後編
顔を上げてみると
彼女がわずかに
頬を赤らめながら
私を見ていた
私と彼女の視線が
不意にあった
「なにを……見つめて?」
「えと、その、あの……
クッキーの味が
お客様の口に合っているのかが
気になりまして……
あ、あ、もちろん、自分で味見はしたんですが
やっぱり気になっちゃいまして……
迷惑だったらすみません……」
何故か彼女は
慌てたように弁明をした
クッキーが気になっていたのか
そういえば、まだクッキーを食べていなかったな
私は彼女の気を晴らすために
生クリームに
ポッキーとクレープロールチョコとに
刺さってある彼女手作りの星形クッキーを
手に取り、一口かじった
ポッキーとは違った
クッキー特有のサクサク感と
生クリームの甘さが美味い
「このクッキー美味いね」
「そうですか!?
ありがとうございます!?」
私はクッキーを褒めたが
彼女は何故か
テンパって返事をした
顔をよく見ると
頬の赤みがさらに増しており
紅潮の紙一重というか
紅潮そのもののように思える
熱でもあるんじゃないのだろうか?
「顔紅いけど、大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です!!
心配してくださり、
ありがとうございます!!」
元気が良すぎるぐらいの声で
――まるで、どこか軍人めいた元気さで――
彼女は返事をした
客は私一人だから、
別に問題ないんだがね
私は苦笑しながら
まだ手をつけていない
クレープロールチョコへと
手を伸ばした
生クリームに刺さってあるのを抜き取り
べったりとついた部分を
一口かじる
うん、これも生クリームが合わさって美味い
二口かじってから
わずかな異変に気づいた
「これは……紙?」
異物混入にしては、堂々とし過ぎている
というか、暗号の手渡しみたいな感じだ
彼女を見ると
未だに顔を紅潮しながらも
安堵と不安と緊張が
絶妙にブレンドされたかのような表情が見えた
「これが、クレープロールチョコの中に入っていたけど
広げて読んでいいかな?」
――コクコク
私が彼女にそう尋ねると
紙が見つかった緊張のせいか
最も分かりやすいジェスチャーで
答えてくれた
さっそく、紙を広げて読んでみると
簡潔に一言だけの
言葉が書いてあった
そう、『好きです』という言葉が
私は悟った
これは、彼女なりの告白なんだろう、と
面と向かって告白するには
予想以上の勇気がいる
それに、職場で仕事中に告白なんてすれば
他のお客やマスターに
はやし立てられるだろう
一般的にも、受け入れがたいだろうしな
だから、二人きりの状況で
スパイものにも似たやり方で
告白に踏み切ったのだろう
再度、彼女を見る
顔の紅潮はそのままだが
どこか、子犬が震えているように見える
曲がりなりにも
告白の返事待ちだから
仕方ないとも言える
「あの……こんなやり方で
申し訳ないんですが
返事を聞かせてください……」
私が思考を巡らしていると
彼女は震えた声音で
告白の返事を求めてきた
「気持ちはありがとう
正直嬉しいよ
君のことは、ただ見ていただけで
私は良かったんだけどね
私も君のことが好きだ
これからもよろしく」
「そうですかっ!
想いが伝えられて
良かったです
こちらこそ、これからも
よろしくお願いします」
私は告白の返事を
彼女に伝えると
長い間眠っていた蕾が
開花を迎えたような
営業スマイルとは違った
本心からの笑顔で
そう、言ってくれた
「あの、個人的なものなんですが
わたしの手作りのチョコレートって
いりませんか?」
「ああ、くれるならもらうよ」
「なら、少しお待ちください」
私が了承すると、彼女は店の奥に行き
数分ぐらいで、緑色のリボンと赤い包装紙で
包まれた四角い箱を
手に抱えながら戻ってきた
「これ、バレンタインデーなので
わたしからのチョコレートです」
「ありがとう、さっそく開けてもいいかな」
「どうぞ」
緑のリボンを、丁寧に解いて
赤い包装紙も、丁寧に剥ぎ取ると
四角い真っ白な箱が現れ
私は箱を開けた
そこにあったのは、ハートの型で取られ
ミルクチョコ特有の
柔らかな色合いの上に
ホワイトチョコペンで「好きです」と描かれた
手のひらぐらいの大きさの
手作りチョコ
「食べてみてもいいかな?」
「良いですよ。
美味しくできてると
思いますけど……」
彼女は、少し自信なさげに呟いている
「味については、
私は気にしないから
大丈夫だよ」
私はそう微笑むと
ハート型のチョコの端っこを
少し力を入れて、一口サイズに割り
それを口に運んで食べた
ミルクチョコレートの甘さが
口の中に広がり
不思議と温かな気持ちになった
「このチョコレート
とても美味しいよ」
私が微笑みながら
そう伝えると
自信なさげだった彼女の顔が
雲に覆われた空が、風に吹かれ
太陽が顔を見せたような感じに
明るい表情となった
「口に合って、良かったです」
彼女は仄かに頬を赤らめながら言った
「あの……少しわがまま良いですか?」
「私にできることなら」
「わたしと……連絡先を交換しませんか?」
「そうだね、私もそう思っていたんだ
とりあえず、そこのメモ帳に書いて渡す感じでいいかな?
あと、それはわがままじゃないから
気にしなくてもいいよ」
私はレジの近くに置いてある
メモ帳を指差して言った
「それじゃあ、わたしから
先に書いていいですか?」
「いいよ」
私が返事すると
彼女はメモ帳を
一枚切り取り、半分に折り
備え付けのボールペンで
連絡先を書き始めた
「どうぞ、これがわたしの連絡先です」
「ありがとう
私の連絡先も書くね」
彼女の連絡先が書かれた
メモ用紙を受け取ると
半分に折られている
白紙の部分を
手で破って
自分の連絡先を書いた
「これが私の連絡先だよ」
私はそう言って
自分の連絡先を書いたメモ用紙を
彼女に渡した
「ありがとうございます
大切に保管しますね」
彼女は私の連絡先が書かれたメモ用紙を
大事そうに胸に抱えながら
そう言った――
それから彼女と
ひとしきり談笑をしていながら
時計を見ると
もう夕方だった
「時が立つのは早いね」
「あなたともっと
話したかったんですけどね……」
彼女は悲しげに呟いた
「連絡先を交換したから
これからは
いつでも話せるよ」
「そうでしたね
うっかりしてました」
彼女は照れ隠しのように
えへへと笑った
「名残惜しいけれど
そろそろ帰らないといけないから
これでお邪魔するよ
それじゃあまた」
「こちらこそ、ありがとうございました」
私は、会計を払うと
彼女と別れて
帰路についた
私の手には
彼女からもらった
ミルクチョコレートが
入った箱がある
残りのチョコを食べながら
私は思い出すだろう
彼女の可愛さを
彼女の笑顔を
愛おしさとともに――
《終》
ヒロインのモデルは「ご注文はうさぎですか?」のリゼです。
執筆中、リゼ役の種田梨沙さんの声で喋ってました。
……影響受けすぎですかね。