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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
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鼠狩り

 星明りの下、鮮血が舞う。

 風の刃が駆け抜けていく。奇跡の光を帯びた風は、威力を保ったままいくつかの樹木を切り裂いた。断ち切られた樹木達が、地響きを生み出し。


 ――そして。


 赤を散らして、樹木達と共に崩れ落ちた人影。

 大地に散らばる漆黒の鮮やかな髪。藍色の上着には真っ黒なしみ。服がじわじわと塗りつぶされていく様を、信じられない思いで見つめた。

 掠れた叫びを上げる。

 夢中で彼の名を呼ぶ。呼んでも呼んでも動かない。

 彼を侵食していく黒いしみは、ついに大地へと流れ出した。全身を切り裂かれたローグは、うめき声の一つすら立てずにいる。

 手を伸ばした。

 恋しい黒に向かって。

 彼からあふれ出している血を止めなければ。癒しを展開するべく真円を描く。大地に浮かんだ奇跡の白が、惨状を浮き彫りにする。

 腕も、肩も、背中も、足も。黒のしみで埋め尽くされている。大地にてらてらと光る水溜りが見えた。傷口から流れ出した血が、大地のわずかなくぼみに溜まっている。

「ローグ! ローグ、お願い返事を……!」

 誰か嘘だと言って欲しい。

 こんな。こんなことって――。


「何をしている」


 惨劇の中、凍えた声が響き渡る。

 夏の真夜中。風一つ吹かない大気が、真力によって冷やされていく。身体が圧迫される。強い意志と、激しい怒りを帯びた気配が、周囲に落ちた。

「"鼠……狩り"」

 男達がまとう気配が変容する。獲物を追い詰め、なぶることを愉しんでいた者達の歪んだ笑顔が、瞬きの内に消えた。

「バトさ――」

 何で彼を傷つけたのか。

 問いは紡がれることはなく、厚手の布地に吸収された挙句、くぐもった音に変化した。腹立たしいほどの速度で自由を奪われる。見回り部隊に取り囲まれ、視界のすべてが白で埋まった。

 黒が見えない。

 彼の姿を追い求める。

 もがいてももがいても緩まることのない拘束。どうしても近づけない遠い場所へと、心を飛ばす。

「答えろ。貴様等いったい何をしている。返答次第では……」

 凍える真力が、吹雪のように吹きつけた。

「容赦はせぬ」

 青銀の鋭い輝きが、脳裏に走る。

 "出奔者"だと、声があがった。

「この者達が禁を破り、里を抜けようとした。"出奔者"をみすみす見逃すわけにはいかん。我らは我らの職分を果たしているまで。手出し無用に願いたい」

 厳しい声が途切れ、無音が流れる。


 そうじゃない。わたし達は"出奔者"なんかじゃない。

 この人たちが勝手に追ってきたのだ。悪意を持って近づいてきた。だから逃げただけだ。


「貴殿の獲物でもあろう。しかし、発見したのは我らが先。獲物を取り合うのは不毛だと思うのだが……」

「こいつらが"抜け鼠"だと言うのか」

「何か疑問でもおありか? ここは里の境界。すんでのところで捕らえたのだ。この場所に導士がいること自体、おかしいというもの」


 違う。

 それは違う。わたしたちは追われてきただけで……。ああ、この男達の狙いはこれだったのか。


 何て卑劣なと布越しに罵倒する。抗議の声は鈍い音へと変わり、しかしそれすらも許さぬと、腕が喉を締めた。いつかと同じおぞましい体勢に、背中が震える。

 猿轡さえなければ。

 バトなら話を聞いてくれる。自分の話を聞いてもらえれば、真実が別のところにあると理解してくれる。

 サガノトスの影の裁定者であるバトなら、彼等が隠し事をしているのに気づく。この人に、底の浅い虚偽が通じることなどないのだ。

(バトさん……!)

 話を聞いて。そして彼を助けて欲しい。

 あんなにも血が流れていた。早く、早く。癒しを彼に……!


