第10話 終結
終わりとはいつか訪れるもの。それは、新たな始まりへと繋ぐ為の橋……
さぁ、終わらせようか
前回までのあらすじ────
準決勝第2回戦、勝者は刀哉に認められた真里の勝利に終わった。
いよいよ最後の対決、決勝戦となった。海斗vs真里! これぞ正に頂上決戦、いざ開幕!
果たして、優勝は誰となる!?
────────────
【補正結果】
海斗→無し
真里→無し
・海斗、到達
・真里、到達
・両者のステータス変更無し
────────────
『さぁ、目を開けろ』
ゆっくりと、重たげに目蓋が開かれる。何だかとても眩しい。此処は一体、何処だろう?
『ようこそ、俺の用意した心象世界へ。此処は俺の心の風景を投影したモノだ。とは言っても、自分でもこれが本当の心象なのか不明でな、俺は常に曖昧なもんでよ』
其処には、優と瀧沢と龍神の三人が目の前に立っていた。三人は来るべき時を待っていたようで、その様子は、今までの気楽さからは全く予想だにしない程真剣。よく聞くと、優の語尾が伸びてないのもまたその様の表れか。
『んなこたぁねぇよ、気分次第であるのは確かだがなぁ。こっちの方が、真剣味があるだろ?
さて、決勝戦までよくぞ勝ち残った、二人共。今から行われる闘いは、察しの通り真剣も真剣、超を越する究極の真剣勝負。もう補正は無しだ、今のお前等は全くの同等になっている。この闘いが、"お前"の運命を変える。全身全霊で行け! 俺からは以上だ』
『俺としては、二人共力には覚醒して欲しいけど、そうはいかないもんね。俺はどちらも応援するよ、頑張ってね』
『……今思えば、"全ての始まり"なんて言う存在が居たおかげで、あんた達二人に無用な闘いを強いてしまったのかもしれない。でも、俺はこの力のおかげで、仲間を、親友を、守る事が出来る。もう二度と、失わない為に……
二人共、後悔の無いようにな! 頑張れ!』
優から順に、龍神、瀧沢と言葉を残し、二人の前から消えた。特に、瀧沢の言葉は終始、意味深なモノがあった。それが、一体何の意味を持つのか、今の二人には、まだ解らない。
改めて、二人は互いを見る。同時に風景も視界に入れる。足場は水……海だろうか? しかし、これは海では無い気がする。空、宙? どちらだろう、雲が無ければ太陽も無い。ただ澄んだ青い天が在る。
光源が無いのに、何故こんなにも明るい? 何故、足場の下には底が無い? 答えは意外にも簡単だった。
────『無限』
果てしない景色、それは無限の再現。先ほど優が言っていた自身の心象を形にしたモノ。だが、同時に曖昧であると言っていた。つまり、優にとって、無限とは形の無い表現物なのだろう。
これがあの、優と言う男の心の内。なるほど、確かに底無しで何も読めない。
だが、そんな事を気にしている場合では無い。今、互いは互いの前に立っている。それを、忘れてはならない。
「改めまして、大丈 真里と申します」
「博麗 海斗だ。こうして顔を合わせるのは初めてか?」
「えぇ……私は、想像していませんでした。今の自分を、姿を、勝つ事を。そしてまだ、それを信じる事が出来ません。私は本当に、この地に立っているのですか? もしや、狐に化かされてるのでは、と不安になるのです」
「同感かな。でも、もし狐に化かされてるなら、それはそれで良い。この瞬間を、無駄にしたくは無いからな」
一人、博麗 海斗────
一人、大丈 真里────
既に、二人の姿は、到達後となっていた。しかし真里は、髪も、服も、目も、まるで別人みたく変わっていると言うのに、一方の海斗は、博麗の戦闘用服一枚と博麗の赤い袴を履いている。当初のままだ。
「私はご覧の姿へと昇華する事が出来ました。しかし海斗さんは、全く変わられて無い模様ですが……その、」
「下手な心配は無用だ。"論より証拠"って諺を教えてやる」
準備は整った。いや、最初から既に済んでいたのだ、此処に来た時からずっと。もはや開始の号令すら無い、始める瞬間は各々で決めろと言っているのか。三人の言葉を、二人は今一度思い出す。
その時、何処からか気合いの込もった一声が二人の内へと木霊する。
【決戦開始ッ!!!】
観覧席には何も響かない、広がりはしない。ただ、二人には確かに聴こえた。これが、これが────
────────これが、最終決戦だ!!!
