表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第六章 倉皇の迷宮
8/121

姿が見えぬ害意

 サガノトスに、"闇の鐘"が鳴り響く。

 道に、見回りの高士が姿を見せた。高士の動きに合わせ、四人が家路を急ぐ。


 ヤクスは泊まりだ。

 知らぬ間に、ローグと話がついていたらしい。

 いくら男性主導が一般的と言っても、前もっての相談くらいはして欲しいと、少し拗ねている。


 自分達は番なのだ。独断専行はよくない。

 今夜も聖都ダール風が食べたいのかと問えば、平に陳謝された。

 反省の証として、彼の腕には自分が造った組み紐の術具が巻かれている。

 クルトと一緒になって渋っていたけれど、胸やけの恐怖には勝てなかったようだ。

 肩をすぼめながら飾りをつけているローグを見て、ヤクスは盛大に笑った。

「サキちゃんは、猛獣使いだね」

 また一つ、うれしくない例えが増えた。

 動物からは外れてくれたが、年頃の娘としては複雑である。


 斜めになった機嫌をぶら下げながら、夕食を拵える。

 居間の方では、ローグとヤクスの会話が続いている。

 前もっての相談はなかったが、ヤクスだけ泊ってもらった理由は、すぐにわかった。

「じゃあ、あれが"森の真導士"だったのか……」

「ああ、奴の真力は間違えようがない。相変わらず胸が悪くなるような気配だった」

 実習での話は、忘れたことになっている。

 かと言って、"森の真導士"の話を黙ってはいられない。

 二人はぎりぎりの線を辿りながら、核心にあたる部分を避けて会話を続けている。

 ……聞いているこっちの方が疲れてしまう。

「"森の真導士"、ギャスパル、"隠匿の陣"が籠められた色紐。全部で三つ……。まずいな、追いかける要件が増え過ぎだ。四人じゃ手が回らない」

「それでもやるしかない。一気にやろうとしないで切り分ければいい。"森の真導士"には手を打てないのだから、警戒しかできないしな。修業は怠らない、まずはこれが第一だ。ギャスパル達の件はいままで通りでいい。見回りも強化されてきているから、人気がある場所を選べば、乱闘になることもあるまい」

「お嬢さん方はどうする 今日来たってことは、また来るに決まってる」

「俺を訪ねてきたらしいからな。明日から、集まる家を移動しよう。クルトの家もまずいから、ジェダスの家にするか。俺達の修業場も、ジェダスの家から一番近い場所に移そう」


