしようもなさが込み上げて来て、何故だろう、今までろくに操作なんかしたこと無かったのに、登録された電話帳を見てみると、クロカ以外にも名前が登録されていることに気付いたんだ。その名前を認めると、アイツが登録したんだなとか、その意味とかを考え始めて、何よりも、平和の象徴みたいなソイツの顔が思い浮かんで、逡巡はあったものの……ボタンを押していた」


 ――その登録されていた相手というのは……藤崎さんですね。


「あぁ、その手軽さが、とても悔しかった。これだから携帯電話は嫌いだと、そう強く思った。しばらくすると、マサカドが怪訝そうな声で電話に出て、無言だったもんだから“どちらさまでしょうか”とか聞いてきたから、“俺だよ”と告げた」


 ――藤崎さんは、大久保さんのことを、まだ……。


「覚えていて、くれたよ。直ぐに俺だと気づいて“え? ユウマ?”って、素っ頓狂な声を上げてな。思わず、お前は詐欺に簡単に引っ掛かりそうだなとか言うと、それからいつもみたいにギャーギャー言い始めて、俺は自然と笑っていた。情けない話、涙が頬を伝っていた。同時にアイツの捨て台詞が思い出されて、急速に色んなことを理解した。俺の戦いは、本当に、終わったのかもしれないと。そうな」


 ――当時の大久保さんは、家族と藤崎さん。そういった人の記憶の内にあった。認識されるのに時間はかかるものの、どうにか人の世界にあった。そうですね?


「そういうことになる。こちらから働きかけないと、家族やマサカド以外からは無視されている状態だ。声をかけると驚いて、訝しんで、微妙な反応をするといった塩梅だったが、完全に人の認識から抜け落ちている訳ではなかった」


 ――その日以降、ドーキンスの悪魔と戦うことはなくなった。翌日に病院で検査を受け、原因は不明なものの、右腕が動かないことを……医師から通告された。


「腕一本を引き換えにして、俺は元の世界に戻って来た。マサカドは悲しんでいたが、理由を聞かれても話せる訳もない。怪物絡みだと察してはいたようだがな」


 ――そうでしょうね。それから、大久保さんはどうされましたか?


「アイツの、クロカの行方を追った。だが上手くいなかなったんだ。マンションで張り込んでも、戻って来る気配がない。事務所で捕まえてくれるようマサカドに頼んだが、クロカは事務所には寄らず、マネージャーと電話だけで仕事のやり取りをしているらしいと知らされた。スタジオ入りする時間や場所をマネージャーから聞いてもらおうと思っても、アイツが口外を厳禁しているらしくて、会うことは出来なかった。俺以外の携帯からかけても、繋がらない。俺とアイツの繋がりは、そんなことで断たれてしまったんだ」


 ――人と人との繋がりは、現代では殆どの場合、携帯電話やパソコンなど、道具によって支えられています。それは便利な分だけ、脆いものです。恐縮ですが、携帯電話を持たなかった大久保さんなら、それをよくご存知かと思います。


「そうだな。人と繋がるのが嫌で、俺は携帯電話を持っていなかった。それでも学校の奴等とは、その場その場では上手く適当にやっていた。本質的な繋がり……何を以て本質的というかは議論が分かれるだろうが、それはマサカドとの間だけにあった。クロカと俺の間には、当時、その繋がりが無かったんだ。そしてその頃になって、俺は今さら、アイツのことを何一つ知らないことに気付いたんだ」


 ――それで、黒香さんのことを調べようと思ったのですね?