「「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああーーーーーーッッッ!!!!」」
渾身の一蹴は、空間の地面……否、この場合は水面と言うべきか。真上に真後ろに数百m範囲の飛沫を散らし、互いの拳を重ねる。水面の直ぐ下は言わずもがな水。正真正銘、底無しの楽園。
だが水面から先は、硬い地表なのかと言うくらい硬く、そこから下へは進めない。二人の拳の衝突した衝撃波は、水面の下を掻き分ける事無く、表面の水だけをその場から掻っ攫う。
初速から最高速で駆け抜け、その速さ正に"光"。真の一瞬に到達した二人の攻めは姿勢に表れる。決して急かさず緩める事無く、然れど柔軟に、そして強硬に。『到達』とは、矛盾の繰り返しである。
到達する事そのものが既に矛盾であるが故、辿り着いた場所とは、既に我々に取っては何処でもあって、何処でも無いのだ。だったら、ならば、二人は今何処に居る?
加速を加速で更に加速させ、そこからまた加速し、加速を重ねて加速する。観覧モニターには、二人の無数の姿が真正面から打ち合っている様を拝めるだろう。でも、それは所詮残像を追っている程度。
彼、彼女の真の姿など、一生目に収める事叶わず。
「ッッッ!!」
「っ! ッッ!!」
打ち合いは実に億の単位を軽々と越した。二人の目には、動きの止まった水飛沫と、目前の宿敵しか映っていない。己の光速世界に介入する者あるならば、直ちにコレを排除せん。しかし、事もあろうに一瞬で済む行為を、二人は一体何時間掛けている?
この言葉には語弊がある。『何時間』とは二人の世界での話。実際の外界では、漸く1秒が経過した頃だ。つまり二人は、秒単位を時間単位に錯覚する程長く競り合っていた。
幾度拳を交えても、幾度脚を差しても、幾度全身を擦り切ろうとも、どちらも退かない、退く筈が無い。手足は既に鋼をも上回り、遥か彼方の先へと至った。存分に振るえる分、それが口惜しい。
どちらも壊れない。本来なら一撃介しただけで拳から血が吹き出す威力で打突して、痛みすらも皆無。感触は有れど、それは『触れた』程度の触覚。否、これは寧ろ感覚が研ぎ澄まされているので、痛みなどの余計なモノは、屠ると言う行為には全くの不要と体が勝手に自己判断したからだ。
体は更に躍動し、二人の身体は異様に程跳ね上がる。遂に二人の動作がモニターでも辛うじて捉えられる速さに落ちた時、海斗の右拳が水面から吹き上がり、真里の鳩尾を強打する。
深く拳は真里の体内に沈み込む。だが彼女は怯まず応戦し、海斗の顎へと左拳を真っ直ぐ打突。突き上げるのでは無く、直進の衝撃で貫く事を選んだ真里、その選択は正しかった。
海斗のボディブローは下から突き上げる一撃に対して、真里は真っ直ぐ打ち抜くストレート。普通なら同じ突き上げる一撃のアッパーを選ぶだろうが、衝撃の上乗せと離脱も兼ね、更に自分への被害を最小限に抑えるなら、正解は正拳突きだ。
突き上げる一撃だったなら、海斗の右拳は更に真里の体内に減り込んだ事だろう。そうなれば、自身の一撃が相手へと加算されてしまう。なら、それを自分のみで行うならと正拳を突き出す。体内に沈み込む海斗の突き上げる一撃を吸収し、それを一気に左拳に伝えて殴る。
ダメージはゼロでは無いが、格安の犠牲にして与えるダメージは倍近く。咄嗟の判断でそれを実行出来る狡猾さであり大胆さ、正に到達者、大丈 真里。
で、海斗はそんな事など御構い無しに殴り飛ばされながら右足を振り上げる。脚と自身の体を同時に引き寄せて放つ空振りの蹴りは、攻撃直後の真里の顎を容赦無く蹴り上げた。
