表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第八章 因果の獄
77/121

真実のかけら

「慧師! 何ゆえ二人を戻したのですか」


 転送で二人が飛んで行った後、たいそうな剣幕でナナバ正師が慧師へと詰め寄った。

「娘の力をろくに確認もせず。目覚めるための手立てすら探さず。しかも、あの男の状態は――」

「よい」

「慧師!」

「いま、あの番を刺激してはならぬ。……キクリ」

「はっ」

「番の家に幕を張れ。覚られぬよう。だが、決して穴のなきよう」

「承知致しました」

「ムイよ」

「はい」

「その者達を」

「承りました」

「……あの、慧師!」

 銀色にきらきら光る瞳と、ばっちり視線が重なった。

 ……うー、緊張する。

 何考えているかわかんない人って苦手なんだよな。特にこの人には勘が働かないし。

「サキちゃんは、真術では目覚めないのですか」

 銀が揺れる。仕草で肯定が示された。

「何か方法は……」

「我らが知る真術にはない」

「方法が見つからなければ、このままってこともあり得ると」

 再びの肯定。

 慧師の後ろで、ナナバ正師が何か言いたげにしている。

 興奮と混乱が渦巻く場で、何かをつかみかけていた。頭の中に答えがある。尻尾を捕まえようとすると、するすると逃げていく。あともうちょっと。もうちょっとだけど届かない。

「ヤクス、ジェダス、オレ達も行こうぜ!」

「ならぬ」

 赤毛の友人の行動を、白銀の慧師が止める。クルトは何で止めるんだともどかしそうに慧師を見た。

「あの番を刺激してはならぬ」

 重ねられる禁止。

 それを素直に飲み込める状況じゃない。それでもシュタイン慧師が言うと、聞かなければならないように思える。

「落ち着くまで、あの番のことは忘れておれ」

「でも……!」

「娘の力へ干渉ができぬ以上、我々に打つ手はない。ローグレストにまかせよ。無為に触れようとすれば、あの者は真実を覆ってしまうだろう」

 友人達が、互いの顔を見合わせて思案している。二人が心配だし、何よりも友が生きていることがわかった。力になりたいと思っているのは、また一緒だ。

 でも、いまは。

「ローグに、まかせてやろう」

「ヤクス……」

「ああなっちゃったら、絶対に聞かないからな。久々の再会なんだ、邪魔したら恨まれちゃうよ」

 カルデス商人に恨みをかうのは御免だね。

 不承不承、肯いた友人達と一緒に中央棟を後にする。外に出た時、ずっと降り続いていた雨が、小さく細かくなっていることに気づいた。

 明日には止むだろうか。

 期待を胸に空を見上げる。小雨が顔にぱらぱらと落ちてきて、とても心地いいと思えた。







 額を重ねる。

 ひやりと冷たい彼女の温度を感じつつ。真眼の奥に満ちる真力に触れようとして、強烈な青の壁に阻まれる。

 やはり駄目だ。

 幾度手を伸ばしても、彼女の世界に触れられない。

 いつもならば、するりと入り込める彼女の世界。いまは、何人たりとも通さぬとの強い意志に塞がれている。

 青に眩んだ視界と、激しくなる頭痛に苦しみ、大きく溜息をついた。

「どうしたものか……」

 時を止め、眠り続ける彼女の添え髪に、指を絡めた。

 さらりと指の間を滑る感触は、常と同じ。唇に手触りのいい金糸を押し当て、また彼女の額を見つめた。

 サキの真眼は、完全に開いている。

 この状態で幾日も過ごしてきただろうに、枯渇の兆しはなかった。真力が枯渇すれば、青の壁が消え、彼女が目覚めるやも……と考えたが、どうも難しそうだ。

 再び真眼に触れる。

 今度は潜り込もうとはせず、ただ観察することを目的とした。

 清涼な風の気配が満ちた真眼。

 サキの真力がこんなにも近くにある。求めていた気配に触れ、ざわめく歓喜。それをどうにか控えさせながら、青の壁の継ぎ目を探す。

 ぴたりと閉じられた世界。常ならば、涼しげな風がゆるく流れている。だが、壁が作られた彼女の世界には、風が吹いていない。窓を閉め切った室内のように、しんと静まり返っている。

 手当たり次第に探してみるが、やはり隙間はどこにもなかった。

 青に満ちた世界で、立ち往生する。

 本当にどうしたらいいのだろう。ここまで頑なに拒まれると、さすがに辛い。

「……怒っているのか?」

 それとも拗ねているのか。

 いくらでも謝るから、道を開けてはくれないだろうか。

 寝床に横たえた彼女は微動だにもしない。青く満ちてそこに在るのみ。


 持っていかれた。


 そんな風に思えて仕方がない。

 前々からの危惧が現実となったのだ。何故目を離したのか。自分の過ちを、いまさらではあるが大いに責めた。

 また大きく溜息を出した。

 身体がだるい。真力が枯渇すると体力も極端に落ちるようで、彼女を寝床に運ぶことですら困難だった。何とか落とさず寝床まで運んだけれど、いまはもう、寝床に身体を任せていないと苦しいくらいだ。

