第3話 次元と回転
お待たせ致しました、第3話です
前回までのあらすじ────
いよいよ始まった超絶暇人主催『オリキャラコラボ対戦』!
第1回戦から既に白熱した闘いを刮目したものと思われる。だがしかし、こんなのまだまだ序の口程度に過ぎない事を早々に理解して頂きたい。
あなた達はまだ氷山の一角どころか、麓すら拝めていないのだから!(あぁぁ、ハードルが高くなる……)
そんなワケで、第1回戦は『白夜VSゆぅ』の闘い、勝敗は最後の最後で補正解除の条件を揃えた白夜の顔面潰しパンチにより、ゆぅの敗退、白夜の勝利となった。続いての対決は『優一VS海斗』、ここから単なる殴り合いでは無くなる、正真正銘の"技"がぶつかり合うのだ。
『回転』の力、『次元』の力、"穿つ"か、"潰す"かのどちらか、果たして……
────────
第1回戦の闘い終了からホンの数分後、競技場のような場所にて……
「さぁ、第2回戦だ。補正の説明はさっきしたから要らないだろ? 補正内容を知りたい読者は第2話を見るんだな。それが一番手っ取り早いし、面倒じゃないしな」
明らかな面倒臭がりが露呈しまくっている優の言葉を耳にして優一と海斗の表情は悪い意味で歪み、変な汗が出た。だがそんな事はどうでも良い────緊迫した空気は二人を無言で諭す。
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【補正結果】
海斗→『反応』速度大幅増加
優一→いつでも覚醒状態に移行可能
・海斗、優一、スペルカード使用OK
・海斗、優一、滅するつもりで闘ってOK
・両者のステータス変更
海斗
攻撃力=100%→110%
防御力=100%→110%
優一
攻撃力=100%→90%
防御力=100%→90%
────────────
既に臨戦態勢が整っている海斗は上半身を前傾に構えてから右足を前にして爪先立ち、左足を曲げて軸として残す体勢を執った。一方で優一は右手を拳に変えて強く握り締めて海斗を睨む。
二人の立つ空間は、言わば『宇宙』────優一と海斗の僅かな周囲以外の空間が真空と化しているかの如く張り詰めた空気。優一が自分の近くまで寄せた右拳を、何かを振り払うかのように振るった。
振るった右拳によって真空に感じるくらいの緊迫した空気が一瞬で打ち払われる。ここまでのやり取りまで十分な時が流れた、今がこそ、闘いを開始する時である。
「良い緊張感だな、じゃあ始めるぞ。用意、始め!」
瀧沢が開始の合図を出したと同時に優一の視線上に映る海斗が蜃気楼のように消え、更に同時に優一の目の前まで近づいていた。まだ始まってから1秒も、いや、0.1秒も経っていないと言うのに。
「──ッ!?」
ここで初めて優一は海斗に気付き、そして驚いた。いつの間に目の前に現れたか、いつの間に動いていたか、音も無く踏み込み、音も無く駆け出し、音も無く忍び寄り、最初から"殺す"つもりで挙動している事に。
だが優一は怯まずに前に出て両手をいつでも動かせるように広げておく。開始0.5秒、この一瞬を制すれば間違い無くこの後が有利になる状況、二人は躍動状態から整う刹那の臨戦態勢に尚、止まらず動き続ける。
次の瞬間、海斗の右手が鋭き槍の如き貫手に変わり、優一の喉元を貫かんとする。だが優一は既に動いている、海斗と同時に動いている。海斗の貫手は確実に優一の喉を捉えていた────しかし、優一は躱す、ならばどう躱す?
