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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第八章 因果の獄
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無言の帰宅

 待っても、待っても誰もこない


 あの子が言う


 行こう


 一緒だからだいじょうぶ


 痛くないから泣かないで


 ぼくが支えられる半分を、大きくなるまで隠しておこう


 大きくなったら開ければいい




 だからわたしもあの子に言う


 これはどうしたらいい?


 手の平にある小さなそれ




 半分と一緒に隠しておこう


 君が大きくなるまで


 君と一緒に守っておくから




 大切な白を、ポケットにしまった


 くりくりの目が、わたしの顔をのぞく




 おしゃべりはできなくなっちゃうけど


 ぼくはずっと一緒にいるから


 だからもう、泣かないで



 うなづいたとき、のどが少しくるしくなった


 涙がぽたんと落ちて


 あとは、もう――







「これは、いったい……。"青の奇跡"は、ローグレストが編み出した真術ではなかったのか?」

 取り払われた布の下から現れた、青く光る真眼。

 守り通してきた秘密が暴かれてしまった。決して知られてはならなかった彼女の秘密が、里の上層にばれてしまった。

 いけない。

 渾身の力で拘束を引きはがし、ヤクスの腕からサキを奪い返す。遅いとわかっていた。それでも、彼女の身体を。そして青があふれる真眼を覆い隠した。手の平で覆った真眼。きつく押し当てても隙間からこぼれる青。

 暴かれた秘密を少しでも隠そうと、サキを頭ごと抱きしめる。隠しても漏れ出てくる青が、憎くて憎くて堪らなかった。

「青き力か。めずらしい雛もいたもの」

 誰よりも静かな声が、真上を通っていく。

 血の気が下がった。

「何と……。慧師、これは如何なることでございましょう。躯の真眼が光るなどとは……」

「躯の真眼は光らぬ。これは変わりなき絶対のこと」

 ゆるりと歩を進めてきた白銀が、自分達の目の前で輝く。

「それじゃあ、サキちゃんはまだ……?」

「生きておろうな」


 ――生きて、いる。


 やっとのことで耳に入ってきた音は、頭の中で幾重にも反響した。

「得も知れぬ力であるが、時を固めているように視える。"暴発"を起こしたにしては躯も整い過ぎておる」

 小さく、歓喜の声がする。

「時を止める真術はいくつかございますが、気配が違います。それどころか真術が展開されているようにはとても……」

 ナナバ正師の問い掛けをそのままに、慧師が長い袖ごと右手を掲げた。

 音もなく描かれた一つの円。

 生み出されたばかりの真円は、ずっとそこにあったのではと錯覚するほど滑らかに描かれる。

 例えるならば、厳かに明けた朝。澄み切ってすべてを包む大気のような森閑の気配。

 白銀からの光がまぶしくて、目を細めた。日の光を鏡で反射しているようなまばゆさが、夜に慣れた目にはあまりに辛い。

 眠る彼女と共に光に包まれながらも、期待を込めてサキを見つめていた。

 しかし、瞼が開くことはなく。

 呼吸が戻ることもなかった。

「そんな……。慧師の禁術でも解けぬというのか」

「確かに、真術ではございませんわ。真術であれば解けぬまでも、何らかの反応くらいは返りましょう」


 慧師の真円が収束した後、後方からばらばらと足音が聞こえた。

「サキちゃん!」

「サキっ、サキ起きて」

 勢い込んで駆けてきた天水の二人は、ヤクスを押しのけてサキの手を握った。尻もちをついた長身の友人は「いてて」と言いつつ、半笑いで二人を見ている。

「"青の奇跡"って何?」

 軽やかに鳴る声。

 ヤクスが連れて来た娘。確か……レアノアと言っただろうか。こいつの相棒であるらしい娘の言動は、どうにも容赦がない。隠したいと苦心している自分に向かって、逃れることは許さんとばかりに言葉をぶつけてきた。

 視線が自分とサキに集中する。

「そういえば、ベロマの地下でお二人が脱出してきた時にも、ほのかに青く光っていましたね。てっきりローグレスト殿とばかり……」

 ジェダスが言うのを沈黙を保ちつつ聞く。すると別方向から肩が強くつかまれた。

 クルトだ。

 赤毛の友人は、少し興奮した様子で言った。

「おい、ローグレスト。だんまり決め込んでいる場合じゃねえだろ! サキを助けられるかもしれないんだ。しっかり答えろよ」

 ゆさゆさと揺さぶってくるクルトの腕を、力が入らない腕で弾いた。

「うるさい」

「ローグレスト!」


「誰が、言うものか……!」


 身の内にある衝動がせり上がってくる。

 呪いの祭壇で覚えた怒りと憎しみが、また自分の中で暴れ狂っている。ぎりと眼差しに力を乗せて、白銀へと向かう。選民意識に満ちた、きな臭い真導士の里を治める男に、どす黒い衝動を包み隠さず見せつけた。

「ローグレスト……!」

「よい。下がっておれ、キクリ」

「しかし」

「下がるのだ」

 一声で場を均した男は、銀に輝いた腕を再び掲げた。

「此度の一件。我々に抜かりがあった。……望みを聞こう」

 尊大な問い。眼差しへの力を強め、睨めつけた。

「俺とサキを、家に戻していただきたい」

「他には」

「何も。構わず放っておいてくれればいい。それ以上は何も……望まない」

 静かに目を閉じた慧師は、簡潔な返答をよこしてきた。

「相わかった」


 足元に真円が描かれる。

 白の中、あふれる青と一緒に包まれた。

 真術の気配に触れながら、腕の中に取り戻したサキを強く掻き抱き。目を瞑る。


 収束した真術と、大気に散った精霊の気配を読み取って、瞼を上げる。

 そこは薄闇が広がる自宅の居間。

 残された気力と真力を振り絞り、食卓の上にあるランプを灯す。

 明るく灯ったランプを確認してから、少しずれ落ちそうになっている冷たい身体を、しっかりと抱き直した。

「おかえり……、サキ」

 ついに戻ってきた彼女の額に、一つだけ口付けを落とした。

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