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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第八章 因果の獄
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役立たず

 鉛のように重い身体を引きずって、山道を歩く。

 時折、振り仰ぎ。忌まわしい塔を視界に入れ、位置を確認してからまた歩く。

 雨が一段と強くなった。

 右腕にまとわりついてくるローブの袖を、ぐいと引く。右手には守るべき大事な物が収まっている。濡らすことがないよう、袖の下に隠して持つ。

 しばらく歩いていけば、小高く開けた場所に出た。息を整えてから、左手に持っていた輝尚石を額に当てる。

 "碧落(へきらく)の陣"が籠められている輝尚石に、自分の真力を乗せる。


 本来、人探しには"黙契の陣"がもっとも有効だ。

 "黙契の陣"なら、離れた場所にいる者と対話ができる。しかしそれは、対話する相手も"黙契の陣"が扱えることが前提。だから今回は、この"碧落の陣"に賭けるしかない。

 "碧落の陣"は、自分の真力を真術に乗せ、相手に気配を送る真術。

 古い真術の一つで。"黙契の陣"が出現してからは、あまり使われなくなったと真術書に記載があった。

 廃れた理由の一つに、使い勝手の悪さが上げられる。"碧落の陣"を使いこなせる者は、真力が高い者のみ。無意識の"共鳴"を狙った真術であるため、真力が低い者には使いこなせない。

 うるみ輝く輝尚石に、真力を多量に乗せて大気に放つ。

 精霊によって運ばれ、大気を駆け抜ける真術。駆け抜けて言った経路から、いくつか真力の反応が返る。自分の真力に感化され、真眼から無意識に放出される真力の質を確かめる。


 間違えようもない、あの気配を探して――。


(いない、か……)

 返ってきた気配に、覚えはない。放出された真力も微量だ。こちら側にいたのは、捜索に参加している高士だけだったらしい。また無駄骨だったことを嘆いて、足早に次の地点へと向かう。

 今日は、少し遠くまで足を伸ばしてみよう。

 そうだ、彼女自身が移動しているかもしれない。昨日探した場所にも、もう一度戻ってみないと。"碧落の陣"も使いこなせるようになってきた。昨日よりも遠くまで真力を飛ばせる。

 今日こそ届くかもしれない。

 彼女の元に。

 自分達は番だ。互いが唯一の翼だ。

 無意識の"共鳴"で、もっとも効果が出る相手……それが相棒。

 里に来た当初より、ずっと馴染んだ真力。"碧落の陣"が通過した場所に彼女がいれば、誰よりも強い反応が返ってくる。


 雨でけぶる山道の奥に、湖の岸辺で笑う彼女の幻が見える。

 あの時、確かこう言っていた。


 ――置いていっても、すぐに追いつかれてしまいそうです。


 ああ、そうだ。

 すぐに追いつく。お前を見落としたりするものか。

 気配はもう覚えた。身体に、真眼に、記憶にしっかりと刻みこんである。


 ――なら、迷子になっても安心です。


 どこに居ても見つけられる。

 見つけてみせる。




 視界がぶれた。

 激しくなってきた頭痛に飲まれ、足元が歪む。大地を踏んでいる感触を失ったと同時に、泥水の中へと倒れ落ちた。

 盛大に跳ね上がる水しぶきにはっとなり、右手に収めていた物を確認する。

 しっかり握っていたというのに、端に泥がついてしまった。

 ああ、しまったなと思い、大急ぎで泥を拭う。

 泥が取れて、綺麗な色彩を取り戻したことを確認し、安堵した。

 見慣れた色彩。いつも彼女を彩っていた翠に、しばし見入る。

 翠には縦横に走るひびを越えて、暗い顔をした自分と、背後にそびえ立つ塔が、ぼんやりと映し出されている。


 どのような経緯でそこに至ったかは知らされていない。

 最後に彼女が目撃された忌まわしき塔に、これが残されていたと聞いた。

 彼女の額に納まり、薄い金糸を束ねていた髪留め。悲劇を刻むように、ぼろぼろにひび割れた彼女の髪留めだけが、自分の手元に帰ってきた。

 見るたびに、喉の奥が詰まる感覚がする。

 喉に焼けた鉄を流し込まれ、身の内から爛れさせられているように……強く痛む。

 いったい何があったのか。

 残された髪留めから、答えが返ることはない。

 ひびと、怯えを滲ませた気配が刻まれた髪留め。彼女が残したそれを、額にきつく当てた。


(……なあ、どうしたんだ?)