「知ってるか? ジャンケンってのは、後出しの方が強いんだぜ!」
海斗の右手と同時に動き出していたのは左手、優一の左手だ。優一の狙いは海斗の攻撃の軌道を崩す事に有った。
振り抜かれた左手は海斗の右手を押し退け、貫手の突進力やその他の派生要素を見事に崩した。それだけに留まらず、優一が振り抜いた左手は拳へと変わり、その"形"の中に力を込めた。
溜めは瞬間のみに留め、遠慮も無く左拳を素早く海斗の顔面に突き出した。肝心の殴られる側になった海斗は優一の拳を目の前して、なんと不敵に笑っている。
「確かに後出しは強い、ジャンケンのみならずな」
不意に海斗の左手が優一の左手首を掴み、貫手だった右手も軌道を変えて左上腕を掴む。それから一瞬、海斗が両手で掴んだ優一の腕に自分の体を引き寄せながら左脚を振り上げつつ折り畳む。
山折りに畳まれた左脚は鋭い膝蹴りと化して優一の右頬に減り込み、吹き飛ばす。先制で膝蹴りをくらった優一は途中で体が地面を跳ね返る事無く20mも大きく飛ばされた。
『おぉ、こわいこわい、こりゃ本気で殺す気だなぁ。確か海斗は暗殺術を使えたな、尚更だぜ、先制を譲っちまったらこの後にリズムを取り戻すのは至難だ』
優が語る最中に優一は地面を跳ね返り、その勢いで体勢を上手く立て直して着地を果たした。ふと優一が顔を上げると、視界一杯に映り込む何者かの靴底が在った。
この場の判断で言えばこの靴底は間違い無く海斗のモノ。速い、先ほど開始直後に見せた神速を超えた動きと同様の速さだ、優一が吹き飛んだ瞬間から既に接近を始めていたのだろう。
だが優一も只やられるワケでは無い、でなければ何の意味がある二つ名と実力だろうか? そう、知る者ぞ知る優一の実力は、"空よりも高く、マントルよりも深い"────
「──!?」
次の瞬間、海斗は自身の目を疑う光景を見て驚愕した。優一は海斗の体を擦り抜けるように透過していき、海斗の顔面に掌打を繰り出すように右手を伸ばす。
動きに反応出来た海斗は咄嗟に地面を蹴って後方に跳び、即座に身構えた。すると直ぐに優一の手から、いや全身から、否周囲から豪風が吹き付け、海斗を容赦無く吹き飛ばした。
「くッ、やっぱそう簡単に決めさせちゃあくれないか……」
海斗は後方宙返りで豪風に飛ばされた自身を制御して優一から一旦の距離を置いた。すると優一の口元から舌打ちが鳴り響き、突き出していた自分の手を拳に変えてからゆっくりと顔の前まで引いた。
「ふぅ、後ちょっと速ければ頭蓋を潰せたんだがな。少し鈍ったかな?」
自身の右の手元を確かめるように掌と拳を何度も作り、暫く後に海斗の方向を横目で睨み付けた。睨まれた海斗は「おぉ恐い」と小声で呟きながら両眉を上げた。
再び二人は構える。構えと同時に優一と海斗は懐からスペルカードを取り出し、海斗は拳の中にしまい込んで握り締め、優一は口を開き、歯で噛んで挟み込んだ。
直後、先に踏み込んだのは海斗、ほぼ一瞬で優一との距離を数十cmにまで縮めて即座に打突を構える。が、そんな海斗の左の脇腹の辺りに脚の脛が直ぐそこまで迫っていた。
これは間違い無く優一の蹴り、弾丸の如く一瞬で接近する海斗に対し、迫り来る弾丸を払い退けるような右脚の払い蹴りを放っていた。このまま進行すれば海斗が打ち込むと同時、もしくはそれ以前に優一の蹴りが無防備な脇腹に直撃するだろう。
すると海斗は突如打突の構えを解き、片足のみで僅かに走行スピードにブレーキを掛けると、上半身でアルファベットのU字を描いて優一の蹴りの外側まで移動。直後に優一の蹴りである右脚を掴み、右に一回転しながら優一の脇まで移動する。
勢いで折り畳まれる右脚に持って行かれ、振り回されるように優一の体は反転、真っ先に地面が目の前に迫っていた。しかし優一は振り回される勢いを逆用し、体が反転し切る直前で上半身を内側に曲げて地面への激突を回避、更に勢いに乗せて海斗がくっ付いている右脚を下半身ごと振り下ろす。