 じっとりと重い大気の中に、緊張の糸が張り巡らされている。風の気配が消えた真夜中の大気。その大気に、笑い声が生まれた。

 侮蔑を滲ませた冷笑が、男達のローブを震わせる。

「"鼠"だと……。そいつが?」

 あり得ないと斬って捨てた青銀の真導士。

 草木を踏みしめる音が聞こえた。あの人が気配が強くなる。……近づいてきている。

「何ゆえそのような妄言を……」

「貴様らに説明する義務はない。そいつをこちらに渡せ」

「貴殿に渡す義務はない。"出奔未遂者"の身柄確保は、我らの責務。貴殿は"出奔者"の追跡が責務であろう。里を抜けていない以上、我らの職分である」

 足音が止まる。

 止まった瞬間に吹きつけてきた、凍りつくような真力。その気配は大気の熱と混ざりあい、感覚を狂わせる。

 高士達の気配をかき分けて、彼の気配を探す。

 あの海の気配に触れたい。熱い気配を求めて意識を遠方へと飛ばし続けた。

「確かにまだ"抜けて"はおらんな。ならばそれを持って行け。貴様らの職分とやらを果たすがいい。だが、娘は置いていってもらおう」

 バトの言葉を受け、喉を締めている腕に力が加わった。

 つい、むせ返りそうになる。

 背中の震えが大きくなる。いま、バトは何と言った? 駄目だ。それだけはさせられない。彼をこの者達の手に委ねるなんて、絶対に嫌だ。


(ローグ……!)


 真眼を見開き、真力を世界に放つ。彼に向かって逃げてと呼びかける。

「……ほう、また可笑しなことを。何ゆえ娘を渡さねばならぬのか。特別な事情でもおありか?」

 凍えた真力がいっそう研ぎ澄まされた。

 肌に触れた気配に、刃のような鋭さを感じる。

「訳があるなら申されよ。事情によってはこの娘を引き渡そう」

 大気が怒りを帯びる。男の言葉に下卑たものが含まれていたせいだろう。突然、視界が開けた。首を拘束している腕が自分の顔を押し上げたのだ。


 広がる夜空。

 星々の明りの下、その人がいた。

「何か特別な事情があればの話だがな」

 青い髪は、夜の中で黒く濡れている。

 黒みを帯びた青の合間から、青銀の眼差しが冴えて輝いていた。大気を竦ませる気配と、同種の激情を輝かせているバトの瞳。

「慧師より命を受けている」

「そのような嘘が我らに通じるとでも。慧師がこの娘に構う理由もなかろう」

「生憎だが嘘ではない」

 苛立ちを高めたバトは、ローブの胸元から一枚の紙を取り出して掲げる。

「その導士はいま、俺の監視下にある。理解したのならとっとと引き渡せ」

 肌に触れる大気から、さらに熱が失われた。

 青銀の真導士が放つ気配に怖気づかないとは、やはり彼等も腕のいい真導士なのだろう。見回り部隊と言えば、里の内勤における花形だ。導士の中でも憧れる者が多くいた。自分とて昨日までは同じ真導士として、それなりに尊敬の念を持っていた。

 でも、彼等の現実はこれだ。

 いまでは憎しみしか持てない。

「"暴走"? この娘がか? 天水がそのような……」

 バトに歩み寄った一人の男が、内容を確認して驚きの声を上げた。

 そしてすぐさま仲間に内容と、慧師の指令書である旨を伝達する。

「理解できたのならば娘を渡せ。これ以上、御託に付き合っている暇は持ち合わせていない」

 怒気を孕んだ声音。自分を拘束している男が半歩後退した。

 拍子に裂かれた布がずれて、左肩が星明りにさらされる。気のせいか。凍える真力の放出が強くなったように思えた。開いている真眼に、びりびりとした痺れを感じる。


 男達が視線を飛ばし合う。

 結論を出しあぐねている様は、青銀の真導士の怒りに油を注いだらしい。

 おもむろに真円が描かれた。薄闇に馴染んだ目にはまぶし過ぎる白。攻撃の気配を察知した男達が構える。各々が防御の姿勢を取る中、たった一人……攻撃の気配をまとった男がいた。

 彼等を先導していた男。

 最も攻撃的で、いやな気配をまとっていた男が真円を描く。

 地に倒れ付した、恋しい黒に向けて。

「動かずに頂こう。動けばこの者を――」

 盛大な舌打ちが男の言葉を遮った。

 怒りに猛った青銀の真導士は、描いていた真円の上にまた新しく円を描く。

「どうとでもしろ。そいつについては何の指令も受けておらん」

「左様か」

 救出の望みを砕かれ、膝を落としそうになる。

 愕然とした自分の目の前で、真円が膨れ上がった。

「では、この者の保護を……慧師は望んでおらぬということだ」

(……だめ)

「そうとくれば話は早い。真力高き者に里抜けされては、後々の憂いとなろう。いまの内に憂いの芽を摘んでおくとしようか」

(いやだ)

「問題はないのだろう。なあ、"鼠狩り"?」

(やだ――!!)



 瞬きすらできなかった。

 眼前で展開した白から、いくつもの剣が生み出される。浮遊する剣は魚のように隊列を揃え。

 真っ直ぐにローグへと飛んだ。

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