何と言う蹴りの圧か、その一撃は霊に傷を付けたかの一撃と酷似していた。螺旋を描く強力な貫通を帯びた一撃は、相手の芯に届く。圧だけならまだしも、この一撃を直接受けるのは避けた方が無難と考える。
徒手で並ぶと考えるな、相手は常に格上と思え! 闘いとは上回る事、下剋上こそ戦闘の理。練れ、巡れ、かき混ざれ……持ち得る最大の策を以って、初めて我が力は整うだろう。
────────
「うん、俺少し目が慣れてきた。若干だけど見えるよ。今真里が一生懸命に、一所懸命に、頭をフル回転させてるってとこかな?」
観覧モニターで真里の夫、優一が呟く。流石は終世者、到達者の動きを僅かながらも目で追えるようになったらしい。優一にモニター越しでも伝わる程、今の真里は思考を巡らせているのが判るようだ。
「俺も少し見えるかな? あ、いや写真のブレのレベルだけど」
「私は全く。一度手合わせした真里さんが、今はもうずっと遠くに行ってしまったようです」
続くように白夜も動体視力と思考速度を駆使してやっと見えるか否かまで至った。だが夢姫はそうはいかない模様。過去の戦闘で拮抗していたなら、今の彼女にはもう、真里とは遠くの存在でしかない。
「何なのあの速さ!? 私あの速度出せないんだけど! つか出したら死ぬんだけど! ソニックブームでッ!!!」
「ルーシィ、此処では科学の壁の話は無し。アタシ等は今、常識の外側を観てるんだからさ、見えないなりに視るしかない」
一回戦で共に負けてしまったルーシィとゆぅ。目の前の非常識に騒ぐルーシィを諭して席に着かせるゆぅ、何だかギャグ感が伺える二人だが、二人は二人で大健闘をした方だ。
「そう言えば、刀哉……あの後どうしたんだろう?」
モニターから離れた席に座るボノワールと霊。二人は隣同士の席で、まるで映画を鑑賞する様子だった。ふとボノワールが思い出したかのように刀哉の名を口にすると、霊は懇切丁寧に説明した。
「刀哉様なら、闘いの直後、優様の計らいで元の世界へ御帰還なされました。此処に来た時から刀哉様直々のお願いだったそうです」
「直々? おいそれって、つまり────」
「────つまり、刀哉様は刀哉様で、己の先を見据えていたのでしょう。あの御方は"眼"が良いですから」
「何か、哀しい話だな。自分の先が見えるなんざ、人生は何が起こるか解らないから楽しいってのに……まぁ、僕も他人事じゃないよな」
「今此処で逝っても構いませんよ。私が責任を持って、貴方を送らせて頂きます。こう見えて私、名のある僧侶の息子ですので」
「そいつは有り難い話だな。ならせめて、条件がある」
「何でしょう? 守れる範囲であれば仰ってください」
その瞬間、霊の目に、一つの命が終わりを迎えようとしているのが見える。やるべき事をやり、為すべき事を為した後の命の脱力とは、『死』にも等しいモノ。少年には、その灯火が、ハッキリと見えていた。
「火葬も石碑も線香も要らねぇ。ただ土に埋めてくれ、僕が望む最期の『終活』だ……守ってくれるか?」
「…………御安い御用です」
ボノワールは目を閉じ、霊の返事を聞く前に、息を引き取った。その後の霊の言葉は、彼の魂に、直接語り掛ける言霊となった。真横に座る霊の肩に側頭を凭れさせ、ただゆっくりと眠りに就く赤子の如く逝った。
「御約束します。責任持って、貴方を送る事を。生とは出会い、死とは別れ。出会いも別れも一瞬ならば、我が使命は、その一期一会を最高の一刻にする事。魂に残る御別れを、致しましょう」
決して涙は流さない。哀しく無いからでは無い、涙を見せたからと言って、何も帰らない事を知ってるから。彼の過去、両親の死にも大泣きし、何も帰って来なかった。ならば、仏様を送るには何が相応しいか?