 二人の会話を耳に入れながら、懐かしい気分を味わっていた。

 ローグがここまで能動的になったのは、"迷いの森"以来である。

「……それがいい。学舎で会った時にでも伝えよう。――なあ、ローグ。急にどうしたんだ」

 長身の友人も、同じ疑問を抱えていたのか、会話の隙を見て質問をした。

「どうした、とは?」

 声だけで、彼がどのような表情をしているのか、想像がついてしまう。

 いまはきっと、眉をひそめていることだろう。

「お前が、そこまで主導を取るようになったのが意外だと思って。何か心境の変化でもあったのか」

 鍋をかき混ぜながら、耳をそばだてた。

 ……気になる。

 いったい何がきっかけで、彼がここまで変わったのだろう。

「特に、何も」

「嘘つけ」

 そうだ、そうだ。嘘はよくない。

 悪徳商人殿は、嘘を隠すのが実に上手い。

 だが今回ばかりは、嘘がばればれだ。

 ヤクスに加勢しようと、輝尚石を弱火にしてから居間へ向かう。

 ひょこと顔を出したところで、黒と視線が交わった。

 味方が増えたと知ったヤクスが、目だけでにっと笑う。

 二対一だ。

 絶対に口を割らせてみせよう。


「準備できたのか」

「ええ、少し煮込めば完成です」

 追い払おうとしたって、そうはいかない。

 そろそろと歩き、ローグの隣に腰を下ろす。

 半分だけ開いている真眼から、真力の揺れが伝わってくる。波の気配は穏やかながら、やや忙しなく行き来している。

「サキちゃんの前で、格好つけようってわけでもないよな」

 ヤクスは、わかりやすい罠を張ることにしたらしい。

 食いつくとは思えないけれど、羞恥を抑えつつ状況を見守る。

「いまさらだろう」

 思った通り、簡単にあしらわれた。

 ううむ……と考えてから、油断をさせようと話をずらすことにした。

「でも、ローグが修業すると言い出して、本当にびっくりしました。修業の方は順調なのですか?」

「まあな。輝尚石の火炎流は作れるようになった」


 それはすごい。

 自力で多重真円を描くより、確かに難易度は下がる。

 そうだとしても、導士としては十分だろう。

 彼の物覚えのよさには感服してしまう。


「いままで怠けていたのに、修業はじめたらこれだもんな。女神はローグを贔屓し過ぎだ。真力でも何でもいいから、どこか一か所分けてくれ」

 これは作戦ではなさそうだ。

 ヤクスが言いたくなる気持ちもよくわかる。

 気の抜けた軽口。

 いつもの如く、悪徳な笑みを作ると思っていたのに、ローグは何故か顔をしかめた。

「ローグ?」

 機嫌を悪くするような話とも思えず、ヤクスも戸惑いを浮かべている。

「全然駄目だ。これではちっとも対抗できない」


 対抗? "森の真導士"にだろうか。

 さすがにそれは無茶だ。

 あれだけの爆発を引き起こせるような真導士に、自分一人で対抗しようなど。

 まさかまた、自分を安全な場所において、ローグだけで戦おうとしているのか。

 そうならば許せない。

 共にと誓い合ったばかりなのに。

「まずは、多重真円を自力で描けなければ話にならん。後は速度だ。先手を取れないと、勝機は見えてこない」

 ずいぶんと具体的な話になってきた。

 "森の真導士"を相手取るなら、多重真円は必須となる。

 しかし、速度の話はどこから出てきたのか。

 もちろん先手も取れた方がいいけれど、ローグには爆発の展開が見えていたのだろうか。

 黒の瞳が天井を見上げた。

 さらりと、鮮やかな黒髪が揺れる。

 見惚れてしまいそうだったが、友人の目の前で間抜けな顔をさらしてはまずい。

 彼が言葉を続けるまで、身動きせずに待つ。


「真導士は階級がすべてだと思っていたが、実力次第ではねじ伏せられるようだからな。導士だからと諦念しなくともいい」

 話が見えなくなってしまった。

 "森の真導士"に階級がどう繋がるのか。もうさっぱりわからない。

 相棒の横顔を困惑しながら見つめていれば、ヤクスの方から忍び笑いが響いてきた。

「……まさかと思ったけど、それで一念発起したのか」

 天井を見上げていた黒が、向かいの友人を睨んだ。

 ヤクスには、彼が変化した理由がわかったらしい。

「そうと決まったわけじゃない。早とちりかもよ?」

「もしもの備えだ」

「だとしても無謀だ」

「……いまの状態ではそうかもな。多重真円さえ描ければ、最低でも迎え撃てるくらいにはなれるだろう。真力は俺の方が高い」

 右手で目を覆って笑い続ける友人と、睨みながら反論している彼の会話について行けない。

 二人の間で視線をうろうろとさせていたら、紫紺の瞳がこちらを見た。


「これから大変だよ。サキちゃん」

「何がでしょうか……」

 わかったのなら、教えてくれてもいいと思う。

 共同戦線ならば、裏切りは無しだ。

「男の悋気は、タチが悪いって言うからね」

 悋気?

 ローグが"森の真導士"を相手に、焼きもちを焼いていると……何でまた?


