第7話 生死に境界は無い
速さを極める……それが、この世界に勝る一番の方法と言える。
そう、生物を支配する『時間』から……
生死に境界は無い
前回までのあらすじ────
大地を灼き尽くす業火に身を焼かれながらも最期の一閃でボノワールを真っ二つに裂いた刀哉がギリギリで勝った。準々決勝第2回戦は予選1回戦で激烈な一撃で勝利した白夜、対しワイルドシード枠の霊。
謎多き彼に、バーチャルの魔王はどう闘う?
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【補正結果】
白夜→バーチャル時と同じ+思考速度増加
霊→特に無し
・白夜、武器使用を解禁
・霊、『走馬灯』以外の技の使用禁止
・両者のステータス変更
白夜
攻撃力=100%→100%
防御力=100%→666%
霊
攻撃力=100%→10%
防御力=100%→Not percentage
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尚、今回の補正は二人にも完全に詳細を明かす事とする。
「……えっと、その……良いの?」
「何がでしょうか?」
「いやあの、この補正。不満じゃないの?」
「いいえ、相応しい補正です。優様は私や貴方をよく理解していらっしゃる。それがこの補正内容です」
場所は静かな寺院。しかし、建物は崩れ、鳥居は朽ち果て、出入りの階段さえも腐り落ちた、ただ寺の前に異様に広い平地が有るだけの寂れた地。此処は曽て、霊が育った場所だと言う。
しかし今は既に廃れ、階段が腐り落ちたのを見て察する通り、この寺は疾うに此の世には無い。今二人が見てる景色の向こうには、今迄の会場には無かった赤黒く禍々しい空間が周囲を取り巻いていた。
つまり、異界の再現である。
「うっっわ……何これ、ちょっと趣味悪いよ優さん?」
「此処はですね、曽ての私の故郷なんですよ」
「え、そうなの? そうとは知らず、失礼を……」
「いいえ、謝る必要はありません。こちらこそ、こんな惨状を見せてしまい、申し訳ありません。私はとある仏教の者で、幼い頃から僧侶として様々な事を学びました。
よく皆様が映像で見る滝行とかもやりましたし、お経だって何枚も書き写しました。しかし、ある日事件は起きました。一人の参拝客が、鳥居を潜った時、父が『良くないモノが来た』と、急ぎその参拝客を連れて寺の奥に向かいました。母は『暫くお外で待っててね』と言うと、私を寺の外に出して、閂を掛けてしまいました。仕方なく私は寺の石階段を下り、何処かで暇を潰そうとしたら、何か嫌なものを私も感じて、石階段の上を見ました。すると私の家の寺の上空で、竜巻のように黒く渦巻く暗雲が現れていたのです。堪らず私は石階段を駆け上がりました。しかし、もう遅かったのです。中間に差し掛かる寸前、石階段が隆起し、跳ね除けられた私は後ろへ飛ばされ、自らの家が崩壊していく様をまざまざと見せられたのです。気が付いた時、私はお祖父様の家に居ました。そして知らされました、私の両親が死んだ事を……
以降、私はお祖父様の家で修行をし、今に至るワケです。この私が思う事は、あの時の復讐ではありません、則ち理。悪しき魂を葬る事です」
自身の過去を一頻り語り切ると、霊は顔の右半分に着けてあった骸骨の半面を取り、その素顔を晒した。白夜は、その男とも女とも見て取れる美しくも哀しい霊の容姿に、言葉を無くした。
否、正しくは、それに相当する言葉が見つからないのだ。此れ程整った幼くも凛々しい容姿に、似つかわしくない悟りを得た大人びた表情。正に、彼の生きて来た過去、そして今を体現していた。
白夜は未だ彼の、霊の実力を知らない。知らないがしかし、補正の内容が如実に示す……『圧倒的に上』だと、『お前が下』だと、見えない"証"に指を差される様な、愚弄される様な意識に囚われる。
然れども意識を静かに噛み締め、『魔王』白夜は両手の拳に力を込める。すると霊が、一つ言い忘れた、と言わずに指を一本立てて無言から口を開いた。
