04.赤の二号と黒の八号 / 大久保悠馬
――黒香さんと共に闘った日々のことについて、教えて頂けますか?
「やっていることは変わらない、怪物を倒すだけだ。ただ、それが怪物どもの特性なのか、俺の核でアイツが怪物化したのが原因なのかは分からないが、俺たちは離れていても、なんとなくお互いの位置が分かった。変身していない状態でもな」
――えぇ。
「だから普段は、出来るだけそれぞれの日常を送ろうと話していた。その代わり、ドーキンスの悪魔が現れそうな予感を覚えたらバイクで駆けつけ、二人で戦った。お互いの存在は近づけば近づくほど、眩しい光のようにはっきりと感じ取れた」
――ドーキンスの悪魔九号から十三号までは、赤の二号と黒の八号が共闘して倒していたと、そんな報告があがっています。
「俺は右手の拳で、アイツは左手を剣に変え、ドーキンスの悪魔と戦った。ドーキンスの悪魔はそれぞれ主とする戦闘方法に違いがあるようでな。鞭、杭の射出、槍のようなもの、色々な奴と戦った。その中で分かったことは、俺の力は拳で殴ることに特化され、アイツは左手を剣に変えて戦うことが出来たということだ」
――大久保さんは空手の有段者であったと記憶していますが、黒香さんは武術の嗜みはなかったと記憶しております。それでも、黒香さんは戦えていたんですね。
「あぁ……黒香は恐ろしく強かった。俺よりも強力なドーキンスの悪魔だった。今まで戦ってきて、体への侵食が進めば進むほど力が強まるものだと思っていた。だがそれとは別の、何か怪物化への相性があるのかもしれないと思ったほどだ」
――怪物遺伝子と個体の相性は……実際に、あるようです。多くを語ることは出来ませんが、岸田博士が研究していました。
「どうやらそうらしいな。俺はその科学者……岸田由加だったか? そいつのことは知らんが、何をしていたのかは、まぁ、想像がつく」
――はい……。それで、黒香さんと共に戦い始めてから、一人で戦っていた時とは違う、何か変化というものはありましたか?
「変化、か。とにかく戦闘が楽になった。そして何よりも、精神的な負担が減った。とんでもないことをしてしまったと、俺さえ首を縦に振らなければ、アイツが怪物になることはなかったと、そう思いもした。だが俺と同じ立場になって、俺のことを少しでも理解し、支えてくれる人間がいるのは、やはり有難かった。当時は気付かなかったが、アイツの思惑が、思いが、どんなところにあるにせよ……な」
――周囲からの認識、記憶欠如に関して、変化はありましたか?
「はっきりとは分からない。大学のやつらは相変わらず俺のことを完全に忘れていて、俺の存在を上手く認識できないでいる奴も大勢いた。しかしマサカドや家族は、俺のことを覚えていた。マサカドの両親も含めてな。そして、力の発現が今までよりも抑えられているからか、変身後の侵食の進行具合が遅くなった気がした」
――ただ、今度は黒香さんの記憶が周囲から徐々に消えていった。
「そうだ。アイツは自分の決断だと言っていたが、そのことで俺が心を痛めている素振りを見せると、気を遣わせてしまう。だから何とも、心が難しかった」
――それは……拙いなりに想像すると、本当に、難しかったと思います。
「それでも当人は飄々として、緩やかに他人が自分を忘れていく話を、面白可笑しく俺に聞かせていた。他の懸念事項と言えば、アイツが怪物化したことをマサカドに悟られないようにするくらいだが、アイツはそういうのを隠すのが上手いんだ。マサカドには、その……二人で会っていたことも、隠していたしな」
――隠して、そうでしたか。
「あぁ。なんだか、カナタと付き合い始めた頃のことを思い出した。悪いと思っていたが、俺は完全にクロカにカナタのことを重ね、まるでカナタが戻って来てくれたように感じていたんだ。全ての人間に忘れられても、仕方ないと思っていた。だがせめてアイツには、一緒に戦っているアイツには覚えていてもらいたいと、そう思い始めている自分がいた。そんな自分に驚いたが、それもいいかと思った。そうやって俺たちは、ずっと一緒に戦っていくんだ。そう、思っていたのに……」
――黒香さんは、そうではなかった。
「そうだった、みたいだな。十二、いや、十三号を倒した時にそれが分かった」
――それでは十三号を倒す間際のことについて、教えて頂けますか。
「俺たちは九号を倒した後から、ある実験をしようとしていた」
――その実験とは?
