第8話 涅槃の海へ誘えど
さぁ、来い。
お前達も、この高みへと……
前回までのあらすじ────
準々決勝第二の勝者は圧倒的な力の差を見せ付けたワイルドシードの霊。その力は最後の一撃を除き、補正で弱まってるとは到底思えぬ膂力を誇っていた。全出場者の中では確実に最強と言えるであろう……
遂に準決勝、霊に対するは死闘を勝ち残った海斗。この"反則"とも言える霊を相手に、博麗の名を冠する彼は、どう立ち向かうのか?
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【補正結果】
霊→技『涅槃寂静』の解禁
海斗→総合力増加
・霊、選定開始
・海斗、『資格』を持つ者と確定
・両者のステータス変更
霊
攻撃力=100%→10%
防御力=100%→Not percentage
海斗
攻撃力=100%→999%
防御力=100%→999%
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嘗て人は、世界を支配しようとした。だが、それが叶う事は、遂に無かった。
何故なら、人は世界の有する自然に、有限に、絶対に、縛られ、生かされているからだ。故に人と言うのは……否、世界に棲む生き物全ては、世界無しでは生きられない。
しかし、ある時に、世界を逸脱した力を手に入れた少年が居た。ただの学生であった彼が、とある事を要因とし、この世を遥かに上回る力を手に入れた。だが、彼はその力を破壊や支配、蹂躙や陵辱に使う事無く、大切な友の為に使った。
功績に関係無く、いつしか彼の力は宇宙規模をも上回った。止まる事を知らず尚も増え続ける彼の力は、人の生み出す『無限』を体現していた。しかしそれは同時に、自らは世界が例え朽ち果てようと死なず、例え宇宙が再び創生の破壊を成したとしても終わらず、例え全てが消え去り、無になったとしても消えず────
真に永遠に在り続ける事になろうとも、生きねばならぬ宿命であるとしても、その信念を折る事無く、彼は彼で居続ける。
その彼の力の膨大さが、次元に無数の穴を穿った。穴となった次元は次第に球体になり、ポツンと一つの宇宙が生まれた、それも無数に。突然生まれた宇宙はオリジナルと同じように生命を育み、文明を重ねた。
そして同じように生まれた地球に、彼の力に当てられた少年少女が居た。彼等は彼と同じ性質を、何処かに持っていた。それはパラレルワールドの住人であり、彼の力が齎した、彼自身の分身。
そうして無数の宇宙の中の"彼"の分身の一人として生まれたのが、骸河 霊だった。
彼の分身は、必ず世界を超えた力を得る。その中、二人は彼と同等の力を得ている。世界を超えた力は様々だが、霊の代名詞たるはその『速さ』────時間を超越する事で、絶対を打ち破る最強の速さ。
最も理解が易い原理。速さは、世界を凌駕する。
「海斗さん、私は、既に世界を超えてしまった。もうこれ以上、強くなる気がしないのです」
「……何が言いたい? 下手な自慢は他所で頼むぜ」
「いいえ、自慢ならまだまだ私は強くなれると言います、私はあなたより遥かに強い、とね。そうでは無いのです。私は、力の際限の話をしてるのです」
「力の際限?」
「はい。私の知る人は、それがありません。限界が無いと言うのは、永久に強くなれると言う事なのです。しかし私は飽く迄分身、最もらしく言うなら『分け御霊』でしょうか……私には、力の限界が定められてしまってるのです。
ですが海斗さん、暫定的ですが、貴方には力の限界を感じません。まだまだ強くなれる筈、そう思っております」
「待て、暫定的って何だよ?」
「海斗さんだけでは無く、今勝ち残ってる方々にも予感が有ると言う事です。真里さん、刀哉さん、海斗さん。皆さんの中で、ただ一人、限界を超えたその先へと到達し得る可能性を見出したのです。
……優様、今から景品のネタバレ、大丈夫ですか?」
『構わねぇよぉ、ただ詳細は避けてくれ、良いな?』
「承知しております。──今回の景品とはつまり、優勝者への力の贈呈です」
モニター観覧席で、全員が驚愕の声を上げた。優勝景品が、未だ見ぬ自身の力の限界を打ち破る、その力の贈呈に、優、龍神、瀧沢を除いた全員が驚いていた。
「ち、力の贈呈!?」
「あ、勘違いは止してくださいませ。確かに贈呈するにはしますが、そうでは無く、限界突破は己自身。そこは間違えぬようにしてくださいね。世界を超えた人々は皆、努力と何か一つの信念を貫き通した事から始まったのです」
今更ながら場所は変わり、閑散とした都市。背の高い多数のビル、舗装されたアスファルト、何処までも続きそうな感傷を覚える道。朝焼けか、夕焼けか、微風吹く空間に二人は立っていた。
寒い。冬の景色の再現か、都会のこの時間のこの景色は、何故か良いと思える。
吐く息が白く染まる気温、独特の薄暗さであり薄明るさ。この曖昧な状態の景色が織り成す幻想的な情景……現実味の、剰え創られた世界であり、科学の支配する筈の"都市"で『幻想的』とは、なかなか矛盾している。
だがその矛盾こそが、景色としての最大の"美"だと思わないだろうか?