「私を倒すなら、貴方の持つスキル全てを使わないとダメだと、ハッキリ言っておきましょう。私はそんじょそこらのチートや神様とは違います。一つの漢字で表すならば、【格】ですかね……」
瞬間、白夜は覚悟を決めて両手にパワーアップを掛けた。数値はいきなり限界の+99、そして自身の周囲に50もの数を誇るバルカン砲を一挙に展開しつつ、霊に向かって高速で疾走する。
一言で、たった一つの漢字で白夜は脳内に撃鉄を自壊する勢い突き立てた。全身を巡る血液は輪廻を繰り返し、加熱し、加速し、心臓へ還る。その心臓は血液に更なる加速を促し、今にも全身から甲高い回転音が響くのではないかと。
バルカン砲が連射を行い、霊の視界を光の弾の壁が一瞬で覆う。その壁の向こうで迎撃態勢を整える白夜、正に盤石、正に典型、正に絶体絶命。それでも尚、霊は冷静だった。目前に迫る死を"覧"ながら、その向こうで待つ死神を"観"ながら、その後で待つ自身を"視"ながら────
「『走馬灯』……」
小さく呟いた言葉と共に、全てを生く。
刹那、白夜は驚く光景を目にした。
最大まで加速した自身の思考を遥か遠く、まるで理想郷の如き果てまで上回る霊を"垣間見た"。時間は止まっているワケでは無い、確かに動き、刻んでいる。スーパースロー映像を眺める気分の側である筈の白夜でさえも、時の流れを感知する。
だが、今のは何だ?
明らかに時間を逸脱した速さを出していた。いや、アレは"時間"と言う世界枠に収まる速さだっただろうか? 嘘だ、人が人として生きている限り、時間と言う『世界』に永遠に囚われるモノだ。
バーチャルでもしかと概念があるから、その法則は破れない。故に、世界は寿命を持つ。時間と言う『絶対』に囚われるからこそ、人は生きられる。だが、霊、お前は何だ?
霊は、動いた。その速さは霊の主観からすれば、物体が止まってる中での動作、ところが客観は、瞬間移動をも上回る多重次元屈折の景色。霊が動こうとしてる時、いや目の前に光の弾の壁がある時、既に霊は白夜の眼前に立っていた。
空間に霊が二人存在し、その"新真実"で数秒遅れで最初の霊が消え、行動の統合がされて作用が始まる。まず始めに光の弾の壁が互いに衝突して消失、次に白夜の周囲に展開されているバルカン砲50丁が、全て同時に粉砕した。
思考を最大まで加速していた白夜でさえ、霊の姿は一瞬、ホンの一瞬写真の様なブレた姿を垣間見ただけ。時間と言う世界枠に収まる速さだったか? 否、断じて否。自身の眼前に在る現実を見て、白夜は確信せざるを得なかった。
霊は既に、世界を超えている────
人の身でありながら人を、時間を、世界を超越した者。現在、この対戦に出場してる全員の中では紛れも無く"最強"、そう確信出来てしまった。補正の意味を今一度理解した。もし、仮に、霊の攻防が最低まで下げられて居なければ、どうなって居たであろうか?
考えただけで背筋が凍てつき、砕け散りそうな程固まってしまう。先ほどまで輪廻を繰り返す血液が冷え切り、心臓は必死に生きる為にその運動を速めた。何故だ、心臓は勢い良く血液を巡らせるのに、頭から熱が薄れていく。
意識はより明瞭と化すのに、体が熱欲しさに震える。普通、絶対的差を見せ付けられた者と言うのは、目の前の絶望に打ちひしがれ、呆気無く崩れるのが相場なのだが、白夜は違った。
圧倒的強者を前にして、彼は死を、畏れを抱き、生を、勝ちを願う。あくまで『魔王』の意地は、彼の縮こまった精神の中で煌々と滾っていた。頭では諦めている筈なのに、体は力を抜かず、拳は強く握られている。
「もう、畏れを抱けはしないよな……」
霊が次の動作へ移ろうと右足を一歩前に踏み出した、瞬間、白夜の中で『何か』が切り替わり、体が再び熱を取り戻す。更に瞬間、左足を前に出して石畳が深く陥没する程踏み込み、振り被って右拳に渾身を込めて放つ。
