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09.彼女の戦い / 藤崎由梨



 ――その点に関して、可能なら詳細にお聞きしたいのですが……大久保さんの記憶を留める為に、どういうことをしましたか?


「混乱していたので、まずは自分を落ち着かせようと、今の状況をノートに書いて整理しました」


 ――今の状況、と言いますと。


「ユウマのことを皆が忘れ、自分も同じように忘れ始めていること。ユウマと町に現れた怪物の関連性。今もユウマが一人で戦っていること。そういうことを、自分の字で書きました。記憶が失われてしまう件に関して、翌日には病院にも行ったんですけど、はっきりとしたことは分かりませんでした」


 ――そこまでして、大久保さんのことを忘れたくなかったんですね。


「………………はい」


 ――不躾な質問をしてしまいましたね。どうか、無礼をお許し下さい。


「い、いえ。そんな……」


 ――それで、他にはどんなことをしましたか?


「他には、お医者さんの勧めもあって、ユウマの記憶をノートに書き出すようにしました。思い出して書くことで記憶の強化にも繋がるし、忘れてしまった時でも、それを読めば記憶が回復する糸口になると言われたんです」


 ――ノートにアウトプットして記憶の強化を……なるほど。


「その際に、例えば写真とセットにして、それに纏わる記憶を文字で補完するようにすれば、ノートを読み返した時に記憶が回復し易くなるとも言われました。なので先ずは、アルバムからユウマと写ってる写真を抜き出す作業から始めました。それをコピーしてノートに貼り付けて、写真に纏わる記憶をどんどん書いていくんです。日記みたいに。嬉しかったこと、悲しかったこと。その時、どういう風に思ったか。大久保悠馬とはどんな奴か。思い出せる限りのことを……」


 ――はい。


「失った記憶を回復する為には、紐付けとなる情報が大事だと先生は仰っていました。僅かな引っ掛かりでもいい。それを頼りにすれば、必ず思い出すことが出来る。そしてその引っ掛かりの元となる情報は、多ければ多い程いい。私とユウマは幼馴染なので、写真も、それに纏わる思い出も沢山ありましたから……それこそ保育園の頃から」


 ――保育園の頃からとなると、写真は随分と沢山ありそうですね。


「えぇ、父親が写真が好きな人なので、部屋に溢れ返る程にありました。アルバムの殆どの写真には……もう今はいないんですけど、幼馴染の娘と、ユウマが映っていました。それも高校に入るとアイツだけになりましたけど」


 ――そのノートに関してなんですが、写真になくとも覚えているエピソードなども、そこに書いたりされたんですか? 何気ない日常の中でも、印象に残る出来事というのはあるかと思います。特に……女性なら。


「あ……はい。恥ずかしいですけど、調査に必要なら、また後日お見せします。そういったエピソードも、日記みたいに書いていきました。書きたいことは沢山あって、モデルの仕事とレッスンは休めませんでしたけど、大学は一週間ほど自主休講にしちゃいました」


 ――いいじゃないですか、私も大学の頃はよくサボったものです。


「そうなんですか? ちょっと意外です」


 ――大学生というのは、唯一そういうことが許される時期ですから。


「ふふ、確かにそうかもしれませんね。そうやって、仕事やレッスンがない時は一日中部屋に籠って、一心不乱にノートを作っていました。するとノートが全部で五冊にもなって、写真も沢山貼ってあるからパンパンになっちゃって」


 ――ははっ、それで……、大久保さんの記憶は確かになりましたか?


「はい。ユウマを忘れそうな事実なんて無かったみたいに。でも……」


 ――でも?


「作っている最中は楽しかったんです。どんなことを書こう、あれもこれもって。幼馴染の女の子のことを思い出すのは辛かったんですけど、それでもペンが止まることはありませんでした。でも……全部書き終えたら、急に怖くなったんです」


 ――どんな風に怖くなったんですか?


