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R.E.A.S.O.N./InterView  作者: マグロアッパー
■KUROKA編
15/22

01.出会い / 篠原黒香・大久保悠馬



 ――お名前と年齢、ご職業を教えて下さい。


篠原(しのはら)黒香(くろか)、二十歳。大学に通いながらモデルをしています」


 ――…………。


「えっと、どうかしましたか?」


 ――いえ、失礼しました。事前に写真は拝見していたのですが、実際に何度かお見かけしたことのあるお顔だなと思いまして。よく、広告に出られてましたよね?


「あはは、広告っていっても、殆どが東海限定のものですけどね。モデルも活動を実質的に休止していた期間が結構あったので、今は昔ほど露出はないです」


 ――実質的に活動を休止。それは……。


「大学一年の夏休み明けから、一年半くらいの期間かな? 大学を休学したのとは違って、モデルは事実上、休止ってことにはなってないんですけど」


 ――なるほど。それで、


「はい」












 ――あなたがドーキンスの悪魔八号であったことに、間違いはありませんか?












「ドーキンスの悪魔、八号。そうでしたね。そう呼ばれてたんでしたね」


 ――お気を悪くさせてしまったのなら、申し訳ありません。あくまで、その、コードネームのようなものですので。


「いえ、慣れてないだけなので気にしないで下さい。“怪物遺伝子”って名称でしたっけ? 私がそれを利き手に、左腕に宿していたことに間違いはないので」


 ――その、ようですね。それでは質問を始める前に、といっても既に初めてしまっていますが、幾つか予めご認識頂きたいことが御座います。宜しいでしょうか?


「どうぞ」


 ――これは取り調べではなく、あくまでも調査となります。一連の質問の中にはプライバシーの侵害と思われるものや、ご不快な思いをさせてしまうものもあるかもしれません。ですが、そういったものにはお答え頂かなくとも結構です。


 また、事前に確認頂いた通り、質疑応答は記録を取らせて頂きます。取得した個人情報などに関しては、当機関の「個人情報保護方針」に則って厳重に管理し、決して外に出ることは御座いません。気を楽にして、お答え頂ければと思います。


「はい」


 ――最後に、私は心理療法を修めて日の浅い人間ですが、出来るだけ篠原さんの気分を害さぬよう、誠心誠意努めて参ります。どうぞ、宜しくお願いいたします。


「ご丁寧に有難う御座いました。それで、私からもいいですか」


 ――えぇ、勿論です。


「篠原さんじゃなくて、黒香って呼んで貰ってもいいですか? あまり篠原さんって呼ばれるのに慣れてなくて、芸名も名前をアルファベットにして使ってるんで」


 ――あ、はい。では……黒香さん、と。


「は~い。ちなみに、この機関でお仕事される前はどちらにいらっしゃったんですか? ヘッドハンティング組だって聞いてて……まだ、三十代前半ですよね?」


 ――その通りです。先月、三十四になりました。


「わ、おめでとうございます」


 ――有難う御座います。以前は高校の教師をしておりました。色々とあって退職し、院で心理療法を学ぼうと思いまして……。その時、お世話になった教授に、


「成程、学校の先生だったんですね。納得しました」


 ――ひとところに留まらず、お恥ずかしい限りです。


「そんなことないですよ。すいません、話が脱線しちゃって」


 ――とんでもないことです。それでは、質問に移らせて頂きたいと思います。


「はい、宜しくお願いします」


 ――こちらこそ。先ずは……ドーキンスの悪魔八号となった経緯、いえ、大久保悠馬さん、ドーキンスの悪魔二号と呼ばれた彼との関係について、お聞きしても宜しいですか? 知り合った切っ掛けなどから教えて頂けると幸いです。


「分かりました。ユーマとは、YURINAちゃんに会いに行こうとして遊びに行った、大学で出会いました。私が所属しているのとは別の大学ですね」


 ――YURINAさんに会いに、ですか?