それは、屈託の無い笑顔だ────
────────
僅か1秒の沈黙の後、真里は仄かに笑みを浮かべて閃光の苦無を放る。光で形成された苦無は苦無の形をしていると言うよりは、細長い菱形の刃。持ち手は無く、掌の上に浮かべ、展開し、大量に配置する物。
つまり、其れは始まりと終わりを両立してるのと同じ様に、切っ先は常に相手と己に向いている。刃は切っ先を先頭にして対象に向かうのをよく解っていると思う。なら、この細長い菱形でしかない苦無は、どうであるか理解出来るだろう。
真里が、顔に出さずに笑った、瞬間、腰を振って苦無を構えた。真里の腰から光輪が広がり、海斗を透過して停止。海斗は光輪が形成した空間に閉じ込められ、それ以上外に出る事が出来ない。
熾天光輪……高密度の出力を誇る空間は何も遮るだけに止まらない、相手を内側に閉じ込める事も可能なのだ。そしてその領域内では真里と接近せざるを得ないのだが、それは逆に海斗に取って非常に都合の良い事だ。
だが、真里はそんなぶつかり合いを望んだが為に海斗を空間の内側に入れたのでは無い。先ほども言ったように、彼女は海斗を"閉じ込めた"のだから。
「お邪魔しました」
さも他人の家から出て行くような言葉を吐き捨てて真里は空間外へと素速く離脱すると、三本指の先に苦無を配置し、それぞれに属性を纏わせて空間へと放る。弾丸程度の速度で苦無が空間内に侵入し、縦横無尽に跳ね回る。
「炎属『二式』、雷属『四式』、氷属『六式』。そして────八継波止」
空間は均等な広さを持つ。上下左右常に同じ長さ、空中なら完璧な球体をしている。地面に着くと、その時のサイズにも依るが、基本は球体を中心で断った、つまり半分の大きさになる。
今海斗の閉じ込められている空間は半径20m。その内側を三本の苦無が速度の衰え無して高速移動と反射を繰り返している。この程度の攻撃なら如何って事は無いだろう、が、彼女がこれで終わらせるワケが無い。
突如、苦無の反射タイミングが速まり始めた。空間の広さが縮小されつつあるのを海斗は直感した。真里の目から見て今空間は半径5m、そんな狭い空間内を三本の苦無が高速で跳ね回っているのなら、達人と言えど回避は容易では無い。
だがまだ詰める。苦無を躱し続ける海斗を更に追い詰めようと、その数を倍、更に倍に増やし、空間内を計12本の苦無が乱れ飛ぶ。しかし、海斗は何食わぬ顔で避け続ける。
ならば更に倍、24本に増やすも、全くの余裕。ならばサイズを縮小、結果半径2mとなった空間で、海斗は回避を止めて直立し出した。さすがにもう限界の筈と踏んだ真里は、此処で気付いておくべきだった。
「『無心無我』……」
容赦無く暴れる苦無を海斗は手のみで捌き始めた。極狭の空間で合計24本の苦無が見事に海斗だけを直角に避けて通る。真里には、そう言う風に見えた。手で軌道を変えて別の箇所へと反射を促す。無論、言わずもがな苦無同士の反射も有るので、海斗はそれも一緒に捌いている。
煮え切らない気分の真里は空間のサイズの縮小を更に行い、海斗を圧殺しようとする。ところが海斗はサイズを縮小を感知した瞬間、24本の苦無を捌きから割る事に切り替え、全ての苦無を一瞬で破壊した後に右拳を真上に突き上げた。
真っ直ぐ上がる拳は空間を貫き、絶大な爆風を起こしながら、あろう事か真里の熾天光輪を遂に破ってしまった。到達した真里の熾天光輪は恐らく史上最硬度を誇る。誇る筈が、あっさりと破られたのはこれで二度目だ。
こうも容易く能力を破られては自身の力を疑いたくなるものだろう。が、彼女はそうでは無かった。
寧ろ、今まで以上に顔に出るほど満面の笑みを浮かべていた。それが一体何の意味を含むのか、海斗には知る由も無い。否、気にも留めないだろう、それが今の彼の状態、『無我の境地』に在る故に。
彼が先程口にした『無心無我』と言う文字は、彼が発動を切り出す為の、言わば掛け声。発動と同時に無意識を用いた最大威力且つ最小動作で事を成す。一部の武術では極意とされるモノだが、今の海斗に取って、この程度は初段界である。
さて、お互い如何やら体が温まったようだ────
「フゥッッッ!!!」