然しもの霊も驚愕し、一瞬で背後まで移動して白夜の一撃を回避した。空振った一撃は触れた空気すらも必殺の爆風とするその一振り。拳から先の景色が空気の奔流にて歪み、拳から離れれば離れる程その先の石畳は深く深く抉れ飛ぶ。
補正の影響の身である今の霊には何が何でも躱さねばならない攻撃だ。それでも霊は驚きこそすれど、無表情のまま白夜の背後で次を待つ。そんな霊の期待通り、白夜は後ろに振り向き様、右足を一歩前に出して深く踏み込み、左拳に渾身を込めて放つ。
紙一重で避けるのは厳禁、だが懐に入り込むのは如何だろうか。十分な観察と猶予を以って"瞬間移動"で白夜の胸元まで肉薄する。この回避は紙一重では無い、最善にして最安の位置、そして……最大の攻撃位置。
「フッ……」
霊は鼻を鳴らす様に少しだけ力むと、右手の平拳で白夜の肘を突き上げ、同時に肘の裏が隆起した。家の大黒柱の如き太く丈夫な木材が無惨に欠片を散らしながら激しい音を立ててへし折れる。形容としてはこれが合う。
文字通り、白夜の肘は霊の平拳で肘の突起が裏まで飛び出し、関節をぶち破りながら関節の繋ぎ目付近の腕の骨すら粉々に砕き散らす。そうして砕けた影響で連鎖を起こし、結果左腕全てが砕け散った。
この時まで、白夜は『魔王』の名を捨て、『人間』へと成り下がっていた。否、成り下がってなどいない。最初から彼は人間だった。それをバーチャルでの強さから形容しての『魔王』と言う名……それを捨て去り、極単純な『人間』として人間を倒す事を決めた。
「う゛ぅぅぅああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!??」
そして、彼は左腕を一瞬で失った。皮膚と筋肉で繋がっている筈の左腕が、中身の骨が粉々になっただけで『空っぽ』と錯覚出来る程の虚無感に満ちていた。補正など全く意に介さないくらいの一撃を受けて、ただ四肢の一つにぶら下がる『余分な身体』でしか無くなっていた。
彼が『魔王』だったなら、この痛みにも屈しはしなかっただろう。だが今の彼は『人間』、唯一人の"霧島 白夜"。その精神は『魔王』に比べれば、嗚呼、何と矮小なのか。
だが、何故態々『人間』に戻ったのかが漸く理解出来る。人は弱い、弱い故に一人では何も出来ない事も多い知性が高いだけの生物だ。ところが人はふとした瞬間、思わぬ強さを発揮する。
それは何も難しい事では無い。彼や彼等が『人間』で、『人間』だからこそ弱く、弱いからこそ『意志』が強い。つまり『人間』とは、如何な圧倒的存在をも凌駕する、果てしない『意志力』を誇るが故に!
「……やられるかよオオオオオオオオッッッ!!!」
痛みの絶叫から、負けん気の咆哮で立て直し、白夜は自身の胸元に居る霊に向かって残った右拳を渾身を以って振り下ろす。霊は今度は後方へ"瞬間移動"をするが、真後ろに寺院が有るのを忘れてたのか、移動を途中で阻まれた霊は目を見開いて仰天した。
「おっと忘れてまし────」
途中で言葉が飛んだ、霊の体も飛んだ、白夜の拳圧はジェット機が全速力で直接激突するのと同じ威力で霊の体を寺院ごと吹き飛ばした。続けて白夜は雄叫びを張り上げながら右拳のみで超速連打を繰り出し始めた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ! づあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」
一撃一撃に渾身を込め、一瞬一瞬に全力を尽くし、一挙手一投足に一生を重ねて、持ち得る命全てを費やして叩き込む。血液の輪廻は最高潮に達し、心臓の拍動に合わせて全身から気の爆発が起こる。
無数に叩き込まれる拳圧、それは直接の拳と差異の無い途轍もない遠距離攻撃。拳より範囲が広く、時には絶大な破壊力を持つ。その無数の拳圧が、薄い紙膜の如き耐久力の霊を八つ裂きにする。
例に出すなら、紙風船を強く叩き過ぎた余り破けてしまうような、それを問答無用で何度も行い、ちり紙にもならない様にしてしまう、そんな行為だ。今の霊は紙風船、許容量を遥かに超える空気と衝撃を叩き付けられる哀れなちり紙同然。
「ォォォォオオオオオオオオオオッッラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
最後の一撃に残った全てを乗せて、寺院へ、霊へ、遥か彼方の『命』へと、思い切り叩き付ける。これが、圧倒的存在へと立ち向かった、人間の、白夜の、最期の一撃────
────泣こうが笑おうが、これで終わりだ。
「『人間』……ですか。えぇ、そうです、人は思わぬところで思わぬ強さを発揮する。人の強さとは思いの強さ、何にも勝る『意志力』が成せるモノですよ。
でもね? 白夜さん、私に『意志力』が無いなんて、思わない筈は無いですよね?」
世界の数字の最小単位には、分や厘があるが、それすらも巨大とする程小さい数字がある。
名を"涅槃寂静"
現在有る最小単位の中で最も小さい数字の名前、それは霊の仏教に通ずる名に似通っている。霊は、その名を体現した限り無く"零"に近い速さを体得した人を超えし覇者。
霊は最初の拳圧を受けて飛ばされた以後、『走馬灯』を用いて極限の集中力を引き出すと、飛んで来る拳圧を、まるで風に流される紙切れの様に傷付く事無く躱し尽くした。つまり、白夜が攻撃していたのは……
「私の残像ですよ、アレはね」
しかし、力の全てを出し切った白夜に、その言葉は届かなかった。それでも霊は白夜に近づき、右手の拳を構える。霊も拳圧を一発受けているので、かなりのダメージを負っているワケだが、それで倒れられる程脆弱では無かったようだ。
「今からやるのは、決着の為であり、皆さんに種明かしをする為です。よく見ておいてください、そして、その対策を練ってください」
『ほぉ、"アレ"をやるのか。俺の教えた……』
「この攻撃は『名も無き一撃』。故に技で無く、補正に触れないので使える反則とも言える一撃です」
直後、霊は右拳を強く握ると、右拳を突き出したまま低姿勢で佇む白夜の腹部に目掛けて初めて渾身の一撃を放った。胃を狙った一撃は深く内部に減り込み、白夜の体が浮いて地面から離れた。
瞬間、爆砕音と言うべきか、白夜の体から『何か』が弾け飛ぶような音が何度も鳴り響き、その度に体が霊の拳の上で蠢き踊る。最後の爆砕音が鳴り響くと白夜の顔が真上を見上げ、それから力無く項垂れた。
『勝者、霊』
暫く後、霊の拳の上で力無く乗っかる白夜の体から血が漏れ出し、口や目や鼻からは吐血と言っていいのか分からない程尋常ならざる量の血液が惨たらしい音を上げながら吐き出されていた。
勝利した霊は白夜の体を地面に下ろして静かに合掌すると、ありとあらゆる穴から血が漏れ出し、白夜の体は瞬く間に白く染まった。これが霊の一撃、反則とも言える一撃を受けた末路。
『言うまでも無いな優、これはもう死んでる』
『当然だ、俺が教えた名も無い技の一つ。こいつは拳や足から衝撃を加え、体の内部で内臓を八つ裂きにする衝撃を全体に乱反射させる。臓器や血管全てを破壊した最後に脳を破壊、全身の穴と言う穴から血が漏れる。これを身に付ける事は不可能だ、俺やお前等以外はな』
『さすがにあの技を体得する気にはなれないよ、俺』
瀧沢と優と龍神が話していた。この技は、この内の三人にしか体得出来ない技であると。しかし優しい心を持つ龍神はこの技を体得するつもりは欠片も無いようだが、それは瀧沢も同じだろう。
優が指を弾き鳴らし、観覧モニター前に霊と元に戻った白夜が現れ、準々決勝が足早に幕を閉じた。
『次はいよいよ準決勝だ。霊、海斗』
「はい」
「何か、さっきの見た後だから、余計にウブッ……」
続く
感想是非是非お願いします
次回予告……
準々決勝を見事勝利したのは全出場者最速の霊だった。
全2戦の準々決勝が終わり、遂に準決勝。当たるのは準々決勝を勝った霊と予選を勝ち抜いた海斗。
全出場者の中で最強と言える霊に、海斗の体は震え出す。その震えは、恐怖か? それとも……
次回、超絶コラボ対戦 -異世界の戦士達-
第8話 涅槃の海へ誘えど
御楽しみに