「えぇ。同じ事務所のモデル仲間にYURINAちゃんっていう、同い年の娘がいるんです。大学生になって比較的直ぐのことでした。彼女に会いにバイクで大学に行ったら、その場にユーマもいて……ふふ、YURINAちゃん、ご存知ですか?」


 ――黒香さんと同じく、「株式会社セントラルモデル」に所属しているモデルの女性ですね。栗色の長い髪の毛をした、細面のお美しい方で……黒香さんが実質的にモデルの活動を休止している間、仕事の幾つかを引き継いでいたと聞いています。


「あはは。お美しいって、その言葉、久々に聞いた気がします」


 ――あ、その……言葉選びが変で、申し訳ありません。


「いえ、こちらこそすいません。変なところで笑ってしまって。そのYURINAちゃんとは大学に上がる直前に知り合ったんです。高一から始めた私と違って、彼女は小学生の頃から、子供服の通販カタログなんかのモデルをしてたみたいで」


 ――華やかな世界ですね。


「実際はそうでもないですけどね。主役はあくまで服や広告なので、それをどう魅せるか苦心したり、体力勝負って面も結構あります。それに現場の人は優しいけど、上の人たちの会議はかなりシビアですから。っと、まぁ、それはさておき」


 ――申し訳ありません、変なところで口を挟んでしまって。


「いえいえ。それで、YURINAちゃんは小学校を卒業したらモデル活動を止めてたみたいなんですけど、大学から再開するって話で。マネージャーから先輩に挨拶しておけって言われて、事務所で挨拶させてもらったんです。それが一目見た時から恋に落ちそうなくらい、すっごく可愛い娘で! タイプは違いますけど、年も同じだし、是非とも親しくなりたいと思ったんです。でもYURINAちゃん、少しだけ人見知りなところがあって。だからこっちから積極的に接しようと考えて」


 ――確かに、大人しそうな方ですよね。清楚といいますか。


「でもその清楚なYURINAちゃんが、遊びに行った大学で、ユーマの前ではイキイキしてたんです」


 ――大久保さんの前では? それは、どんな風に?


「“マサカドって呼ばないでよ!”って、そんな風に声を張り上げて。普段の彼女からは考えられなくて、驚いちゃいました。あ、マサカドって言うのは、ユーマが昔から付けてるらしい、変なあだ名です。胸が平らだから、平将門から取ってるって話でした。その時にユーマと初めて会って、二人は幼馴染って聞きました」


 ――はは、なかなか独特なあだ名ですよね。それで?


「大学中央のカフェで三人でお茶をして、私は二人の漫才みたいなやり取りを聞いてました。わ~何だか面白い二人だなって、そう思って。ただ……」


 ――はい。


「なんで二人は、どこか怯えているようにも見えるんだろうなって、不思議に思いました。少しだけ、何かを壊さないように、取り繕ってる雰囲気があったんです」


 ――取り繕っている……そうでしたか。


「そんな具合で、ユーマとはYURINAちゃんの幼馴染として会いました。“ふははは!”とか、独特な笑い方するんですよ、アイツ。人見知りしない面白い変な奴だなぁってのが第一印象だったんですけど、殊更面白おかしくしてるんじゃないかな~、とも思ったりして。そんな二人の関係が知りたくて、あっ、勿論二人に会いに行くのも楽しみで、それからちょくちょく二人の大学に顔を出してたんです」


 ――有難う御座いました。大久保さんとの出会いについては分かりました。そうやって大学に遊びに行く中で親交を深めていった、そういう認識で宜しいですか?


「ん~~。ちょっと違いますね」


 ――と、言いますと?


「大学での、YURINAちゃんの前のアイツは、笑っているのに本心は隠してるっていうか、ある一定以上には人を踏みこませないようにしてた気がします。携帯電話を持ってないって聞いて、何だろうとは思ったんですけど。だから個人的に親しくなったのは、大学の外でアイツが無防備になってる姿を見てからな気がします」


 ――無防備になっている姿。それをいつ、どこで見かけたのですか?