真里は空中で渾身を込めて閃光の苦無を一斉に、大量に、無尽蔵に、そして光速で投擲する。掌の上で数百もの苦無が一瞬で形成され、海斗の方向へ放たれる。投擲速度、連続をも光の速さなので、真里が腕を振るう限り閃光の波動が降り注ぎ続ける。
閃光の苦無が目前まで迫った直後、海斗も目を鋭く尖らせ、閃光の波動を完璧に躱し尽くす。今の彼等の動きはもはやモニターにすら映らない、真に迫るほど研ぎ澄まされている。
「回帰!」
投擲を一時中断した真里は間髪入れず片手を頭上に掲げた。その後に直感で海斗は真上に跳んで背中を水面に向ける。瞬間、真里から放たれ、水面に刺さった全ての苦無がまるで砲台のようにその場から閃光の苦無を飛ばし始めた。
最悪の攻撃が海斗の背面まで接して行く。その数、その密度、その速さ、殺傷力の壁と比喩出来る。しかしそれですら、海斗は難無く行動する。
苦無の尖端が背に触れた瞬間、海斗は右に左にと高速で錐揉み回転を行い、迫る苦無を上手く逸らす。ある程度逸らした後、海斗は一本の苦無を踏み、それを足場にして真上に跳んだ。
いや、正しくは駆けたと言うべきか、光速の苦無を一気に追い越し、左に回転を加えて体を翻し、腰の回転で目の前の真里へ右足の回し蹴りを振るう。こちらも渾身を込めた蹴り、間一髪避けた真里だが、頭上で空気が震えていた。
風が唸り、その勢いで自らも吹き飛ばされそうになるところを真里は耐える。ところが直ぐ様海斗の右足は膝を折り、真っ直ぐに真里を打突する。紙一重で直撃を避けた真里だが、それでも海斗の螺旋を描く一撃は当たらなくとも芯に届く。
届かぬ蹴りは直撃をしてないにも関わらず、真里の壇中を穿とうとする。それだけじゃない、さっき受けた蹴り上げよりも遥かに威力が増し、螺旋も鋭く研がれている。
明らかに比べものにならない、一線を画すとはこの事。傷付かない筈の真里の体は悲鳴を張り上げ、胸に当たってもいない足の一撃の痕がくっきりと残った。
目玉が飛び出そうな程の衝撃に、真里は堪らず喀血。一撃を見舞われ悶絶する間も無く、海斗は再び右足を振り上げ、今度は思い切り振り下ろして真里の首の付け根へと叩き込む。
最大威力の踵落としを急所付近に喰らい、そのまま真下の水面まで落下、激突した。
「────おォごッ……!!?」
形態はまだ維持されてる辺り、真里の時間は十分残っている。しかし、その形態が今にも解けてしまいそうなくらい、真里は水面に横たわり、その水に己の血を混ぜてしまう。
そこへ海斗が降りて来て水飛沫を巻き上げる。この闘いの終焉を迎えさせる為に、右拳を腰まで引き込み、全身全霊で打ち込む。その一瞬、拳が真里に当たる直前、水飛沫が弧を描いて巻き上がった。
その時、海斗の動きが止まった……
目を見開き、今までの事が嘘だったかのような、その表情は驚愕に染まっていた。
「あんた、マジで油断ならねぇな……」
「到達したのですから、それはお互い様ですよね?」
止まった海斗の体に斜めの斬り込みが入り、時間差でその斬り込みから大量の血が噴出した。水飛沫が収まった光景には、真里が低い姿勢で右手を振り上げて佇んでいた。
よく見ると、右手の先には閃光の苦無が集積し、手甲剣の如く形を成していた。脇差程の長さの刃は真里が直立するとその形を解き、ただの光の球となって真里の周囲を漂い出す。彼女の背の羽根は、いつしか消えており、既にその膂力を一撃のみに込めていた。
海斗も覚悟を決めねばなるまい。決死を覚悟したモノを上回るには、自らも決死を抱いて挑む他無いのだ。なら、もう……もう必要は無い。
「"遠慮"は終わりだ」
「"遠慮"はしませんよ」
最初からそうするべきだった、最初から決死であるべきだった、最初から────────
────────殺すべきだった!!!
駆け抜ける一瞬、それは刹那を超した。繰り出す一撃、それは空気を破った。咆える一声、それは水を掻き分けた。ぶつけ合う一撃で、二人の体がボールの如く弾け飛ぶ。
「うぅぅッッ!!!」
「ヌッぐぅ!!!」
だが、肉体が吹き飛ぶ一撃を踏み止まり、体の内で抑え込んで耐える。お互いが遠慮を無くしたなら当然だとは思うだろうが、一撃が即死の域とは驚異でしかない。でも、それで良い、それで良かった!