 床に半身を投げ、肘で身を起こした格好で冷たい頬に触れる。

 右手の甲でサキの右頬を撫ぜた。それだけで少し救われたように感じる。思わず苦笑が漏れる。これはかなりの重症だ。ヤクスに薬でも煎じてもらおうか。

 強情に立てていた肘から力を抜き、サキの隣に頭を転がす。

 目を閉じて眠ってしまいたい。

 彼女が戻ってきた。青に遮られて最後の一歩が届かないけれど、そこまで急く必要もないだろう。

 明日。

 そう、明日がんばればいい。

 今日はもう眠って……明日、目覚めさせる方法を見つけよう。

 疲れが消えればきっと妙案も浮かぶ。この数日、休みらしい休みは取っていなかった。砕けた意地と共に、寝床に沈んだ。

 弛緩した身体はどんどんと重みを増して、寝床深くまで誘う。足は床に放り投げたまま。わずかにずり下がったが、上手いこと止まってくれた。

 鉛の身体が溶けていく。

 頭痛からくる刺激すら眠気を誘う。このまま黒く深い場所に沈もうとした矢先、瞼の向こうで青が煌めいた。


 ――ねえ。


 頭の芯に触れる、声。

 細い声音に覚醒を促される。寝床に沈んだまま目を開いた。


 ――誰か。


 呼び掛ける声。

 寂しそうに震える、サキの声。


 ――応えて。


「サキ!?」

 青に眠る、彼女の肩を揺する。

 静かに横たわっているだけの彼女。だがその真眼が、星のような煌めきを見せている。

「……サキ、聞こえているか!」

 ここだ。

 俺はここにいる。

 寂しがりの恋人に、声の限り呼びかけた。

 そうやって、煌めく青の奥から聞こえる声に応えても、やはり愛しい琥珀との再会が叶わない。焦れて、焦がれた自分を嘲笑うように青があふれる。もどかしさで苦しみが増す。苦い感情が血脈を通って足先まで到達し、眠りを流し去った。

 反動だろうか。久しく整っていなかった気力が、ここにきてようやく元の形となった。思考が思うままに動き出す。

 塞がれている。

 彼女の意志ではない。他の何かによって塞がれている。

 彼女自身は青の奥で呼んでいる。外に手を伸ばしているサキの意志を、青が阻害しているのだ。でなければ、こんなに悲しそうな声を出しているはずがない。

 何だこの気配は。サキに近い。とてもサキの気配とよく似ている。されど、微妙に違うこの気配は?

 過去を手繰る。

 青の気配は、常に傍で触れてきた。

 "迷いの森"で。ベロマで。呪いの祭壇で触れた気配は、すべて覚えている。青の力は、その強さも。理解し難い現象が起こったしても、気配自体は彼女のもの。

 ……いや?

 過去を手繰っていた思考が、引っかかりを掴んだ。

 たった一度だけ、違う気配が混じっていた。あまりに馴染んでいたから。そして、突然の出来事だったからすっかりと記憶に埋没させていた。


 ベロマで。

 土砂に塞がれた地下で、彼女は青を解き放った。白を塗りつぶし、青だけで世界を染めた彼女は、空に手を掲げて招いた。

 そして……。


 ――ジュジュ、いくよ


 彼女の元に降り立った白の獣。

 首をひねりたくなるほど、彼女の言葉に理解を示す白イタチ。謎の多い彼女に寄り添って暮らす、愛らしい獣。

 疑問はずっと抱いていた。彼女にばかりかまけていたから、後回しにしていた謎の切れ端。眠りの病に倒れたサキと共に、昏々と眠っていた姿をやっとのことで掘り起こした。

 雨に打たれ、冷たくなっていたジュジュ。

 息もしていなかった。心音も途切れていた。死んでいるとしか思えなかった様相は、いまのサキと……同じだ。

 縺れる足に動きを取られ、転倒しそうになりつつ外へと駆けた。

 小雨の降る中、獣の墓へと向かう。

 埋葬する時に使った木の板を手にし、大地へつき立てた。数日前と同じ場所で、同じように大地を掘る。

 今度は埋めるためではなく、掘り起こすために。

 いくらもしない内に、木の先がかつりと当たった。木箱の蓋を開く。埋葬した時と、寸分の変わりもなく眠るジュジュを抱いた。頭の中、友人の言葉が響く。


(夏場、数日経った遺体にしては、綺麗過ぎるんだよ)




 こんなこと、あり得ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