「あれは……栄の百貨店で男が刃物を振り回した事件が起きてから、二週間くらい経った頃だと思います。私、栄付近のマンションで一人暮らしをしてて、夜走るのを日課にしてるんです。その日も走ってたら、近所の公園のベンチに誰かが腰掛けているのが目に入って。普段なら気にも留めないんですけど、一瞬だけ知ってる顔のような気がして、足を止めて目を凝らしたら、ユーマだと分かったんです」


 ――その時の大久保さんの様子が、普段とは違っていたのですか?


「はい。何だか途方にくれているというか、憂愁を籠らせているというか、寂しそうな顔をしてたんで。つい、声をかけたくなっちゃって、それで……」




 * * *




 ――『一人で泣いてちゃ駄目だぞ』……ですか?


「三体目の怪物を倒した後のことだ。少し、落ち着いて休憩したくなってな。バイクで通りがかった公園のベンチに座ってたんだ。自分でも驚きだが、随分長い間ぼ~っとしてたようで、気付くと陽が落ちていた。誰かがこちらに向かってくる足音でハッとなって、顔を上げるとアイツがいた。そして、そう言ったんだ」


 ――大久保さんとの会話で、それに似た言葉が出てきたような気がします。


「…………カナタだ」


 ――その時に何か、感情の動きがあったのですね。


「そうなるな。一号と戦った時の下りで話したが、小さい頃、俺は女々しい奴で、よく苛められて泣いていた。そんな俺に手を差し伸べてくれたのがカナタだった。その時のカナタと殆ど同じ言葉を、アイツがその時、突然掛けてくれたんだ」


 ――えぇ。


「そこで俺は、なんでそんな錯覚を起こしたんだか、目の前にカナタがいると錯覚してしまった。俺がまた、弱くて、悩んでいて、どうしようもない時に……カナタが来てくれたんだと。本気でそう思ってしまったんだ」


 ――黒香さんに特別な感情を抱き始めたのは、その時から……ということになりますか? あ、勿論、答えて頂かなくとも結構です。


「俺自身、話すことで整理がつくこともある。だから正直に話すが、俺は長い間、クロカにカナタの幻想を見ていた。恐らくその一言が切っ掛けになってな。どんな気持ちでアイツがあの時、カナタと同じようなことを言ったのかは分からない」


 ――はい。


「目を凝らせば、そこにいるのはカナタじゃない、マサカドの友達だ。当たり前だ。もうカナタはいない。本当に、どうして見間違えたのか。髪の長さだって、全然違う。カナタのは長くて、クロカのは短い。ただその時から、そういえばコイツ、どこかカナタに似ているなと、そう思い始めている自分がいた。屈託のないところや、飄々としているところも含めてな」


 ――お答え頂き、有難う御座いました。例えばその日、その時、黒香さんが“その言葉”で声を掛けることがなかったとしたら……。



「あぁ」


 ――大久保さんは黒香さんをカナタさんとして見ることはなかったと、そう、考えられますか?


「きっと、そうだろう。タイミングとしても、人目につく所で呆けていたのはあの時だけだし、公園に寄ることなく、そのまま帰る選択肢もあった。何よりも、普通に声を掛けられていたのなら、動じることなく応じられていた筈だ」


 ――ただ、その時に掛けられた言葉が、大久保さんの過去に作用した……と。


「それこそ、不意討ちのようにな」


 ――分かりました。それでは、それから後のことについて教えて頂けますか?