再び拳が激突した。また吹き飛ぶ体を押し止め、海斗は右に体を捻り、右足の後ろ回し蹴りを放つ。正面に向いてる状態で態々後ろ回し蹴りをするので、当然ながら攻撃に間隙が生まれる。
真里は体を引き、その隙を見て即座に苦無を腰から手首の運動のみで投げ放つ。
当然、真里が体を引いたので、右足の後ろ回し蹴りは空振りに終わる。無論、海斗は苦無に気付いている、回避するのは容易であるが、そうなると後手に回る羽目になるのは必定だった。
ならば、回避では無く攻撃をするべきだ。海斗にはまだ、軸の左足が残っていた。後ろ回し蹴りの軸足だった左足を、体を右足の方へと体重を掛けてから左足で出来る限りの力で水面を蹴り、体が少し浮き上がると同時に蹴り足の右足が下がり、海斗の姿勢が変化する。
苦無が目指していた標的は頭部、海斗の姿勢が変化した事で頭の位置も微妙にズレ、真里の閃光の苦無は海斗の左頬の上を掠めた。そして頭より高い位置へと上がった左足が、軸足だった事を憶えてるかのように重く強い遠心を伴って真里の顔面へ思い切り叩き込まれた。
加えて螺旋が蹴りの箇所から突き抜け、真里は体に斜めの破壊的衝撃を喰らう。衝撃は継続し、真里の体を叩き伏せんと重量を押し続ける。そこで、ふと真里はボディブローを思い出した。
真里は体に降り掛かる衝撃に逆らう事無く、且つ両足で後ろに跳ぶ。すると、真里の体は突然左下に回転し、待ち構えていたのか真里は左足を振り上げ、上半身が上を向いた瞬間に踵落としを海斗の左肩に叩き込んだ。
継続する衝撃は、ある意味方向補正とも考えられる。なら、その力はボディブローより利用し易い。依って、真里は衝撃に身を任せる事でその流れに乗り、海斗に叩き返した、とも言えるのだ。
因みにこれによく似た技術が中国拳法には存在する。こちらの場合、相手の攻撃を受けてほぼ無傷で耐える事が出来るが、真里は蹴りを受けて、剰え一度流れに逆らっている。
当然、この蹴りの威力、衝撃は逃れられないので、ダメージは完璧以上に残っている。それでも、彼女の繰り出した反撃の踵落としは今までのダメージを帳消しにして尚且つ、お釣りまで寄越すほど決定的で致命的な一打だった。
「ン゛ッッ……」
窮地など今まで数えられぬ程有っただろうが、これほどハッキリと『ピンチ』と理解出来る事柄も無い。
海斗は今の一撃で、左肩を粉々に砕かれた。しかも実際は当たり所も、本来なら自分が真里に当てた踵落としと同じ首の付け根辺りに叩き込まれるところを、咄嗟に察知した事でやや右にズレて辛うじて生き長らえてるに過ぎない。
海斗も、よもや自分の攻撃で窮地に陥るとは思わなかった筈だ。衝撃の延長をその様な方法で利用してくるとは、一切予想だにしなかっただろう。
つまり、真里の思考は今、海斗の到達した域を上回りつつある。
〈まだだ……〉
海斗は左肩を粉々砕かれた直ぐ後、自分の左足の遠心を継続させ、右足で水面を蹴って再び浮いた瞬間、右へと体を捻って超高速で回転し、左足の回し蹴りを連続で放つ。
対して真里は真意解明を用いて蹴りから真っ直ぐ己に放たれる螺旋の衝撃を視る。海斗の螺旋を描く一撃は螺旋の方向が一定では無い。故に今視ているのは螺旋の詳しい回転方向。
到達した今なら、リスクを承知でコレを成せる。そう、確実としている。
素早く苦無を蹴りの数だけ形成し、真里は苦無を螺旋と回転が交わる様に其々の苦無に螺旋を加えて放つ。強力な貫通を帯びる螺旋の一撃は苦無を通過して真里に全撃当たる頃、苦無は其々の螺旋に食い止められながらも、螺旋の回転と一致し、更にその回転を加速させた。
無防備に攻撃を喰らうも、真里の苦無はまだその進行を止めない。何故なら、苦無の運動を、海斗の螺旋が手助けしているからだ。空中で間違い無く静止する苦無は、螺旋回転と共に徐々に静止から動き出す。
それは、螺旋回転が齎す強固な貫通力に依る絶対的支援があればこそ。
間も無く螺旋の一撃はその場に依存せず突き進む。故に、その勢力から解放された苦無は反動で強固な貫通力を帯びた殺傷の苦無となって飛来し、海斗の体を問答無用で抉り貫く。
