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10.約束 / 大久保悠馬



 ――YURINAさんに、“ 化け物 “と言われた時、どう思いましたか?


「簡単には言い表せないが…………応えたさ。流石にな」


 ――詳しくお伺いしても?


「そうだな……十一号を倒した辺りで、俺は両親からも忘れ去られようとしていた。家に帰ったら、不審者を見るような目で母親から見られたんだ。本気で警察を呼ぼうとしていたよ。俺のことを説明してもぼんやりしていて、本当に粘り強く説明して、ようやく夢から覚めたように気付く。そんな状態だったんだ」


 ――お母様から。そうでしたか……。


「そんな中でも、マサカドだけは俺のことを覚え続けていてくれた。それを確かめる為に、アイツが所属してるモデル事務所の近くにバイクを止めて、わざわざ待ったりしてな。声をかけて、直ぐに俺だと気付いてくれたのは、やっぱり嬉しかった。アイツだけが、俺を俺として見てくれる。その理由も何となく察していた。アイツが俺に向けてくれる想いには……ずっと前から気付いていたんだ」


 ――それは、恋愛感情のことですか?


「……あぁ。でも俺は出来るだけ、それを見ないようにしていた。周りからは仲がいい二人と思われていたし、付き合っているんだと勘違いされることもあった。だが俺は、素の自分でアイツと対面しないようにしていた」


 ――その理由について、伺っても?


「俺とカナタとマサカドは……小さい頃から本当にずっと一緒だった。でも、カナタはもういない。二人になると、どうしてもいなくなった人間のことを思い出してしまう」


 ――はい。


「決して、マサカドのことを嫌っていた訳じゃない。だが、どうしようもなかった。二人になれば、必ずカナタのことを思い出す。それが俺を押し潰すんだ。しかし俺は、アイツを守ってやりたいとも思っていた。カナタが死んだ後の抜け殻みたいになったアイツの顔が、脳裏にこびりついて離れなくて……。だから人一倍陽気なフリをして、アイツに接していた。矛盾だよな。そしてエゴだ、激しい」


 ――エゴ? どういった意味で?


「俺が、他の誰かじゃない、()()()が、マサカドを守ってやりたいと、そう思っていたんだ。カナタが死んでしまっても、まだカナタのことを思い続けているような……。そんな男が、アイツの傍にいるべきじゃなかったのかもしれないのにな」


 ――それは……。


「そして傍にいれば、マサカドが俺に思いを寄せるであろうことには……気付いていた筈なんだ。自惚れじゃない。人間の自然的な感情としてだ。アイツが悲しんでいる時に手を差し伸べ、傍にいて、出来る範囲のことをした。人は弱っている時に錯覚を起しやすいものだろ? 恋愛はそうやって錯覚から始まる。だから……」


 ――えぇ。


「だが俺は、マサカドの感情に応えることが出来ない。そんな余裕もなかったし、何よりも……カナタのことが……忘れられなかったから。そうやって俺たちは、何処にもいけない状態だったんだ。だからアイツが俺のことを忘れるのは、ある意味で良いことだったのかもしれない」


 ――しかし大久保さんの中で、何かが変わり始めていた?


「…………アンタの言う通りだ。親しい人間が、肉親までもが俺を忘れていく中で、アイツだけは俺のことを覚え続けていてくれた。嬉しかったさ、本当にな。上手く言葉に出来ない位に。戦いながらも俺は、死んでも構わないと思っていた。人から忘れられていくことも、覚悟していた」


 ――はい。


「でもな……覚悟を決めたことと、実際にそういう現実を味わうことは、また違う。孤独は人間が背負っていく、最低限の荷物だと俺は思っている。カナタが死んでからずっとそう思っていたんだ。しかしそれは、単なる強がりでもあるんだ。孤独を受け入れることと、進んで孤独になることは、意味が違うようにな」


 ――分かりますよ。


「戦いの中で一人になって……ふとした時に、マサカドのことを考えてる自分に気付くんだ。なんでアイツは、俺のことを覚え続けてくれるんだろう、とか。今頃どうしてるかな、他の奴とも上手くやってればいいが、とか、そういうことをな」


 ――YURINAさんの存在が、アナタの中で大きくなっていたのですね。


「あぁ……カナタのいない世界にも、光があることに気付いたんだ。マサカドのことを臆病と笑えないな。俺は臆病で、ずっと見ないフリをしてたんだ。悲しみに甘えて、マサカドと向き合おうとしなかった」


 ――悲しみに甘えて……?


