第一話 始まりと少女
「ねぇ、大丈夫?」
「う…」
そこには、18歳位の少女と少年がいた。
少年は白い病衣を着て、そこに倒れていた。
「あ、気がついたんだ。
よしよし。君、名前は?」
少女はまだ目覚めきっていない少年に、矢継ぎ早に声をかける。
「おーい?」
「…………」
「あ」
少年は、気を失ってしまった。
「全くそれがリシャナの悪いくせだよ」
「だって、心配だったんだもん」
少年の耳に、そんな会話が飛び込んだ。
目を開けると、見知らぬ天井。
温かみを感じる、木でできた天井。
ふかふかのベッド。少年はゆっくりと起き上がった。
「おやぁ、目が覚めたかい」
老女が少年に気づき、声をかける。
「………」
少年は虚ろな瞳で、問うた。
「俺は、誰ですか。そしてここは…」
「君は…記憶喪失のようだね」
少女、リシャナはそう答えた。
「………記憶喪失……」
ズキン、と頭に痛みが走る。
頭を押さえ、苦しそうな表情を浮かべる少年に、老女は言う。
「まぁまぁ、とりあえず、気が済むまで寝ていなさい。
リシャナ、私は行くよ」
「うん、ありがとうお婆ちゃん」
「……………へぷちっ」
祖母を見送ったリシャナは、くしゃみをした少年の顔が青白いことに気づき、台所に立った。
「お前は」
少年は、ベッドに倒れ込み天井から彼女に視線を移す。
「私はリシャナ。この家に住んでる。
さっきのお婆ちゃんは近所に住んでる人。優しいよ」
トントントン…と、優しい音が響く。
ツンとした玉ねぎの香りが、少年の鼻腔を擽る。
リシャナは手際よく調理を進めて行く。
「あー…えーと、少年?」
「…ああ、何だ?」
「君は好き嫌いするタイプ?」
鍋に先程の玉ねぎを入れ、炒める音が空間を刺激する。
「いや、特に何もない………はずだ」
「えー、何その曖昧な答え。自分の事くらい…、ああ、記憶喪失だったか」
「ああ」
答えると、少年は窓の外に目をやる。
夜なのだろうか。外は、薄暗かった。
そうしているうちに、二人の間から会話は消え、鍋のコトコトという音のみが木霊するだけだった。
「…なあ」
重苦しい雰囲気が漂い始めた頃、少年が口を開いた。
「あ、な、な、何?」
突然のことに動揺したリシャナは吃った。
「少し、煙たいんだが」
「あ、わわっ、ごめん」
慌てて、かまどについている紐を引き、換気を始めた。
再び、二人の間に重苦しい空気が沸いた。
換気をしたことにより、息苦しさは消えたが、別の意味での息苦しさは増すばかりだった。