「しばらく茫然となって、アイツに被さるカナタの姿を見ていたんだが、やがてピントがクロカに合った。そしたら怪訝な顔で、“何してるの?”って尋ねてきたから、“格好良く黄昏るポーズの研究をしていた”とか、確かそんな風に答えた気がする。するとキョトンとした後、アイツは腹を抱えて笑いやがったんだ」


 ――想像できそうな光景です。


「その後、折角だから飲みに行かないかと誘われた。バイクを理由に断ったんだが、“あぁ、お子ちゃまだったね”なんて、挑発するような顔で言われたもんだから……。いや、内実を語れば、その時から何処かでクロカに興味を覚え始めていたんだろうな。怪物になった身だというのに、呑気なもんだ」


 ――私は、そうは思いませんよ。


「……そうか。それからバイクをアイツが住んでるマンションの駐車場に止めさせてもらった。アイツがシャワーを浴びて着替えて来る間、近くのコンビニで時間を潰し、変装して出てきたアイツと合流し、飲みにいった」


 ――随分とお飲みになられたんですか? その日は。


「飲んだな、馬鹿みたいに。確か四件くらい梯子したと思う。未成年の癖に、アイツは旨くて安い居酒屋に一人で行くのが趣味らしくて、俺はかなり振り回された」


 ――そうでしたか。その時、黒香さんとどんな話をしましたか?


「どんな話、か。アイツは酒が滅茶苦茶に強くてな。俺を酔わせて、マサカドとのことを聞き出そうとしていた。二人はどんな関係だ、とか、俺がマサカドのことが好きなんだろ、とか、オッサンみたいなテンションで色々と聞かれたよ」


 ――それは、楽しそうなお酒ですね。


「はは、あんな酒は二度とゴメンだ。まぁ全部適当に誤魔化してたんだが、流石に二人とも飲み過ぎてな。深夜の十二時を過ぎてフラフラになってアイツのマンションに帰って、俺も酒でどうかしてたんだろう、泊っていけというのを断り切れなくて、気付くとアイツのマンションのリビングのソファで眠っていた」


 ――それが初めて、黒香さんの自宅に訪れた時だったんですね。


「結果的にそうなった。勿論、アイツとの間には何もなかったがな。朝、目覚めたらひどい二日酔いの上、見知らぬ家のソファにいたんで愕然とした。1LDKの隣の部屋を覗いたら、アイツがぐ~すか寝ていて、まぁ本当に、驚いたもんだ」


 ――なんだか、自分も学生に戻ったような気がします。


「今ならそれも思い出の一つになるが、当時は慌てたよ。そのまま消えていなくなるのも、何だか後ろめたいところがあるようで嫌でな。勝手に洗面台を借りるのは悪い気がしたから、キッチンで顔を洗い、リビングに書棚があったから、そこの本を適当に読んでアイツが起きるのを待っていた」


 ――黒香さんは、どんな本を読んでらっしゃったんですか?


「意外にも哲学系の本が多かった。モデルでデザイナーズマンションに住んでいて、家も随分とシャレている。だからファッション関係のものばかりだと思い込んでいた。それが本を開くと蛍光ペンで線まで引っ張ってあって、かなり驚いた。そんなことをしていると、いつの間にかアイツが後ろにいて、また驚かされた」


 ――なるほど、その後は?


「ニヘラニヘラ笑われて、初めて男性を泊めた、だとか、マサカドに言いつけてやる、だとか、散々からかわれてな。ログハウス風の喫茶店があるだろ? 外にコーヒーを呑みに行くついでにそこでモーニングを二人で食べて、アイツとは別れた」


 ――その翌日から、黒香さんと頻繁に会うようになったんですね。


「そうなるな。あの日を境にして、アイツが頻繁に俺たちの大学に来るようになって……。なんだか、楽しかったんだ。すごくな。マサカドと二人っきりになるのは避けるようにしてたんだが、そこにアイツが加わって、まるで、カナタが戻って来たようにも感じた。マサカドも、そう思っていたんじゃないかと思う」


 ――そうでしたか。しかし……その黒香さんに、目撃されてしまった。


「俺がドーキンスの悪魔と戦う姿をな。四体目の怪物が、五号が現れた時だ」


 ――それから二人の関係性も変わっていった。そこに間違いはありませんか?


「間違いはないと思う。本当に、それから色んなことが変わっていったよ」



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