だが海斗は膝を直角に曲げた状態で地面に両足を付けて着地、優一の右脚にしがみ付いたその姿で踏ん張る。そしてその姿から地面を両足で押し出して体を宙に浮かした後に自身の体を力一杯に捻り、高速回転を加えた。
海斗と優一の体は同じ角度、同じ方向に高速で回転を始め、数十回転したところで優一の右脚を放して海斗は回転から体勢を立て直して着地、優一も海斗から右脚を放された事で体勢を整え易くなり、無事に着地を果たした。
足と足の間隔を大きく開き、身を屈めて着地した海斗は伏せていた顔を素早く上げる。すると突如に右拳の隙間が青く光り出し、海斗は『今だ』と言わんばかりに右拳で地面を強く殴り、何かの名称を口にした。
「地渦『素敵な蟻地獄』!」
遂にここに来て漸くの登場を果たしたスペルカード、一発目がコレだ。初見である者には何が何だかわかりはしない、が、海斗と幾度か闘った優一ならば知り得る正体。
「マズいッ!?」
右拳を中心に半径10cm程度の渦穴が無数に展開され、変化には気付けた優一でも左足の爪先を捕られてしまい、身動きが執れなくなってしまった────否、正確には、動きたくとも"力が入らない"故に動けないのだ。
この隙を好機と見た海斗は僅かに助走を付けて神速で駆け出し、動けない優一に目掛けて後方飛び回し蹴りを繰り出さんと遠心の加わった回転をして力を溜める。
『アレは確か発動した一定周囲に"相手の力を奪い、動けなくする"、間隔20cmの渦を展開する技だったよね? 優くん』
『あぁその通りだ。実に単調な上に範囲は地面のみだから、空を飛んでる奴にはまるで意味は無いが、奇襲や体勢が崩れた場合なら有効に働く。何よりアレは"力を奪う代物"だからな、触れてしまえばアウトだ──が、それも場合に寄る』
席に座る龍神が問いかけ、その問いに答える優。二人は確実にこの技の対処法を知っている、そして優一の"ある行動"にも二人は同時に感心していた。
「八色結界一式『炎結界』……!」
優一は歯で噛み込んでいたスペルカードの名を小さく呟く。するとスペルカードに火が灯って一瞬で燃え尽きるのと同時に、優一の体が炎の爆発的噴射によって真上に飛び上がる。
『身動きが執れなくなってしまった優一だが、ここで間一髪の『炎結界』! 渦穴から"脱出"だ!』
加えて海斗の攻撃からも"脱出"を果たした上に、更に追加で行動が出来る状態になった優一。空中でゆっくりと身体を一回転後、右掌に火炎を溜め込み、落下の勢いそのままに地面へ掌打を叩き込んだ。
「見ろ、加熱だ……!」
火炎は右手から地面に伝わり地面に伝わった火炎が全体へと広がり、広がった火炎は海斗が発生させた渦穴へ"浸入"し、浸入した火炎は渦穴の中で爆ぜた。渦穴からは優一の放った火炎による火柱を何十mと言った高さまで上げていた。
火柱には回転も加わっていた、発生場所が渦穴故である。いつからだろう、もう既に二人の立つ場所は"競技場"では無く"闘技場"になっていたのは。
否、寧ろ優一と海斗が立った時から既にそうだった、間違いも無くそれ以外無い。再びスペルカードを取り出して構える海斗と優一だが、今度は早かった。
「『感情符』……」
呟かれた言葉は一瞬、優一の両手に火が灯る。右の手には真っ赤な火炎、左の手には真っ青な火炎────否、この火は決して"火炎"などでは無い。これは人の『感情の具現物』だ。
右手は何もかもを包み込む『温情』の火炎、左手は何もかもを退かせる『冷情』の火炎。属性は温情が『炎』、冷情が『氷』、"Double Heart"は今、此処に完成する────
「『double heart』!」
詠唱完了と同時に優一は三歩ほど地を蹴って距離を詰める。だが海斗も優一に向かって駆け出す。一体何の意図があるか、それはスペルカードが語るだろう……。
「追跡『迫り来る回転』────」
