表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
92/121

視えない兆し

 ――本当にごめんなさい。


 恐縮しきりで謝り続けていたサキちゃんは、長いこと自分達を見送っていた。

 角を曲がる時。家の前に立ち続けている姿が、まだ見えていた。大きく手を振って挨拶すれば、ぺこりと頭を下げた。

 彼女が悪いわけじゃない。気に病んでいなければいいけど。


「正師。……どうでしょう」

「どう、とは?」

「ローグですよ。ありゃ完全におかしい」

 敵意をむき出しにして威嚇してきた様は、まるきり手負いの獣だ。あの日も少し思うところはあったけど、状況が状況だと納得できていた。

 でも、今日のあれはさすがに……。

「気力が乱れているようだ」

「それはわかっていますって」

「真力も少ない」

「正師、ちゃんと答える気がないでしょう……?」

 肩をがくんと落とした。

 いい人そうに見えるけど、キクリ正師は蠱惑の真導士。やっぱり蠱惑は癖が強いんだなと、声に出さずにぼやいてやる。

「すぐに答えを出しては、考える力を養ってやれぬからな」

 にっと笑う正師へ、じっとりとした視線を送る。

 静かな道を連れ立って歩く。

 日差しに辟易として、首筋に流れてきた汗を拭う。今日はまた一段を暑い。今夜は寝づらくなりそうだ。

「どうしちゃったんだろうなー、あいつ」

 空を見上げて疑問を投げた。


 ローグの在り様は、誰がどう見ても異常だ。

 怒らせると怖い奴だけど、普段は温厚と言っても差し障りない性格をしている。ああ見えて礼儀もわきまえているし、情も厚い。

 心配してきたオレや正師を、声を荒げて追い返すなんて、普段のあいつからは想像もつかない。

 せっかく雨雲も去ってくれたんだから、広がる青空に合わせて、気分もすっきりしてくれればいいのに。

「慧師の言われた通りであったな」

 空から視線を落とした。

 関係ないけど、正師には二つもつむじがある。

「無為に触れれば、ローグレストは真実を覆ってしまう。商人はただでさえ口が固いものだが、それに輪をかけて口を閉ざす」

「そうですね」

 彼女が目を覚ましたと、誰にも伝えにこなかった。

 あれだけ皆が心配していたのに、ローグは行動を起こそうとしなかった。体調が悪いのもあっただろう。それでも、いつものあいつなら絶対に伝えにきていたはず。ローグが口を閉ざした理由。それは容易に想像がついた。

「サキを害そうなどと、思っておらんのだがなあ……」

 がっかりした様子で正師が言った。

 どうもキクリ正師は、教え子に信じてもらえなかったのを気にしているらしい。

 琥珀の友人が持つ、慧師すら知りえなかった奇跡の力。

 彼女に張りつけられた不名誉を甘受してまで、ひたすら隠し守ってきた秘密。その秘密が暴かれたことで、ローグはひどく過敏になっている。

 恋人を守ろうとする気持ちは理解できる。

 しかし、どう考えてもあの様相は異常だと思えた。


「正師。一つだけ聞いてもいいですか」

 うん? と正師が眉を上げる。

 正師は導士からすれば、かなり上位にいる相手だ。とは言っても毎日顔を合わせて話をしていれば、気安くなっていく。

 正師達もそういうものだと了解しているようだ。

「真力が多いと、回復にも時間がかかるものですか」

 サキちゃんによれば、ローグは休息をとっていた。だというのにあの真力。とてもじゃないが回復していると言いがたい。

「回復速度に差はない。どの真導士も、一晩しっかりと休めば真力は回復する」

「ローグは回復していませんね……」

「あれもローグレストの異変の内だろう。気力も乱れ。真力も乱れ。体力も落ちている。正常な思考を保てとは、とても言えぬ状態だな」

「治りますか」

「医者が聞くか」

「病や怪我ならどうにか対処します。でも真力は範疇にありませんからねー」

 言えば、それもそうかと笑ってもらえた。

 キクリ正師は話しやすくて本当に助かる。

「明日また訪ねてみよう。明日も同じような状態であれば、あの番の処遇について、慧師から指示を仰いだ方がよい。ローグレストの状態はかなり悪い。サキを連れていった者も判然としていない。本来なら、すでに保護しているべきなのだ」