「ユウマのことをまた忘れてしまったら……このノートで、ちゃんと思い出すことが出来るのかなって。大丈夫かなって。そう思いました。ずっと見ないようにしていた本音が、急に浮かび上がって、堪らなく怖くなったんです。そうしている間にも、ユウマのことを突然忘れてしまうかもしれない。翌朝目覚めたら、すっかり忘れているかもしれない。それが……凄く怖かった……」


 ――それは、本当に怖いですね。そういった、見えないものに脅かされるのは。


「だから、だからユウマに会いたかったんです! 会えば解決するって訳じゃないですけど、自分の状態を教えて、それでも私は……私はずっとユウマのことを覚え続けていたいって……。そう、伝えたかった。だけどアイツがどこにいるのか分からなかったし、家にもやっぱりいつも居なくて」


 ――えぇ。


「ご両親に話して、手紙を渡してもらおうか悩んだこともあります。でも、もしユウマのことを忘れていたらと想像すると、怖くて……。私の両親は、アイツのことをすっかり忘れていました。二人とも、ユウマのことを凄く気に入っていたのに」


 ――アナタのご両親が……。なるほど、それで?


「だから、もしユウマのことを忘れてしまっても、そのことに気づけるように、またユウマのことを思い出せるように、記憶を回復させるのとは別に、専用のノートを作ることにしたんです。記憶を失くした私がそのノートの存在に気付いて、自分の状態を知ることが出来るように、注意書きも部屋中に貼りました。朝起きた時に一番に目に入るように、ベッドの上の天井にも」


 ――注意書きですか。ちなみに天井には、どんなものを?


「色々作ったんですけど、天井には『おはよう、大久保悠馬に関わる大事なことです。机の上のノートを見ましょう』という、ポスターサイズの注意書きを作って貼っていました」


 ――そうでしたか……。そうやって大久保さんのことを忘れてないか、毎日確認していた訳ですね。


「それしか、私には方法がありませんでしたから。朝起きて、“ あっ、私、ちょっと字が下手かも ”と思える時は安心しました。ユウマのことをしっかりと覚えていたからです。でも、そうじゃない日がやっぱり来たんです」


 ――と、言いますと?


「自分の字で書かれた注意書きを見て、“ オオクボユウマって誰? ”と思うことがあったんです。朝起きた時だけじゃなくて、日常的にユウマのことを忘れてる自分もいました。部屋に戻った時、自分の字で変な注意書きが沢山貼ってあるのを見て……悲鳴を上げたことも何度かあったんです」


 ――そんな時は、どうしましたか?


「気味が悪いと思ったんですけど、どう見てもそれは、私の字で書かれているものなんです」


 ――はい。


「だから注意書きに促されるままに、恐る恐る机の上を見ました。すると、『記憶を失った私へ』というタイトルのノートが出ているんです。ページを捲ると、一ページ目に“ 私は今、大切な人のことを忘れてしまう病気にかかっています ”と、これも自分の字で書いてあるのを見て……愕然とした心地になりました」


 ――大久保さんの直接的な記憶だけでなく、自分がそういったノートを書いたことも忘れていたのですね。


「そうみたいです。どれだけ思い返しても、私がそんなノートを書いた記憶は出てこないんです。でも机の中にある、写真が貼ってあるノートを一冊目から読み返していると、閃光のようにピカッと、ユウマのことをある瞬間に思い出すんです。そのノートを私が必死に作っていたことも」


 ――えぇ。


「思い出した後は、どうしてこんな大切なことを忘れていたんだろうと、体がガクガク震えて、自分が信じられなくなりました。目が冴えて眠れない日が多くなるにつれて、日中も集中力を欠いてボーっとしていることが増えて……情けない話、仕事に支障を来してしまうこともあったんです」


 ――病院で診察は受けましたか?