刹那、優一は自らの眉間に突き付けられる海斗の人差し指の先を見て『回転』の凝縮を確認した。更に刹那、海斗の人差し指から『何か』が撃ち出された紙一重の差で優一は顔を横に逸らし、一旦海斗から離れざるを得なくなる。
距離を置いた優一を捉えたまま続けて3発をズラしながら『何か』を撃つ。標的に向かって飛ぶ弾丸の如き『何か』は音速より僅かに遅いが十分な速さで優一を目指す。
弾丸は見事に優一の躱す方向に位置していた、だが当の本人はこれを左右へ軽く回避を行い、距離を置いた分また詰めに掛かった。ならば、と海斗は重ねて弾丸を射出する。
今度は20発、弾丸は散弾並みに拡散して飛来する。敢えて狙いを外してるのか、20発の内10発は地面に沈み込む。だが残り10発は優一を寸分逃さず、体の全体に向かって飛んで行く。
海斗の指先から放たれた10発の弾丸の如き『何か』が優一まで残す距離1m弱に到達した時、優一は感情の具現物たる『火炎』の灯った両手を頭上に上げて、同時に前に振り下ろす。すると弾丸は『火炎』の波動に押し潰されて消失した。
振り下ろした腕の動きに沿うように体の姿勢を低く屈めて海斗に目掛けて超音速の突進で一気に迫る。優一が接近を終えて海斗に左拳を繰り出した紙一重、攻撃の当たる直前で海斗は斜め後ろ上空に跳躍して回避。
優一が海斗の居る方向に顔を向けた瞬間に海斗は跳躍による上昇をしながら再び右手人差し指を優一に向けて弾丸の如き『何か』を最速連続射出。機関銃を軽く上回る速さで放たれ続ける『何か』は優一の『全身』に向かって容赦無く降り注ぐ。
優一は両拳を腰の辺りまで引き下げ、同時に引き下げた左右の拳で降り注ぐ弾丸を打突する。すると弾丸を撃ち終えた海斗、何故か口元を緩ませて空中から落下を始めた。
海斗の表情に疑惑を抱いた優一は目を見開いて背後を振り向くと、足下に自分の影とは違う『黒い影』が蠢いており、優一は『黒い影』を見て記憶から海斗のスペルカードの詳細を探り当てる。途端、黒い影が高速の螺旋回転を行い、優一は咄嗟に前方に跳んで逃げた。
すると『黒い影』が優一の跳躍直後に機関銃が如く高速乱射を行い、照準を優一に定めて撃ち続ける。弾丸自体は直線軌道だが、『黒い影』の照準は寸分違わず優一を追い狙う。
『このスペルカードはエネルギーを回転させて撃ち出す事で弾丸同様に飛ばし、また外してもエネルギーは追従をする。そこからまた追撃が出来る仕様だ』
『そうだね、避けても安心は出来ない────ふぁぁ……それがこの技だね』
優と龍神が海斗のスペルカードを説明し、その優は少し疲れたのか、座った姿勢を若干崩してモニターを眺めている。龍神の場合、説明の途中に伸びと欠伸をした。
そんな二人が退屈そうな中、優一はほぼ真下の後ろから迫る数十発の『回転の弾丸』を浮遊する事無く躱す。弾丸の数は13発、が、実は空中に跳び上がって連射した時、敢えて撃ち漏らしたのも含めると計33発となる。
優一が躱した弾丸は30発、まだ3発の残りがある。ところが、数m先に留まっていた『黒い影』は消失し、残り3発の弾丸を撃つ事は無かった。しかし妙な予感を察知した優一は再び自身の足下に視線を下ろす。
「よぉ、余りものの福だ、ありがたく受け取ってくれ優一」
言葉を掛けて透かさず海斗は優一の背中から反対側の『鳩尾』目掛けて渾身の拳を打ち込み、同時に優一の着地した足下に潜んでいた『黒い影』から残り3発の弾丸が発射され、優一の腹部と胸部に被弾した。
「ごあッ────」
ここに来て初めての流血と吐血をした優一。いつの間にか背後に回り込んでいた海斗に背中越しから鳩尾を打たれて僅かに動きが停止した隙に『黒い影』からの弾丸の追撃、見事なもの。
海斗がこの時に繰り出したのは『鎧通し』と言う技術だ。鎧などの硬い装甲を身に付けた相手でも内部の肉体に衝撃を通す事が出来る高等な技であり、鎧で身を固めた者の天敵と言える。
海斗が使ったのはソレの簡易式であり、超高等版なのだ。普通、衝撃と言うのは加えた方向の一直線に突き進み、直撃場所が最大威力の状態で、その威力は例え渾身だとしても人体ならば僅か数cmで完全に弱まってしまう。