「どうしてアイツが俺を人間に戻し、自分一人で戦う道を選んだのか。俺には全く分からなかった。アイツが俺と一緒に戦うと言い出した時、アイツは嘘を吐いていたんだ。俺に好意があるようなことを言ってな。その時、俺は弱さに折れて、アイツを狂気の世界に引き込んでしまった。でも本当の理由が、何かあるんじゃないかと思った。俺に好意があるから、俺に普通に生きて欲しいから、あぁいう行動を取ったと思えるほどに、自惚れてもいなかったしな」


 ――そこで、知ったのですね。黒香さんの家庭のことを、弟さんのことを。


「弟……自殺、してたんだってな。苛めで。その頃はマサカドに色々と面倒をかけたが、面倒かけついでに、クロカと同じ大学に通う、同じ高校出身の女から話を聞く場を設けて貰ったんだ。大学近くの喫茶店でな。最近、事務所でも様子が変で心配だからと、そうマサカドが話し始めると、ソイツもクロカが急に大学に休学届を出したことが不可解で心配だからと、俺とマサカドの前で色々と話してくれたよ」


 ――弟さんの話を聞いたとき、どう思われましたか?


「腹が、立ちたかった」


 ――怒りたかった? 何に対して?


「アイツは、肝心なことは何一つ俺に教えてくれなかった。いつもヘラヘラ笑って、辛いことなんか、問題なんか何もないように振舞ってた。俺にもそういう面はあった。でもアイツは俺のそんな面を多分、見抜いてた。俺は見抜かれていた。それなのに俺は……アイツのことを、何一つとして見抜けていなかった。だから俺は怒りたかったんだ。俺の目は前についているのに、何も、何も見えていなかったことに対して。俺は、俺自身に……怒りたかったんだ。今さら、だったけどな」


 ――……弟さんの死と、黒香さんがドーキンスの悪魔となって戦っていることに関しては、何か繋がりを見ましたか?


「それは直ぐに分かった。いや、分かったというのは大胆すぎるか。直ぐに感じた。種類は違えど、クロカが俺と同じような欠落を抱えていることにな。俺にはカナタという形の穴が、アイツには弟の形の穴が空いていた。話をしてくれた女はクロカと仲が良かったみたいで、ある話を聞いた時、それは確信に変わった」


 ――それは、どんな話だったんですか?


「アイツは弟の葬式で、泣かなかったそうだ。その代わり、じーっと動かずに、通夜の時も、葬式の時も、弟の遺影を眺めていたらしい。翌日からは周囲が驚く位、いつもと変わらないアイツで現れて……ただ通夜の時、その話をしてくれた女が話しかけると、独り言のようにポツリとアイツは漏らしたそうだ」


 ――それは、なんと?


「“私は何もしてやれなかったな“と」


 ――…………はい。


「アイツ、家庭に不和があったみたいだな」


 ――えぇ、そのようですね。


「父親と母親がかなり激しくいがみ合っていたと、昔からクロカを知ってる事務所の人間から、マサカドが話を聞いてくれたんだ。アイツは両親が嫌いで、家に帰りたくなくて、モデルのレッスンを始めたと話していたらしい。家族とも長い間、口を聞いていないと、事務所に入った当初、そう明るく話していたともな」


 ――……なるほど。


「想像になるが、弟が苛められていたことも、きっと知らなかったんだろう。弟を一人きりにしてしまった自分を、後になって責めていたのかもしれない。なんとなくだけど、アイツ、面倒見の良さそうなお姉ちゃんって感じがするしな」


 ――大久保さんに代わってドーキンスの悪魔と戦っていたのは、その弟さんへの無力感というか、そういったものが関係しているようにも感じています。


「俺があの日、公園で迷子みたいな顔をしているのを見られて、それが何か、アイツの過去に触れたのかもしれない。弟に手を差し伸べられなかったから、今度こそは……と、俺に手を差し伸べてくれたのかもしれない。そう思ったりもした」


 ――その黒香さんの友人の話を聞いてから、大久保さんはどうされましたか?