「サキ」

 低い声が自分を呼ぶ。

 声に、まずい何かが混ざっている気配がして、背筋が伸びた。

「は、はい……」

 黒の眼差しが、縫い止めるような力を持って、こちらを見据えている。

 ローグの右手が伸びてきて、その指先で喉元を撫でた。

 人前で肌に触れるとは何と破廉恥なと、大声を出しかけたのだけれど……。

 黒の拘束力が想像以上に強くて、抵抗ができなかった。

「何もないのだがな」

 疑問であふれ返った頭に、また大いなる疑問が落とされた。

 ちゃぷんと投げ込まれた新たな疑問。それに返す言葉を、自分は持たずにいる。

「ローグ、あの……」

 長身の友人の笑い声は続いている。ヤクスは楽しそうなのに、自分は冷や汗が止まらない。

「首輪とは、どういう意味だ?」


 ……そういうことか。


 あの人は、本当に迂闊なことをしてくれた。

 誤解が誤解を呼んで、ぐしゃぐしゃに絡まってしまったではないか。

 何も話さないと約させたのだから、責任を持って誤解を解いていただきたい。

 それにしても、まさか青銀の真導士がきっかけだとは、思ってもみなかった。

 負けず嫌いを発揮するなら、どうか相手を選んで欲しい。

 この調子では、ローグの命がいくつあっても足りなくなってしまう。


「聞かないでくださいとお願いしています。何も話せないのです」

 ローグは、腕輪の真術についてのみ知っている。

 あの人から貰い受けたという話はしていないし、真術を籠め直してくれたという話もしていない。

 そんな話をしたら、絶対に一悶着が起きてしまう。

 自分の嘘はすぐにばれるのだから、黙っているのが一番安全だ。

「三人しかいない。俺もヤクスも誰に漏らすというわけでもない。もういい加減に話してくれ」

「駄目です。何も答えられません」

「何故そこまで強情を張る。いったいあの男とは――」

 耳を塞いで、音を消した。

「聞こえません、何一つ聞こえません」

 誰にも会わなかったし、何も見なかった。

 男と言われても記憶には何もない。

 ないったらないのだ。


 必死なやり取りを、面白そうに眺めていたヤクスが、唐突に席を立つ。

 塞いでいる手の平の外側で、窓を開けてもいいかと声がしたようだった。

 でも自分は、あまりに必死だったので返事はできなかった。

 それでもヤクスは、勝手知ったるという具合に窓掛けを上げた。

 外に通じる道を開いた友人から、声が上がる。

 音が鈍くて聞き取れなかったけれど、ローグがそれに反応したのだけは見えている。

 話が逸れるやもと期待して、両手をわずかに浮かせてみた。


「近頃は霧がよく出るねー。サガノトスはそういう場所なのかな」

 めずらしがっている声と共に、夜風に乗って霧が入り込んできた。

 湿り気を帯びたぬるい風に、全身が総毛立つ。

 金属を叩きつけるような耳鳴りが、頭の中で喚き立てた。


「駄目、閉めて……」


 こめかみが痛む。

 錐で穴を開けられているように痛んで、目が霞んだ。

 霞んだ視界のなか、振り返った二人の影像が揺らいでいる。

「ヤクス、霧だ!」

 ローグの声に、ヤクスが大慌てで窓を閉じる。

 ガラス戸で霧の侵入を阻んでも、耳鳴りは消えない。

 霧に染まってしまった大気から、身をかばおうと縮こまる。


 触れてはいけない――これは毒だ!


「サキ、"浄化の陣"は?」

 縮こまりながら首を振る。

 あの真術は、まだ展開できない。

「ローグ、まかせろ。二人とも真力は出さないでいてくれよ……!」

 言うや否や。

 家を丸ごと囲む、大きな真円が描き出された。

 正鵠の真円は、立ち昇りながら家中の大気をさらさらと中和していく。

 しばらくして、確認するように自分を見てきた紫紺に、肯きを返した。

 耳鳴りは消えたし、身体を支配していた悪寒も治まった。

 危機は脱したと判断してもいいだろう。

「……ねえ、オレの真円で消えたってことでいいんだよね」

「ええ。間違いなく消えていきました」


 ヤクスの真円によって、掻き消される霧の正体。

 その答えは、たった一つしかない。


「この霧も真術ってこと?」

「恐らくは……、霧に"隠匿の陣"の気配が混ざっていましたから」

 だから、触れるまでは気づかなかった。

 触れて。

 身体に吸い込んで。

 それでやっと感知できるくらいの、ごく薄い真術だ。


「……全部で四つ、か」


 低い独白のあと、三人で視線を交わし合う。

 迷宮は誘う。奥まで来いと。

 囲って。

 塞いで。

 戻れなくなるまで追い立ててくる。


 進まなければいけない。

 けれど、どこへ向かえばいいのだろう?

 闇夜に問いかけても、女神からの慈悲は返ってこなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