しかし『鎧通し』はその衝撃を文字通りに『通す』事で、本来一番衝撃を届かせたい内蔵にまで至る事が可能なのだ。更に海斗が繰り出した『鎧通し』は衝撃を一度貫通させて、そこから腹部の筋肉を跳ね返り、『鳩尾』である肝臓を直撃する。
直撃した衝撃は何とあり得ない事に肝臓を跳ね返り、腹部の筋肉を再び跳ねてからまた肝臓にぶつかる。この衝撃反射を数回ほど繰り返してやっと衝撃は消失する。
優一は予想だにしなかったダメージに閉じている筈の口から血が滴り出した。体に回転弾が当たった事など意味が無い程に、海斗の一撃は途轍も無く痛烈だった。
「正直秘蔵の技だっただけに、成功率は高いワケじゃ無かったが、どうやら上手く決まってくれたらしいな」
痛みで五感が鈍くなったのか、優一には、海斗が何を喋っているのか全く聞こえていない。視界も虚ろ、匂いも無く、全身は痺れて動けず、口も開けない。
『おいおい、その様で終わるつもりか? もうちっと根性見せろよ、"八雲 優一"さんよぉ』
その時、優一の体が緩やかに鼓動を始めた。鼓動が数を重ねる毎に五感は徐々に鋭さを取り戻し、そして思い出していた────そう言えば俺、いつでも力を使えるんだっけ? と。
そう、思い出していた、優から告げられた補正の内容を……。それは自身の内に眠る力をいつ如何なる時でも解放出来ると言う反則的な補正である。何故そんな肝心な事を忘れていたのか、今となっては如何でも良い。
────今更知った事か、終わるのみ、使わなければ、負けるのみ!!!
優一の五感は以前以上の鋭さを持ち、力は枯渇を知らぬ泉の如く絶えず全身から溢れ出すその所為か、優一の全身から破滅的気流を生んでいる。一種、優一の周囲にだけ壮絶な下降噴流が突如発生したかのような確かな錯覚だ。
突然優一から放たれた凄まじい気流に海斗は成す術無く吹き飛ばされてしまい、優一から100m離れた場所で着地をした。屈んで着地をした海斗は立ち上がって優一の居る方向に視線を戻すと其処には表現のし難い光景が在った。
本来は発揮しない力を『覚醒』させたであろう優一は、さも当然に直立し、仁王が如く堂々と構える。傷は元々から無かったみたく塞がり、口の吐血の痕すら失せていた。
「悪ぃな、海斗。もう手加減は無しだ」
瞬間、海斗の胸の中心、『膻中』に優一の指の爪先が触れる手前で静止している。いつの間にか海斗は優一に接近を許し、剰え攻撃の一歩手前まで持って行かれた。
言うまでも無い、今の海斗と優一の実力差は天と地以上の開きがある────。
「っおぁはッ────」
そして海斗はここに来て初めて血を吐いた。優一の伸ばした右手の指の爪先は海斗の膻中に触れる手前で止まっている。だが直後に右手は膻中に高速で接近を再開し、その形を徐々に拳へと変えていく。
ホンの数cm、片手で数えられる数字の距離から放たれた瞬時の一撃は海斗の膻中を穿つ。拳の形の凹みが出来上がるほど深く強い一撃は海斗を軽く200mは突き飛ばした。
優一は既に臨界点に達した自身の力の領域に更に拍車をかけるべく真横の何も無い空間に右手を伸ばす。いつしか何も無い空間に水面の波紋らしき模様が現れ、右手はその内部に吸い込まれるように入り込み、一本の剣を取り出した。
優一が右手に握った剣は『泉』なる名剣で、『人の命』によって創られた代物だ。余程の力の強い命なのか、はたまた命を糧にした特性なのか、この剣は負わず、折れず、朽ちず、その形で在り続ける。
突き飛ばされた海斗は200mを超えた辺りで硬い地面に叩きつけられ、そのままの勢いで暫くの距離を転がった。胸の中心からやってくる衝撃で海斗は骨が砕けた事を理解した。
膻中とはつまり心臓の直ぐ近く、一寸程の近さに置かれている正中線の一つ。そこを突かれて海斗は倒れ伏したまま喀血、色鮮やかな血が吐き出されるが、胸部を押さえて海斗は笑みを浮かべながら立ち上がった。
