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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
愛読お礼小話 日々のかけら・その1
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面倒なやりとり

「いま……、何とおっしゃられましたか?」


 頓狂な声で問う男に、先ほど伝えたばかりの依頼を繰り返した。

「見繕って欲しいものがある。できるだけ急ぎたいが、品の選定はお前に任せる」

「見繕うというのは……、見立てるということでよろしゅうございますか」

 いつになく取り乱した風のコンラートは、酒瓶を持ったまま呆けている。手元のグラスが空になっているというのに、めずらしいこともある。

「そうだ。耳でもおかしくなったか」

 遠くなるほど老けているわけでもなかろう。

「旦那様。念のために確認いたしますが、これはいつもの依頼とは別件でございますね」

「ああ、他の荷とは分けておけ。支払いは一括で構わん」

「承知いたしました。……時に、旦那様。どのような品をご用意いたしましょう。見立てるお相手様によって、ご用意するべき品が違ってまいります」

 コンラートは机に並べていた品を仕舞い込み。後ろの棚からいくつかの装飾具を取り出し、卓に並べ出した。

 夢中になっている様子だが、こちらが空いていると仕草で伝える。ようやっと気がついたらしく酒がグラスへと注がれた。この男が担当に着いてから早数年。このように歓喜する様は稀だ。

「用途によっても、お勧めするべき品が大きく変わってまいります。例えば、目上の方への祝いでしたら、棚に飾るような品が喜ばれることでしょう。華寵家かちょうかでしたら、奥方様の趣味の品を揃えるのも手ではありますが……誤解されると厄介でございます」

「……知己に華寵家などおらん」

 そもそも目上と呼べる者は、数えるほどしかいない。

 その上、妻帯者は一人もいない。かつて師と呼んでいた男は、連れ合いを亡くして久しいはず。

 並べた品から、不適切であったらしいいくつかが取り払われる。心なしか笑みが深まったようにも見え、壮年の男のめずらしい様が浮き彫りとなる。


「では、どういった品をお求めで」

「首輪だ」

「はい?」


 グラスの中で酒を回す。酒がランプに照らされ、記憶をささやかに刺激した。

「犬を拾ってな。鼻が効いて役に立つが、野良ゆえ躾がなっておらぬ」

 何せ天水の癖に"暴走"を引き起こした。そのような話、過去に聞いた例がない。

「手間暇が必要なのは面倒だ。だが放っておけばさらに面倒になる。首輪を着けてやれば、少しはましになるやもと思ったのだが」

「左様でございますか……。必要でしたら世話人を手配をいたしますが」

「いらん。放し飼いにしている」

「首輪だけさせるので。犬は世話をしないと懐きません。躾となると夢のまた夢でございます」

 言われて、つと考えを巡らせた。

「そうやもな」

 噛み癖はないようだが、吠え癖は早めに直しておきたいところ。

 芸を仕込むとなるとまだまだ先になるか。……まったく手間暇のかかる。これで役に立たねばどうしてくれよう。

「どのような犬種で?」

「……さて」

「犬と言いましても様々でしょう。大型犬、小型犬。長毛種、短毛種と」

 酒を一口含む。焦げた樽の香りがほどよく漂い、常に感じている血臭を和らげていく。

「小型犬の長毛種だ」

「瞳と毛色はいかがでございます」

「瞳は琥珀、毛色は白金。……毛並みは悪くない」

「若い犬でしたら躾も楽です」

「年は知っている」

 十五だと伝えれてやれば、それは大変でしょうと眉を下げた。

「野良の老犬をお育てになるおつもりですか?」

「いや、まだまだ子犬の域を出ぬな」

 伝えたところでコンラートの表情が変わる。

「それはそれは……」


 実に抜け目のない男だ。

 察しがいいところがよくもあり悪くもある。詳細を伝えずともこちらの意を汲む。その使い勝手のよさは重宝するのだが……どうやら面倒な方に考えを巡らせたらしい。

「念のために伺います。雄ではございませんね?」

「ああ」

「――委細、承知いたしました。当店の名にかけて極上の一品をご覧にいれましょう」

 恭しく腰を折ったコンラートが、天鵞絨の奥へと下がっていく。いつになく浮かれた様子ではあれど、任せておけば間違いなかろう。




 グラスを回し、香りを堪能する。

 次の任務までわずかに間が空いている。

 いましばらく、癖の強いこの琥珀の酒を愉しむとしようか。

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