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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第八章 因果の獄
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正鵠

「さてと……、じゃあヤクスがんばってね」

 各階に散らばった友人達を見送っていたから、相棒の発言の意味を捉えきれず、激しく瞬きをした。

「何を?」

 素直に聞いたらぐったりされた。

 落胆させてしまったようだけど、ちょっとやっぱりわからない。

「だから、見えない手がかりを探すの」

「うん、それはわかるけど……。オレは投影を使えないよ?」

 "投影の陣"は蠱惑の真術だから、放つとしたらレアノアだ。

 どうしてオレを激励したんだろう。

「……あのね。投影での調査はもう高士達がやっているわ。わざわざやっても成果は上がらないわよ」

「ええ? だって昼間は真力で場が乱れているから、投影だってできないんじゃ……」

「だーかーら、初日の夜にでも調査を終えているわよ! いまさら牢獄で投影を掛けても、高士達が調査した以上のことは出てこないでしょう。それにね、さっき別の牢を見てみたけれど、ここの牢獄からは投影で拾えそうな気配がないの。……たぶん、誰かがわざと消していったんじゃないかと思うのよね。あの娘の気配だけは、消したくても消せなかったってところじゃないかしら」

「じゃあ、皆にやらせていることは無駄ってことか」

「そこまできっちり消していないから、まったくの無駄ではないけど。大きな発見は期待できない。でもしょうがないでしょ。集中できないって我儘言うのは自分じゃない」

 そこまで言われて、相棒が何のために行動していたのか思い至った。

「あー、うん。……ごめん」

「まったく、手の焼ける相棒だわ。ヤクスが正鵠じゃなかったら一日で相棒を解消してたかも」


 正鵠の真導士は、数が少ない。

 そのせいで特性や特徴が、はっきりしていない部分も多い。

 サガノトスにはオレの他に何人かいるようだけど、片手でおさまる人数しかいないので、まだ会う機会も得ていなかった。


 真導士になって数カ月。

 教本も、真術書も頼りにできなかったから、手さぐり状態で真導士をやってきた。手当たり次第に探っていた結果、ぽつぽつとわかってきたことがある。

 一つ目は、大きな試練に向かう時、光輝く道が視えること。

 二つ目は、勘が当たりやすいということ。こうかな? と頭に浮かんだ時は、だいたい当たっている。

 この二つは、とても役に立つ女神の恩恵だ。ありがたいけど、使い勝手の悪さが難点と言えば難点だった。

「人がいると集中が途切れるのは、早めに直して欲しいわね」

「善処します」

 オレのために環境を整えてくれた相棒に、頭をぺこりと下げた。


 真っ直ぐに立って目を閉じ、深呼吸をする。吸って、吐いてを繰り返しに集中する。人が多い時は、勘が上手く働かない。

 理屈不明、理解不能な正鵠の癖。

 上手くつかんで使いこなしてやるさ。だから――


(待っていろ、ローグ。……待っていてくれよ、サキちゃん)


 真眼を見開く。

 周囲に舞っていた彼女の気配が、ふわんと散った。

 軽い感触はいつも通り。焼きついた真力でも、質が変化していることはないので、感触は同じだ。

「牢獄は全部消されているかな」

「そうでしょうね」

「じゃあ、隅っこを中心に探そうか」

 高士の方々が見落としそうな、何の変哲もない場所を。

 探すと言っても、真術を展開するわけじゃない。

 ただ気になるところを見て、触るだけ。燠火のように派手でもないから、真導士の実感はやっぱり湧かない。

 真円を描いて、格好いい真術を展開できたら実感できるだろうけど。まだまだ先の話だ。


「ねえ、レニー。ここの領主ってどういう人?」

「会ったことはないわ。でも、名誉欲が凄いって噂があったわね。名門の一族から妻を娶るために、かなりお金を積んでいたとか。湯水の如くお金を撒くから、人身売買の噂もあったくらいよ。上に甘く、下々に厳しく。領民からの信用は低かったでしょうね」

「ふうん」

「ついでに敵も多かったみたい。猜疑心の塊みたいな人物らしいから、無理もないと思う」

 諸悪の根源とも言うべき領主の評判を聞きながら、務めてゆっくりと歩く。

 ふと階段を覗いた。

 全員で上がってきた長い長い階段。何となく留まりたいと思ったから、流してまた歩く。

 端の牢獄まできた。儚い琥珀の友人が捕えられていた牢から、一番離れた場所に辿りついた。牢はこれで最後だけど、歩き足りないと感じる。どうしようかなと思い巡らせていれば、レアノアが問い掛けてきた。