「マサカドが、どうしてそんなにアイツのことを知りたがっていたのか気になっていたようだから、全部、話した。クロカの友人が去った喫茶店でな。話し終えてから十分くらい、お互い無言だった。そしたら馬鹿みたいに丁度良いタイミングで、マサカドの腹が鳴って、午後四時くらいだったかな。朝からお互い飲み物以外何も口にしていないことに気付いて、パスタを頼んだ。マサカドは食べながら、泣いていた。グズグズ泣いていた。子供の頃みたいに、鼻水を垂らして、泣いていた」


 ――だめですよ。そんな、女性の鼻水を見ては。


「はは。だがな、その鼻水を見て、あぁと思った。色んなことが、本当に終わったんだなと。怪物としての力を失った俺にはもう、何も出来ることはない。クロカによって力を奪われ、そして力を持ったクロカは俺の前から姿を消し、これからは一人で戦う。アイツの決意は、翻ることはないだろう。俺は右腕を失った代わりに、まだどうにか、この世界との繋がりを得ていた。そしてそんな世界には、マサカドが、俺の大切な幼馴染がいてくれる。クロカが残した言葉がまた思い出されて、アイツが弟の死に捕らわれているのを遠くから眺めて、ようやく俺も、カナタの死に捕らわれ続けていることを、客観的に眺めることができるようになったんだ」


 ――えぇ。


「そんな中で、俺の世界には、マサカドがいてくれる。目の前に。他人の為に涙を流す女が。鼻水を垂らして泣く、コイツが。手の届く距離にいるんだ。胸に温かいものが灯って、俺は、新しく生き直すことが出来るかも知れないと、そう思った。いや、アイツが与えてくれた俺の新しい生だ。新しく生き直さなくちゃいけないと、そう強く思った。自分勝手な奴だと、ぬけぬけとした最悪の人間だと、自分のことをそう感じながらも、それでも新しく生き直そうと、強く、思ったんだ」


 ――自分勝手ではない人間なんて、一人もいませんよ。


「そうだろうか?」


 ――えぇ、私も、誰もが、人間は自分勝手です。善であろうと、無死であろうとする心さえ、それは自分がそうすることで得をしたり、気持ちがいいからそうしているのです。自分勝手ではない人間なんて、一人もいません。


「はは。そうか」


 ――それに、大久保さんは、ぬけぬけとした最低の人間ではありません。


 人間は、例えば思春期や青年期に空いた欠落を、人生の中で埋めようとします。不自由だった時代に空いた穴を、少しは自由になった今の身で、どうにか埋めようとする傾向があるのです。その方法は様々です。自己表現であったり、或いは直接的に、不足していたものへの耽溺であったり、穴の埋め方は人それぞれです。


「今ならアンタの言うことが、よく、分かる」


 ――大久保さんはその穴に引かれ、いつ死んでもいいと、そう考えていた。ただ力を得てしまった時、ドーキンスの悪魔によって自分と同じような穴が他の誰かに空くことに、耐えられなかった。だから戦った。一方、黒香さんはその穴を埋めようとした。埋めようとして大久保さんに手を差し伸べ、戦うことを選んだ。その行為の延長線上に大久保さんを解放する手段があった。だからそれを迷わず行った。


「あぁ、そうかもしれない」


 ――人は皆、必死に生きているだけなんです。その表れが今の私でもあり、アナタでもある。黒香さんでも藤崎さんでもある。そう、私は思います。だから、決して、ぬけぬけとした最低の人間だなんて、思いません。


「そうか。ありがとう」


 ――いえ、そんな。それでは、それから先のことについて教えて頂けますか?


「うん。飯を食いながら、マサカドにその時の気持ちを伝えた。クロカが与えてくれた新しい人生だから、しっかりと生きようと思う、とな。そして明日、カナタの墓参りに行こうと言った。驚いていたが、ポロポロ涙を流しながら、ユリは頷いてくれた。今度の休日に水族館にでも行ってみるかと誘った。それにもアイツは頷いた。次は映画にいくか、ショッピングでもするか、遊園地に行ってみるかと、次々に誘った。その時から、マサカドという呼び名を俺は変えた。ややこしくて申し訳ないが、久しぶりに今回呼んで懐かしくもあったが、今からはユリと呼ばせてもらう。ユリはパスタを食べる手を止めて、全部に頷いてくれた。こいつ、どこからそんなに水が出るんだと、ポロポロポロポロ泣きながらな」


 ――カナタさんの死を、大久保さんは乗り越えられたのですね。


「随分と、時間がかかったがな」



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