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ショウ・ウィンドウの硝子猫


 田舎の小さな駅の通りの、これまた小さなおもちゃ屋の。僕は店番を任されている。十六歳のくせして高校にも行かず、日がな一日漫画を読みながらお客さんを待っている。

 店番を始めて一年とちょっと。常連さんもできた。その中でも美代子さんという女の人は、一週間に一回くらいは来る。毎回何かを買うわけではないけれど、美代子さんの大切な息子がこの店に来たかなどを尋ねたりする。

 美代子さんは三十五歳くらいで、息子が二人いる。この二人の息子は、小学校の友達と一緒に毎日この店に来ていた。だけど僕は、本当は美代子さんは彼女の息子の様子を探るためだけにこの店に来ているわけではないだろうと思っている。

 美代子さんはいつも、店のショウ・ウィンドウに飾られた、硝子の猫の置物を見ていた。だけど何も言おうとしないから、僕もそのことについて何か言ったことはない。

 だけれどその日、僕は美代子さんに「すみません、それは売り物じゃないんです」と言った。美代子さんはひどく驚いて目を丸くした後で、「大丈夫よ。もう二十年も前に、あなたのおじいさんに怒られているもの」と可笑しそうに笑った。

 この店は、もともと僕の祖父の店だ。何十年も前からこの場所で、祖父が守ってきた。

 そうなんですか、と僕はとぼけて言う。そうよ、と美代子さんは懐かしそうに目を細めた。怖かったんだから、と。

「どうしてあれが、売り物じゃないのにあそこに飾られているか、知っていますか?」

「あら……教えてくれるの?」

 座りませんか、と僕は美代子さんを誘う。もちろん、と美代子さんは野次馬の目をして椅子を引いた。

「あれは、実は僕の祖父が妻に贈った物らしいんです」

「あらあ、素敵ね」

「だけど、話はここからですよ」

 何なに? と美代子さんは楽しそうに言う。

「なんと、出て言っちゃったんですよ、奥さん」

「あら、おじいさんの奥さんってことは、あなたのおばあさんでしょう?」

「いえ、僕の父はそのあとの子なんで」

「あーらー、すっごいのね、あなたのおうちも」

 目を輝かせたまま、美代子さんはそんなことを言う。ええまあ、と僕はなんとなく濁して、続けた。

「でも、やっぱり祖父は元妻が忘れられなかったみたいで、返されちゃったあの猫の置物を、店で一番目立つあそこに置いたってわけです」

「それって……なんだかあなたのおばあさんからしたら複雑ね」

「仲は良いですよ。それに、祖父も別によりを戻したいわけじゃないと思います。なんというか、きちんと話をして、懐かしい気分になれるようにしたかったんだと思います」

 そうね、そうかもね、と美代子さんはひとりごちる。「でもそんなことがあったなんて。よかったわ、今日ここに来て」

 もう一つ、と僕は人差し指を立てる。

「もう一つお話してもいいですか? この猫にまつわる、純情な男性の話をもう一つ」

「今度はあなたのお父さんの話かしらね」

 ちょっと苦笑して、僕は話し始めた。美代子さんは真剣な顔で聞いている。

「今から二十年ほど前のことです」




 少年は飛行機を作ることが夢だった。幼いころからペーパークラフトで飛行機を量産し、いつでもそれを持って歩いていた。中学生になってからは飛行機の模型を買い込み、それを部屋に飾るのが彼の幸せだった。

 彼の住む町にはおもちゃ屋がある。当時は大きいとされたそのおもちゃ屋には、流行りの玩具が大量にあり、飛行機の模型も常に新しい物が入荷していた。彼は十六という歳になってもそのおもちゃ屋に通い、飾ってある飛行機の模型に目を奪われていた。

 そんなある日、少年は店主と中学生くらいの少女が口論をしているのを見た。どうも少女は、ショウ・ウィンドウに飾られた猫の置物を欲しているらしい。その猫の置物は売り物ではない、というのは常連客の間では有名なことだったし、少女はいかにもお金持ちの家の世間知らずなお嬢さんという風情だったので、少年は見て見ぬふりをしたかった。

 だけれど少年は、その口論に割って入る。

 なぜか。恐らくその時にはもう少女に一目惚れをしていたからだろう、と少年は後になって思うのだ。

『どうしてその置物は売り物じゃないんですか』

 少年がそう尋ねると、店主はどこか気まずそうな顔をした。

『これはただの飾りなんだよ』

 ください、と少年は言っていた。少女は目を丸くしている。店主は頑なに首を横に振った。

『それじゃあ、どうしたらいいんですか』と少年は当惑して呟く。もう引っ込みがつかなくなっていた。店主は眉を八の字にして、『それならこうしよう』と言う。

『この猫は君たちにあげよう。だけどこの場所からは動かさないでおくれ。そして大切に扱っておくれ。それ以外はどう使おうと君たちの自由だ』

 こんな条件では少女が納得するはずはないと思ったが、それでも少女は店主と少年に一回ずつ頭を下げて『ありがとうございます』と言った。その後で、少女は少年にだけ小さな声で『ありがとう、今日からこの猫を、わたしたちの待ち合わせ場所にしましょうよ』と耳打ちしてきた。少年は顔を赤くして、頷いた。




 あの人、と美代子さんはぼんやり言った。

「あの人、ここに来たのね。いつ?」

「昨日です」

 昨日、と美代子さんは目を見張り、可笑しそうに笑う。上手くいかないものねえ、と。

「彼と別れて十八年が経つわ。結局、二年ほどで彼は東京に行ってしまって。嫌いになったわけじゃないから、そうね、懐かしい」

 彼はどうしているの、と美代子さんが尋ねる。パイロットみたいですよ、と僕は答えた。作ることはできなかったのね、と美代子さんは目を細めて言う。

「勝手に美代子さんのことを話しちゃいました、すみません」

「あら、どこまで?」

「結婚してること、息子さんがいることとかです」

「彼、なんて言ってた?」

「残念だ、って」それから僕は思わず笑う。「だけど、ぜひ美代子さんの子供と自分の子供を会わせてみたい、って」

 あら、と美代子さんは目を丸くする。あらあら、なんて楽しげに。

 結局、と僕は猫の置物を横目で見た。

「この置物は、カップルを幸せにはしないみたいですね」

「黒猫だからかしらね。でもまあ、いいんじゃないかしら」

「いいんですか?」

「だってみんな、それぞれ幸せになってるみたいじゃない? だから、万事塞翁が馬よ」

「万事、ショウ・ウィンドウの硝子猫?」

「新しいわね」

 また彼が来たら言っといてちょうだい、と美代子さんは言って、背を向けた。「あなたの操縦する飛行機に、いつか私たち家族を乗せてねって」


 この短編を書くために主人公がなぜ高校に行かず店番をしているかなど連載並みに考えましたけど使いどころはありませんでした。

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