「俺はずっと……悲しかったんだ。カナタがいないのに、笑ったり泣いたり、そういうことを自然に出来るようになっていた自分が、悲しかった。テレビを見れば笑えるし、ウマイもんを食えば感動する。そう言う風に、カナタがいない世界で生き始めている自分が、カナタの死を徐々に受け入れようとしている自分が……悲しかった。だから、これじゃいけないと、カナタの世界に憧れを持ったりもした。過去に捕らわれてばかりで、悲しみを乗り越えようとしなかった。俺は、俺は……現実の世界に生きていたというのにな……」


 ――過去のトラウマを、アナタは乗り越えつつあったのですね。YURINAさんを支えたアナタが、今度はYURINAさんに支えられて。


「そうかも……しれないな。俺はカナタが死んだ世界を認められなかった。そんな世界で生きようとするのを、拒んでいた。その時になってようやく、そんな世界でも生きて行かなくちゃいけないということを、俺は認めることが出来たんだ。そして人が俺の存在を忘れるという、俺の壊れ始めた現実の世界には、マサカドがいて、俺をただ一人、覚えていてくれて……」


 ――はい。


「大切なことは、全部ここにあると思った。生きる理由、戦う理由、そういったものが、全部、全部ここにある。そう思った。俺は新しく生き直すことが出来るかもしれない。そう思い始めていたんだ。マサカドがいてくれれば……」


 ――そんな精神状態の時に、言われたのですね。


「あぁ、ははっ……“ 化け物 “とな。きっと、罰が当たったんだ。その時になって、急に自分の都合でマサカドに縋りつこうとした……俺に……」


 ――その時、それからアナタはどうしました?


「頭の中が真っ白になって、気付けばその場から逃げだしていた。バイクを飛ばして、三十分位した頃……ようやく事態に気づいたよ。マサカドが俺のことを、忘れてしまったんだということに」


 ――そうして完全に、人から認識されなくなった。


「あぁ……世界に一人、取り残されたようにな。人ごみの中で立っていると、そこに何かがあることは漠然と分かるみたいで、人が避けて通っていく。だが俺の存在は認識されない。思わず叫んだよ。俺はココにいる! ココにいるんだ!? ってな。しかし俺がそこにいると気付く人間は、一人もいなかった。疎まし気な視線すら寄越さない。家に帰ると、俺の部屋は物置になっていた」


 ――それでも大久保さんは、ドーキンスの悪魔と戦っていたのですね?


「それが俺の中で唯一の、生きてる意義になったんだ。名古屋市内のどこでも駆けつけられるように、テレビ塔の下の公園で野宿をした。腹が減ったらコンビニや飲食店の残飯を探して、食って、寝て、筋トレをして、公園の水で体を洗って……。バイクのガソリンだけは、申し訳ないが拝借させてもらった。そしてドーキンスの悪魔が現れる予感を覚えたら、バイクに乗ってその場に駆けつけ、戦う」


 ――存在が認識されないのであれば、コンビニから食料を調達したり、ホテルのベッドやシャワーを勝手に借りられたのでは?


「当然それも考えたが……何故かそういう気になれなかった。別にいい子ちゃんを気取るつもりはない。ただ単に、俺が気持ち悪かっただけだ。そういうことをするのがな。残飯を漁ることだって、違法行為に変わりないのにな」


 ――そうですか……当時は、どんな心境でしたか?


「不安……だったよ。様々なことにな。ドーキンスの悪魔が後どれだけいるのかも、当時は分からなかったしな。戦い続けた先に何があるのか……。他にも、俺が唯一の生き残りとなった際の、核の処理について考えもした」


 ――核の処理……ですか?