 こんなに怯えて。

 可哀想に。

 怖い思いをしたのだろう。


 怯えている姿が。

 震えて泣きじゃくる姿が、どうしても頭から離れてくれない。

 目を離すのではなかった。

 一時とて、傍から離れてはならなかったのだ。

 激しい悔いが、爛れた喉を駆け上がってくる。自分への憎しみが絶望と混ざって、身体中をのた打ち回っている。


「何をしている」

 荒い呼吸を繰り返している最中、頭上から冷たい声が降ってきた。

 面を上げて、その男と視線を合わせる。

 雨で濡れ、重く垂れさがったフードの影から、青銀の冴えた光が自分を見下ろしている。

 腹立たしい男は、凶報を運んできた時と同じようにそこに立っていた。

 この男に見下ろされているのは、気分が悪い。

 忘れかけていた矜持を振り絞る。泥水の中から立ち上がって、視線の高さを合わせて睨み返してやった。

「捜索の邪魔だ。真術が使えぬのならとっとと里に帰れ」

 吐き捨てられた言葉と真力が、身に堪えた。

 枯渇しかけているいまの自分にとって、この男の真力は強過ぎる。ひどくなった頭痛と吐き気をどうにか抑え、一歩だけ泥道を進んだ。

「……まだ、大丈夫です」

 そうだ。

 休んでいる暇はない。いまこの時も、彼女は一人で待っている。

 早く行ってやらないと。

 ちゃんと見つけてやらないと。

 寂しがりの恋人は、一人にしていると本当にろくなことがないから。


 男の横をすり抜け。次の目的地に向かって数歩進んだところで、背後から衝撃を食らった。

 背中に遠慮なく叩き込まれた打撃。

 強烈な力をまともに食らってしまい、再度、泥水に倒れ伏した。

 衝撃はそのまま肺の機能を奪い、呼吸を潰す。

 倒れた格好で咳き込み、苦痛を逃そうと必死になっている自分に、凍えた一喝が降り下ろされた。

「愚か者が――!」

 男はローブの襟首をつかみ、倒れていた身体を強引に引き上げる。

 つかんだ襟首は男の手にひねられて、自分の首を情け容赦なく締めつけてくる。十二分に怒りを含んだ気配を、真正面から叩きつけられ、頭痛がいっそうひどくなるのがわかった。

「……か、はっ」

 締め上げてくる男の腕に手を掛けて、拘束を解こうとしてみた。しかし、雨で滑るせいかどうにも力が入らない。

「貴様、いったい何を考えている。そのような真力で里を出て来るなど、迷惑以外の何ものでもない。……とっとと巣に帰れ。これ以上、手間を取らせるような真似をするな!」

 反論は、男の締め上げる手によって喉で潰されている。

 外に出せない悔しさを。怒りを。男を睨むことでしか表せない。




 こんなものか、俺の力は。


 この程度だったのか俺の真力は。


 何を自惚れていた。この程度で彼女を守ることなど、最初からできるはずもなかっただろう――!




 雨で鈍る視界に、凍えた男の影が浮かぶ。

 苛立ちと憎しみとを気配に滲ませた男の瞳に、淡い光が視えた。

「役立たずめ」

 真円が足元に描かれる。

 転送の……気配。

「貴様を呼んだのが間違いだったようだ」

 男の思惑を察知して、逃れるべく腕に力を込めた。

「史上最大の真力が、聞いて呆れる」

 ずるりと滑った左手が、虚しく宙を舞って、そして。


「貴様ではあの娘を救うことなどできぬ」




 転送。




 まぶしい白に巻き込まれて、耐えきれずに目を閉じ。再び開いた時には、暗い居間に落ちていた。

 ずぶ濡れのまま、身を起こし。周囲を見渡して状況を確認する。


 家だ。


 自宅に、戻された。

 茫然と座り込み、男にぶつけられた言葉を思い出して……。歯を食いしばった。

「……くっ」

 左手で拳を作り、床に叩きつける。

「くそ……」

 悔しさと虚しさとを何度も、何度も叩きつける。

「ちく、しょう……っ」


 自分の無力さと、小ささを呪う。

 蹴り飛ばされた背中が痛んでいる。それはまるで、大切な翼からの痛みであるようにも思えて。


 もはや耐えきれず、一人叫びを上げた。

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