海斗の体が幾つも空いた風穴に血を通すと、真里は透かさず腰を振って熾天光輪を展開。全力疾走して空間に押し付けつつ、苦無の形成と投擲を何度も行なった。体が風穴を空ける度に血が吹き抜け、海斗は次第にその痛みに慣れた。
「極技『全てを無視する体』……!」
技の発動と同時に熾天光輪の空間を苦無諸共容易く通り抜けると、海斗は水面に立ち、全力疾走で迫る真里の顎を目掛けて最速のショートアッパーを当てる直前で引く。
螺旋の一撃と貫通、加えてソニックブームで反撃の余地ごと真里を殴り飛ばし、地平線の彼方まで吹き飛ばした。
…………
数十秒間宙を舞い続けた真里は、訪れた水面との激突で受け身を取り、即座にその場で構えた。と、真里の目の前には、既に海斗も同じ様に構えていた。
「もう、限界が近い様ですね、お互い……」
「さぁな? 体が麻痺してるのか、もう何もわからねぇよ……」
「この一撃を以って、決着としませんか? 私も貴方も、まだ出していない最強の一撃がある筈です」
「あれか。良いぜ、やっぱり決めはこうじゃなくちゃな」
間合いは共に必殺の領域、立ち止まって構えを取って、一分は余裕で経過した。全身の力を一撃を繰り出す一点にのみ集中させている。ずっと最速で闘っていたのに比べ、酷く緩やかと化した。
これで全てが決まる、全てが終わる、全てが始まる。
新たな道を、その手で築け────
────────征け!!!
「弾け飛べッ『流天の無双』!!!」
「突き抜けろッ『流天の無双』ォ!!!」
真里は居合抜きの如く左手を胸元から放ち、海斗は全体重を乗せた鋭い右正拳を腰から放つ。拳と貫手が直撃を介し、一瞬の眩い光となった。
全身全霊、乾坤一擲、正々堂々の一撃────これぞ正に、『はじまり』の一撃!
────名を、『流天の無双』と言う。
「────────………………」
爆風すら起こらない精密な一撃は、優勝者を選定する。一人は胸に横一閃の切り傷を負い、一人は胸に人の頭と同じくらいの巨大な穴を空けた。その一人から血は流れない、何故なら血液丸ごと一撃に持って行かれたからだ。
一撃を出し終えた状態のまま絶命する一方に対し、構えを解いて絶命した者の目蓋を閉じてやるその者の名は……
「悪ぃな、ぶち抜いちまったわ」
博麗 海斗────────彼こそ、この対戦を制した者だ。
『決着! 優勝……博麗 海斗!』
「────ッしゃァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! 勝ったァァァァァァァァ!!!!」
観覧モニターの前で、三人、いや四人を除いた全員が拍手喝采を送る。正真正銘、全ての闘いを勝ち進み生き残った男、彼の名は博麗 海斗。
新たに生まれた"覇者"である。
『よぉ、優勝おめでとさん。博麗 海斗』
目の前に優が現れた直後、海斗は観覧モニターの前に居た。そこには、他の皆と共に拍手をする真里の元の姿が在った。
「おめでとうございます、海斗さん。素晴らしい闘いでした」
「あぁ、ありがとう! はぁぁぁ、何か、やっぱ勝つととにかく嬉しいなぁ闘いってのは!」
そこへ、優が手を叩いて視線を自分に集めた。祝いの言葉でも貰えるのだろうか?
『さて、まずはおめでとうだ。優勝の景品として、お前には【力】を贈呈する。同時にネタバレだ。
お前が今から手にする力ってのを、存分に教えてやる』
瞬間、周りの景色が一気に暗転し、優と海斗以外存在しない暗黒へと連れてこられた。そして何も無い場所からいきなり人が現れた。
『説明の前に紹介する。園岾 晃太だ』
「初めまして。俺は園岾 晃太。あんたのこれから手に入れる力の元……って言ったら良いかな、優さん」
『あぁ違いない。お前が今から受け取る力、それはな────』
続く
感想是非是非お願いします
次回予告……
最終決戦の末、生き残ったのは博麗 海斗。その力は、遂に覇者となった。
優勝後、景品として受け取る【力】。その力は、世界の────
次回、超絶コラボ対戦 -異世界の戦士達-
最終話 はじまり
御楽しみに