「はい。心配したマネージャーに病院に連れて行かれると、不眠症と診断されてしまい……今後のマネージメントに関して会議が行われて、モデル業が続けられなくなりそうなこともありました」


 ――不眠症は、精神的なものから症状が発生しますからね。


「病院でもそう言われました。でも、仕事は降りたくなかったんです。クライアントや会社、他のモデル友達に悪いのも勿論ですけど……どこかでユウマが、私が載ってる雑誌を見ているかもしれない」


 ――大久保さんが……。


「そう思って不眠のセラピーに通いました。何とか眠れるようになった時には、凄く安心したのをよく覚えています。会社の人たちも喜んでいました。だけどある時になると、また……ユウマのことを忘れているんです。頑張って思い出したのに、また忘れてしまうんです……。忘れて、思い出して、怖くなって眠れなくなって、そういったことを何度も繰り返していました」


 ――YURINAさんも、必死に戦っていたんですね。


「いえ、そんな立派なものじゃないです。ユウマのことは話せないけど、少なくとも私には、家族や会社の人たちが、支えてくれる人がいたから……人に恵まれていたんです。それに、それを言うなら、ユウマの方が遙かに辛かったと思います。一人でドーキンスの悪魔と戦って、私にも“化け物”って言われたきりで……」


 ――それは、アナタばかりの責任ではなく、大久保さんに関する存在の情報が薄れたからで……。


「でも、私が酷い言葉をぶつけたのは本当のことです。だから記憶を取り戻している間に、どうしてもユウマに謝りたいと思ったんです。それでユウマがドーキンスの悪魔と戦っている時に、その場所に向かったことがあるんです」


 ――大久保さんが、ドーキンスの悪魔十八号と戦っていた時のことですね? 


「十八号……多分、そうだと思います。大学の講義を終えて、仕事の予定が入っていたスタジオに向かおうとしていると、緊急速報が携帯に入って来たんです。【○○地区△△△付近に、刃物を持った男の目撃情報。近隣の方は、外出しないように――】確か、そんな内容だったと思います」


 ――当時、警察が流していた速報ですね。


「はい。住所を確認すると直ぐ近くで、私は気付くと駆け出していました。でも走りながら、ある瞬間になると、” どうして私は走っているんだろう ”と疑問に思い、足を止めそうになって……」


 ――大久保さんのことを忘れかけたんですね。


「そうです。だけど次の瞬間に、ユウマを忘れていることに気付いて、それでまた走って、現場に向かいました」


 ――大久保さんと十八号が戦っている場所は、すぐに分かりましたか?


「パトカーが沢山止まっていたりして、近くまで行くと自然に分かりました。ユウマが誘ったのか、ドーキンスの悪魔が逃げ込んだのかは分かりませんが、二階建ての廃工場みたいな場所の前に警察がいて、一帯を封鎖していました」


 ――その時、人だかりはありましたか?


「ゼロではないですけど、殆どいませんでした。廃工場の中からは、微かに戦闘の音が聞こえてきて、警察は戦闘をユウマに任せっきりにしているみたいな様子でした。それで、何とか中に入れないか建物の周りをグルッと一周してみたら、窓が空いている場所を見つけて、警察の目を盗んで建物に入りました」


 ――それは……大胆なことをしましたね。


「あはは。我ながら、向こう見ずなことをしたと思っています」


 ――はは、では建物に入ってからのことをお願いします。


「はい。入ったのはいいんですけど、ユウマの邪魔になってもいけないし、どう動こうかと考えていました。でも暫くすると、断末魔というか、ドーキンスの悪魔の叫び声が聞こえたんです」


 ――叫び声、大久保さんが十八号を倒したということでしょうね。


「そうだと思います。階段を探して駆け上ると、その先で変身したユウマがこちらに背中を向けて立っていました。十八号の姿は見当たらなくて、倒し終えたばかりのような印象を受けました」


 ――アナタの目には、大久保さんは大久保さんとして映りましたか? それとも怪物として、ドーキンスの悪魔二号として映りましたか?


「そのどちらとも違いました。像がボヤケてるみたいで、赤い怪物と、知っている誰かが二重写しになっているような、そんな風に見えました」


 ――二重写し。そうですか、それからは……。


「私が名前を呼ぶと、振り向いたアイツが驚いたような気配を放ちました。そこで私は呼吸を落ち着けて、胸の内に潜ませていたことを言葉にしました」


 ――言葉に。それは……。


「化け物と言ってしまったこと、ユウマのことを忘れかけたことについて謝りました。それから、”また忘れても、絶対に私は思い出すから! ユウマのことを皆が忘れても、私だけはずっと記憶し続けるから! ずっと、ずっと、頑張って覚え続けるから…… ”と、そう言ったんです」


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