「あの人、遅いわね。見に行ってみる……?」

「やめておこう。あそこにいさせてやろうよ」

 探し求めた相棒の影に寄り添っているローグ。翼をもぎ取られた痛みを、癒してやる術が見当たらない。せめていまは"二人っきり"にしておいてやりたい。


「うーん……」

「何よ」

「物足りなくてさ」

 おかしい。

 おかしいんだよな、何となく。端っこまで来ているのにまだ物足りない。こういう時は何かあるけど、何かが全然見当たらない。

 うーん、うーんと唸っていた時、足音がしてきた。

「……ヤクス」

「ローグ、もういいのか」

 土気色の顔で薄く笑う。

「何を調べている」

 しゃべっているだけで辛いらしい。壁に背を預けて聞いてくる。


 探したいのか。

 できるならば自分の手で。自分の力で見つけたいんだろう。

 ほんと、けなげな奴。


 目に刺激がきた。じんと沁みた感覚を、瞼でぎゅっと抑えた。

「ここが気になるんだよ」

「何がだ……」

「いや、何となくだけど……。物足りないような」

 黒髪の友人は辛そうに立ったまま、歩いてきた廊下を振り返った。こんな時にと詰られるかと心配したんだけど……。もしかしたら、感情を爆発させる力すら残っていないのかもな。そうだとしたら、全部が終わってからたっぷり療養させてやろう。皆だって協力してくれる。

「こちらの方が短い」

「ん?」

「……扉の数を数えてみろ。こちらの方が数が少ない」

 言われてみれば、確かに。

「階段がずれているのかな」

「さあ、な……っ」

「ローグ!」

 傾いだ身体を支えに行く。

 ぜいぜいと息をしている黒髪の友人。体力は限界だろう。気力ももう限界を越えているだろう。

 床にぶつけないよう慎重に身体を下ろす。そうやってローグを座らせようと誘導していたら。腰が、壁から小さく生えていた出っ張りにあたった。

「いでっ」

 ごりっとやってしまって涙目になる。その後に聞こえてきた奇妙な音さえなければ、痛みに大騒ぎするところだった。


 壁の裏側から、ぎりぎりごりごりという奇妙な音がしている。予想外の出来事に鳥肌が立つ。

 何だ、何だ……。やめてくれよ、苦手なんだよこの類の音は。

「ヤクス、何触ったの!」

「知らないけど、触ったんじゃなくて当たったんだ」

「言い訳しない!」

 ぴしゃんと言われて肩を竦める。

 奇妙なごりごりとした音は長く続かなかった。音が消えて鳥肌も消える。

 ……あーもー、いやな音だった。

 何事も起こらなかったので、これ以上相棒も怒らないはず。友人を床に座らせよう屈み、目を見開いた。


 床が光っていた。

 視界の中で、一本の線が輝いている。

「ヤクス……?」

 床を凝視して固まったオレを、訝しむ声がした。

「ローグ、悪いな。診察は後にさせてくれ」

 支えていた腕を剥がし、道の行方を追いかけ――端の牢獄の扉を開いた。

 牢獄の床に流れる軌跡を追い、目が先へ進む道を見つける。

「隠し通路……?」

「通路っていうか、階段だね。……頼んだよ」

「ええ」

 階段に放たれた"投影の陣"を見つめる。




 あの日、あの時の隠し階段。そこには三人の男が息を潜めていた。

 侵入者? それとも脱走者?

 顔を見たいのに幻自体がぶれている。

 そういえばジェダスも、真力が少ない者を再現するのは難しいんだとか言っていたな。

 息を潜めていた三人が、いっせいに立ち上がる。


(何だ、いまの音は)

(爆発か……? 突入の合図は出していないぞ)

(よい。何れにしろ時は来たということだ。作戦を開始する、続け!)


 ぶれて掠れた音を、耳が拾う。

 彼等はどうやら侵入者だ。

 隠し通路の仕掛けは、階段側にもあった。出っ張りを押して道を開いた三人は、即座に牢獄へ侵入していく。

 そしてその後ろから、どっと人が押し寄せてくる。

 体格のいい男達ばかりが何十人も。彼等の顔は不明だった。でも素性はすぐにわかった。帯剣しているのだから丸わかりと言っても過言じゃない。


 兵士だ。


 兵士が突入した牢獄は、すぐさま騒乱の渦に巻かれていった。

(おい。ここに娘がいるぞ!)

 瞬きを止めて、幻影に見入る。

(悪行の証拠だ。カーネル様にご報告せねば)

 幻がぶれる。

(これは、まずいな。救護班……いや、外に運び出せ。急ぐんだ!!)

 ぶれながらも人を抱えて走り去る一人の兵士を、確かに映していた。連れ去られる人物の様子は捉えられなかった。外套に覆われてしまって形だけしか見えなかったから。

 でも、それで十分だった。


 白が収束する。

 展開を支えていた精霊たちが、晴れやかに散っていく。きらきらとした大気の中、相棒のめずらしい笑顔がこぼれていた。

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