「あぁ、他のドーキンスの悪魔と同じように、変身した際には、俺にも核のような物が右腕にあった。当時は確証がなかったが、ドーキンスの悪魔の元になるかもしれない物は残しておけない。例え俺がドーキンスの悪魔にやられるにせよ、生き残るにせよ、破壊しなければならない日が必ず来る」


 ――そこまで考えていたのですね。


「後は、これはあの科学者にも話したが……核を抜き取ると奴らは極端に弱るような気がしていた。ひょっとすると、核を抜き取った状態で放っておけば、ドーキンスの悪魔は死ぬのかもしれない。ならば俺の場合はどうなるんだ? 俺は俺の核を抜き取ることで、元の体に戻れるのかもしれない……。時間はたっぷりとあったからな。そういうことを考えていた」


 ――変身した際の、体の侵食具合はどうでした?


「それも不安の一つだった。頭部はまだ侵されていなかったが、体の六割近くは侵食されていた。頭まで侵食された際、果たして自我を保っていられるのかと、恐れもした。そうやって考えれば考える程、不安が渦巻き、再び、カナタの世界に憧れるようにもなった」


 ――しかし、YURINAさんがアナタの前に現れた。


「そうだ。十八号を倒した直後だった。力を行使し、俺の存在に関する情報は更に弱くなっていた筈なのに……。アイツは突然現れて叫んだんだ。” 化け物って言ってごめんなさい ”と。” 私は覚えてるから、覚え続けてるから! ”ってな」


 ――その言葉を聞いて、どう思いましたか?


「単純と思われるかもしれないが、その言葉は効いたよ。世界のあらゆる意味から遠ざけられて、世界の誰からも認識されない中で、アイツはそうやって……俺の存在を肯定してくれたんだ」


 ――えぇ。


「どうやって俺のいる場所が分かったのか知らないが、警察が建物を封鎖しているというのに、綺麗な服を汚してまで、俺に会いに来てくれた。一度は忘れたはずなのに、思い出してくれた。あまつさえ、覚え続けるなんて言ってくれた。抱きしめたい衝動にかられたが、自分の姿を思い出して変身を解いた」


 ――YURINAさんは、あなたの姿を認識出来ているようでしたか?


「出来ていなかったんだろうな、あの感じでは。瞳が一瞬、震えていたよ。でもアイツは、まるで目と目を合わせるように、その場から動かずに視線を注ぎ続けてくれた。” 見えてるよ! 私には見えてるから! ”って。下手な……本当に下手な、嘘をついてな」


 ――……そうでしたか。それからはどうしましたか?


「何をするでもない、ただそうやってマサカドと向き合っていた。それだけで何故か、満ち足りた気持ちにもなった。するとアイツが、子供でもあるまいし小指を突き出してきてな。” 私とちゃんと約束して ”と言ってきたんだ。” お花見を一緒にするって、約束して ”とな」


 ――お花見?


「俺も言われるまで、すっかり忘れていたんだが、一号やゼロ号と遭遇したあの南山動物園は、花見の名所でもあるんだ。マサカドの撮影に付き合った時は桜も終わっていたが、アイツと花見の話が出てな。その年は大学入学でゴタゴタして行けなかったが、来年は一緒に花見をしようとせがまれたんだ」


 ――あぁ、それでお花見ですか。いいですね、随分としてませんよ。それでアナタは、その指切りに応じたんですね。


「まぁ、一応はそういうことになるな。怪物を殴りつけてばかりの手だったが、久しぶりに人の温もりを感じたよ。アイツの認識からすると、目の前にいるんだかいないんだかはっきりしない奴と、小指を絡めたことになるんだろうがな」


 ――視覚的にはそうかもしれません。でもYURINAさんはしっかりと、アナタの存在を認識していた。


「そうだな……。まぁそんなことをしていると、下の階が騒がしくなったんだ。十八号を俺が倒したことを察したんだろう。警官がここまで来る気配がした。それで少し困ってな、俺だけならいいが、マサカドは警官に見つかってしまう」


 ――それは、確かに困ったことになりますね。


「だからキャーキャー言うマサカドを抱えて、少しばかり強引な方法でその場を後にしたんだ。もう大丈夫だろうという位置まで来ると、アイツを下ろして別れを告げた。するとアイツが、” 約束、忘れないでよ! ”とか、俺の背中に向けて大声で言ってきてな。花見の日付まで指定してきたんだ。俺の声が聞こえるのかは分からないが、お前こそ忘れるなよ、と俺は応じてやって……」


 ――はい。


「俺は戦いながらも……再び、生きることを考え始めた」


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