 保護。


 言葉に反応してしまう。

 オレの中にも、どこか里を信じ切れていない部分があるからだな。

 里というか真導士。慧師や正師は信じられると思う。だけど、それ以外の真導士はどうか。同期の面々を見渡しただけでも、すべてを信じるのが難しい。

 さらに高士も含めるとなれば……推して知るべし、だな。

「……"青の奇跡"を、どうされるおつもりですか?」

 無意識に問いが口から落ちた。

「どうもせぬよ」

 正師はすっかり信用を失ってしまったと、力なく笑った。

 正師を疑っているわけじゃないですよと言うべきか悩んだけど。いまは何も言わなくていいと決めつけて、押し黙る。

「"青の奇跡"だろうが何だろうが、我がサガノトスの同胞であり大切な雛だ。我らの役目は、お前達をしっかり育て上げること。力に溺れぬよう。道を違えぬよう。知恵と知識を授ける。サキの力は特別なものだろうがな。それでも我らの役目が変わることはないのだ」

「正師達はそうかもしれませんけど……」

「お前が言いたいこともわかっているつもりだ。サキを……導士を任務に連れていった者は、道を外れてしまっている。どのような理由があったかは知らぬし、いまのところ把握もできぬ。とはいえ通すべき筋を通さず、雛をむざむざ危険に放りこんだのだ。許されざる行いであり、厳罰を下す必要がある」

 間が空いた。

 何かを言い淀んでいる正師の言葉を、空を眺めてただ待った。

「言いたくはないが、里は一つにまとまっていない。真導士として在るべき姿を見失っている者も数多い」

 ついで出た言葉は、オレの中に、そしてローグの中にある疑念そのものだった。

 正師がそんなことを言っていいのかと、ちょっと焦って……。オレ達の不安を和らげようと、あえて口に上らせたのだと悟った。

「あの番は極端だ。ゆえに目をつけられやすいのもわかっている。お前達はサキのことばかり案じているようだが、実際の風あたりはローグレストの方がきつかろう」

 あっと思った。

 知らない内に落としていた視点。正師をまじまじと見てから、完全に埋没していた視点を大慌てで拾い上げた。

「史上最大の真力。しかも燠火の真導士。これで天水や蠱惑であれば、まだ話は違ってきていた……」

 真導士の系統に優劣はない。

 少なくとも、階級のように明確な区分けはされていない。けれど、実際の扱いには差がある。その差はここ数カ月、里の中で過ごして肌で感じ取っていた。


 最も重宝され。実力者として認められているのは、どう足掻いても"燠火の真導士"。

 天水は戦力と数えること自体が少ない。燠火とともに、戦力と数えられるのは蠱惑のみ。そうは言っても、やはり燠火の真術は強力。だから、蠱惑を燠火の補佐と捉えている者も多い。

 正鵠は出ること自体が稀な上。実際どういう真術が使えるのか、本人達でも把握できないものだから、そういう区分けはされていない。気楽でいいと思う反面、なんだかなと思うこともある。

「強大な力は祝福の証。あれだけの覇気も有している。ローグレストなら、与えられた力を上手く使いこなせるようになろう。……しかし残念なことに、そうなって欲しくないと思う輩も生まれてくる。実際にはもう生まれているだろう。己以外の者が強大な力を有していると聞けば、嫉妬に狂う者が出る。……そして脅威に思う者も、必ず出てくるのだ」


 ――ようやく。


 ローグが常々言っていた言葉の意味が、腑に落ちてくれた。

 ああ、しまった。

 どれだけのんびりしていたのかと後悔する。

 "青の奇跡"を知る者は少ない。その力が、琥珀の友人のものだと知っているのはオレ達だけ。他の者は勘違いを続けている。数日前の正師達と同じように。"青の奇跡"は、ローグレストが有しているのだと、いまも思っている。

 歩いてきた道を、意味もなく振り返った。

 史上最大の真力を持つ、燠火の真導士。類を見ないほどの加護を与えられた男に、新たな祝福が下ってしまった。




 道を見る。

 歩んできた道の上に、標が浮き出ることを願った。

 しかし、日に照らされ乾ききった大地に、輝く光は見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