無言の帰宅
待っても、待っても誰もこない
あの子が言う
行こう
一緒だからだいじょうぶ
痛くないから泣かないで
ぼくが支えられる半分を、大きくなるまで隠しておこう
大きくなったら開ければいい
だからわたしもあの子に言う
これはどうしたらいい?
手の平にある小さなそれ
半分と一緒に隠しておこう
君が大きくなるまで
君と一緒に守っておくから
大切な白を、ポケットにしまった
くりくりの目が、わたしの顔をのぞく
おしゃべりはできなくなっちゃうけど
ぼくはずっと一緒にいるから
だからもう、泣かないで
うなづいたとき、のどが少しくるしくなった
涙がぽたんと落ちて
あとは、もう――
「これは、いったい……。"青の奇跡"は、ローグレストが編み出した真術ではなかったのか?」
取り払われた布の下から現れた、青く光る真眼。
守り通してきた秘密が暴かれてしまった。決して知られてはならなかった彼女の秘密が、里の上層にばれてしまった。
いけない。
渾身の力で拘束を引きはがし、ヤクスの腕からサキを奪い返す。遅いとわかっていた。それでも、彼女の身体を。そして青があふれる真眼を覆い隠した。手の平で覆った真眼。きつく押し当てても隙間からこぼれる青。
暴かれた秘密を少しでも隠そうと、サキを頭ごと抱きしめる。隠しても漏れ出てくる青が、憎くて憎くて堪らなかった。
「青き力か。めずらしい雛もいたもの」
誰よりも静かな声が、真上を通っていく。
血の気が下がった。
「何と……。慧師、これは如何なることでございましょう。躯の真眼が光るなどとは……」
「躯の真眼は光らぬ。これは変わりなき絶対のこと」
ゆるりと歩を進めてきた白銀が、自分達の目の前で輝く。
「それじゃあ、サキちゃんはまだ……?」
「生きておろうな」
――生きて、いる。
やっとのことで耳に入ってきた音は、頭の中で幾重にも反響した。
「得も知れぬ力であるが、時を固めているように視える。"暴発"を起こしたにしては躯も整い過ぎておる」
小さく、歓喜の声がする。
「時を止める真術はいくつかございますが、気配が違います。それどころか真術が展開されているようにはとても……」
ナナバ正師の問い掛けをそのままに、慧師が長い袖ごと右手を掲げた。
音もなく描かれた一つの円。
生み出されたばかりの真円は、ずっとそこにあったのではと錯覚するほど滑らかに描かれる。
例えるならば、厳かに明けた朝。澄み切ってすべてを包む大気のような森閑の気配。
白銀からの光がまぶしくて、目を細めた。日の光を鏡で反射しているようなまばゆさが、夜に慣れた目にはあまりに辛い。
眠る彼女と共に光に包まれながらも、期待を込めてサキを見つめていた。
しかし、瞼が開くことはなく。
呼吸が戻ることもなかった。
「そんな……。慧師の禁術でも解けぬというのか」
「確かに、真術ではございませんわ。真術であれば解けぬまでも、何らかの反応くらいは返りましょう」
慧師の真円が収束した後、後方からばらばらと足音が聞こえた。
「サキちゃん!」
「サキっ、サキ起きて」
勢い込んで駆けてきた天水の二人は、ヤクスを押しのけてサキの手を握った。尻もちをついた長身の友人は「いてて」と言いつつ、半笑いで二人を見ている。
「"青の奇跡"って何?」
軽やかに鳴る声。
ヤクスが連れて来た娘。確か……レアノアと言っただろうか。こいつの相棒であるらしい娘の言動は、どうにも容赦がない。隠したいと苦心している自分に向かって、逃れることは許さんとばかりに言葉をぶつけてきた。
視線が自分とサキに集中する。
「そういえば、ベロマの地下でお二人が脱出してきた時にも、ほのかに青く光っていましたね。てっきりローグレスト殿とばかり……」
ジェダスが言うのを沈黙を保ちつつ聞く。すると別方向から肩が強くつかまれた。
クルトだ。
赤毛の友人は、少し興奮した様子で言った。
「おい、ローグレスト。だんまり決め込んでいる場合じゃねえだろ! サキを助けられるかもしれないんだ。しっかり答えろよ」
ゆさゆさと揺さぶってくるクルトの腕を、力が入らない腕で弾いた。
「うるさい」
「ローグレスト!」
「誰が、言うものか……!」
身の内にある衝動がせり上がってくる。
呪いの祭壇で覚えた怒りと憎しみが、また自分の中で暴れ狂っている。ぎりと眼差しに力を乗せて、白銀へと向かう。選民意識に満ちた、きな臭い真導士の里を治める男に、どす黒い衝動を包み隠さず見せつけた。
「ローグレスト……!」
「よい。下がっておれ、キクリ」
「しかし」
「下がるのだ」
一声で場を均した男は、銀に輝いた腕を再び掲げた。
「此度の一件。我々に抜かりがあった。……望みを聞こう」
尊大な問い。眼差しへの力を強め、睨めつけた。
「俺とサキを、家に戻していただきたい」
「他には」
「何も。構わず放っておいてくれればいい。それ以上は何も……望まない」
静かに目を閉じた慧師は、簡潔な返答をよこしてきた。
「相わかった」
足元に真円が描かれる。
白の中、あふれる青と一緒に包まれた。
真術の気配に触れながら、腕の中に取り戻したサキを強く掻き抱き。目を瞑る。
収束した真術と、大気に散った精霊の気配を読み取って、瞼を上げる。
そこは薄闇が広がる自宅の居間。
残された気力と真力を振り絞り、食卓の上にあるランプを灯す。
明るく灯ったランプを確認してから、少しずれ落ちそうになっている冷たい身体を、しっかりと抱き直した。
「おかえり……、サキ」
ついに戻ってきた彼女の額に、一つだけ口付けを落とした。