今まさに、その矛盾の世界で、霊と海斗がぶつかり合う。
『準備は良いか? 二人共。これからが本番だ、先に闘っていた奴等には悪いが、今までのは茶番と思って良い。補正も出来得る限り最大限を尽くせる仕様にし、技の禁止も無い。そして何より、これからは全くの同等になるよう、ステータスはしっかり吟味している。
今まで同様、マイナス補正解除の仕様も組み込んであるが、プラス補正追加の仕様も足した。条件は明かさないが、揃えれば形成逆転を阻止出来る。以上だ、何か質問あるか?』
「俺は無いぜ」
「私もありません、どうぞ始めてください」
不意に二人の目の前に立っていた瀧沢が、淡々と準決勝からの仕様を説明し始めた。補正は技の禁止を無くし、ステータスを完全同等にするしようにした模様。そして今回新たに組み込まれた"プラス補正追加"の仕様。
恐らく、この補正仕様が闘いを左右するモノと思われる。そして見えぬ先の結末────
果たして、勝負の行方は────
『よーい! 始め!』
号令の言葉が誰も居ない……否、二人しか居ない都市に響き渡る。朝焼けか夕焼けかはわからない。しかし、その景色がどちらであっても、二人しか居ないのであれば、如何とでも見て取れる。
先に動いたのは海斗だった。先手必勝を必定とする暗殺術で、先攻は基本中の基本。佇んだまま何もしない霊に音速を超えて迫り、貫手を構えた。攻撃は瞬時に行われる、それが当然だ。
「僕はこの景色が好きです。お祖父様の修行を終えて一人暮らしをした時見たのが、この光景でした。朝が来るのか、夜が来るのかわからない曖昧で、どの方にも感じる世界を見て、その一瞬で色んな思いが込み上げました。ですから海斗さん、この景色のおかげで、私はもう容赦をしない事に致しましたので────」
だが、世界には常にある常識、『上には上』が居る。暗殺術は確かに先攻必殺、先手必勝。だが、誰も必殺するのに先に攻めるべきとは、誰も彼も説いては居ないのは、御存知だろうか?
「────悪しからず、お願いしますね」
優しい言葉とは裏腹に、霊の拳は鉄槌の如く海斗の頭頂部を地面に叩き落とした。補正が無ければ頭だけが肉と骨をばら撒いていた。否、それで済んだならまだ救いだろうか。彼はたった今、『容赦をしない』と言った、それはつまり……
「手加減とは違います、もう力を出すのに躊躇はしませんよ。今までは遠慮していたので何ともやり切れませんでしたが、存分振るえる機会がやっと来ました。娯しみましょう、海斗さん」
彼等、世界を超えた者の言う『遠慮』とは、言わば『殺スイッチ』と言えるモノ。即ち、もう殺さない様に力を出すのを辞めた状態なのだ。この状態で最大限手加減しても、デコピン一発で世界が滅ぶ。
この状態で本気を出したら、察しの良い皆様なら容易に想像が出来る筈であろう。
「ッッ……こ、ォォォォ……」
霊は一応、優しく握り拳を海斗の頭に置いたつもりだった。しかし当の海斗は、頭部から血を流し、意識が飛び掛けていた。呼吸は出来るものの、それは血を吐きながらの吐息であった。
「……なんだよッ、これ本当補正掛かってんの……? 頭割れるかと……」
「まだ私に補正は掛かってますよ。貴方も早くこちらにいらしてください」
「じ、冗談じゃガァァァハッ……!?」
血反吐を流し、頭は揺れ、視界はグルグルと掻き混ざる。霊の誘う言葉に海斗は応じる事が出来ず、ただ氷みたく冷えたアスファルトに額をくっ付けるだけだった。補正の解除は確かに無い、それでこの差とは目眩がするくらいに途方も無い。
『あいつが遠慮を辞めちまったら、海斗に勝機どころか、世界が何度繰り返しても一撃も当てられず死ぬ。それを覆すには、補正プラスに達し、尚且つ『一定のライン』を超える必要がある。条件は厳しいぜぇ?』
『何か可哀想じゃないかな……? 俺としては遠慮を無くすのはさすがに反則だと思うんだけど』
『ところがな龍神、こいつに勝てなきゃ意味が無いのよ。遠慮を無くすからこそ本域を出せる俺達は、真にそれに迫ろうとする全員には遠慮しっ放しだ。つまり、全力の内の"1不可説不可説天"分の1すらも出せない。それって、それこそ、相手が可哀想じゃないか? 俺達は常に手抜きだ、本気を出したら"あいつ"をもぶち殺しちまう。俺達ってのは、"それ"以上なんだ』
意味深な言葉を述べる優に対し、龍神はモニター越しで海斗の身を案じていた。恐らく海斗の頭蓋骨は割れてしまっている、そう、断言して良い。今の一撃が物語るのは、もう差などでは無い……