「ドーキンスの悪魔から核を奪い取って放置したらどうなるか、という実験だ」
――それは、核がドーキンスの悪魔の維持に必要であると考えてのことですね。
「そうだ。それが人間でいう命に該当するのか、シダ植物でいう胞子嚢のようなものに該当するのかは分からない。あるいは、双方の意味を持っているのかもしれない。核を破壊すると、奴らも消滅したからな」
――それは、多くの場面で確認されていることでもあります。
「ならその核を怪物共から抜き取って放置するとどうなるか、実験しようとしたんだ。もっとも、核は俺やアイツのと違い、殆どが頭や胸の中にあった。戦いながら砕くことは出来ても、抜き取るとなるとかなり困難になる。しかし俺や黒香という人間がドーキンスの悪魔となったように、町で現れるドーキンスの悪魔も……元は人間だったんだ。どこからともなく現れる訳じゃない。一人ではなく、二人になってようやくそこに向き合えた。ならば元に戻せる手段がないか、探してみたんだ」
――その実験が、十三号の時に何らかの成果を出した……と。
「あぁ、核の位置は個体によって異なる。だが俺とクロカには、その位置がなんとなく分かるんだ。十三号はその核が、珍しく左脇腹にあった。俺たちがドーキンスの悪魔が現れる予感のようなものを覚えたのは、今思えばその核が出現する予兆を捉えていたのかもしれない。俺もアイツも他のドーキンスの悪魔も、もとは同じ一号の怪物遺伝子によって出現したものと考えるなら……その考えも、あながち間違いではないのかもしれない」
――それは、とても興味深いお話です。それで、その実験の結果は?
「その時はアイツが脇を切って、俺が核を取り出した。すると怪物の動きが極端に鈍くなった。今まで俺は、一号を除き、怪物を倒す過程では必ず核を破壊していた。核が射出されて弾け、新たな遺伝子がばらまかれるのを恐れたからだ。だがこの手で核を取り出したことはなかった。恐れるように、核を手にしていた」
――はい、それで……。
「ふらふらと襲いかかって来る怪物の攻撃を、クロカが静かにあしらっていた。夕方で、実験をする為に人気のない廃工場のような場所に怪物を誘い込んでいたのもよかった。俺はアイツから離れ、少しでも核が破裂する予兆があったら核を破壊しようと、いや、しなければならないと緊張していた。あまりアイツらを見ている余裕はなかった。と、バタリと何かが倒れる音がして、いつもで核を握り潰せるよう、力を込めながら咄嗟に視線を向けた。怪物が例の如く、粒子になって消えようとしていた。直ちに核に視線を戻す。核はついに弾けず、俺の手に残されたままだった。安堵し、同時にハッとなって、怪物のあとに目を向けると……」
――…………。
「視線の先で、男が、倒れていた」
――村田悠介さん。当時、二十七歳。自動車部品を製造する会社に勤めていらっしゃいました。遺体は発見後、身元不明のまま顔写真を撮影し、公的機関で埋葬。
村田さんの失踪届が出されたのが、遺体発見から一年以上経った今年の四月。それまで村田さんは、その存在を完全に忘れ去られていました。それからは?
「アイツが、クロカが脈を確認するような素振りを見せ、頭を振った。俺は必死になって男が死んでいる理由を考えた。ドーキンスの悪魔と化した人間は、その瞬間から死んでいるのか? だが俺とクロカは生きている。侵食された個所に痛みを覚えるが、ならこれは違う。では侵食が脳にまで、心臓にまで及んだ時か?」
――えぇ。
「そうやって変身も解かず、脂汗をかきながら考えていたら、アイツが音もなく目の前に移動していた。俺が手にしていた十三号の核を、アイツが破壊した」
――お二人は、岸田博士と同じ実験をなされたのですね。
「後で聞くと、どうにもそうらしいな」
――手にしていた核を黒香さんが破壊した後は?
「困惑している間に、アイツは素早く背後に回っていた。何だと思い、振り向こうとした直後、変身させていた右の二の腕辺りに熱い痛みが走った。声を上げる間もなく右腕を取られ、気づくと地面に這いつくばらされていた。背中を足で抑えつけられていたようで身動きが取れず、そうしていると二の腕あたりに刃を刺し込まれ、鋭いもので何かが抉りだされる嫌な感触と、ごりごりとした痛みを覚えた」
――ドーキンスの悪魔二号の核を、黒香さんが摘出していたのですね。
「あぁ、ひょっとしたらコイツは、随分前からこのことを考えていたんじゃないかと思えるほどの、手際のよさだった。実際、時間にして一分もかかっていないと思う。自分の中から何か決定的な物が抜き取られたような感覚に打たれた後、急に全身が重たくなったんだ。右腕が離され、背中への圧力もなくなった。そこで俺は、愕然とした、信じられない思いで振り返った……そこには、」
――はい。
「核を手にして、寂しそうに微笑みながら俺を見つめる、アイツがいた」