「とんでもねぇ、そいつを待ってたんだよ、優一ィ!!!」
海斗は目を開いて優一を真っ直ぐ睨み、両腕を広げて力を込める。両腕と共に広げた両手から赤い閃光が灯り、一瞬で海斗の両手には真紅の双槍が形成された。
「魔槍『ロンギヌス-紅-』ッ!!」
詠唱終了と同時に海斗は尖端が二又に別れた二本の赤槍を構えて踏み込む。速さにして神、力にして鬼、感情にして怒……海斗の戦闘の型は完全に攻撃特化へと変化した。
優一も続いて踏み込む、全身は領域を振り切り、尚も加速を行い、優一のマイナス補正は既に解除されていた。真紅の双槍は"回転を貫く"が如く、泉なる名刀は"次元を斬り裂くが如く"────
「「ッ!!!────」」
衝突をして火花を散らす赤槍と名刀、視線が衝突する優一と海斗。一刀と一槍、一振りと一突き、斬撃と刺突、だが勝敗は間も無く着くだろう。
────さぁ、決着のカウントダウンを始めよう……
『『『10』』』
衝突直後に双槍で剣ごと優一を振り払い、広げた自身の両腕を閉じつつ双槍を瞬く間に突き出す。両槍は刀ごと振り払われて体勢の崩れた優一を寸分違わず捉えるも優一は自らの胸の位置程まで跳躍して双槍の上に乗った。
双槍を蹴り落とす要領で一歩踏み込み、海斗に名剣を振るうも海斗に全身で前に屈まれた為に空振り、屈んだ勢いで両足が振り上がり、時間差で優一の顔面を強打。即座に立ち上がって右回転で右手の赤槍一閃をするも名剣で赤槍を真上に逸らされてしまう。
赤槍を逸らした序でに右に一回転を行いながら名刀を振るうが、それは海斗が腹部を引いた事で当たらない。だが優一は回転の勢いを活かして右足の後方回し蹴りを海斗に放った。
『『『9』』』
引いた腹部に蹴りを打ち込まれて海斗が吹き飛んでいる間に優一はスペルカードを一枚構えて発動。スペルカードは瞬く間に氷を纏い、途端に散り散りに砕けて消えた。
「八色結界六式『氷結界』!」
優一自身と名剣に冷気が纏い、優一が踏み込んだ地面が瞬時に凍り付き、走行の軌跡が御神渡りを思わせる。名剣の間合いまで海斗に接近した直後、地面スレスレから一気に名刀を振り上げ、背負い投げの如く自身の後方まで振り下ろす。
名剣の軌跡に合わせて振り上げた前方の離れた位置から鮫ヒレのような氷柱が発生し、海斗を串刺しにしようと高速で生える。しかし海斗は身を翻し、氷柱を足場に変えて優一に向かって跳ぶ。
体を捻って左に回転を掛け、強い遠心を加えた上での突進の右膝蹴りを優一の顔面の中心に打ち込む。大きく体を動かしてしまった優一は防御まで絶望的に間に合わず吹き飛んだ。
『『『8』』』
打ち込んだ反動で跳んだ勢いが殺され、その場に立ち止まると、海斗は真紅の双槍を自身の後方に構え、一気に前方に対して横に振るう。
真空を斬る程の速さで振られた双槍は交差する瞬間、交差した空間の空気を切り取るようにして、とても"破裂音とは言えない破裂音"を発して真空の刃を繰り出した。顔面に膝蹴りを受けて尚地面から足を離さず、天を仰いだ顔を正面に引き戻して右手の名剣を左に構える。
一息の間に名剣は振るわれ、真空の刃を打ち消した後、もう一枚のスペルカードを取り出した。詠唱は素早く終わり、スペルカードは稲妻を散らしながら光と共に消失した。
「八色結界四式『雷結界』ッ!」
名剣の切っ先を天高く掲げるように振り上げると、雷が海斗の頭上に直下する。しかし海斗は左手に持っている双赤槍の内の一本を頭上高くに放り投げ、落雷を退けた。
『『『7』』』
赤槍を避雷針代わりに放った後、避雷針になった真上の赤槍まで跳び上がって掴み、優一に目掛けて力一杯投擲した。赤槍は閃光となって飛んで行き、優一が紙一重の差で槍を跳躍して躱した。
だが海斗は二投目に右手に持つ赤槍を即座に構えて投げる。同じく閃光となって優一を狙い飛ぶが、空中で体を上手く翻して優一は紙一重の差で再び赤槍を避けて退けた。