「さぁ立ってください。でないと会話も出来ないじゃないですか」
今のまま俯せていれば闘う必要無く休み、頭の痛みに従って意識を落とすだけだろう。だが、それで良いのだろうか? 態々ここまで勝ち進み、この場に居る意味は一体何なのか? 問うか、問え、それが望みか。
〔違う……それは断じて、違うッッッ!!!〕
海斗は一心のまま心で声を張り上げた。すると如何だろう、心の叫びは強固な意志となり、それが海斗の傷をみるみると塞いでいく。塞がった次第に血は止まり、流血痕だけが顔に残った。
霊は間違い無く、今迄海斗が闘った相手とは一線を画している。その余裕、その膂力、その存在──どれを取っても彼に追い付く実力者は居ないと海斗は確信出来た。その中には悲しい事に自分すらも含まれている。
でも諦めるワケにはいかない。指先だけでも一瞬追い付くには如何にするか考えた海斗は、霊に一つ提案する事にした。
「……一個良いか?」
「何でしょう?」
「一発。一発でもあんたに当てられたら、俺の勝ち。出来ずに力尽きたらあんたの勝ち。俺とあんたじゃ既に実力差が天上と奈落レベルだ。この勝利条件、飲んでくれるか?」
「私は一向に構いません。その代わり、技を使わせて頂きますね」
霊が海斗と対峙して、初めて"強く"拳を握る。もう既に霊の強さは海斗など敵にもなれない程だ。それでも尚、霊は内側で膂力を増加させ、絶え間無く溢れる闘気を爆発させ続ける。
霊の足下のアスファルトが罅割れた、その瞬間────
「────おい嘘だろ……」
海斗の心はその一瞬で恐怖へと転換した。何も感じないのだ、何も、何も、何も……霊から感じていた筈の闘気が感じられない。あれだけ膨大だった、この空間を諸共埃に帰する程だった膂力が、一切身に触れない。
暗殺術を扱う基本として、相手の気配を感じ取る事から始まる。それは、自らの気配を絶って、より相手の気配を探知し易くする為の技法を学ぶ故の事。相手から気配を感じる事が当然なのだ。
ところが、霊からは欠片も塵も埃も感じられない。本来持つべき気配が、完全に消えてしまったのだ。
海斗に取って、これ程恐い事は無かった。如何して、何が如何なって……頭の中は、残飯の如く混濁していた。
「貴方に私が見えますか?」
刹那、目の前に立っている霊の声が耳元に迫った。声に意識が持って行かれた海斗は振り向くと、あり得ない事に直ぐ真横に、文字通り耳元に霊が微笑んでいる。どうせ残像だと直後に理解した。
瞬時に姿が消えたと思ったら、霊は海斗を置き去りにし、空間内から居なくなっていた。
「『涅槃寂静』……」
その言葉が聞こえたのは、いつだったのか────海斗は、跡形も残さず血を撒き散らしていた。
これで、終わりなのか……
もう、お終いなのか……
「……いいえ、少なくとも。私は良かったと思います。
合格ですよ、海斗様────」
ふと、霊は顔に触れてみた。若干の痛みに手を見ると、粘り着くような血が掌にこびり付いていた。頬の皮膚を丸々裂かれたのだ、それも海斗の一撃に依って……
海斗は耳元に霊の声がした驚きと同時に、一つの技を無意識で放っていた。彼が持たない技、拳に螺旋を交え、遠方33kmは威力が維持される強力な打突を繰り出していた。
咄嗟では無い無意識、それは反射神経をも僅かに上回る速さ程度だが、迎え撃つ一瞬で霊を捉えて頬を掠めていた。故にこの勝敗、軍配が上がったのは……
『勝者、博麗 海斗!』
『よぉ霊。負けちまったなぁ』
「良いじゃないですか、これで当初の目的は果たせますよ?」
『そうだなぁ。さて、次は真理と刀哉か。そろそろ俺等も出張る準備かね』
「あの様な闘いが、可能なのですか……何処までも予想外です、覇者と言うのは……」
「あぁ。だが、それは我々も同じ話だろう。勝てばその『資格』を得る……いや、確かに予想外ではある。俺の力ですら霊には遠く及ばない。そう確信してしまった。
故の憧れを、久方抱いてしまった。これは勝たねばいかぬな……」
続く────
感想是非是非お願いします
次回予告……
準決勝を見事勝利したのは条件通りに霊に一撃を当てた海斗、まさかの大物狩りとなった。
次に当たるのは凄まじい本性を持つ? 真理と真に強さを持つ刀哉。
景品の内容を耳にし、互いに退けない理由が出来た二人。結末は、如何に……
次回、超絶コラボ対戦 -異世界の戦士達-
第9話 最頂天を目指す者
御楽しみに