ところが空中での体の翻しが少々無理矢理だったのか、優一は着地を僅かに失敗し、体勢を崩してしまった。その隙に海斗は着地して倒れるように体勢を傾けてから一気に駆け出す。
『『『6』』』
神速の域すら超え得る速さで海斗は真紅の双槍を地面から引き抜く事無く優一に接近して飛び蹴りを行う。だが優一は体勢を更に左に崩して倒れ始めた時……
「────うァッ!!?」
────海斗の体は上空へと吹き飛んでいた。
左へと大きく体が倒れ始めた時、優一の右脚も同時に振り上がっていた。海斗の接近のタイミングと見事合ったその蹴りは海斗の顔面へ減り込み、高く遠く蹴り飛ばしたのだ。
そう、体勢が崩れたのもフリ、所詮は『そうさせる』為の態と見せた油断であった。蹴りに成功した優一は名剣を投げ捨て、体勢を素早く整えて跳び上がり、吹き飛んだ海斗の目の前まで近づいて拳を振り被る。
『『『5』』』
海斗を殴ろうと体を捻り、遠心を加えた拳を振るった瞬間、海斗の全身から渦のように力が回転しながら解き放たれた。察知した優一はスペルカードを取り出す。
「ッ!? 八色結界八式『無限結界』ッ!」
「極回『全てを突破する回転』……」
互いがスペルカードの詠唱を完了させ、次の行動に移るが、今正に拳を叩き込む筈だった優一が防御に回り、優一から拳を受ける筈だった海斗が右腕を引いて拳に力を込めている。
次の瞬間、優一の目前に張られた無限にも近い重ね結界が用を為す事無く海斗の右拳の突破を許し、そのまま拳がガラ空きの鳩尾に減り込んだ。呻く事も無く優一は数十mほど殴り飛ばされた。
『『『4』』』
しかし海斗も体力の相当量を消耗した。本来なら今の技は発動の際まで5秒ほど力を溜めておく必要がある。だがさっきまでの海斗を見れば判る通り、溜める隙すら無い程優一に猛攻を仕掛けていた。
動きながら溜めていたとして、その発動に必要な『時間』は得られても"効果"が足りなくなってしまう。であるが故に海斗は残っている体力の大抵を犠牲にした。
『『『3』』』
これで海斗と優一は本当の意味で同等になった筈だ。体力も、怪我も、残った力すらも、共に底を突こうとしている今、あと一撃の力を振り絞って両者は構えた。
『『『2』』』
動いたのは両方、ギリギリ音速へ到達しない程度だが、それは二人にとって亀の如き遅さだった。必殺の間合いまで駆け寄り、海斗は脚を上げ、優一は掌打を繰り出して迫る。
『『『1』』』
でも、その一撃はもう届かなかった────。
『『『0』』』
それで終わり、先に倒れたのは優一で、海斗は蹴りを空振りした勢いで仰向けに倒れた。優一は覚醒を用いた上でダメージを受けていたので、その後に受けた海斗の技で覚醒が解かれ、反動で力尽きたのだった。
『決着。勝者、博麗 海斗』
瀧沢が闘いの勝敗を告げた。だが疲れ果てた海斗には瀧沢の声など耳に入りはしなかった。
『おめでとさん、海斗さんよ。あんたの勝ちだ、お疲れさん』
「……俺、勝ったのか? 疲れて何もわからねぇって、あら? 体が治ってる」
気が付けば傷や体力も元通り、優一も元気を取り戻したが、勝敗以外の過程がまるで元から無かったかの如く元に戻っていた。海斗にはその始末が虚しいと思えたのだった。
『さぁ、お次の第三回戦と行こうぜぇ。伊薔薇 夢姫、大丈 真里、あんた達だ』
「ようやくですか、何だか長くて少し退屈してしまいました」
「私もです、夢姫さん。優一さんが負けてしまった以上、優一さんの分まで私が頑張らないと」
『さてさてぇ、第3回戦の始まり始まり────』
続く
感想是非是非お願いします
次回予告……
第2回戦は壮絶を極め、10000に至る長文の末、海斗の勝利で幕を閉じた。
次は女同士の対決! いやぁなに普通の闘いだろうやっぱり……え? 違うの?
何だか意味深、不安の二文字、まさかまさか泥沼感!?
次回、超絶コラボ対戦 -異世界の戦士達-
第4話 薔薇夢の姫は苦無で遊ぶ
御楽しみに




